03 移動手段
駆けつけた僕達が見たもの……それは、ボロボロになって偵察から戻り、踞って治療を受けている、キャッサさんの姿だった。
「どうも……お疲れさまです」
僕達の姿を見つけると、彼女は力無く笑いながら、弱々しく挨拶の言葉を口にする。
「お前……そんなにボロボロになるまで……」
「ぐうっ!なんたる献身の心!我は今、猛烈に感動している!」
「あ?いや……これは、偵察でボロボロになった訳じゃ、ねぇんですけど」
え?
キョトンとする僕達に、キャッサさんは再び笑みを浮かべる。
「ここに戻ってくる時に、乗っけてくれた召喚獣から落っこって、引きずられちまったせいでして……」
「なんじゃ、そりゃ!」
任務とは、全然関係ない所で負った傷だと判明し、感動していたジングスさん達は一転してキャッサさんを責め立てた!
「お前、ふざんけんなよ!いい歳してドジッ子アピールか!」
「と、歳は関係ねぇでねぇか!」
「我らの感動を返したまえ!」
「なんですかぁ、そっちが勝手に勘違いしたんでねぇですか!」
興奮のためか、言葉の訛りがきつくなったキャッサさんと、他の勇者としばらく言い争っていたけど、やがて不毛だと気がついたのか、どちらからともなく応酬をやめていった。
「──ふぅ。とにかく、仕事はちゃんと済ませたのであろうな?」
何だかんだと言いながら、ジングスさんは回復魔法を使用して、キャッサさんの傷を癒していく。
やっぱり、根はいい人達なんだよな。
「もちろん、やる事はやってきましたよ。これを見てくだせ」
自信満々で彼女が取り出したのは、一枚の手書きの見取り図だ。
「『マリスト地下墳墓』にあった、毒竜団のアジトまでの道筋を記してあります」
「おおっ!」
しっかりと、敵のアジトまでの道のりを書き記してきた、キャッサさんの手腕に、僕達は感嘆の声をあげた。
その声を聞いて、彼女は満足そうに微笑みを浮かべる。
「『マリスト地下墳墓』は、全部で地下五層のダンジョンです。だげど、地下の三層に秘密の入り口があって、そこから進むと五層に相当する深さの地下に、隠し部屋があるんです」
まぁ、私でなければ見落としちゃうね……と、キャッサさんはドヤ顔で僕達を眺めていた。
彼女の調べでは、隠し部屋といってもかなりの広さがあり、毒竜団の連中は、そこをアジトにしているらしい。
どうやら、大概の人が目的地にする五層ではなく、途中の三層に入り口があるから、ダンジョンに潜る冒険者の人達に紛れて、出入りできていたみたいだ。
確かに、通りすぎるだけの階層を、くまなく調べたりする人はあまりいないだろうしな。
「なるほどね、場所はわかった。それで、アンタが尻に帆をかけて逃げ帰ってきた、その理由は?」
あ、そうだ。内部構造も重要だけど、何かの異変があったからこそ、キャッサさんは大急ぎで戻ってきたんだっけ。
「よくぞ、聞いてくれました……実は、現在『マリスト地下墳墓』において、アンデッドが大量発生してるんです!」
「アンデッドの……大量発生?」
「ふむ……天然のダンジョンとは違い、何らかの手が加えられたダンジョンは呪いとも言うべき魔力でモンスターを呼び寄せるとは聞くがな……」
「いやいや、そんな感じじゃなかったですよ!」
お年寄りで、経験も知識も抱負そうな魔法使いのラーブラさんの言葉に、キャッサさんは食ってかかる!
「自然に、モンスターや魔獣が住み着くって感じじゃなくて、奥から奥から沸いてくるって感じなんす」
「まぁ、アンデッドは、人工で作れるモンスターでもあるからなぁ……」
「あ、そんな感じがしましたね。なんせ、スケルトンが多かったですから」
キャッサさんは、新鮮な人間の死体を必要とするゾンビや、それを餌にする屍食鬼の類いは、ほとんど姿を見なかったそうだ。
しかし、スケルトンが大量に発生している状況に、嫌な予感がしたため慌てて報告しに戻ってきたのだと言う。
「ううむ……スケルトンばかりが多いというのは、確かにバランスがおかしいのであるな」
「そうじゃな……もしや、アンデッドとしてのスケルトンではなく、ゴーレムの類いとしてのスケルトンやも知れんぞ?」
ああ、そういえば前に、アンデッドモンスターと誤認させる類いの、ゴーレムがあるってエリクシア先生から教わったっけ。
「だいたいは、ゾンビが屍食鬼に肉を食われて、スケルトンになる流れがあるそうじゃから、この三者はアンデッドモンスターの御三家なんて言われとる。それらの姿が無いなら、ゴーレムの線が濃いのう」
さすがは年の功だ。
ラーブラさんの推測には、確かな説得力がある。
「ま、毒竜団のアジトがある場所で、人為的な感じの異常があるなら、十中八九は奴等の仕業だろうなぁ」
「で、あるな。何を企んでいるのか知らんが、『マリスト地下墳墓』からスケルトンが溢れ出る前に、なんとかしなくては!」
皆の言葉に、キャッサさんも大きく頷く。
「よおし、善は急げだ。さっそく、その地下墳墓に乗り込もうじゃないか」
「そう……ですね。時間がたてば、さらにスケルトンが増えるかもしれない」
デューナ先生に僕が賛同すると、他の勇者達もが同意してくれた。
「まぁ、これから夜にはなるが、地下に潜るなら同じ事だしな」
「なぁに、ワシなら魔法の光でダンジョンも照らせるから、安心せい」
さすがに、みんな冒険者としてのキャリアもあるためか、強行するとなったら思考の切り替えが早い。
「では、どのようなメンバーで向かいますか?」
「そうだね……アタシにルアンタ、ディエンとジングスにラーブラのじいさんって所かな」
「わ、私は案内をすねば……」
立ち上がろうとするキャッサさんを、デューナ先生は手で制した。
「傷は回復しても、疲労はまだあるだろう?アンタのマップがあれば大丈夫だから、少し休んでな」
「それに僕達が動けば、また毒竜団からの刺客が来るかもしれません。キャッサさんは、索敵にも優れてますから、王様達の周辺を警戒してあげてください」
「……わかりますた」
先生と僕に言われて、キャッサさんは納得してくれたようだ。
「私はどうしましょう?」
「アンタも留守番だな」
召喚師のオーリウさんに問いかけられ、デューナ先生は一瞬で返す。
「アンタなら、何かあっても色々な召喚獣で、対応できるだろ?」
「それはまぁ、確かに」
うん、オーリウさんの能力は、防衛や護衛においてかなり発揮されるはず。
そんなオーリウさんと、キャッサさんが居れば、ここの護りはかなり頑強になるだろう。
ただ、何か……というか、誰が足りないような気がするんだけど……あれ?
「そういえば、アーリーズさんは、何処へいるんでしょう?」
僕に言われて、全員がハッとしたようだ。
全てが謎のヴェールに包まれている、謎の勇者アーリーズさんは、この場に姿を現していない。
というか、ここ数日は見てない気がする。
「ああ、アーリーズさんなら、あのドワーフの姫さんに着いていきましたよ?」
「えっ!?」
キャッサさんの言葉に、思わず驚きの声が漏れた。
ドワーフの姫って、ヴェルチェさんの事だよね!?
彼女がエリクシア先生と一緒に、ここを出たのが約一週間前だから、その頃からいなかったっていう事?
その間……僕を含めてだけど、誰も気づかなかったなんて……。
「まぁ、アーリーズさんの気配の消し方は、私クラスじゃないと見落としちゃうでしょうからね」
本日二度めのドヤ顔で、キャッサさんは自慢げに言う。
ううん……実際に気づいていたのは彼女だけだから、それはすごいと思う。
ただ、アーリーズさんの出奔に気づいていたなら、理由を聞くなり、報告しておいて欲しかったな……。
「まあ、いない奴の事を考えても仕方ない。ここは切り換えて、アタシ達はやれる事をやるよ!」
デューナ先生の激に、僕達は気合いを込めて返事を返す!
「あ、そうだ。オーリウは、アタシら突入メンバー全員を運べるような、召喚獣を呼べるかい?」
「……少し時間はかかるかもしれませんが、可能です」
「よし!それじゃあ、出発は一時間後!それまでに、準備を整えて、城の広場に集合だ!」
先生は、僕達がいつも訓練している場所を指定すると、解散の号令をかける!
それを合図に、僕達は戦いに向けた準備を整えるべく、散っていった。
◆
「──で、なんだい、こりゃ?」
デューナ先生が、呆れたような声でオーリウさんに尋ねる。
それを見上げる僕達も、困惑していた。
「ふふ、彼女が皆さんを『マリスト地下墳墓』へと運んでくれる、ジャイアント・サキュバスです!」
自信満々なオーリウさんに紹介されて、ジャイアント・サキュバス(推定身長十六メートル)は、にこやかに僕達に手を振ってくる。
友好的ではあるみたいだけど……何て言うか、サキュバスらしく露出の多い服装で、目のやり場に困ってしまう。ただ……。
「いや、一度に運べるのはいいけど、なんでサキュバスに拘る必要があるんだよ!?」
そのもっともなツッコミに、他の人達も乗っかった。
「そうである!何か、もうちょっと、別の召喚獣があったのではないのか!」
「ワシはいっこうに構わん!」
「ラ、ラーブラさん……」
ひとり肯定的なラーブラさんはともかく、否定的なみんなに、オーリウさんはチッチッチッと、舌を鳴らしながら指を振ってみせた。
「まず、彼女の大きさなら、皆さんを抱えて空を飛べます。さらにこれから夜もふけて行く中、敵に見張りがいても見つかりにくい事でしょう」
確かに地上を行くよりは、空からの方が早いし、見つかりにくいかもしれないけど……。
「それに見てくださいよ、この素敵なプロポーション!」
『えへへ、スリーサイズは、上から九メートル、五メートル四十、八メートル八十でーす♥』
いや、目立ったらダメでしょう!?
あと、普通の人と隔絶しすぎて、良さがわかんないですよ、オーリウさん!
「空を飛んで行くなら、もっとましな召喚があったのでは……」
「抑圧され続けて、歳を取ってから開放されると、変なハジケ方をする事があるからな……」
「ルアンタ殿もこうならぬよう、適度に発散させるのであるぞ……」
そ、そうなんですか……。
極度に我慢し過ぎるのは、色々と良くないんだなと、僕は強く心に刻み、道を踏み外さないよう心がける事にした。
『いやぁ、それにしてもいい男が多いわね。マスターってば、気が利いてるわ♥』
ジャイアント・サキュバスが、ペロリと唇を舐めながら、僕達を見下ろして、そんな事を言う。
え?もしかして、僕達は捕食対象?
「こらこら、彼等を目的地に運ぶのが、今回の君の仕事だ。吸精しちゃ、ダメだよ!」
『ええ~、ちょっとくらいいいじゃない。わたし好みの、可愛い子もいるしさ♥』
そう言った、ジャイアント・サキュバスの視線が、僕を捉える。
巨人を見た事はないけれど、対峙したらこんな感じなんだろうかという、圧力はすごく感じた。
「うちの弟子に、変な色目を使うのは止めてもらおうか」
『あれ、女もいたんだ?』
僕とジャイアント・サキュバスの間に、デューナ先生が割って入る。
そんな先生の登場に、ジャイアント・サキュバスは、つまらなさそうな顔をした。
「男を漁る前に、しっかりと仕事をしてもらいたいもんだがね」
『んん~?なによ、わたしより小さいクセに、文句でも……』
「あぁん?」
見下すようなサキュバスの言葉を遮って、デューナ先生が彼女を睨み付けて威圧した!
次の瞬間、ジャイアント・サキュバスは、その巨体を小さく丸めて、デューナ先生に土下座する!
『す、すんませんでした!ちょーしに乗ってました!』
「わかればいいさ……」
たったひと睨みで、格が違うことを知らしめたデューナ先生は、オーリウさんにちゃんと召喚獣をしつけておくよう、叱りつける。
そ、それにしても、あんな大きなサキュバスを、一睨みで屈伏させるなんて……やっぱり、すごいぜ……デューナ先生!
『──それじゃあ、皆さん行きますよ』
すっかり従順になった、ジャイアントサキュバスに抱きかかえられ、いよいよ出発の時を迎える。
……迎えるのはいいんだけど、どうして僕だけ彼女の巨大な胸の谷間に挟まれているんだろう……?
『いやー、大人の人達だけで両手いっぱいだし、君くらいの人間なら、胸の谷間でちょうどいいかなってね!』
そ、そういう事なら……。
でもここまで大きいと、なんだかありがたみみたいな物は感じないなぁ……。
「現場に着いたら、彼等の指示に従うように」
『りょーかい!』
「よし……では、行け!ジャイアント・サキュバス!」
『がおー♥』
オーリウさんの命令に、一声吠えたジャイアント・サキュバスは、フワリとその身を宙に浮かべる!
そして、バサッと背中の翼をはためかせると、一路『マリスト地下墳墓』へ向けて、風を切って進んでいった!




