02 『マリスト地下墳墓』
ジングスさんの言葉に、僕とデューナ先生は顔を見合わせる。
「本当に、見つかりそうなのかい?」
長い間、社会の闇に潜んでいた犯罪組織のアジトのひとつ……それが、そう簡単に見つかるとは思えない。
だから、デューナ先生も確認するような言葉をかけたんだろうけど、ジングスさん達は自信ありげに頷いた。
「あの捕虜から聞き出した情報だ、まず間違いはないと思われる!」
そうなんだ……でも、おそらく拷問等で聞き出した情報に、信憑性は有るんだろうか?
「なぁに、オーリウの旦那が召喚した、サキュバスによる『二十四時間耐久・悶絶桃色にゃんにゃんサービス』で拷問したらしいから、本当の事は吐いてると思うぜぇ」
「うむ、あんな拷問じみたサービスを受けては、さすがの毒竜団の者でも、おっぱい中毒になること間違いない……」
ど、どんな拷問(サービス?)なんだろう……。
ちょっと内容が気になったけど、当然のように十八禁らしいので、僕はそれ以上、話を聞く事はできなかった。
でも、そうか……オーリウさんは、女性から嫌われる呪いを克服できたんだな。
「とにかく、詳しい話はオーリウ殿に聞いてみるのである」
ジングスさんの言葉に頷き、僕達はオーリウさんの所へ向かった。
◆
「やあやあ、皆さん。よく来てくださいました!」
王都に集結したばかりの時は、何処と無く卑屈な感じがしていたオーリウさんだったけど、今は明るく笑顔を浮かべながら僕達を迎えてくれた。
「ああ、ルアンタ君。君の師匠がくれたこの魔道具のお陰で、すこぶる快調ですよ」
そう言って、オーリウさんは先生が彼に渡した、『魔眼封じ』の眼鏡の位置を直す仕草をする。
エリクシア先生が王都を出る前、変わった魔法に精通している先生に、オーリウさんは女性から毛嫌いされる原因について、相談していた。
そして、それについて先生は、彼の魔眼のせいではないかと推測したのだ。
『魔眼』は、一部のモンスターや、魔力の強い者にごく稀に宿る身体的な特徴なんだと、僕は先生から教わっている。
大概は、『魔眼』の持ち主にプラスになる能力が宿るらしいんだけれど、オーリウさんの場合は『異性に強烈な不快感を持たせる』という、ほぼマイナスな面しかない能力が宿っているのだと先生は診察していた。
だから、先生は自作の魔道具、『魔眼封じ』の眼鏡をオーリウさんにあげて、その能力を封印したのである。
さすがに、その効果はてきめんで、眼鏡を装備したオーリウさんは、女性を見つめていても、今までのように通報される事が無くなったと、すごく喜んでいた。
うん、やっぱりエリクシア先生はすごいなぁ。
「本当にエリクシアさんには、感謝しかありません……彼女のお陰で、『女性を見ることが罪』とか、『視線が環境型セクハラ』とか言われていた地獄から、開放されたのですから……」
オーリウさんは、ここにいないエリクシア先生へと、祈りを捧げるように天を仰ぐ。
その様子から察するに、今までかなり酷い目にあってきたんだろうなぁ。
……でも、この崇め方は、ちょっと心配になってくる。
も、もしかして、オーリウさんも、エリクシア先生に惹かれているのでは?
何となく不安になった僕は、それとなくオーリウさんに尋ねてみた。
「ハッハッハッ、生身の女性とか、怖くて無理!」
オーリウさんは、とてもいい笑顔で、悲しい事を言う。
彼の受けたトラウマは、かなり根深いようだった。
「ああ、でも召喚したサキュバスやインプなんかと、やる事はやってるんで、その辺は安心してほしい」
や、やる事はって……それを聞かされて、何を安心すればいいんだろう。
「子供相手に、格好悪い事を格好つけて言うなや!」
ディエンさんが、オーリウさんの頭を叩きながら、呆れたようなため息を吐いた。
「まぁ、彼も長い間の悩みから開放されて、ハイになっているのであろう。どうか聞き流してやってほしい」
「そ、そうですね……」
ジングスさんにそう言われては、僕としても頷く他ない。
「んで?結局、敵のアジトってのは、何処なんだい?」
一連の流れを呆れた顔で見ていたデューナ先生が、言葉に勇者一堂はハッとする。
そうだ、僕達はそれを聞きにきたんだっけ。
「ええっと、捕虜から引き出した情報なんですがね、どうやら奴等のアジトのひとつは、この王都から少し離れたダンジョン……すなわち、『マリスト地下墳墓』にあるそうなんです」
「『マリスト地下墳墓』?」
僕は聞きなれない場所だったけど、ジングスさん達は怪訝そうな顔をした。
「『マリスト地下墳墓』といえば、この辺の中位くらいの冒険者が、よく訓練に潜る場所ではないか?」
「確か、アンデッドモンスターやら、腐肉を好むモンスターが住み着いてる場所だったよなぁ」
「ええ、そこです」
「そんな場所に、毒竜団のアジトが?」
確かに人目が多い場所だし、そんな所にアジトを作るなんて、普通なら思わない。
そう……普通なら、だ。
エリクシア先生は、言っていた。
人のよく出入りする場所だからこそ、何か隠すにはうってつけな場合があるんだと。
そんな先生からの教えを話すと、そういう事もあるかもしれないと、みんな納得してくれた。
「なんにせよ、『マリスト地下墳墓』には現在、私の召喚獣とキャッサさんが偵察に向かっています。二、三日中には戻ると思いますので、彼女が戻ったら話を聞きましょう」
斥候に長けた勇者であるキャッサさんなら、何らかの判断材料は持ち帰ってくれるだろう。
その護衛に、オーリウさんの召喚獣がついてるなら、さらに安心だ。
「それにしても、アンデッドか……アタシは、そっち系が好きじゃないんだよなぁ」
珍しく、デューナ先生が乗り気じゃないような事を言う。
やっぱり、アンデッドモンスターなんかは、女性の立場からしたら、嫌そうだもんなぁ。
いつもは僕の保護者って感じなデューナ先生も、結構かわいい所があるんだなと、僕は内心で微笑む。
「アンデッドって、骨とか腐肉とかばっかで、なんか手応え弱すぎね?」
ああ……全然かわいくない理由で、乗り気じゃなかったのね。
むしろ逞し過ぎて、この女性に弱点ってあるのかなって気になってくる。
それにしても……以前、迂闊にも毒竜団に誘拐されてしまった僕にとって、今回の件は汚名返上のいい機会になるかもしれない。
もしも、『マリスト地下墳墓』に奴等のアジトが有るなら、是非とも叩き潰して、エリクシア先生からの課題をクリアしたいものだ。
そして、先生からのご褒美も……。
頬に触れた、先生の柔らかい唇の感触を思い出して、つい顔が弛む。
「何を、ニヤニヤしてるのであるか?」
「い、いえ!なんでもないです……」
つい、ニヤけていた所を見られてしまったようで、僕は慌てて真面目な顔を作る。
だけど周りの大人達は、そんな僕の心情など理解しているといった感じで、生暖かい笑顔を浮かべていた。
うう、恥ずかしい……。
「と、とにかく、毒竜団のアジトに乗り込むかもしれないんですから、用意は万全にしておかないと、いけませんよね!」
勢いで内心の下心を隠しつつ、僕は再びデューナ先生に修行の手合わせを申し込む。
「先生!お願いします!」
「気合いが入ったみたいだね……」
いまいち気の抜けていたさっきとは、やる気の違う僕の態度に、デューナ先生はニヤリと笑う。
「さっきの分も合わせて、ちょっと厳しくいくよ」
「の、望む所です……」
ボキボキと指を鳴らす先生に、僕はコクンと頷いて答える。
でも、死なない程度でお願いしますね……。
◆
「あぐぅ……」
デューナ先生との稽古を終えて、僕は与えられた王城の一室にようやく戻ってきた。
そうして、着替えもしないまま、ベッドへと倒れ込むようにして寝転がる。
うう……本当に厳しかった。
実践形式であるデューナ先生との稽古は、ぼんやりしてると大怪我をしてもおかしくない。
つまり、昼前の気の抜けた僕は運が良かった上に、デューナ先生からかなり手を抜かれていたという事だ。
はぁ……教えてくれているデューナ先生に、失礼な事をしてたな。後で謝っておこう。
それにしても、こんな風に疲れきって脱力していると、エリクシア先生との魔力経路の開発修行を思い出す。
先生の体に身を預けて、先生から注がれる熱い魔力が、全身に染みていくような感覚……。
まるで、エリクシア先生とひとつなの溶け合っていくような、あの陶酔的な感覚は、一度味わうと癖になりそうだ。
というか、ちょっとなってる。
「ん……エリクシア……先生ぇ……」
目を閉じて、先生の声や柔らかさ、香りなんかを思い出していると、自然と手が下半身に伸びて……。
「おおい、ルアンタ!大変だよ!」
突然、すごい勢いでデューナ先生が部屋の扉が開いた!
あまりの驚きに、僕は横になった体勢のままで二メートルほど飛び上がり、着地もままならずにベッドから転がり落ちる!
「な、な……」
何があったんですかと聞く前に、ディエンさんやジングスさん達も集まってきた。
「ちょっと、お母さん!年頃の男の子の部屋をいきなり開けるのは、やめてやってくれませんか!」
「そうである!もしも中でGな行為に及んでいたら、心に深い傷をおってしまうではないか!」
何故か、僕よりもディエンさん達の方が、デューナ先生に抗議する。
……きっと、今の僕と同じような経験があるんだろうな。
しかし、デューナ先生はそんな抗議を鼻で笑った。
「ああん?ルアンタくらいの年頃なら、色を覚える頃だろ?健康的でいいじゃないか」
「くっ!なんて理解力と懐の深さだ……お母さんってレベルじゃねぇぞ!」
「かーちゃん……まさに『部屋を掃除していて、いやらしい本とか見つけたら、キチンと並べて机の上に置いておく』かーちゃんレベルである!」
ガクガクと震えるジングスさん達に、嫌なら自分で部屋を掃除しなさいと言わんばかりに、不敵な笑みを浮かべるデューナ先生。
勇者といえど、『お母さん』という存在には勝てないのか……って、そんな話じゃないですよね?
「あ、そうそう」
コホンと咳払いをひとつして、デューナ先生は改めて僕の顔を見た。
「ついさっき、『マリスト地下墳墓』からキャッサが戻ってきたんだ」
「キャッサさんが!?」
それは……二、三日後くらいと聞いていたのに、随分と早い。
つまり、急がなくちゃいけないくらいの、何かがあったという事だろうか?
「察しのとおりである」
「とにかく、キャッサの話を聞くために、全員を集めてたんで、ルアンタもすぐに来てくれ」
「わかりました!」
ジングスさん達に答え、僕はベッドを飛び越えると、皆一緒に戻ってきたキャッサさんの元へと向かった。




