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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第五章 毒竜を退治せよ
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01 離別の理由

           ◆◆◆


 ──私達はここで別れます。

 そうエリクシア先生に告げられ、彼女がこの王都を去ってから一週間が経っていた。


「ほら、ルアンタ!隙だらけだよ!」

 模擬戦で訓練をつけてくれている、デューナ先生からの叱責の声と、木刀の一撃が飛んで来る!

 けれど、気の抜けていた僕は、それを防御する事もできず、まともに食らってしまった。


「あぐっ!」

「まったく……いつまでボーッとしてるんだい!」

「す、すいません……」

「……エリクシアがいなくなって寂しいのはわかるけどさ、ほんの一ヶ月くらい(・・・・・・)の辛抱だろ?」

「それは……そうなんですが……」

 一ヶ月。

 確かに、エリクシア先生は、そう見積もっていた。

 でも、先生と出会ってから、常に一緒にいた僕にとっては、その一ヶ月が異様に長く感じるのだ……。


            ◆


 あの日、先生が別れる告げた瞬間、僕は反射的に「嫌です!」と答えていた。

 その時の僕の姿は、ひどく情けない物だったろうなと思う。

 そんな僕に、先生は少し困ったような、それでいて慈しむような顔で「別に、今生の別れという訳では、ないんですよ?」と、僕を落ち着かせてくれた。


「私はこれから人間の王達に、エルフの女王から預かってきた親書を渡して、その返事を届けなければなりません」

 そういえば、先生はそんな役目も頼まれていたんだっけ。

「今後の対応などを考えると、早々にエルフ、人間、ドワーフの三国と、同盟締結を完成させる必要があります」

 だから、返答を受け取ったら、最速でエルフの国に戻るのだという先生に、僕もついていきます!と、即座にすがり付いた。

 だけど、先生はそれ(・・)を許してくれない理由を、滔々と話す。


 その大きな原因は、今回の魔族撃退だと、エリクシア先生は言った。

 魔界において、五指に入るガンドライルを敗退させ、さらに数千というモンスターから王都を守り抜いた事で、僕達は今後、魔族からかなり警戒される存在になった事だろう。

 それ故に、もしも僕達全員が王都を空にしたら、再びここが襲われる可能性が高いというのだ。


「だ、だけど、そんなにすぐに新しい部隊を、動かせる物なんですか?」

「普通ならあり得ませんが、ガンドライルが『三公』の一人と言われていた事から、同等の存在が、あと二人いるはず」

 さらに、今回の襲撃がモンスター主体で魔族の兵がいなかった事もあり、主力は温存していると思っていいと、エリクシア先生は予想していた。


「毒竜団という情報源がある以上、私達の行動はある程度、魔族に把握されていると思っていいでしょう」

「毒竜団……」

 人間界の犯罪組織。そして、魔族の尖兵となって暗躍する者達。

 先の僕達への工作といい、今の懸念材料といい、目に見えない害悪だけに、とても厄介な連中だ。

 そんな奴等が蔓延る中で、確かに僕達が王達からいなくなったりしたら、手薄になっているという情報は、すぐに魔族に伝わるだろうな。


「もっとも、そうとわかっているならば、把握されていても(・・・・・・・・)問題ない動きをすれば(・・・・・・・・・・)いいんです(・・・・・)

 だからこそ、別行動を取るのだと先生は僕に告げた。


 王達が健在で、活躍した勇者達全員が駐留していれば、魔族も迂闊に攻めてこれないだろう。

 それに、単独で動く上に一騎当千のエリクシア先生を捕捉するのは困難で、仮に襲われても迎撃なり逃走なり、一人ならどうとでもできると先生は胸を張った。


「エリ姉様のおっしゃる事も、もっともですわ。ですが、ご安心くださいませ!ルアンタ様は、ワタクシが責任もって……」

「何を言ってるんですか、ヴェルチェ。貴女もドワーフの国へ行くんですよ」

 エリクシア先生の言葉を聞いた途端、ヴェルチェさんが目を見開く!


「聞いてませんわ!聞いてませんわ!」

「ええ、いま言いましたから」

 慌てるヴェルチェさんに、エリクシア先生は淡々と話した。


「なぜ、ワタクシまで、里帰りをしなくてはなりませんの!?」

「話を聞いて無かったんですか?早々に、同盟を組むためですよ」

「で、ですが……どれくらい、ルアンタ様と離ればなれになりますの?」

「ざっと見積もって、一ヶ月……といった所でしょうか?」

「そんなに長い間離れていては、ワタクシ『ルアンタ様欠乏症』を発症してしまいます!」

「では、いい機会なので、そのイカれた病気を克服してください」

 床に転がりながら、ヴェルチェさんは駄々を捏ねるけれど、先生はまったく取り合おうとしなかった。


「アタシはどうする?」

「そうですね……デューナはここに残って、ルアンタの指導と、ここの防衛を手伝ってあげてください」

「おお、ルアンタと二人っきりかい。ウフフ、こりゃ楽しみだねぇ」

「言っておきますが……同意も無しに、ルアンタに手を出したら……すぞ」

 ペロリと唇を舐めたデューナ先生に、エリクシア先生が質量すら感じられるほどの低い声で、ボソリと告げる。

 最後はよく聞き取れなかったけど、デューナ先生はちょっと引きつった表情で、「わ、わかってるよ……」と答えていた。


 でも……話を聞いていると、やっぱりエリクシア先生は、先を見据えているんだなぁ。

 ヴェルチェさん程ではないけれど、僕の我が儘で離れたくないなんて言っちゃって、少し恥ずかしい。

 でも、やっぱり「まだ僕は頼りない」と暗に言われたような気がして、ちょっぴり寂しいのも事実なんだけどね……。


「そんな顔を、しないでください」

 先生は苦笑しながら、僕の頬を撫でる。

 いけない、そんなに情けない顔をしていたんだろうか。


「貴方を、頼りにしていない訳ではありませんよ。貴方の実力は、私がよくわかっていますから」

 僕の内心を見透かしたような先生の言葉に、いじけた思いを抱いていた僕は顔が赤くなる。

 うう……こんなんだから、僕はまだ先生から子供扱いされちゃうんだろうな……。

 そんな僕に、先生はクスッと小さな笑みをこぼすと、そのきれいな顔を近づけてきた。


「そうですね……それでは、貴方に課題を出しましょう」

「か、課題……ですか……?」

「ええ」

 頷いた先生から出された課題、それは『この王都に巣くう、毒竜団の排除』だった!


「先の戦いで、ガンドライルの側にいた男。奴から、この付近で毒竜団が使用しているアジトを聞き出し、それを潰滅させるのを、私達が戻って来るまでの課題としましょう」

「うーん、でもトカゲの尻尾って事もあるんじゃ無いのかい?」

「いえ、準魔王であるガンドライルへの接触を任され、ルアンタに対して、それなりの爆発魔法を使用した腕前……切り捨て要員にするには、上等過ぎるでしょう」

「なるほどねぇ……」

 エリクシア先生の答えに、デューナ先生も納得したようだ。


「わかりました!その課題、やらせてもらいます!」

 影で蠢く毒竜団の潰滅は、ある意味、最重要課題だ。

 その一端を僕に任せてくれるんだから、先生の期待に応えたい。いや、応えてみせる!

「いい答えです」

 ニッコリと微笑んだエリクシア先生の顔が、さらに近付いてきた。

 そして、僕の頬に「チュッ♥」という音と共に、柔らかい物が触れる!


「あ……あう、あう……」

「……少しの間、寂しい思いをさせる貴方に、サービスです」

 突然のラッキーに狼狽える僕に、「課題がクリアできたら、またしてあげますよ」と、エリクシア先生は悪戯っぽく笑う。

 ……ああ、やっぱり先生は綺麗だな。


「おいおい!エリクシアだけ、ズルいじゃないか!」

「そうですわ!ワタクシでしたら、『ほっぺにチュッ♥』だけでなく、ガッツリ子孫繁栄行為も……」

「そこまで行ったらアウトです、ばか野郎」

 興奮していた、ヴェルチェさんの顔面を鷲掴みにするエリクシア先生。

 メキメキと、頭蓋骨の軋む音に、ドン引くデューナ先生と、現実に引き戻された僕は慌てて先生を止めるのだった。


 ──そして、それから二日後。

 同盟に対する返答を受け取った、エリクシア先生とヴェルチェさんは、それぞれの故郷の国へと向けて、この王都を後にした。


            ◆


 ──これが、現在まで至る経緯だ。

 すべては、これからの魔族との戦いのため……それはわかっている。

 けれど、エリクシア先生が近くにいないというだけで、こんなにも集中力を欠くようになるなんて、思ってもみなかった。

 さらに、ここ数日の『真勇者』発表に伴う催し物に引っ張りだされてばかりなのも、精神的な疲れに拍車をかけていた。

 せっかく、そんな忙しい中で、稽古をつけてもらえる時間だったのに……。


「ふぅ……少し休憩にしよう」

 デューナ先生に言われ、僕は頭を下げた。

 せっかく剣の稽古をつけてくれているのに、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。


「どうにも、本調子じゃないねぇ」

「すいません……」

「まぁ、謝る事はないけどさ……そうだね、おっぱいでも吸ってみるかい?」

「す、吸いません!」

「むぅ……反抗期かな……」

 解せないといった感じで、デューナ先生は首を傾げる。

 きっと、僕を励ましてくれているんだろうけど……それじゃあ、まるで赤ちゃん扱いだ。

 いくらなんでも、それで喜ぶほど子供じゃないのに……。

 なんだか、エリクシア先生達がいなくなってから、デューナ先生の甘やかしが方が、段々とエスカレートしてきてる気がするなぁ。


 そんな感じで、休憩していた僕達の所に、不意に声をかけてくる人達がいた。

「よぉ、やってるねぇ」

「うむ。日々の精進は大切であるからな」

「あ、ディエンさんに、ジングスさん!」

 声に振り返ると、こちらに歩いてくる、二人の勇者の姿が目に入った。


「どうしたんですか、お二人とも?」

「アンタらも、剣の稽古がしたいのかい?」

「へへ、そりゃまた今度に」

「そうであるな。それよりも、朗報であるぞ、ルアンタ殿」

「朗報?」

 ジングスさんの言葉に、小首を傾げる。

 そんな僕に頷きながら、ジングスさんは意外な事を口にした。


「毒竜団のアジトのひとつ、それがわかりそうである」と。

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