12 真・勇者決定
◆◆◆
「見事!」
きれいに決まった、ルアンタの必殺の蹴りを目の当たりにして、私は思わず口に出していた。
ガンドライルよりも、武器破壊に重点を置いた『ギアブレード』による攻撃といい、そこから繋げたトドメの攻撃といい、花丸をあげるに相応しい!
フフ……それにしても最後の一撃は、見とり稽古と言うか、私の戦いをよく見ていた故の賜物だろう。
そう、私を見ていた……ウフフフ。
「何をニヤついてるんだい?」
デューナが私を気持ち悪い物を見るような目で見ながら、声をかけてくる。
おっと、いけない。
つい、ルアンタがいつも私を目で追っているであろう事実に、頬が弛んでしまった。
「いえ、弟子の成長は、嬉しい物だなと思いましてね……」
「ああ、アタシにもなんとなくわかるよ……」
そんな私とデューナに向かって、武装を解除したルアンタが、満面の笑みで手を振ってくる。
私達は、それに答えながら……即座に走り出した!
「え?」
猛スピードで迫る私達に、ルアンタがギョッとしたような顔になり、そんな彼の横をすり抜ける!
そして、隙だらけだったルアンタの背中を狙う、ガンドライルへ、私の蹴りとデューナの拳を叩き込んだ!
「ぐほっ!」
「なっ……」
驚愕するルアンタを守りながら、デューナがよろめくガンドライルへ笑みを浮かべた。
「うっかりしてたよ……アンタは、心臓が二つあるから、片方が潰れただけじゃ死なないんだよねぇ」
「そうなんですか……そういう事は、事前に言っておいてほしかったんですが」
「まぁ、間に合ったから結果オーライって事で」
軽口を言い合う私達を前に、ルアンタ以上に驚きを隠しきれていないガンドライルがデューナを睨み返す!
「な、なぜだ……俺の秘密を、なぜお前のようなオーガごときが知っている!」
「さぁ……何でだろうね?」
さすがに、目の前のハイ・オーガの女性が、さんざん剣を交えた事のあるボウンズールの転生した姿とは、夢にも思わないだろうな。
「まさか……ボウンズールの奴が……いや、しかし……」
自分の秘密が知られていた事に疑心暗鬼になったのか、ガンドライルはブツブツと呟いている。
そんな奴の姿に、デューナは肩をすくめて言葉をかける。
「まぁ、アンタが気にすることは無いだろうさ。ただ……」
彼女はそこで言葉を区切ると、恐ろしく静かに、しかし力の籠った声で、ガンドライルのさらに向こうにいる人物に、語りかけるように口を開いた。
「今のボウンズールには、伝えておいてもらおうか、必ずぶん殴りに行くってね!」
「あ、ついでにオルブルにも、よろしくと」
私とデューナの言葉を聞いて、ガンドライルの口許がピクピクと歪む。
まぁ、伝言役の使い走りみたいな扱いだから、プライドの高い奴が心中穏やかで無いだろう。
「この俺に……そんな伝令を伝える、雑兵のような真似をしろと言うのか!舐めるのも、大概にしておけよ女ども!」
ルアンタに敗れた所にこの扱いで、奴のプライドが大きく傷つけられたのかもしれない。
ダメージが残っているだろうに、ガンドライルからは闘気が立ち上ぼり、臨戦態勢となりつつあった。
うーん、でもわかっているのかしら?
「言っておきますが、ルアンタよりも私達の方が強いですよ?」
念のため、そう忠告してあげると、ガンドライルはスッと真顔になり、チラリとルアンタの顔を見る。
すると、ルアンタは私の言葉を肯定するように、コクコクと頷いて見せた。
「……お前らが、ボウンズールやオルブルと、どういう関係なのかは知らんが、今の言葉だけは伝えておいてはやろう」
さすがに形勢不利を悟ったようで、闘気を納めたガンドライルは、不承不承といった風ではあるが、伝言を受け取った。
「小僧……いや、勇者ルアンタ。次に会う時は、全力で相手をしてやろう」
ルアンタを睨み付けながら、ガンドライルは言う。
……なんだか、うちの愛弟子に負けたくせに、随分と上から目線だなぁ。
「あれぇ?先程も、本気だって言ってましたよね?」
ちょっとムカッときたので、意地悪な事を言ってみる。
すると一瞬、言葉に詰まったガンドライルは、「うるせー!バーカ!」と、子供みたいな捨て台詞を残し、いつの間にか発動させていた魔法陣に、溶け込むようにして姿を消した。
むむ……おそらく召喚魔法の変形なんだろうけど、変わった使い方だわ。
後で参考にしてみよう。
「いやぁ、よくやったねルアンタ!」
ガンドライルが退散すると、満面の笑みを浮かべたデューナが、わしゃわしゃとルアンタの頭をやや乱暴に撫でる。
そんな彼女手荒い称賛を受けて、揉みくちゃにされながらも、ルアンタは笑顔を浮かべた。
確かに勝てる見込みはあったけれど、準魔王とも言うべき存在を一騎討ちで倒したのは、大金星だろう。
「さすがでしたわ、ルアンタ様ぁ!ワタクシ、ルアンタ様の勝利を信じておりましたわ!」
壁の上から、ヴェルチェも声をかけてくる。
うん、地味な仕事ながらも、彼女もよくやってくれた。
こうもスムーズに分断できていなかったら、かなりの乱戦になって面倒な戦いになっていた事だろう。
しかし、こちらの状況がわからない、壁の向こうではまだ戦いが続いている。
私は、ヴェルチェに精霊魔法で作った壁を、消してもらうように頼もうとした。
すると、デューナがチョイチョイと私の肩を叩く。
「壁を消すのはいいけどさ、こいつらはどうするんだい?」
デューナの言う、こいつら……つまりは取り残されたモンスター達である。
主であるガンドライルが早々に撤退してしまったためか、上級と呼ばれる奴等も、どう動いていいのか困惑しているようだ。
「大丈夫、私にいい考えがあります」
「ふうん……まぁ、アンタが言うなら、そうなんだろうけど」
「ええ。あ、でも少し手伝ってもらえますか?」
私の出した、簡単なお願いに、デューナは頷いて快諾してくれた。
「では、ヴェルチェ!壁を消してください!」
「わかりましたわ!」
ヴェルチェからの返答と同時に、魔法で生み出された巨大な壁が消えていく。
まだ戦っている面々からすれば、その突然の異変に戸惑い、争いの手は中断される。
すると、自然に強者の集まっている、私達の方へと視線が注がれた。
ほどよく注目が集まった所で、私とデューナが上級モンスター達に向かって一言。
「失せなさい」
殺気を込めた、その静かな一声に、上級モンスターと呼ばれる怪物達が、半狂乱になって逃げ出していく!
さらにその恐怖は伝播し、中級や下級のモンスター達まで、恐慌状態となって、一目散に逃走していった!
やがて、戦いの場に残っていたのは、王都の衛兵や冒険者、そして勇者達に私達。
突然のモンスター達の逃走に、いまだ戸惑う彼等にも理解してもらうべく、私は声を張り上げる!
「私達の勝利です!」
その声に、ルアンタ達が呼応し、勇者達も雄叫びをあげ、やがて勝鬨の声は、その場にいるすべての者達から発せられていく!
勝利を告げるこの声は、王都の中の住人達にも伝わった事だろう。
「……さて、頑張った弟子には、ご褒美をあげなければいけませんね」
王都を揺るがすような歓声が響く中、私は武装を解除すると、ルアンタを抱き締めてあげるべく、彼の元へ向かおうとした。
が、そんな私の横を走り抜けて、高速で彼に抱きつく影がひとつ!
「お見事でしたわ、ルアンタ様!」
「あ、ありがとうございます……」
下半身への見事なタックルで、ルアンタを押し倒したヴェルチェが、称賛の声をかけながら押さえ込むように覆いかぶさる。
「ルアンタ様の勝利は信じておりましたが、さすがにお疲れでございましょう?この後は、ワタクシが誠心誠意を込めて、ルアンタ様の身も心も癒して差し上げますわ!まずは、そうですわね、一緒にお風呂でも……ぐえっ!」
ルアンタに馬乗りになりながら、ヤバい目付きで迫っていたヴェルチェの首にそっと腕を回し、ギュッと絞め上げる。
すると、鶏のような声を漏らしながら、彼女は意識を失った。
まったく、懲りない奴だわ。
「大丈夫ですか、ルアンタ?」
「は、はい……ちょっと、びっくりしましたけど」
戦いの疲れからか、ほとんど抵抗ができなかった彼は、いまだに寝転がったままだ。
私は、失神したヴェルチェを小脇に抱え、空いている方の手をルアンタに差し伸べる。
「……ルアンタも、皆に応えてあげるといいですよ」
「え?」
立ち上がったルアンタはまだ気付いていなかったようだけど、先程までの勝利の歓声は、いつしか勇者達を讃える声となっていた。
他の勇者達が並んで歓声に応えている所に、私はルアンタを送り込む。
「おお!最大の戦果をあげた、最年少勇者の登場である!」
そう言いながら、ジンクスはルアンタを肩車すると、一際大きな歓声があがった!
「ほれ、ルアンタ殿も、皆に応えるとよいのである!」
「そうだぜぇ、そういうのも、勇者の仕事ってなぁ」
「そ、そうなんですか……」
少し戸惑い、照れながらも剣を掲げたルアンタに、戦場にいた全ての者達から、ルアンタを……そして私達を称える、大歓声が鳴り響いた。
◆
「この度はよくやってくれた、勇者達よ」
勝利を納めた戦場から、いったん城に集められた私達の前で、七国の王様達が大きく頷き、今回の偉業を称える。
戦闘後の詳細はまだ聞かされていないが、今回は数千というモンスターに囲まれた防衛戦にも関わらず、死者は無く重傷者もかなり少ないとの事だ。
まさに私の作戦がしっかり決まったと、内心で自画自賛してしまっても、バチは当たらないだろう。
王達は、勇者の一人一人に「マジパネェ!」とか「クソイケてた!」などといった、労いの言葉をかけていく。……労いだよね?
何て言うか、おじいちゃんが頑張って若者に迎合しようとしてるのを見るみたいで、ちょっとキツい気持ちになるわ。
ただ、そんな中でも、ルアンタにかける期待の大きさが、彼等の言葉の端々から感じられた。
うーん、これは決まったかな?
そう、元々この集まりの主旨である、『真の勇者』とやらが。
私がそんなことを胸中で考えていると、王様達の代表者であるミルズィー国の王が、コホンとひとつ咳払いをして、ルアンタをまっすぐに見据える。
「……今回の活躍で、我々だけでなく勇者達も、満場一致で賛同してくれた」
その言葉に、勇者達もうんうんと頷いている。
「人間界を、そして人類を代表する『真・勇者』の称号をルアンタに与え……」
「お待ちください!」
突然、王の言葉を遮って、部屋の扉が開かれた!
そこに立っていたのは……ルアンタの姉、レドナ!?
「うちの弟が真の勇者とは、どういう事なんですか!今回の集まりで、ルアンタは勇者から解放されて、家に帰ってくると思っていたのにっ!?なのに、今以上の危険な場所に向かわせようとしているなんて、例え王様達だろうが許せません!一辺、死んで……キュエッ!」
興奮して捲し立てながら、王様達に詰め寄ろうとしたレドナを止めたのは、彼女を追ってきたルアンタの兄、リオウス!
彼が素早く、レドナの首の頸動脈に腕を回してギュッと絞めると、ガクリとレドナは気を失った。
あれ、なんだかデジャブを感じる……?
「ハァハァ……突然、部屋を出ていったから、もしやと思ったが」
絞め落とされ、グッタリとしたレドナを背負ってリオウスは深々と頭を下げてる。
「失礼いたしました。……この子は、ちょっと弟好きを拗らせているだけなので、平にご容赦を」
一礼して、部屋を出ていくリオウス達。
まったく、ブラコンもここまで行くと、押さえる方も大変そうだ。
「えっと……なんじゃったか……そう、勇者ルアンタを今後は真・勇者に任命する!」
思わぬ乱入者にペースを崩されたりはしたが、『真・勇者』の称号を受けたルアンタは、緊張の面持ちでそれを拝命した。
そして、そんな彼に勇者達は、拍手でもって異議の無い事を伝える。
──その後、近日中に『真・勇者』お披露目の祝賀会を開くからねと、だけ伝えられ、激戦の後と言うこともあって、集まりは解散となった。
すると、部屋を出る前に実力を認められたルアンタが、私の元へ小走りで駆けてきた。
「先生!」
誉めてほしいオーラを振り撒きながら、ルアンタはニコニコと私を見つめる。
まるで子犬のような愛らしさ……ふふ、ルアンタは可愛いですね。
私はそんな彼の望みを叶えるように、優しく頭を撫でながら、今後の事を踏まえて、次の行動に移る決意を決めた。
だから……辛いけれど、言わなければならない。
「ルアンタ……」
「なんですか、先生?」
「私達はここで別れます」
そう告げた瞬間、ルアンタの顔から表情という表情が、消え失せていた。




