11 覇軍大公を撃破せよ!
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「これを、貴方に渡しておきます」
戦いの前、そう言ってエリクシア先生が僕に渡したのは、先生が『変身』の時に使う、魔道具と同じような物だった。
「貴方専用に、カスタマイズしてあります。いざという時に、使いなさい」
『変身』した先生の強さは、魔将軍を相手にしていた時に、目に焼き付くほど見ている。
その強さの一旦を僕に与えてくれるあたり、先生の心配と期待の大きさが感じられて、僕は胸がつまる思いがした。
「必ず、僕が覇軍大公を倒します!」
「ええ、その意気です。でも、危なくなったら、すぐに引くんですよ?ああ、それと遮二無二つっこむような事はしない事!それに……」
そんな感じで、先生の心配8:激励2な言葉が続いていった。
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「ふふっ……」
ヴェルチェさんの作った壁の上を走りながら、そんな事を思い出していた僕の口角が、自然と上がっていく。
まだまだ心配をかけてばかりで、先生の隣に並び立つにはほど遠いなぁ……。
でも、ガンドライルを倒すことができたら、少しは男として認めてもらえるかもしれない。
そう思うと、闘志が沸き上がってくる!
そんな僕の行く手に、横から現れた男……毒竜団の関係者が、魔法を放とうとしてきた!
今こそ……魔道具を使う時だっ!
『バレット』のスイッチを押すと、『勇者』の音声が響く。
僕はそれを腰に当てた『ギア』へと差し込んで、先生と同じように呟いた!
「変身!」
起動させた『ギア』から噴き上がる魔力の奔流が、僕の身を包んで形を成していく。
次の瞬間、爆発魔法らしき衝撃と音が炸裂したけれど、『変身』して身に纏った全身スーツのお陰で、まったくダメージは無かった!
無傷で爆煙から飛び出した僕は、そのまま毒竜団の男を蹴り飛ばす!
そうしてガンドライルの前に降り立ち、名乗りを上げた僕は、奴と正面から視線をぶつけた!
◆
「ふん……勇者ルアンタに、よくわからん魔道具か」
こちらを眺めるガンドライルの顔には、明らかな失望の色が見えている。
「お前のようなガキが、俺に挑んで来るとは……よほどの人材不足か、舐めているのか」
僕を値踏みしながら、ガンドライルはブツブツと呟く。
相手は、魔王に匹敵する強者だというし、失望する気持ちもわかるけど……うーん、隙だらけだ。
はっ!もしかして、僕の攻撃を誘っているんだろうか?
ディエンさんも、酔ったような動きで敵の油断を誘うと言ってたし……よし!
だったら、相手の反応を上回る一撃で、その罠を打ち砕く!
僕は、『エリクシア流魔闘術』で体内に魔力を循環させ、一気に身体能力を引き上げる!
魔法と違って、発動に詠唱等が必要ないから、強化した事を相手に悟られたりもしない。
わずかな溜めの動き……そして次の瞬間、僕はガンドライルの懐に飛び込んでいた!
「なっ!」
辛うじて反応したガンドライルは、ギリギリで僕の剣をかわす!
いや、ほんの少し避けきれなかったのか、奴の顔に一筋の赤い線が走った!
「あ、危ねぇな、このガキ!」
え……この焦りようは、もしかして本当に油断してた?
向こうは魔王クラス、僕は子供で勇者の内のひとり……舐められるのは仕方がないかも知れないけど、そこまで侮られていると思うと、少し腹立たしい。
何故なら、それは僕の先生達も侮っているという事に、繋がるからだ!
「油断するほど、余裕はないと思え。僕は、あの人達に鍛えられているんだからな!」
ガンドライルに注意を払いながら、僕は先生達の方をチラリと見る。
そして、絶句した。
不意に固まった僕を訝しげに見ながら、ガンドライルもまた先生達の方に視線を向けて、唖然とする。
そこには、信じられない光景が広がっていたからだ。
「おらぁ!かかってこいやぁ!」
「逃げてばかりでは、武装のテスト……もとい、戦いになりませんよ」
単体でも、小さな町単位なら壊滅させるほどの、狂暴かつ強大な上級モンスター達。
それが、ダークエルフとハイ・オーガの女性の、たった二人に追い回され、情けない声をあげて逃げ惑っていた。
さ、さすが先生達……僕がそんな事を思っていると、ガンドライルが肩を震わせ、口元を押さえる。
「ククク、なるほど。そういう事か……」
何かを悟ったように、ひとりで頷きながら呟いていた奴の瞳が、いきなり真っ赤に燃えた!
「静まれぇぇぇい!!!!」
ガンドライルの怒声が飛ぶと、さっきまで恐慌状態で先生達に追われていたモンスター達が、「ビタリ!」と動きを止める!
その様子に、先生達もモンスター達に命令した、ガンドライルへと視線を向けた。
「ダークエルフ、それにハイ・オーガの女ども……貴様ら、あえてこのガキを俺に仕向けたな」
確かに、先生達は僕とガンドライルの一騎討ちの場を作ってくれた。これも訓練だから、と。
「つまりは、アレだ……おまえらは、この俺を弟子の成長に使う、いわば咬ませ犬に丁度いいと見なした訳だ!」
ブルブルと怒りに震えながら、ガンドライルは引きつった凶悪な笑みを浮かべる。
「ここまでコケにされたのは、生まれて初めてだぜ……」
そのまま奴は、僕をギロリと睨み付けると、両腕を広げて聞いたことのない、魔法の詠唱を行った。
すると、ボゥっと光る小さな魔法陣が、広げた両手の先に浮かび上がり、そこから二振りの剣が姿を現す!
これは……召喚魔法で、武器を喚び出した!?
そんな事が、出来るものなのか!?
今まで、何度もエリクシア先生の、不思議な独自魔法に驚かされてきたけど、まさか敵からも同じような衝撃を受けるとは、思わなかった。
「ククク、いい顔だ。そうやって、素直にビビるお前に、俺の愛剣を紹介してやろう」
驚く僕の姿に気をよくしたのか、ガンドライルは手にした魔剣について説明しようとする。
「俺の自慢の双子魔剣、その名も……」
「久しぶりに見たなぁ、『炎刃デス・ロエーモ』に『凍剣デス・レコーオ』」
「ああ、あれが……」
不意に、横から魔剣の名前をエリクシア先生に教えるデューナ先生の声が届き、ガンドライルはポカンとした顔になった。
意気揚々と、自慢しながら語ろうとしていた所に、これはちょっと辛いかもしれない……。
「……フッ、オーガの女とはいえ、手練れともなると俺の魔剣の名を知っていても、不思議ではないか」
デューナ先生に持っていかれた、場の雰囲気を取り戻すように、ガンドライルは鼻で笑う。
そうして、先生達に向かって宣言した!
「お前らの望み通り、今から本気で、このガキを攻撃してやろう!だが、ガキは殺さん!両手両足を斬り飛ばし、その後でお前らをなぶり!犯して!絶望感と無力感を、魂の髄まで教え込んでやるわ!」
まさに魔王クラスといった風に、凶悪な言葉と顔で高笑いするガンドライル。
しかし、それを告げられた先生達は、不快そうに眉をしかめるだけだった。
「その、脳と下半身が直結したような、脅しは何なんですか。欲求不満なんですか?」
「オークか、オマエは」
『このモンスターがエロい!』ランキングで、悪い意味で上位にランクインするモンスターに例えられ、ピタリと高笑いの止まったガンドライルは、怒りの紅潮を通り過ぎて顔面蒼白になる。
まるで、憤死する一歩手前だ。
「馬鹿か、お前らは!これから、恥辱の極みを味わわせてやると言っているだろうがっ!」
「まぁ、嗜虐趣味も個人の嗜好なので、どうこう言うつもりはありませんが、前面に押し出して隠そうともしないのは何なんですか。性癖拗らせてるんですか?」
「ゴブリンか、オマエは」
言葉による脅しが、まったく通しないどころか、『このモンスターが酷い!』ランキングで、常に上位に食い込むモンスターに例えられ、ガンドライルの表情から感情が消えた。
たぶん、怒りが限界を超えすぎて、訳がわからなくなったんだろうな……。
「……なんだか知らんが、あの女どもと話してると調子が狂う。お前から、さっさと始末してやろう」
もう先生達を相手に、舌戦しても仕方ながないと、理解したのだろう。
気を取り直したガンドライルの双剣から、炎と凍気が噴き出して、なんとなく場違いな感じの、幻想的な光景を生み出す。
「さぁて、小僧は何秒持つかな?」
謂うが早いか、剣を構え、野性動物のような俊敏さで、ガンドライルは突進してくる!
『エリクシア流魔闘術』で能力を向上させた僕は、それに真っ向から挑んでいった!
そして、僕達は激突する!
──常人の目には、無数の火花が散っているだけにしか、見えないかもしれない。
しかし、同じく無数に響き渡る金属音が、それを剣撃のぶつかり合いだと教えてくれるだろう。
「フハハハ!どうした、小僧!」
余裕すら滲ませた、ガンドライルの猛攻を、僕は懸命に凌いでいた!
くっ……二刀流の相手が、こんなにやりづらいなんて!
攻撃に回れば、多方向からの変則的な軌道は読みにくく、防御に回れば守備とカウンターが、ほとんど時間差もなく繰り出される!
これが、僕と同じく人間相手なら、片手で握る相手の剣を両手持ちの重い一撃で突破できるかもしれない。
けれど、魔族特有の人間より強固な肉体は、強化した今の僕でも、少し膂力に劣るほどだ。
さすがは、魔王直属の『三公』という地位にあり、魔王クラスと称えられるだけの事はあるという事か。
……なんて、相手を誉めてる場合じゃない!
今はなんとか凌げてるけど、このままじゃジリ貧だ。
このスーツと、デューナ先生から付けてもらった稽古が無ければ、僕の首はとっくに飛んでいただろう。
くそう……何か、突破口は無いだろうか。もしも先生なら、この強敵を相手に、どう戦う?
「……!」
先生なら……そう思った瞬間、僕の脳裏に閃きが走った!
少しばかり賭けになるけど……やるしかない!
「せりゃあ!」
僕は多少のダメージを受ける覚悟で、ガンドライルの攻撃に合わせて、無理矢理に剣を捩じ込んでいく!
「ちっ!」
その、やけくそ気味な攻撃を嫌ったガンドライルは、舌打ちしながらわずかに下がった。
ほんの少しだけ生まれた隙をついて、僕は後ろに跳んで距離を取る。
それと同時に、『ポケット』から『バレット』を取りだし、起動させて剣の柄本にある挿し込み口へと装填した!
パチパチと、刀身で魔力が弾けるのを確認し、僕は剣を大上段に構えながら、下半身に魔力を集める。
「爆発魔法付与斬撃!」
強化された下半身から繰り出される、爆発的な踏み込みで加速した僕の体は、今まで以上の速さでガンドライルに襲いかかった!
「ぐぬっ!」
かわす事ができないと悟ったガンドライルは、頭上で双剣を交差させて、振り下ろした僕の剣を受け止める!
だが、それと同時に発動した『バレット』に込められた魔法……爆発魔法が、超至近距離で覇軍大公に炸裂した!
並の魔族なら、この爆発で受けたダメージで防御が揺らぎ、刀剣の一撃で倒すことがデキタかもしれない。
だけど、並の魔族ではないガンドライルは、爆発に飲まれながらも、剣を受け止めた腕に込める力を、弛めていなかった!
僕が与えたダメージは、奴の表面を焦がした事と、双剣にわずかな亀裂を入れられた事のみ。
「ブハッ!よくも、やってくれたな、こぞおぉぉっ!」
怒りに燃えるガンドライルは、双剣を巧みに操って僕の剣を絡め取ろうとする。
だから僕は、敢えて剣を手放した!
「はっ?」
意図はしていたのだろうけど、敵が自ら剣を放した事で、一瞬だけ奴に思考の空白時間が訪れる。
それを無駄にせず、すばやく地を蹴って、僕は空中へと飛び上がった!
再び『バレット』を取り出し、今度は腹部の『ギア』にセットすると、即座に発動!
『ギア』から走る魔力のラインが、背中へ集まって一気に点火した!
「爆発魔法加速蹴り!」
背後で弾けた爆発魔法に押し出され、僕の体は空を切り裂いて、流星の如く標的へと向かう!
「ちいぃ!」
さっきの「爆発魔法付与斬撃」より速いこの蹴りを、奴は再び交差させた双剣で受け止めた!だが!
先の一撃で亀裂の入った双剣は、僕の蹴りに耐える事はできずに、あえなく砕けて折れてしまう!
「なあっ!?」
そんな、驚愕するガンドライルの胸板に、僕の蹴りが突き刺さった!
肉を裂き、骨を砕く感触が、僕の脚へと伝わってくる。
そして、奴の心臓を確実に捉えた手応えも。
「お……おお……クボッ……」
必殺の蹴りが決まり、着地した僕の目の前で、ガンドライルは水音の混じるくもぐった声を漏らしながら、数歩後ろへ下がる。
そして……。
「ば……ばがなっ……ぐはあっ!!!!」
噴水のように大量の血を吐き、覇軍大公は膝から崩れ落ちるようにして、ゆっくりと大地に倒れ伏したのだった。




