10 ダークエルフの戦術
◆
「では、ルアンタ。景気付けに、派手にかましてやりましょう」
「はい!」
元気よく答えたルアンタと、私は手を繋いで魔力を同調させていく。
唄うような、互いの詠唱が重なりあい、私達は目標へ向けて、手を伸ばした!
『極大級爆発魔法』×2
極大級の爆発魔法が、相乗効果を成して、モンスターの群れを吹き飛ばす!
その衝撃と轟音、さらに巻き上がった土煙に紛れて、勢いよく王達の城門が開け放たれた!
「いくぞ、お前らぁ!」
そこから、鼓舞するディエンの声を先頭に、勇者達に率いられた、王都の衛兵や冒険者達が雄叫びをあげて、モンスターの群れへと雪崩れうっていく!
怒濤の勢いで突進する彼等は、混乱するモンスター達に切り込むと、そのまま絹を割くようにして群れを分断していった。
ここまではヨシ!
「私達も行きます」
城壁の上に残っていた、私達一行と作戦に必要な魔法が使える、アーリーズが大きく頷いた。
私達は、一斉に城壁から飛び降り、落下の勢いに風の精霊の力を受けて、滑空するようにモンスター達の頭上を飛び越える!
そうして、突進する勇者達の少し先に着地すると、その場のモンスターを蹴散らして、合図を送った。
「よぉし、総員散るのである!」
ジングスの一声を受け、直進してきた衛兵と冒険者達が、左右に進路を変更し、モンスターの群れに再び突進していく!
先頭にいた勇者達のみが、私達の元にたどり着いたと同時に、私は次の指示を出した。
「ヴェルチェ!アーリーズ!」
「了解ですわ!」
『…………!』
二人の土精霊魔法の使い手は、同時に魔法を発動させる!
すると、広範囲に渡る巨大な土の壁が生成され、私達と向こう側は完全にシャットアウトされた!
「これで、下級と中級のエリアは分断完了です!」
作戦の第一段階が成功した事に、皆がガッ!と拳を握った。
◆
私は、この戦いを開始する前に、四段階の策を提案していた。
そして、前提としてモンスターを下級、中級、上級の三つに区分けし、エリアを設定していたのだ。
その第一段階が、『下級モンスターのエリアを隔離した後、王都の衛兵や冒険者に任せる』である。
数こそは脅威的に多いものの、このエリアには基本的にはゴブリンやオークなどの雑魚しかいない。
経験豊富な冒険者や衛兵が各々を指揮すれば、敵を全滅させる事はできなくとも、王都の門を破られる事はないだろう。
侵入さえさせなければ、後は時間を稼ぐだけでいい。
その間に、私達が……。
◆
「勇者の皆さん、次を頼みます!」
「任せときなぁ!」
「行くのである!」
作戦の第二段階となる、『勇者一同で、中級モンスターを引き付ける』の合図を受けて、ディエンとジングスが叫び、中級モンスターの群れを相手取って戦闘を開始した!
「酩酊一刀流奥義・『妖狼乃多牙』!」
ゆらゆらと、酔ったように揺れるディエンの体術から繰り出される剣閃が、喉笛を狙う狼のごとき鋭さで、近くにいるモンスター達の首を切り裂いていく!
悲鳴をあげて倒れていくモンスター達の間を抜け、さらに奥へとジングスが突進した!
「ぬおぉぉぉっ!ギガンティック・タイフーン!」
両腕を高速で回転させ、突進する彼に触れたモンスターが、まるで竜巻に巻き込まれたように捻れ、吹き飛ばされていく!
要するにすごい駄々っ子パンチなのだけど、彼のパワーで行われるその攻撃は、恐るべき威力を備えていた!
「よっしゃ!行きなぁ、姉ちゃん達!」
ディエンとジングスが切り開いた、モンスター達の隙間を私達は駆け抜けて行く。
もちろん、奴等もそれを捨て置こうとはしないが、私達に攻撃する前に、後方から飛来した、魔法や召喚獣の一撃によって打ち倒されていった!
チラリと後ろを振り返り、エリア分けした壁の上に立つ、人物達に向かって親指を立てて見せる。
そこにいるのは、遠距離戦を得意とする勇者達、魔法使いのラーブラ、召喚師のオーリウ、斥候のキャッサである。
目端の効くキャッサが、下級と中級エリアを俯瞰してポイントを指定し、そこをラーブラの魔法と、オーリウの召喚獣で攻めて両エリアの味方を援護するという布陣だ。
もちろん、空を飛ぶ系のモンスターを打ち落とす役目も兼ねている。
「流石ですね、先生!作戦はドンピシャです!」
「まだ油断は禁物ですよ。気を引き締めてなさい」
そんな風に、ルアンタを嗜めながらも、私は内心では満更でもなかった。
ふふん、確かに今の所は完璧だな!
ルアンタの、私に対する尊敬度も鰻登りのようだし、士気も上がってるようだ。
これなら、今作戦の要の部分を、ちゃんと果たしてくれるだろう。
「そろそろ、中級エリアも終わりだね……」
ここに来て、襲いかかってくるモンスターの数が急激に減った事で、デューナが警戒の呟きを漏らした。
そう、ここから先は、この場のモンスターよりも、さらに強いモンスター達の縄張り。
本能的に気圧された中級モンスター達が、進む私達を追うことを断念したのだ。
「もう一度、壁を!」
「承知ですわ!」
『…………!』
私の声に再び答えるヴェルチェと、なぜか着いてきたアーリーズ!……いや、あなたは勇者達と一緒にいなきゃダメじゃん!?
ええい、仕方ない。壁ができたら、向こう側に放り込んでおこう!
なんて思ってる間にも、巨大な壁は生成され、狙い通り中級エリアと上級のエリアを仕切り分けた。
それじゃあ、アーリーズを……と、かの勇者の姿を探すが、いっこうに見当たらない。
あれ、おかしいなぁ?
「それでは、エリ姉様にデュー姉様!頑張って、ルアンタ様のお役に立ってくださいませ!」
壁の上から、私達を励ます(?)ヴェルチェの声に、そちらをチラ見すると、なぜか彼女の隣に控えるようにしている、アーリーズの姿が目にはいった!
な、何をやってるんだ!?
「ヴェルチェ!隣のアーリーズさんを、勇者達の所へ!」
「ああ、それもそうですわね……って、なんですの?」
私に同意しようとした、ヴェルチェの裾をクイクイと引いて、アーリーズは何事かをヴェルチェに耳打ちした。
いや、喋れるんかい!それなら、もっと大きな声で話なさいよ!
「ふむふむ、なるほど……エリ姉様、アーリーズさんは、直接的な戦闘力の乏しい、ワタクシを守りたいそうですわ!」
「えっ?」
「オーっホッホッ!何も言わずとも、『ワタクシを守り隊』が現れる、これが真の魅力を持つ者というものでしてよ?」
完全に調子に乗った感じで、高笑いをするヴェルチェだったが、確かに戦闘に向かない彼女の護衛というのも、必要ではあるか……。
まだ、ヴェルチェにも仕事はあるし、ここはアーリーズの好きにさせよう。
「よう、話は終わったかい?」
「ええ、あっちは放っといて、私達はすべき事をしましょう」
私とヴェルチェ達が掛け合いをしていた間も、上級エリアに属するモンスター達は迂闊に攻めて来なかった。
さすが、強さだけでなく警戒心も高い。
まぁ、向こうから来ないなら、こちらから攻めるだけだけど。
「いくぜぇ!」
「私も……『変身』!」
気合いの声と共に、炎のような闘気を立ち上らせて『超戦士化』するデューナと、『ギア』を発動させて『戦乙女装束』に身を包む私!
それに反応したモンスター達が、一転して襲いかかってきた!
「はっはあぁ!」
凶暴な笑みでデューナが大剣を振るうと、飛びかかろうとしていたマンティコアが両断され、勢い余ってその後ろにいたミノタウロスの亜種まで真っ二つになる!
さらに、爆発じみた威力の剣撃は大地を抉り、モンスターを砕きながら蹂躙していった!
どっちが悪役だかわかりゃしない、デューナの活躍っぷりを眺めていたが、こちらも負けていられない。
「早速、試してみましょう」
そう呟きながら、私はドワーフ達に製作依頼をしていた、例の武装が収納されている『バレット』を取り出した。
起動のスイッチを押すと、『重武装』の音声が響き、それを『ギア』に装填する!
魔力の光が迸り、私の『戦乙女装束』の上に、更なる武装が追加された!
「おお……なんだい、そりゃ」
思わず手を止めて、こちらに見入ったデューナが、目をぱちくりさせている。
フッフッフッ……これぞ、『戦乙女装束・重武装形態』!
文字通り、圧倒的火力で近接戦闘だけでなく、遠距離戦も行うための武装である!
左腕には、異世界の武器である、盾付き回転砲筒、右手には炎熱鉤爪。
胸部には連射砲頭を備え、腰には飛翔型爆発魔法筒連を下げつつ、脚部には機動力の向上と蹴りを強化するための、加速機構が設置されていた。
「ふむ……だいたい発注通りですね」
「いかがですの、未知なる武具でもご注文に答える、我がドワーフの技術力は!」
胸を張るヴェルチェに、今回は大したものだと、素直に感心してしまう。
ただ……。
「……この胸部バルカンだけは、発注した物となにか違いませんか?」
確か、頼んだ時は『胸部装甲が開いて、バルカンの射出口がこんにちわ』するという、コンセプトだったはずだが?
しかし、現物は胸の膨らみの先に、射出口が伸びているではないか。
「無駄にでかい物をぶら下げてらっしゃいますから、視線誘導も兼ねた改良案ですわ!」
「……このままだと、なにやら乳首から魔力弾を発射するようで、すこぶる見映えが悪いのですが?」
「ホーッホッホッホッ!精々、『なんか乳首から魔力弾発射するレディ』として、名を馳せてくださいまし!」
馳せてたまるか、そんなもん!
くっ……ヴェルチェの大きな胸に対する、歪んだコンプレックスは、とんでもないな。
だが、今すぐ改良する訳にもいかないし、この戦いを乗り越えたら、直すとしよう。あと、ヴェルチェは泣かす!
「仕方ない、切り替えていきましょう」
私は気を取り直すと、即座に数本の『バレット』を『重武装形態』の差し込み口にセットしていく!
一応、私自身から魔力を直接繋いで、魔力弾に変換してもいいのだが、異世界の記録にあるようなバラ蒔き方をしたら、あっという間に魔力が枯渇する可能性もある。
何より、初使用でいきなりコネクトは、危なすぎるからね。
ここは、『バレット』に貯めておいた魔力で、弾を精製しよう。
「ゴルアァァァッ!」
突っ立っていた私目掛けて、一体のキマイラが襲いかかってくる!
よし、初めての生け贄はキミだ!
私は迫るキマイラに回転砲筒の砲口を向けると、トリガーを引いた!
次の瞬間、落雷のような轟音が鳴り響き、痺れるような手応えと衝撃が私に伝わってきた!
ほんの数秒程度だったろうに、回転砲筒から放たれた数百発の魔力弾は、一瞬にしてキマイラの右半身を吹き飛ばした!
後にデューナが語る、『ミンチよりも酷え!』状態である。
しかも、あまりに一瞬過ぎたためか、半分だけ残ったライオンの頭部と、山羊の頭は顔を見合わせてギョッとしてから、ようやく致命傷を受けたのだと理解して絶命していった。
……くっ、くうぅぅぅぅ!
初めて再現してみた、異世界の武器!
それが、威力もさることながら、こんなに衝撃と爽快感があるなんて!
うーん、向こうの世界には『ハッピートリガー』なる言葉があるらしいけど、この痺れるような爽快感は、クセになるのもわからないでもない。
ただ……消費量がバカにならない!
何これ!ほんの数秒撃っただけなのに、弾丸用『バレット』に込めた魔力がモリモリ減っていた。
こ、怖ぁ……自分の魔力を繋いでたら、ヤバい所だったわ。
この『重武装』は、強力だけど、使いどころを間違えると、一転ピンチになる諸刃の剣過ぎる。……でもまあ、それはそれとして。
今回は耐久テストも兼ねているので、『バレット』の魔力が無くなるまでぶっぱなすとしましょう!
──上級モンスターの群れの中で、私達が大暴れしたものだから、奴等も相当に戦力を削られていた。
そのせいか、このエリアにも、かなりの隙間ができてきている。
これは……そろそろ行けるか!
「ヴェルチェ!」
私は、今作戦の最後の策を決めるために、もう一度ヴェルチェに土の壁を作るよう指事を出した!
「ようやくですのね!ルアンタ様の花道……ワタクシが作ってさしあげますわ!」
歓喜に顔を綻ばせたヴェルチェは、上級モンスターのエリアを、左右に分ける形で土の壁を作り出した!
「行きなさい、ルアンタ!」
「はいっ!」
勇ましく返事を返したルアンタが、壁の上を走って、一気にガンドライルの元へと距離を摘めていく!
作戦の第三段階は、『私とデューナによる、上級モンスターの殲滅』。
そして、これが最終段階、『ルアンタとガンドライルの、一騎討ちの場を作る』である。
この状況を作るために、今まで彼を無傷で温存しておいたのだ!
「うおぉぉぉっ!」
「フッ……ガキが一人で」
雄叫びをあげて迫るルアンタを、ガンドライルは一笑に伏す。
だが、そんな二人の間に、突然横から飛び込んでくる人影があった!
「こんな小僧、覇軍大公様が相手をするまでもありません!」
割って入った毒竜団の男が、走ってくるルアンタに向かって、魔法を放つ!
発動した魔法は、完璧にルアンタを捉え、彼を中心にして爆発が巻き起こった!
「フハハッ!ざまあ……あぎっ!?」
一瞬、勝ち誇った毒竜団の男だったが、爆煙の中から飛び出してきた人影に、思いきり顔面を蹴られて、無様に吹っ飛んでいった!
そんな蹴り放った人物は、ガンドライルの前に、軽やかに着地する。
「……なんだ、お前は?それに、その格好は……」
怪訝そうな顔をする覇軍大公に、私と同じようなスーツに身を包んだその人物は、堂々と名乗りを上げた。
「僕の名は七勇者のひとり、ルアンタ・トラザルム。そしてこれは、先生から授かった、新しい力……『武装魔道具・勇者装束』だ!」
スーツの背にある、マント状パーツをたなびかせて、ルアンタ剣の切っ先を、ガンドライルへと向けた!




