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09 『覇軍大公』

            ◆


「ほぅ……これは中々、壮観ですね」

 王都を護る城壁の上から、殺到するモンスターの大群を見下ろし、私はそんな感想を口にする。

 こういう都市は、防衛上、城門が有るのは一ヶ所だけだ。

 だから当然、攻め手もそこに集まるのだが、ここまで数が多いと笑ってしまいそうになる。

 この数に、王都の衛兵達も初めは浮き足だっていたようだけれど、勇者達が姿を現した事で、少しだけ平静を取り戻していた。


「随分と、雑多な群れだな……」

「そうですわね、とにかく質より量といった感じですわ」

 私の隣で、同じように敵を眺めていたデューナとヴェルチェが、そんな風に呟く。

 確かに、彼女達の言う通り、押し寄せている群れの前面にいるのは、ゴブリンやオークといった下級のモンスターに、そんなモンスターの肉を食って、野性動物が凶暴化した魔獣の類いといった物が多い。

 しかし、本来は補食関係にあるそれらが、同時に足並み揃えて群れているのだから、この大群を統率する首領は、並の奴ではないだろう。


 その証拠に、大群の後方には、強力なモンスターが控えているのが、ちらほらと見える。

 ざっと見ただけでも、キマイラ、マンティコア、ミノタウロス、サイクロプス、等々……。

 他にも魔界でも割りと珍しい、何処から連れてきたんだ?と、言いたくなるような、ラインナップだ。


 さて、そんな奴等のさらに後ろで控えているであろう、この群れの頭は……。

 私は、エルフの特長である優れた視力をもって、群れの最後方へと目を凝らした。

 ええっと……いた!あれだわ!


 それは以前、魔将軍ディアーレンの元部下達から聞いていた、魔王ボウンズール直属の「三公」と呼ばれる存在。

 最初に、そいつらの名前を聞いた時は、まさかと思った。

 けれど、私の視線の先にいたのは、前世(まえ)に見知った、その存在。

 間違いない、あれは……。


「……現在は確か、『覇軍大公』とか名乗っているんでしたか」

「それって、ディアーレンの部下達が言ってた……」

「ガンドライルの事ですの!?」

 私の呟きを受けて、ガンドライルと旧知でもある(・・・・・・)デューナとヴェルチェが、驚きの声をあげた。


「かぁ~、本当にボウンズール(・・・・・・)の部下になってるとはね……」

「まったくですわ……面倒な事になりましたわね」

「あの……先生達は、ガンドライルというの魔族を、知ってるんですか?」

 『三公』の一人という情報は知っている。が、その実像を知らないルアンタが、私達に尋ねてきた。


「……かつて、今の(・・)ボウンズールが魔界を統一して、魔王となる前に、魔界の一部地域を支配していたのが、ガンドライルという、魔族です」

「つまり、魔王の一人と言える存在ですわ」

「アタ……ボウンズールと何度も剣を交えていた、かなり手強い奴だよ」

「魔王……」

 モンスターの大群を率いているのが、まさかの魔王クラスだと知った、衛兵や勇者達の間にザワザワと動揺が広がる。まぁ、それだけの脅威ではあるから、仕方ないか。


 なにより、ここは絶対死守しなければならない、防衛の要。

 人間界の根幹とも言える七大国の王達と、魔族に対抗する希望である勇者が集まっている、この都市が落とされれば、全てが潰えるかもしれないのだから、その重圧(プレッシャー)は半端なものではないだろう。


「だけどさ、あれは本当にガンドライルなのかい?」

 モンスターの群れの奥を睨みながら、デューナがそんな事を聞いてくる。

 うーん、エルフのような、驚異的な視力を持っている訳ではない他の者達からすれば、自分の目で確認できない以上、疑いたくもなるか。


「そうですね……確認の必要がありますか」

 もしかしたら、ガンドライルのそっくりさんな可能性も、無くはない。

 ちょうどよく、奴は隣にいる何者かと話しているようなので、その会話を盗み聞きする事にしよう。 


 私は、以前にハイ・オーガ達への偵察として使ったように、風の精霊を呼び出して、ガンドライルとおぼしき連中の元へと飛ばした。

 そうして少しすると、敵将達の交わす会話が、風の精霊を通してこちらへと流れ込んでくる。


『……とに、うまくいってるのか?』

「おお、聞こえてきたのである!」

「やるなぁ、ダークエルフの姉ちゃん」

「しっ!静かに……」

 風の精霊を通して聞こえてくる声を、自分達も聞きたいと、私達だけでなく勇者達も集まってきた。

 だけど、騒がしくされると、向こうの声が聞こえなくなるから、静かにしてほしい。

 って、こら!狭い……というか、押さないでください!

 我も我もと、敵の会話を聞きたがる面々に押され、風の精霊を操る私を中心として人が密集してきた。

 くっ……こ、こいつら。


『ええ、今頃は各国の王達は冷たい骸となっているでしょう』

 一言かましてやろうかと思った矢先、再び向こう側の会話が聞こえて来た。

 なので、全員がピタリと黙り込み、向こう側の話に耳を澄ませる。


『ふん……人間どもの、勇者とかいう連中もいるのだろう?』

『ククク、奴等には初めて集まった時に、不和となるよう()を盛ってありますので……』

 会話をしている、一方の声には聞き覚えがある。

 かつて魔界で何度か聞いた、ガンドライルの声に間違いない。


 そして、そんなガンドライルと話す、謎の男……話の内容からして、こいつが『毒竜団』の手の者だろう。

 しかし、私が予想した通り、疑心暗鬼を誘発するプロフィールを配っていたのは、やはり毒竜団だったんだな。

 ふふん、我ながら、冴え渡る推理力が怖くなるわ。


『わからんな、貴様も人間だろうに、なぜ人間側が不利になるような真似をする?』

『あまり大国同士で結託されると、我々のような裏家業の者にとっては、うま味(・・・)が無くなるんですよ。ほどほどに敵対していてもらった方が、なにかと都合がいいんです』

『その結果、人間界が滅んでもか?』

『ですから、こうして新たな支配者になられる魔族の方々に、お役に立つとアピールさせてもらっている訳です』

『フハハハハ!なるほどな、見事な処世術だ!』


 私達に聞かれているとも知らず、なんだか説明的なやり取りをしてくれている。

 まぁ、こっちとしては、ありがたいんだけど……なんて思っていたら、私の後ろで話を聞いていた勇者達が、怒りに震え出していた。


「ゆ、許せんのである!己の利益のために、弱き者を売るような真似をしおって!」

「まったくだぜぇ……漢じゃねぇなあ」

「冥土の土産に、こいつらを掃除してやるのも悪くないのぅ」

 憤慨する勇者達は、次々に怒りの言葉を口にする。が、これはマズい!


『な、なんだ!?』

『今の声は、どこから……』

 精霊通信の向こう側から、戸惑うようなガンドライルと毒竜団の男の声が聞こえた。

 しまった、やっちゃったか!


 精霊通信(これ)って、一方通行じゃなくて、こっちの声も向こう側に届いちゃうんだよなぁ。

 勇者達が発した怒りの声は、しっかりと向こうにも聞こえていたようだ。

 いや、勇者達(あんたら)、今ごろ口を押さえても遅いっつーの!


 とはいえ、逆に丁度良かったかもしれない。

 この際だから、きっちりと宣戦布告でもしておきましょうか。


「あー、あー……聞こえますか、ガンドライル及び毒竜団の方?」

 私の呼び掛けに、ビクリとしたような気配が伝わってくる。

 しかし、さすがは魔王の一角。

 すぐに気を取り直して、堂々とした雰囲気でこちらに問い返してきた。


『ほう、俺達が何者か、知っているのか』

「まぁ、それなりに……」

『フッ……それで、コソコソと盗み聞きしていたようだが、貴様らは何者だ?』

「我々は、勇者ルアンタと美しきその師匠と仲間達!あと、他の勇者達です」

「ちょっと待て!なんだい、その説明は!」

「自分だけ、アピールし過ぎですわ!」

「俺らの存在、雑過ぎるだろうが!」

 デューナ達や勇者達が抗議してくるけれど、私はそれを受け流して、ガンドライル等への言葉を続ける。


「残念ながら、毒竜団の目論みは瓦解しました。王達は無事ですし、勇者達もちゃんと和解できています!」

『な、なにっ!?』

 予想外といった感じで、毒竜団の男が驚愕する声が聞こえてきた。

 しかし、ガンドライルはそんな男の様子が可笑しかったのか、高笑いしながらこちらに話しかけてくる。


『なるほど、してやったつもりのゴミムシどもが、調子に乗っている訳か。だがな、俺は元よりそんな策など、宛にしてはいない!なぜなら……』

「誰がゴミムシであるか!失礼な!」

「相手に敬意も持てねぇ、モンスター並の知能な野郎に言われたくはねぇなぁ!」

「ははっ、雑魚の大群を引き連れて、調子に乗ってるのはどっちかねぇ?」

「ちょっ……だから押さないでください!って、誰ですか、私のお尻を触っているのはっ!」

「わあっ!す、すいません、先生!」

「ルアンタなら、よし!許します」

「ちょっと、エリ姉様!? ルアンタ様だとわかった途端に、むしろ当てにいくのは反則ではありま……」


『うるせえぇぇぇぇっ!!!!』


 突然、ガンドライルの怒声が響き渡った!

『そっちに何人いるのか知らんが、いっぺんに喋るんじゃねぇ!しかも、最後の方は何なんだ!』

 ううむ、ごもっとも。

 少し反省した私は、最後に要点を纏めた一言を告げる事にした。


「まぁ、要するに、これからあなた達を倒しに行きますから、覚悟しておきなさいという事です」

『……おもしろい。もしも俺の元に……』

 プツンと小さな音がして、精霊通信はそこで途切れた。

 というか、打ち切った。


「……あの、向こうはまだ何か言いかけてたんですが、打ち切って良かったんですか?」

「いいんですよ、どうせ大した事は言ってません」

 実際、どうでもいい脅しみたいな台詞だろうし、一方的に話を切られた向こうが、平常心を乱せば儲け物だ。


「さて……今度は、こちらのターンといきましょうか」

 ゴクリと息を飲む面々に、私は構築していた作戦の説明を始めた。

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