08 闇より出る襲撃者
いや、これってどういう状況!?
なんで王達達が、暗殺されかかっている訳!?
そんな疑問が頭に浮かぶが、次の瞬間には私達は行動に移っていた!
「酩酊一刀流・覆水!」
まるで、溢れた水が広がる様を思わせるような、低い体勢でヌルリとテーブルを潜ったディエンが、王様達に刃を向けていた暗殺者を斬り倒す!
「炎、水の槍!」
ラブーラの放つ無詠唱の小さな炎が、暗殺者の一人の顔面に着弾、それで怯んだ次の瞬間、ほぼ同時に発動した水魔法の一撃に貫かれていた!
「ぬうぅん!」
軽やかに舞った筋肉の塊、ジングスの有無を言わせぬフライングクロスチョップが炸裂!
それを受けた敵の一人は、「ぐえー!」という悲鳴と共に、ダウンする!
「……なるほど、彼等もやるものですね」
「はい!皆さんいい動きをしてましたね」
「個人的には、ラブーラ老の魔法の使い方が滑らかで参考になります」
「そうですね、あの詠唱と無詠唱の同時発動は、すごい技術です」
私とルアンタが、すでに倒した四人の暗殺者を床に重ねながら、世間話みたいな雰囲気でラブーラ達の技を誉めていると、直接戦闘をしないタイプの勇者達が、驚きの声を漏らした。
「い、いつの間に……!?」
「いつの間にって……彼等と同時にですよ」
「なっ!?」
オーリウ達は愕然とするが、そんなに驚くような事ではないでしょうに。
暗殺者の力量と現状からして、奴等は勇者達の実力に及ばない。
もっと暗殺者の数が少なければ、私は動かなくとも、対処できただろう。
しかし、一人一殺と言わんばかりに、王様達に人数を合わせて来たから、仕方なく加勢しただけだ。
だが、そんな中でも私の動きに付いてこれたのは、ルアンタのみ。
フフフ、やはり私の愛弟子は、頭一つ抜けた実力を持っているようだわ。
内心、鼻高々で暗殺者を拘束さしていると、腰を抜かしていた各国の王達が、ようやく立ち直って私達の近くに寄ってきた。
「ありがとおぉぉぉぉっ!」
「助かった!マジ、助かったわい!」
「怖かったあぁぁ!」
礼を言うだけならいいのだが、どさくさ紛れで私に抱きついてきたどっかの王には、軽くビンタを張っておく。
手加減はしたけど、空中で回転しながら床に転がるその姿を見て、その後、私に抱きついてくる者はさすがにいなかった。
セクハラ、ダメ!ぜったい!……まぁ、ルアンタなら許すが。
◆
「それで、いったい何があったというんですか?」
ようやく落ち着いた王達に、先程の状況に至る経緯を尋ねた。
「いや……我等にもよく分からんのだが、突然暗殺者が天井から降ってきて……」
言われて上を見上げれば、確かに天井の一部にぽっかり穴が空いている。
「ふむ、土魔法を使用した形跡がありますわね。建造物の素材からして、ああいった侵入方法も可能ですわ」
大地のエキスパートであるドワーフらしく、ヴェルチェが天井を観察しながらドヤった表情で分析する。
「……まぁ、知りたかったのは、手段ではなく目的なんですけどね」
ヴェルチェの分析を即流したため、「なんなんですの……」といった顔で見られながらも、言い放った私の言葉に、皆が小首を傾げた。
「目的って……国王達を、暗殺する事じゃないのか?」
「タイミングの問題です。七大国の国王が、一同に会する今は、警備も厳しく人目も多い。さらに、勇者と呼ばれる手練れ達が、すぐ近くにいるんですよ?」
その状況で暗殺を決行するなど、仮に成功しても実行犯達が、無事に逃げおおせる確率は限りなく低い。
それでも暗殺に踏み切った、理由はいったい何だろう?
「疑問の答えになるか、わかんねぇですけど……」
暗殺者達の身元となりそうな物を探っていた、斥候勇者のキャッサが、何かに気づいたのか声をかけてきた。
「こいつら、『毒竜団』のメンバーです」
「『毒竜団』!」
ざわりと室内に動揺が走る!
『毒竜団』といえば、以前ルアンタを誘拐した、人間の犯罪者組織だ。
まぁ、様々な悪事を働いているというから、暗殺を行おうとしてもおかしくはないが、大国の王達を標的にするのは分が悪いんじゃないだろうか?
「間違いないんですか?」
「はい……『毒竜団』の連中は、全員がこんな刺青を入れてるんです」
そう言って、ペロリと暗殺者のズボン下ろして、その尻を晒す。
するとそこには、『竜がウインクしながら舌を出している』デザインの、刺青が彫られていた。
犯罪者組織のくせに、可愛いマーク使ってるなぁ……。
「……暗殺者が『毒竜団』の手の者なら、無理をしようとしていたのも理解できる」
「うむ。魔族と手を結んでいた奴等を潰すために、かなり強引に事を進めていたからな」
なるほど、王達の言葉通りなら、追い詰められた鼠が猫を噛もうとしたと……まてよ?
嫌な予感が、私の脳裏を駆ける。
「し、失礼します!」
そして、それは慌てて駆け込んできた、王都の兵士らしき者が持ってきた報告によって、現実の物となった!
「ま、魔獣とモンスターの大群が、この王都に向かって殺到してきております!」
「な、なにっ!?」
「そ、その数……およそ数千かと……」
「なん……だと……」
驚きのあまり、王達も言葉が出ない。
これは……してやられたな。
「先生……もしかして、何か気付いたんですか?」
つい、舌打ちを漏らした私の様子に、ルアンタが尋ねてきた。
さすが、彼は私の事をよく見てるな。
そんなルアンタの言葉に釣られて、室内の目が私に集まってくる。
むむ……ハッキリとした証拠が有るわけではないけど、仕方ない。
私は「あくまで仮の話ですが……」と前置きしてから、頭に浮かんだ、そのシナリオを話して聞かせた。
「このタイミングでの、国王暗殺とモンスターの襲撃……これは、魔族と『毒竜団』による、計画的な襲撃だと思われます」
「な、なんだってー!」
驚きの声があがり、不安と動揺が部屋の中に満ちてくる。
「い、いったい何を根拠に……」
「各国の圧力で弱体化している毒竜団が、繋がりのある魔族と組んで逆転を謀る……何も不思議はないでしょう」
そう、毒竜団にとって邪魔な大国の王達と、魔族達にとって邪魔になりそうな勇者達。
その二つの勢力が同時に集まるのだから、一網打尽にするなら最適なタイミングだとも言える。
「王達が暗殺され、浮き足立っている王都を、勇者達もろとも落とす……奴等のシナリオはそんな所ではないでしょうか」
「だ、だが……なぜ今ここに、目的である我々が集まる事を、奴等は知ったのだ!?」
「暗殺者が、容易にここまで侵入してくるのですから、どこから情報が漏れていてもおかしくはないでしょう」
「ぐ、ぐむぅ……」
さすがに反論の余地は無いと悟ったのか、王達は黙り込んでしまった。
しかし、私にはもうひとつ懸念している事がある。
「各国の王達にお尋ねしたいのですが、勇者の皆さんに渡された、このような物をご存じですか?」
そう言って、私はルアンタから借りた勇者達の紹介文を、王達に確認してもらう。
すると……。
「な、なんだこれは!?」
彼等の口から、戸惑いの言葉が飛び出した。
「これではまるで、うちの勇者がアル中みたいじゃないか!」
「うちも、惚け老人を前線に出すほど、人手不足じゃないっつーの!」
「……まぁ、若干の悪評はありますが、彼はこんな無差別強姦するような輩ではありません!」
口々に、自国の勇者達擁護する国王達。
そうか……やはり、彼等も知らなかったのか。
ならば……。
「魔族と毒竜団の繋がりは、だいぶ前からあったようですね……」
私の呟きに、皆がよくわからないといった顔になる。
「おそらく、その偽資料が勇者達の手に渡ったのには、毒竜団が絡んでいます」
「……確かに、国から支給された物資の中に、これを紛れ込ませるだけなら、さほど難しい事じゃないか」
そして、偽資料に目を通した者は、自分以外の勇者がろくでもない連中だと思い込む。
さすがに、会って間もない者達が、「国からの資料には、君達ろくでもない奴等って記述があるけど、本当?」なんて聞けるはずもないから、お互いに疑心暗鬼ばかりが広がっていった事だろう。
そうなれば、満足なチームワークも取れず、大した事のない事案で、勇者達は瓦解するだろう。まぁ、実際にしたわけだけど。
「あくまで証拠もない、仮定の話ではあります」
実際、確たる証拠はないのだから、私は再び仮説であることを念押しする。
しかし、そんな私の話を聞いていた皆は、それをほぼ事実だろうと判断し、改めて敵の恐ろしさを理解したようだった。
だが、それは私も同じだ。
なぜなら、こんな遠回りな計画は魔族の下っぱやら、毒竜団単独で遂行できるはずもない。
つまり、デューナや私の名を語る連中が、絵図を描いていてるという事だ。
それが、どこまで計画通りなのかは知るよしもないが、それでもこうやって、ジワジワと毒を盛るような計略を、今の魔族達は行えるのだろう。
『力こそパワー』といった頃の魔族より、この事実だけで脅威の度合いは、格段に上がる。
……とはいえ、だ!
今は、敵に恐れを成す前に、やらなければいけない事がある!
「さて皆さん、真相の究明は、後回しにしましょう。何はともあれ、私達は今できる事をする必要があります」
「できる……事?」
「ええ、モンスターの大群の撃退です」
私は努めて明るく言うけれど、室内の空気は重い。
あれ……ひょっとして滑ったというやつだろうか?
「撃退といっても、数千だぞ?どうやって、それを行うと言うのかね」
「元々、仲間内でしか群れる事のないモンスターが、これだけ集まってるんです、統率している者がいるでしょう」
「なるほどね……統率者を倒せば、後は烏合の衆って訳だね」
こちらの意図を察したデューナに、私は親指を立てて見せる。
「だ、だが、モンスターの群れを突破して、それを成しえる事ができるのか?」
「なあに、勇者と呼ばれる方々もおりますし、何より私達なら可能です」
事も無げにそう言うと、わずかばかり重い空気が軽くなったような気がした。
「ククク、そんな簡単そうに言われると、本当にできそうな気がしてくるな」
「まったくである。どちらにしろ、籠っていても戦況は変わらぬなら、ひと暴れしてやろうではないか!」
どうやら、やる気になった勇者達の姿に、国王達も少し安堵したようだ。
「それでは、皆さん。一仕事するとしましょうか」
言ってから、ふと割りと部外者な私が、なんだか仕切るような形になっている事に、今更ながら気付く。
だが、それに対する反論の声は上がらず、ただ士気の上がった返事が返って来るのだった。




