06 少年の主張
『各国の勇者達の中から、真の勇者に相応しい人物を決定すべく、勇者対戦を行います。
場合によっては命を落とすこともあるかもしれませんので、ご家族の方々に先立ってご連絡させていただきました。
なお、招集後にこの戦いに、参加するか棄権するかは、勇者各自の判断にお任せいたしますので、ご家族の方々もよく話し合ってください。』
リオウスから渡された手紙に記されていたのは、たったこれだけだった。
いや、なんだこの子供が書いたような手紙は?
まぁ、文章はともかく、内容については真の勇者とやらを決定するために、勇者同士で競わせるという、試みは理解できる。
でも、棄権も自由だと言うのでは、びっくりするくらい誰も乗ってこない可能性だってあるじゃないか。
うーん、国の栄誉を背負っているから、棄権なんてするはずがないと思われているんだろうか?
しかし、家族まで巻き込んで、棄権を促してるような雰囲気もあるし……?
それとも、それらの誘惑を振りきる事自体が、何らかの試み?
……だめだ、現時点では情報が無さすぎて、国側の意図を予想する事ができない。
「どうです?これで、ルアンタが勇者を辞めるという現実を受け入れる事ができたでしょう?」
困惑していた私達に、レドナはフフンと胸を張って言い放つ。
なるほど、彼女はルアンタが自分から辞めると言うに違いないと、思っているんだな。
だが……。
「姉上、申し訳ないですけど、僕は勇者を辞めるつもりはありません」
「そうでしょう、そうでしょう。これで平和な……ええっ!?」
予想外のルアンタの答えを聞いて、レドナは貴族にあるまじき表情で、驚愕の声を響かせた。
「な、何故なの!? あなたは、争いを好むような子じゃないじゃない!」
慌てふためくレドナとは対照的に、リオウスもルアンタに静かな問いかけをする。
「お前は元々、無理難題を押し付けられたような物で、勇者をやるつもりなど無かっただろう?もしも、家に迷惑がかかるかもしれないと考えているなら、そんな事は気にしなくても……」
「違うんです、兄上。もちろん、そういった心配が無いわけじゃないけど……」
そこで言葉を切ったルアンタは、チラリと私の方を見た。
むっ!これは……私と別れたくないから、勇者を続けると告白するつもりではないだろうかっ?
家族に対して、ずっと一緒にいたいと告げるなんて……そんなの、プロポーズと一緒じゃないか!
確かに、彼の気持ちを受け入れるつもりはあるとは言ったが、まさかここで来るとはっ!
く、くそう……こんな衆人環視の中で言われたら、断るなんてできやしない!
なんて策士なんだ♥
私が内心、ドキドキしながら次の言葉を待っていると、ルアンタは意を決したように口を開く!
「僕は、勇者として旅をしている間に、色々な事を学びました。その結果として、エルフやドワーフだけでなく、いずれ魔族とも手を取り合える世界を目指したいと思ったんです!」
その目指す世界のために、すべてを我が物にせんとする、魔王とも戦う決意をしたのだと、まっすぐにリオウスを見据えながら、ルアンタは告げた。
……はい、すいません。私の勘違いでした。
そうだよね、勇者としては、そっちの方がメインの理由だよね。
まったく……我ながら、いったい何を期待していたんだ……。
やや自己嫌悪に陥っていると、私を見てニヤニヤしているデューナと目が合った。
「……なんですか?」
「いやぁ、アンタなんだか、ヴェルチェみたいな顔してたなってね」
「んなっ!? そ、そんなバカな!」
「なぜ、ショックを受けますの!? 失礼ではありませんこと!」
ヴェルチェはプンプン!と、可愛い頬を膨らませて抗議する。
だが、彼女のような恋愛脳になっていたとは……不覚と言わざるを得ない。
しかし、この体に生まれ変わってからというもの、前世ではほとんど感じなかった、感情に振り回される事が多い気がするなぁ。
デューナやヴェルチェにしたって、前世は『脳筋殺戮マシーン』だったのが、今では母性の塊と恋愛脳の権化だ。
人生は、どうなるかわからない物だな……そんな事をしみじみと考えていると、ルアンタが私を上目づかいで覗き込んでいた。
おや、これは何か心配している目付きかな?
すっかり慣れた、彼の感情の機微を読んだ私は、微笑みかけながら、ルアンタの頭に手を乗せやると、ルアンタはほんわかした笑みを浮かべた。
そして、それを見て、鬼のような形相を浮かべる、レドナとヴェルチェ。
やれやれ、ここまで圧倒的な差を見せつけられても、諦めないとは……そのうち、キッチリと引導を渡してやりましょう。
「……そうか、お前は自分の行く道を見つけたんだな」
ルアンタの答えを聞き、私とのやり取りを見ていたリオウスが、感慨深そうに呟く。
可愛がっていた弟の成長に、嬉しくもあり、寂しくもあるといった表情で歩み寄った彼は、優しくルアンタの肩に手を置いた。
「お前がそう決めたなら、俺はもう何も言わない」
「ちょ、ちょっと、お兄様!」
「レドナ!」
食い下がろうとしたレドナは、リオウスに一喝されて、ビクリと体を震わす。
「この子はもう、自分の魔力に怯えていた頃のルアンタじゃない。俺達も、弟の自立を祝福してやろうじゃないか」
「お兄様……」
「だがな、ルアンタ。お前の選んだ道は、かなり険しい道だぞ?どの勇者が成し得たのかは知らされていないが、ドワーフやエルフの国を救った勇者が、お前の前に立ちはだかる事になるんだからな!」
うん?
私達の事って、一般には知らされていないのかな?
あー、でも考えてみれば、勇者は各国の代表なんだから、あんまり活躍に差がつくとマズいのかもね。
どうしましょう……といった感じで、ルアンタが私達の方を見る。
うーん、まぁ……言ってもいいんじゃないかな?
実際にそれをやったのは私達だし。
グッ!と親指を立てて見せると、ルアンタもコクリと頷いた。
「兄上、そのドワーフとエルフの国の一件なんですけど……やったのは、僕達です」
「……マジ?」
「もちろん、先生達がいてくれたからこそ、だけど……マジです」
それを聞いて、リオウスは一瞬、小声で何事か呟きながら天を仰ぐ。
「んもう!俺の予想の上を行くとは、さすがだなルアンタ!」
バシバシとルアンタの肩を叩き、嬉しそうにリオウスは弟を褒め称えた。
「よーし、もうお前が世界を救っちゃいなさい!兄さんは、ガンガン協力しちゃうからな!」
そう、ルアンタを励ました後、私達に向かってリオウスは頭を下げる。
「弟を……よろしくお願いします」
んん、素晴らしい兄弟愛!
兄弟殺しをやるような連中に、見せつけてやりたいものだわ!
気まずそうなデューナとヴェルチェの気配を感じながら、私はリオウスに「任せてください」と答え、自分の胸をドン!の叩いた。
◆
──翌日。
リオウス達と同じホテルで一泊した私達は、現在、王城へと向かっていた。
さすがに昨夜は、家族水入らずで過ごさせてあげようと思い、ルアンタとは別室を取ったのだが、抜け駆けしようとするヴェルチェをサブミッションで落としたりしていたら、ちょっと寝不足になってしまったわ。
「くあっ……」
「大丈夫ですか、先生?」
つい、あくびが漏れた所を目撃したルアンタが、声をかけてきた。
あらやだ、恥ずかしい所をみられちゃったわ。
「昨夜は少々、気が昂って寝付きが悪かったもので」
「そうなんですか……先生が緊張するほどなんですから、僕も気合いを入れないといけませんね!」
まさか、今ルアンタの隣に陣取っているヴェルチェを締め落としていたからとは言えず、そうですねと適当に相槌を打つ。
そんな感じで談笑しながら進んで行き、私達はこの王都のもっとも奥まった所にあって威を放つ、ミルズィー王城の入り口にたどり着いた。
城門の前にある検問所で用件を告げると、衛兵が城内へと私達を案内してくれる。
どうやら、ルアンタが最後だったらしく、他の勇者達はすでに待機しているとの事だった。
「待たせちゃって、申し訳無かったですね」
「なぁに、主役は最後に現れるとも言いますよ?」
彼が気後れしないようと、私はあえて茶化しながら告げる。
すると、ルアンタは「主役になれるよう、頑張ります!」と、気合いが入ったようだった。
「こちらが、謁見の間となります。すでにルアンタ様の到着は伝えてありますので、このまま中へどうぞ」
衛兵に促され、重い扉を開けて、私達は室内に踏み入れる。
そこには……入室してきた私達を、値踏みするように目を向ける、六人の男女が佇んでいた。




