05 勇者解任!?
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「お見苦しい姿を晒して、申し訳ありません。私はルアンタの姉の、レドナ・トラザルムと申します」
ようやく落ち着いたルアンタ姉は、ペコリと一礼してきた。
なるほど、よく見てみれば何処となくルアンタに似てる。
そんな彼女に私達も礼を返して、それぞれが自己紹介をする事にした。
「私は、ルアンタの武術と魔法の師をしておりす、エリクシアと申します」
「まぁ、魔法ならともかく、武術も……?」
ダークエルフとはいえ、基本的に格闘など行いそうにない、エルフ種の私が武術を指導していると聞いて、レドナは驚いた様子だ。
うん、掴みはオーケー。
次いで、ヴェルチェが優雅に頭を下げる。
「初めまして、お義姉様!ワタクシ、ルアンタ様の婚約者であるヴェルチェと申し……ぶっ!」
レドナに対して、堂々とデタラメを言おうとしたヴェルチェの頭部に、私とデューナがツッコミを入れる。
初対面の相手に、嘘を吹き込むんじゃありません!
「こ、婚約者!?」
「ち、違いますよ、姉上!」
「すいません。この娘は、思い込みと独占欲と妄想癖が少し強すぎる、可哀想な娘なんです」
「そんな説明って、酷くありませんこと!? 酷くありませんこと!?」
どういうキャラ付けですの!と、抗議するヴェルチェを押し退けて、デューナが前に出る。
彼女の巨体に気圧されるレドナに対して、デューナはにこやかに挨拶をした。
「やぁ、どうも、ルアンタの姉さん。アタシはデューナ。ルアンタの剣の師匠で、義理のママってやつさ」
「ぎ、義理のママ!?」
デューナの訳のわからない自己紹介に、やはりレドナは困惑した表情を浮かべた。
また、ややこしい事を言い出したな、こやつめ!
私以外、まともな自己紹介ができていないじゃないか!
ふざけた事ばかり言ってて、怒られるのではなかろうか……。
私がそんな心配をしていると、レドナはクルリと私達に背を向け、ルアンタの肩をがっしりと掴んで、真剣な面持ちで問いかけた!
「ねぇ、ルアンタ……本当にこの人達は、あなたの先生なの?」
「え?」
「もしかして、『自分達をルアンタの先生だと思い込んでいる、ちょっとアレなストーカー』に、話を合わせているんじゃないでしょうね?」
おぉい!ルアンタの姉とはいえ、なんて言い草です!?
だいたい、まともに対応した私を、この二人と同列にするって、ちょっと酷くない?
それに、ヤバい人って言うなら、いきなり弟を押し倒そうとする、貴女も相当にヤバいんですが!
内心で憤慨するも、レドナは完全に危険人物を見る目付きになって、私達を睨んでいる。
だが、そんな彼女を諭すように、ルアンタは首を横に振った。
「姉上……この人達は、本当に僕の先生達です」
「そう……なの……?」
「はい。特に、ダークエルフのエリクシア先生は、僕にとって大切な……」
恥ずかしくなったのか、ルアンタはそこで言葉を切ってしまう。
でもね、貴方の気持ちは、私へ向けるキラキラした瞳で、伝わってきますよ……。
(先生……)
(ルアンタ……)
無言の内に、見詰め合う私達……。
そこへ、「はい、そこまで!」と言わんばかりに、レドナが間に入ってきた!
くっ、いいところだったのに。
「うちの弟を、公許良俗に反する目で見るのは、止めていただきたいのですが!」
「いつ、誰がそんな卑猥な視線を向けましたか?」
いきなり、失礼な!言いがかりも甚だしい!
まぁ、条例的な物に引っ掛かる恐れも、無きにしも在らずだが……。
「この子は『大きくなったら、お姉ちゃんと結婚するー!』って言うくらい、お姉ちゃん大好きっ子なんですから、誘惑しても無駄ですよ!」
「あ、姉上!それは昔の話で……」
「フッ!幼少期の思い出しか拠り所が無いとは、片腹痛いですね。むしろ、他に好きな人が出来るくらい、ルアンタが育っている事を喜んであげてはどうです?」
祝え!弟の成長を!と促してあげたにも関わらず、彼女はそれを頑なに認めようとしない。
「仮にルアンタに好きな人ができても、弟にそぐわない人物なら、姉として認めません!」
「何より、本人の気持ちが大事でしょう!ましてや、彼は勇者!今後の事を考えれば、彼の隣には強い女性が必要です!」
「それは、問題ありません!」
そこでレドナは、我が意を得たりとばかりに、ニヤリと口角をあげた。
「なぜなら……ルアンタは勇者を辞めるからです!」
なっ……!?
「なんだってー!!!!」
私達全員が、声を揃えて迫った事に怯みつつも、レドナはもう一度ハッキリと言った。
「ですから、ルアンタは勇者を辞めると言ったのです!」
「ぼ、僕はそんな話は聞いていませんよ!?」
「ええ。それについては、これから国王様から説明があるでしょう」
な、なんてこった……。
レドナの、この自信に溢れる態度は、とても思い違いか何かとは考えにくい。
それじゃあ、本当にルアンタは勇者をクビになるんだろうか……。
ガクレンの町を救い、ドワーフの国を解放して、エルフの国への野望を食い止めた……勇者としての功績は、計り知れないというのに!
……いや、まぁ、だいたい活躍したのは、私やデューナだったかもしれないけど。
それにしたって、これらはルアンタが勇者として、私達の中心にいたからの偉業には違いはない。
そんな彼を辞めさせるなんて、人間の王は何を考えているんだろう。
はっ!まさか、この段階で先程の懸念、『狡兎死して、走狗煮らる』って状況になったって言うんじゃ……。
ぐるぐると、悪い予感が頭の中に渦巻いてしまう。
レドナは、この状況をわかっているのだろうか?
チラリと様子を伺うと、「ぐうの音も出ないようですね!」と勝ち誇っていた。
ん。わかってないな、これは。
能天気な彼女に、私の予想を伝えようとしたその時!
「ちょっといいか?」
そう声をかけてきたのは、王都を守る衛兵らしき人物だった!
「なんの用ですか!」
私が警戒の声をあげると、すぐさまルアンタやデューナも左右に広がり、武器に手をかける!
「ちょ、ちょっと待って!」
しかし、そんな私達に衛兵は慌てながら、前に出した両手を振って見せた。
「お、俺はそこの、検問所の兵士なんだけど、なんか列から外れて大騒ぎしてる連中がいるっつーからさ!?」
「あ……」
気がつけば、王都に入ろうとしている人達が、怪訝そうな顔でこちらの様子を見ているし、一緒に来た商隊の連中は他人の振りをしている。
な、なんて薄情な……。
ただでさえ人目を引きやすい私達は、目立たぬようにしようとしていたのに、完全に注目を浴びてしまっていた。
「……で、あんたらは何者なんだい?」
「勇者です……」
衛兵の質問に顔を赤くしながら、か細い声でルアンタは答えた。
その時の「ええ……」といった、困惑する衛兵の顔は忘れられない。
「と、とにかく、王都に入りたいなら、おとなしく列に並んでくださいよ」
「はい……」
素直に答え、私達は列の一番後ろに並ぶ。
そうやって、衆人環視に晒されながら小一時間……私達は、ようやく王都への入都を果たしたのだった。
◆
「さっきのように、騒ぐのはやめしょう。ひとまず、私達の宿泊しているホテルに案内します」
ごもっとも。
着いてくるように促すレドナに、右も左もわからない私達は従うしかない。
それにしても、ガクレンの町とは違って、ミルズィー国の王都は、なんと言うか華やかだった。
街中を行く人々はその数も多く、かなりの賑わいを見せている。
これはあれだな、前世に過ごした魔界の王都より、だいぶ栄えているな。
まるで、祭りでもやっているかのような雰囲気に、私達はついキョロキョロと辺りを見回していた。
「あまりキョロキョロなさると、田舎者と笑われますよ」
レドナはそんな事を言うが、実際にそうだから別に構わないかな。
「逆に、都会慣れしてるエルフの方が、なにか気持ち悪くありませんか?」
そう問い返すと、一理あると納得したのか、レドナはそれ以上は何も言って来なかった。
そんな彼女の足が、やがてとある建物の前で止まる。
その建物の看板に、『ホテル』の文字があるのを見て、私はレドナの目指す場所にたどり着いた事を理解した。
それにしても、随分と立派な建物だなぁ……宿泊費も、かなり高そうだ。
「では、中でお話しましょう。そこで、ルアンタが勇者を辞める理由を、教えて差し上げます」
望むところだと、私達はゾロゾロとホテルのロビーへと向かう。
レドナが入って行った時には、平然と対応していたホテル側の従業員達だったが、後から入ってきた私達には、さすがにギョッとしたようだ。
そんな彼等を尻目に、私達はレドナの取っているという部屋へ向かう。
「この部屋です」
そう言って、彼女はコンコンとドアをノックする。
『はい、どちら様です?』
「レドナです、お兄様。ルアンタを連れてきました」
室内からの声に、彼女がそう告げるのと同時に、勢いよくドアが開かれ、レドナの顔面に直撃した!
「げぶっ!」という、彼女のにぶい悲鳴には目もくれず、中から現れた青年が、ルアンタに視線をロックオンする!
「ああ……久しぶりだな、ルアンタアァァ!怪我は無かったか?勇者なんて無理だと思っていたのに、こんなにお前が頑張るなんて……お兄ちゃんは鼻が高いぞぉ!うん、でもなんだか、随分と逞しくなってるな。これは俺もうかうかしていられない……ルアンタの自慢の兄であるためにも、鍛え直さないとな!まぁ、とにかく、無事で良かった!」
青年……おそらく、ルアンタの兄は、ルアンタに抱きつくと、早口で捲し立てた!
レドナもそんな感じだったし、兄か姉かの違いはあれど、同じような重い愛情表現ではある。
それでも、兄弟仲は良さそうだし、前世の私達とは大違いだな。
「あ、兄上!こんな所で騒ぐと、他のお客さんに迷惑ですよ!」
「おっと、それもそうだな……って、こちらは?」
そこでようやく私達に気づいたのか、ルアンタの兄は、若干引きつった笑みを浮かべて、人外の私達を見ていた。
◆
「そうですか、ルアンタの面倒をみてくれた方々でしたか!」
私達が自己紹介した後、レドナとは違い、好意的な笑顔を浮かべて、ルアンタの兄は「弟がお世話になってます」と一礼する。
「私はルアンタの兄、リオウス・トラザルムと申します。どうぞ、お見知り置きを」
そう言って、リオウスは私達と握手を交わした。
ふうん、ルアンタの前では『俺』だけど、身内以外の時は『私』なのね。さすが、その辺はちゃんとしてるわ。
でも、こうして見ると、やっぱり顔付きはルアンタに似ている。
確かに、『お兄ちゃん』って感じだわ……っと、それよりも!
できれば、もう少し交遊を深めたい所だけど、先に確認しなければならない事がある!
「お会いできたばかりでぶしつけですが、ルアンタが勇者を辞める一件について、何かご存じでしょうか?」
「なぜ、それを!?」
私の問いに、少し驚いたような顔をしながらも、リオウスは否定はしなかった。
「レドナさんから、そのようにお聞きしましたが……」
「レドナ……」
責めるようなリオウスの視線に、レドナはごめん!といった感じで手を合わせる。
その姿に、大きくため息を吐いて、諦めたように口を開いた。
「まぁ、正確には『辞める』ではなく、『辞める事になるだろう』ですが……」
リオウスはそんな風に前置きして、「これがその理由です」と、私達の前に一通の手紙を差し出してきた。




