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04 王都に到着したけれど……

            ◆


「これが……今の魔王軍、上層部の構成か」

「ええ、間違いは無さそうです」

 思わず呟いた支部長に、私は頷いてみせた。

 彼は再び、目の前のテーブルの上に広がる資料の情報を読み込み、「ふぅ……」とため息を吐く。

 そこに記されている内容は、すでに私達の頭の中にも入っている。

 なので、支部長と同じ気持ちになった私も、ため息を吐きたい気分だった。


 実質、今の魔王軍は魔王ボウンズールと、魔導宰相オルブルによるツートップ体制になっていると、その資料には記されている。


 私達が今まで戦ってきた、魔将軍。

 この階級にいるのは全部で十人。その全てが一芸に秀でた、オルブルの部下で構成されているらしい。

 それに対し、ボウンズールの直轄部隊となるのが、三人の強大な軍団長からなる、『三公』と呼ばれる連中だ。

 ボウンズールの命により、常に前線に立ち、その武力を持って敵を打ち砕くのだという。

 魔族がここまで勢力を伸ばす際、他国に攻め込む時には必ず三公のいずれかが加わっていたそうだ。


 例えるならば、三公は侵略部隊、魔将軍は占領部隊といった所か?

 私達が魔族だった頃は、そこまでちゃんとした部隊運用はしていなかったなぁ……。

 今の、かなり統率のとれた組織を作り出した事を考えると、ボウンズールと私の名を騙っている連中は、相当に優秀と言えるだろう。

 ちらりとデューナの方を見ると、あまり興味無さげに、資料をぼーっと眺めていた。

 とにかく力ずくで突貫する事しか考えない、脳筋な本物(・・)にも少し見習ってもらいたい物である。


「……なんにしろ、これらの資料やエルフの女王からの親書は、一介のギルド支部には手に余る。情報は受け取っておくが、これらは王都へ持って行ってもらうしかあるまい」

「ええ、ちょうど王都へは向かう予定だったので、そうするつもりです」

「ああ、例の勇者招集か……」

 一応は、極秘の情報だったはずだが、さすがにギルドの管理者クラスには、話がいってるのか。


「いったい、何のための招集がかかっているのか、ワケなど知りませんか?」

 ダメ元で、ギルド支部長に尋ねてみる。

「残念ながら、理由までは聞かされてはいないな。精々、勇者がギルドに立ち寄った際には、声を掛けてやってほしいといった要望だけだ」

「そうですか……」

 まぁ、魔王を倒す切り札として選ばれたであろう、勇者に関わる話なのだから、秘密が多いのは仕方がないか。


「ところで、物は相談なんだがね。君達は王都に向かうのだろう?」

「ええ、まぁ……」

「ついでと言ってはなんなんだが、この町から王都へ向かう、商隊の護衛依頼を受けないか?」

「護衛依頼……ですか」

 支部長の申し出に、ルアンタも少し怪訝そうな表情で呟いた。

 そういう依頼は、冒険者ギルドの専売特許で、言ってしまえば部外者な私達に頼んでくる話でも無いからだ。


「何か、ギルドの人手が足りないという事でも?」

 依頼者が高ランクの冒険者を希望したり、たまたま他の依頼が多くて、冒険者チームが捌けているとかいう事情があるのだろうか?

 すると支部長は、少し複雑そうな顔で、理由を説明してくれた。

「まぁ、ドワーフの国との連携なんかもあって、常時人手が少ない事もあるんだが、今は調査に忙しくてな」

「何の調査なんです?」

「……モンスターや魔獣の探索だ」

「はい?」

「なんだい、モンスターの大量発生の兆候でもあったのかい?」

 思わず口にしたデューナの問いかけに、支部長は首を横に振る。


「……逆だよ。このところ、モンスターや魔獣が、ほとんど現(・・・・・)れないんだ(・・・・・)

「それは……確かに妙ですね」

「ああ、たんに個体数が減ってるだけならいいんだが、なんせここ(・・)は魔族の勢力圏の目の前だからね……ある程度、余裕がある内に、わずかな異変にも注意を払っておきたい」

 そう言って、支部長はため息のような深呼吸した。

 色々と大変だな、えらい人は。


 なんにせよ、面倒が無さそうなら、商隊と一緒に移動して方が便利で有ることは確かだ。

 私達は支部長からの申し出を受け入れ、護衛の依頼をこなしながら、王都へと向かう事にした。


            ◆


「どうもお疲れ様でした。勇者様一行に護衛してもらえるなんて、ちょっとした自慢になりますよ」

「いえ、大した働きもしてなかったのに、むしろこちらが助けてもらったような物です」

「ははは、そう言っていただけると、私らも鼻が高い」

 にこやかに笑顔を見せる商人達と別れ、私達は一仕事終えた解放感を味わっていた。

 まぁ、ルアンタが言っていた通り、道中はほとんどモンスターも現れず、平和な物だった。

 支部長が言っていた通り、モンスターが減ってるというのは、間違いないようである。

 奇妙な話だけど、楽になるならそのの方がいいと思うわ。


「ここがルアンタ様が生まれたミルズィー国、その王都ですの……」

 眼前にそびえる、大都市を囲む城壁を眺めながら、感慨深げにヴェルチェが呟く。

「僕も王都へ来たのは、数えるほどしかありません。生まれは、地方都市の中位貴族なので」

 ちょっと気恥ずかしそうにルアンタは言うが、私達よりは断然、都会慣れしているだろう。


 何せ、私は彼と会うまでほとんど森から出たことは無かったし、ドワーフの国から出たことがなかったヴェルチェも、似たような物だ。

 唯一、人間の都市部に出向いた事があるのはデューナだけだが、目的は略奪だったそうだから、ちょっと意味が違うなぁ。


 しかし、そう考えると人間と友好的なドワーフであるヴェルチェはともかく、好戦的と思われているダークエルフ()オーガ(デューナ)はすんなり中に入れるんだろうか?

 一応は、ガクレンの冒険者ギルドから、身分保証の書類をもらっているから、大丈夫だとは思うけど、市中に入ってからトラブルになっても困る。

 私がつい、そんな懸念を口にすると、ヴェルチェがニヤリと笑った。


「なんでしたら、ここで留守番をしていてくださっても、よろしくてよ?」

「あんだぁ……」

 あわよくばルアンタを独占できると、攻勢を仕掛けるヴェルチェに向けて、デューナから発せられた闘気が大気を歪める!

 無論、私だって引き下がるつもりはない。

 古来より、女が三人集まればかしましいとは言うが、私達の間には無言の圧力だけが増していく。

 それが、臨界に達しようとした、その時!


「まぁまぁ、大丈夫ですよデューナ先生。一応は勇者である僕も一緒ですから」

 慣れた感じで、私達三人の間にスッと入り込んだルアンタが、一気に緊張感を掻き消してしまった。

「……確かに、ここで争っても仕方ないですね」

「ワタクシも、少々、調子に乗りすぎましたわ」

「アタシも大人げなかったわ……」

 毒気を抜かれた私達は、各々がすまないと頭を下げる。

 それを見て、ニコニコと笑みを浮かべるルアンタに、皆釣られて苦笑していた。

 むぅ、私達を手玉に取るとは……成長してますね、ルアンタ。


「……では、市中では私達はルアンタに従うとしましょう。よろしくお願いします」

 市中への入場から王城まで、ルアンタにエスコートを頼むと、私達に頼られたのが嬉しかったのか、「任せてください!」とはりきっていた。

 フフ、さっきは上手く扱われてしまったが、こうしていると、やはり可愛いものだな。


 そんな訳で、ひとまず王都への入り口である、検問所へ続く列に並ぼうとした、その時だった。


「ん?」

 何か……というか、誰かがこちらに向かって走ってくる?

 その姿に気付いた私の様子に、ルアンタ達も私の視線の先へ目を向けた。

「誰だ、ありゃ?」

「なんだか、こちらに手を振って……」

「あ……」

 迫ってくる人物に、何か気付いたルアンタが声を漏らした次の瞬間!


「ルーアーンーター!!!!!!」


 彼の名を呼びながら、走ってきた謎の女性が、ルアンタにタックルするように体当たりして押し倒した!


「なっ……あ……」

「久しぶりね、ルアンタ!私もあなたに、会いたかったわ!ちょっと見ない間に、こんなに逞しくなって……嬉しいけれど、少し寂しくもあるわね!ちゃんとしご飯は食べてた?お風呂は?ううん、旅の途中だったら、どれも満足にはいかなかったわよね。大丈夫、私がお腹いっぱい食べさせてあげるし、お風呂も一緒に、入って綺麗にしてあげるわ!その後は、ひとつのベッドで……グフフ。っと、いけない。つい、溜まってた欲求が出てしまったわ。こんなに離れていた事は無かったもんね、少しくらい欲望が漏れても、仕方ないというものよ。とにかく、王都のホテルに部屋を取ってあるから、行きましょうか、ルアン……」


「待てぃ!」

 私は、突如現れた謎の女に手刀を叩き込む!

 カエルの鳴くような「グエッ!」という声をあげて、女は私を睨み付けてきた。


「な、なんなの貴女は!私とルアンタの、邪魔をしないでもらえるかしらっ!?」

 私とルアンタって……。


「貴女こそ、何者ですか!私の(・・)ルアンタに、いつまで跨がっているつもりです?」

「わ、私のって……」

 『私の』を強調して言い返したせいか、女はワナワナと震えながらルアンタに問い詰めはじめた!

「ルアンタ、どういう事なの!この方達とは、どういった関係なのっ!?」

「貴女こそ、ルアンタとどういう関係ですかっ!」

「お、落ち着いてください、姉上!先生!」


 ……は?

「姉上!?」

「先生!?」

 ルアンタの口から飛び出した意外な言葉に、私と姉と呼ばれた女性は、つい顔を見合わせてしまった。

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