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03 未来への備え

            ◆


「うう……辛いですわ……」

 ルアンタに背負われたヴェルチェが、苦しげに漏らす。

 何て事はない、ただの二日酔いだ。


「まったく、情けないなぁ」

 昨夜、彼女と一緒に、酔って私に絡んで来ていたはずのデューナは、うんうんと唸るヴェルチェにそんな声をかける。

 うーん、ヴェルチェと同じ……いや、さらに飲んでいただろうに、平然としているあたり、さすがオーガといった所か。


「……体格的にも種族的にも、デュー姉様のペースに付き合ったのが、失敗でしたわ」

 ああ、前世(むかし)と同じようなつもりで、付き合ったのね。

 確かにボウンズール(デューナ)ダーイッジ(ヴェルチェ)はよく飲み明かしていたが、今世(いま)じゃそれも無謀か。


「フフフ……しかし、不幸中の幸いですわ。こうしてルアンタ様に、背負っていただけるのですもの」

 そんな事を言いながら、ヴェルチェはルアンタの背中でモゾモゾと動いた。

「……もしかして、吐きそうなんですか?」

「違いますわよ!」

 心配する私に強く返した後、何故か彼女はしてやったりといった顔で、こちらに笑みを向けてくる。

 何なんだろう、いったい……?


「ンフフ、気づきませんの?すでにワタクシは、エリ姉様以上のスキンシップを謀っていますのよ?」

「うん?」

「私と、密着したルアンタ様の背中に、当てておりますわ(・・・・・・・・)!」

「っ!?」

 それはつまり、新密度最上級のボディタッチ、いわゆる『当ててんのよ!』っていうやつかっ!?

 ま、まさか半死人の彼女が、ここでそんな大技に出るとは!

 だが、それを受けているはずのルアンタ自身が「え?」といった感じで、ヴェルチェの方に振り向いた。これは……。


「ブハハハハッ!ア、アンタ、胸が無さすぎて当たってないじゃないか!」

 そんなルアンタの様子を見て、爆笑するデューナの言葉に、がく然とするヴェルチェ!

 ああ……これほどまでに、現実とは無慈悲なのか。


「あ、あの……注意すれば、当たってる気はしますから!」

 なんとか慰めようとするルアンタだったが、その優しさは逆効果だよ……。

 案の定、完全に轟沈したヴェルチェは、「胸のでかいやつは、いっぺん抉れてみろですわ……」と恨みの言葉を延々と呟いていた。


            ◆


「……そういえば、エルフの国に行く前に、エリ姉様に相談されていた件なのですが」

「ああ、例のアレ(・・・・)ですね?」

「ええ」

 しばらくの間、残酷な現実と二日酔いに打ちのめされていたヴェルチェだったが、それらから回復してくると共に、そんな話題を口にするほど立ち直ってきた。


「例のアレ……って、なんですか?」

 興味を引かれたルアンタが、会話に入ってくる。

「私の『戦乙女(ヴァルキュリア)装束(フォーム)』の強化についてです」

「えっ!?」

「そんな事考えてたのかい!?」

 私が答えると、ルアンタだけでなく、デューナも驚きの声をあげる。

 まぁ、二人が驚くのも無理はない。

 何せ、『戦乙女装束』だけでも、かなり強力な武具なのだから。

 しかし、実を言えば強化については、前から考えていた事ではあったのだ。


 そもそも、『戦乙女装束』は対人戦を想定した、防御重視の武装である。

 『エリクシア流魔闘術』に加えて、『バレット』による必殺技も備え、百人程度なら問題なく戦えるであろう、継続性も考えた防具(・・)だ。

 しかし、エルフの国で遭遇した、ドラゴンのような巨大でタフなモンスターや、想定以上の数を相手にすると考えた場合、打撃力に欠けると言わざるを得ない。

 それを補うための、攻撃重視の武装について、武器製作のエキスパートであるドワーフとなった、ヴェルチェに相談していたのである。


 まぁ、心配性が過ぎると言われれば、そうかもしれない。

 しかし、ドワーフの国を解放した時に、捕虜となった魔族達から聞き出したり、こちら側に寝返った三人組に確認した、現在の魔王軍の構成(・・・・・・・・・)を考えると、そういった武装の必要性を感じずにはいられないのだ。


「エリ姉様から提案されたアイデアの内、ワタクシの意見としては、スーツに手を加えず、武装する方向がよろしいと思いますの」

「ふむ……」

 そっか……一応、『戦乙女装束』自体の底上げも、考えてはいたんだけどな。

 まぁ、高価なミスリルなどをふんだんに使っているから、簡単に盛れる物でもないか。


「それで、エリ姉様から設計図を渡されて、ウチの職人達が作った、『がとりんぐ』やら『ばるかん』……ですの?とにかく、それの試作品がこちらですわ」

「おお、これが……」

 ヴェルチェが懐から取り出した『バレット』を受け取り、私はそれをしげしげと眺めた。


「そのよくわからない武器よりも、収納魔法を施した『バレット』の方が、ウチの職人達の興味を引いていましたわよ?」

「まぁ、普通はそうかもしれませんね」

 肩をすくめるヴェルチェの言葉に、私も同意した。

 やはり、収納魔法による携帯性の良さは、どんな種族から見ても垂涎ものなのだろう。


「あの……その『がとりんぐ』とかいう武器は、どういった物なんですか?」

 私とヴェルチェの会話を聞いていた、ルアンタ達の頭の上には「?」が浮かんでいる。

 まぁ、異世界の兵器である『ガトリング』やら『バルカン』などの単語を聞いて、ピンとくるはずもないから、当然といえば当然か。


「そうですね……『細かい(つぶて)を、高速で打ち出す武器』……といった所でしょうか?」

「うん?確か、土魔法で似たようなのがあったんじゃなかったかい?」

 デューナの言葉に、私以外の全員が頷く。


 そもそも、この世界には魔法というものがある以上、『銃火器』という兵器を研究開発する必要がない。

 もちろん、私がドワーフ達に製作を依頼したのも、『火薬や弾丸』を使用する異世界の兵器ではなく、『魔力を利用した飛び道具』であり、まったくの似て非なる物だ。

 まぁ、私が構造について詳しく知らないから、見た目と機能が似ればいいやと考案したせいだが。


 それらの運用や携帯性を考えれば、普通に魔法を使った方が確かに手軽だろう。

 だが、私には『バレット』や『ポケット』という、持ち運びの煩わしさという概念を、覆す魔道具がある!

 そのため、『戦乙女装束』強化の一案として、ヴェルチェ達に製作を依頼していたのだ。


「ですが、正直に言わせていただければ、ワタクシはエリ姉様の言う『がとりんぐ』やらに魅力を感じませんわ」

 頬に手を当てて、ヴェルチェがため息をつく。

 まぁ、初めて見る上に分かりにくく、魔法で代用できる上に、扱いも面倒そうな武器の感想など、そんな物だろう。


 しかし、これらの『銃火器もどき』は、もちろん中途半端な武器で納めるつもりはない。

 私の想定では、複数の『バレット』を使用する事で、恐るべき威力を発揮する武器となるハズなのだ。

 なにより、見た目が格好いいんだよなぁ……。

 異世界の書物『マンガ』に示されていた、それらの圧倒的存在感と破壊力は、男だったら(今は女だけど)一度は試してみたくなるだろう。

 きっと、皆も実際に運用される場面を見れば、意見が変わるだろうと私は踏んでいる。


 そのためには、しっかりとした完成品を目指して、この試作品を調整してやろう。

 新たな魔道具と武器の組み合わせを想い、一人ほくそ笑む私を、何故か皆は遠巻きに眺めていた。


            ◆


 それからの道中は、大したトラブルも起こらず、私達はほどなくして、久しぶりのガクレンの町へとたどり着いた。

 何度か見た顔の者達を挨拶を交わし、私達は冒険者ギルドの扉を潜る。

 すると、私をの顔を見た受付嬢が、飛び上がるようにしてカウンターを乗り越え、握手を求めてきた!


「皆さん、おかえりなさい!ドワーフの国に続き、エルフの国での活躍も、すでに届いてますよ!」

 むっ?

 ドワーフの国はともかく、エルフの国での話が伝わるには、早すぎるだろうに……。

 やはり、冒険者ギルドの情報網は、侮れないわね。


「……再会を喜びたいのはやまやまですが、まずはギルド支部長との面会を願えますか?」

「ああっ!ごめんなさい、私ったら……」

 慌てて、受付嬢は奥へと駆けていった。


 それから少しして、戻ってきた受付嬢に案内され、私達は建物の二階にある、支部長の部屋へと通される。

 その室内には、初対面の時のような気難しい顔をした、支部長が待ち構えていた。


「やぁ、久しぶりだね」

「どうも」

 簡単に挨拶を済ませると、支部長の進めに従って私達はソファへと腰を下ろす。


「出立前とは、顔ぶれが変わっているようだが、よろしければ紹介してもらえるだろうか?」

「これはご挨拶が遅れて、申し訳ございません。ワタクシ、ドワーフの国の『姫』をしております、ヴェルチェと申します」

「ドワーフの……『姫』!なるほど、お名前を聞くのは初めてですが、噂に違わぬ容姿ですな」

「名前よりも、容姿の方が有名なのですか?」

「ええ。ギルドにもドワーフは居ますから、彼等から『ドワーフの姫』という、外見的特徴や役割といった事を聞いてはおります」

 そうか、『種族に繁栄をもたらす、金の髪を持つ女性』という、貴種だと知っているという事か。

 まぁ、その重要性を知るなら、無闇に無礼な真似はしないだろう。


「それで、そちらのお三方は?」

 支部長はヴェルチェに続き、フードを目深に被った三人組に話を振る。

「取っていいですよ」

「……なっ!?」

 私の言葉に従い、フードを取り去ったその下から現れた姿に、さすがの支部長も驚きながら、椅子から腰を浮かせた!


「ま、魔族……!?」

「その通りです。ただ、彼等には事情が有りまして……」

 そうして、私はドワーフとエルフの国で起こった事を伝え、この魔族達を連れてきた、経緯と目的を支部長に伝えた。


「……っ!か、彼等をギルドに入れてほしい……ですと?」

「どうか……お願いします!」

 さすがに躊躇する支部長に向かって、魔族三人組は揃って頭を下げる。


「俺達はもう、帰れない……」

流離(さすら)いの旅路が、あるだけです」

「でも、この安らぎの心を知った今では……」

 裏切り者の名を受けて、全てを捨てて戦う所存と、前に私達に誓った言葉を、彼等はもう一度口にした。


「僕からもお願いします!魔族の人達と、憎しみ合うだけじゃなく、共存できるかもしれない第一歩に、この人達はなれるかもしれないんです!」

「ルアンタきゅん……」

 自分達のために頭を下げてくれるルアンタの姿に、魔族達は感極まったように涙を浮かべる。

 それを見た支部長も、大きくため息をついて、どっかりと座り直した。


「……はぁ。この町を救ってくれた勇者様に、頭を下げられては、断るという選択肢はありませんな」

 若干、諦めたようなニュアンスを含みながら、支部長は魔族達の受け入れを許す事を告げた。


「ただし!」

 ワッ!と沸き上がりかけた私達に水を差すように、支部長はきつく念を押してくる。

「当然ながら、ギルド内外を問わず、揉め事は無しでお願いしますよ。そして、しばらくの間は監視の意味も込めて、三人バラバラに他のチームに編入してもらいます」

 まぁ、現在も戦闘中の敵勢力から寝返って来たのだから、それくらいの処置は当然だろう。

 これでもまだ、緩い位だ。


「……ルアンタ殿達の期待、裏切らないように願います」

 支部長からキツめに言い含められ、魔族達は神妙な面持ちで頷く。


「まぁ、アンタらがアタシらを裏切ったら、生きててすいませんって言いたくなるような罰をアタシが与えてやるから、安心しな!」

 冗談めかして高笑いするデューナだったが、迂闊な真似をしたら、本当に生きてた事を告げた後悔するんだろうなぁ……と悟った魔族達は、怯えと希望の入り混じった、ひきつった笑顔を浮かべていた。

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