02 出立前の宴
「すべての勇者を集めるなんて、何があったんでしょう……」
手紙の内容に、ルアンタも不安そうな声を漏らす。
「あるいは、これから何かが起こるのかもしれませんね」
「これから……ですか」
「ええ。なんにせよ、勇者である貴方は、ミルズィーの王都へ向かわなくていけないでしょう」
自由の裁量が大きい勇者とはいえ、それも国家という後ろ楯が有ってこそ。
言ってしまえば、公務員のような物なのだから、国からの命令とあれば従わなければならないだろう。
むぅ……そう考えると、勇者って責任と危険度の大きい割りには、得るものは少ないな。
まぁ、元からルアンタは地方貴族の家柄だというから、国へ貢献する義務みたいな物も、あるんだろうけど。
「戻って早々ではありますが、少し休んだら早速……」
「ちょっと待ってくださいますが!」
言いかけた私を制して、ヴェルチェが声をあげた。
「ワ、ワタクシの『ルアンタ様、一日独占権』は、いったいどうなってしまうのでしょう……?」
「こんな事態になってしまっては、のんびりもしていられませんからね。今回は、お流れという事で……」
「そんなのってありませんわあぁぁぁっ!!!!」
ぶわっと涙を溢れさせると、ヴェルチェはその場に踞ってしまった!
「あんまりですわ!あんまりですわ!地獄の事務仕事を終えた、唯一のご褒美が無しになるなんて、あまりにも酷いではありせんこと!?」
「こらこら、ルアンタも仕事なんだ、仕方ないだろう?」
「約束してくださいましたもの!約束してくださいましたものっ!!」
父の急な仕事で、約束を反故された子供のような物言いのヴェルチェに、それを宥める母のようなデューナ。
やれやれ……子供っぽいのは、外見だけにしてもらいたいんですがね。
まぁ、頑張っていたのは確かだし、ここは仕方ないから折衷案として、事が落ち着いたら権利の行使を……。
「せっかく、ルアンタ様を一日独占できるのですから、イチャイチャ、ラブラブしたり、カンカン・キキン・キンカカン!しよう思っていましたのにぃ!」
「『カンカン・キキン・キンカカン』!?」
何をするつもりだったんだ、それは!?
よく分からないが、悔やむヴェルチェが口にした謎の言葉に、ドワーフ達が「姫の口から、そんなん聞きとうなかった……」みたいな顔をしている所から、何かしらの隠語なのだろう。
しかし……。
「なにやら、性的なニュアンスを含んでいそうなので、ヴェルチェ、アウト!」
私がそう告げると、彼女はあからさまに、しまったぁ!という顔をする!
たぶん、一気にルアンタとの仲を詰めようとしたんだろうなぁ……けど、口を滑らせたのが運のつきよ。
「うう……」
「ちなみに、これ以上の駄々を捏ねるなら、『ポケット』の件も無しにしますからね」
最後通告を突きつけてやると、ようやくヴェルチェはおとなしくなった。これでよし。
さて、とにかく今日くらいは、ドワーフの国で休ませてもらおうか。
それで、夜が明けたら、一旦ガクレンの町へ向かって、魔族の三人を預け、それからミルズィーの王都を目指すとしよう。
私がそう提案、デューナ達が納得すると、がっくりと項垂れていたヴェルチェが、ユラリと立ち上がった。
「こうなってはヤケですわ……。宴……宴を催します!」
「な、なんで宴!?」
「飲まなきゃ、やっていられませんのよぉぉ!」
確かに、悲しい気持ちを振り払うには、酒の力を借りるのもいいだろう。
しかし、彼女の言葉に、ドワーフ達が難色を示す。
「姫さん……残念だが今のワシらの国には、そこまでの余裕は……」
エルフの国に向かう前、魔族から解放された宴会で、ほとんど国庫は使い果たされた……要するに、金が無いのだと、ドワーフ達は言う。
そりゃ、先立つ物が無ければ、宴もくそもないよなぁ。
「フッ……ワタクシが、土産を持って帰っていないとでも、お思いですの?」
しかし、どこか勝ち誇るようなヴェルチェは、私に「アレを!」と指示を出す。
でも……アレ?
「ほら、ワタクシがエルフの国を出る前に、エリ姉様に預けた、アレですわ!」
ああ!アレか!
私は『ポケット』から大きな袋を取り出すと、ヴェルチェに向かって放り投げる。
それを受け取った彼女は、すぐさま近くのドワーフにインターセプトした。
「ひ、姫さん?こりゃあ、いったい……」
「それには、ドラゴンの素材が入っておりますのよ!」
「ド、ドラゴンだとぉ!」
ヴェルチェの一言に、ドワーフだけでなく、冒険者達もざわついた。まぁ、無理もない。
ヴェルチェから預かった袋には、確かにドラゴンの角や牙、それに鱗や血といった、貴重な素材が一杯に詰まっている。
それらをドワーフの技術で加工し、様々な商品に代えれば、おそらく小国の年間国家予算並み規模で売れるはすだ。
「さすがは姫さんじゃあ!」
「ドワーフに富と繁栄をもたらす、金の髪は伊達じゃなかったわ!」
「うおぉぉぉっ!姫さーん!」
「ホーッホッホッ!もっと讃えてくださってよろしくてよ!」
にわかに巻き起こる『姫』コールを受けて、完全に調子に乗ったヴェルチェは高笑いをしている。
まぁ、元はデューナがドラゴンと激闘を繰り広げた末の拾得物だけど、ここで水を差すのもなんだから黙っておこう。
「よおし!姫さんの土産と、旅の景気付けに、宴をするぞぉ!」
ドワーフ達の号令の元、ついでに常駐していた冒険者や、ハイ・オーガ達も交ざってきて、騒がしい宴の準備が始まった!
一応、主役は私達だというのに、ほったらかしにされてる辺り、飲めて騒げればなんでもよさそうだな、こいつらは。
辟易しながら見ている間に、あれよあれよと宴の用意は整っていった。
◆
そこかしこで杯と杯をぶつける音や、ぎゃあぎゃあと騒ぐ喧騒が響いてくる。
宴が始まって、ほんの小一時間。それだけで、割と阿鼻叫喚の坩堝となっていた。
「明日は、早めに出立しますからね。飲み過ぎないよう、気を付けてくださいよ!」
酒好きのオーガを始め、ドワーフ達もかなりのうわばみだ。
放っておいたら、朝まで飲み続けるおそれがあるので、私ですかとヴェルチェに、釘を刺しておく。
「大丈夫、大丈夫!ほどほどにしとくっつーの!」
「そうですわよ!その程度の分別は、つくっつーの!ですわ!」
デューナとヴェルチェが返事をしてくるが、すでに出来上がってるようで、説得力がないっつーの!
まったく……。
呆れながらも、止められそうもないと判断した私は、ルアンタと共に喧騒から少し離れた場所に腰をおろす。
こうしておかないと、前の宴会の時みたいに、ルアンタに酒を飲まそうとする連中が出てくるからね。
そんな感じで彼を守りつつ、適当に食事を進めていると、ふと何かに気付いたルアンタが私に呼び掛ける。
「……見てくださいよ、先生」
「ん?」
ルアンタが示す指の先、そこにはドワーフやハイ・オーガや冒険者達に紛れて、共に騒ぐ魔族の三人組の姿があった。
なんだか、随分と馴染んでるな……。
「こんな風に、種族を問わず仲良くできるっていいですね……」
「ルアンタ……」
嬉しそうに、宴会の様子を眺めながら呟く彼の姿……それは、私には誰よりも勇者に相応しく思えた。
「確かに、それは理想的ですね」
「エリクシア先生にそう言ってもらえると、すごく嬉しいです」
パアッと、花が咲くような微笑みを浮かべた、ルアンタが可愛すぎる!守りたい、この笑顔!
だが、この笑顔を曇らせるディアーレンや、ザルサーシュのような魔族もいるのだ。
そして、それらの大元である、魔王ボウンズールの存在……。
ドワーフの国や、エルフの国の事ばかりでなく、これからも彼の行く手には、困難の旅は続くだろう。
だが、ルアンタの思う、優しい世界を実現するために、力を貸してやりたい。
私は、そんな思いを込めながら、隣に座るルアンタの肩を、ソッと抱き寄せた。
「せ、先生……!?」
「頑張りなさい、ルアン……」
「タ」と最後の一文字を口にする前に、突如、飛来した木製のコップが、私の顔面を強打する!
いったぁ!……誰ですか、コンチクショウ!
「なぁに、ルアンタを独り占めしてるんだよぉ……」
「そうですわぁ……抜け駆けは許しませんと、言ったはずですわよぉ……」
赤ら顔で、すっかり目の座ったデューナとヴェルチェが、千鳥足でこちらに歩いてくる。
元々、ドワーフの愛飲する酒は、かなり強い物が多いけど、それに加えてどれだけのペースで、飲んでいたのだろう……。
「はぁ……明日は、早いと言ったのに」
「なーに、このくらい……だいじょぶだぁ!」
「だっふんだ!ってなもんですわぁ!」
いかん、すでに何を言ってるのか、よくわからない!ダメだ、この酔っぱらい達……早くなんとかしないと。
私とルアンタは、ため息を吐いて顔を見合わせる。
「さて、ルアンタ。仕方がないので、あの酔っぱらい達を無理矢理にでも、寝かしつけるとしましょうか」
「そうですね。明日に響くと、いけませんし」
ゾンビのような足取りで迫る、デューナとヴェルチェの正面に立ち、私とルアンタは構えをとった。
この酔っぱらいどもめ!素面の恐ろしさを、思い知らせてやる!
そんな感じで、あちこちで小競り合いなんかも起こしながらも、宴の夜はふけて行った。
まるで、明日から訪れる波乱の日常から、目を逸らすように……。




