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01 ドワーフ国への帰路にて

 洗脳魔法を使う、恐るべき魔族ザルサーシュとの戦いが終わってから、一週間程が過ぎた頃。

 エルフの国を出た私達は、一路ドワーフの国へと向かっていた。


 出発までこれだけの時間が掛かったのは、人間とエルフとドワーフ、各々の国が纏まって魔族に対抗するための会合を開く準備に、思ったより手こずったためである。


 なにしろ、前の会談での提案や締結した条約に、魔族サイドの罠が無いかとの再チェックに、エルフ・ドワーフ連合に後塵を期す、人間の国への配慮を盛り込んだ草案製作と事務方の仕事が山とあったのだ。

 最後の方では、エルフの女王だけでなく、ヴェルチェまでもが羊皮紙の欠片とインクにまみれ、ヨレヨレで作業をしていた。


 その姿は、まるで異世界の話にあった、『締め切り前の漫画家』とやらを思わせる疲労困憊っぷりであり、責任の大きい人は大変だなと、無責任に思ったものである。

 しかし、私も前世で事務仕事を担っていた事があるから、その苦労は分からないでもない。まぁ、ここまでハードではなかったけど。

 こういう時は、国を持たない自由人で良かったと心から思う。


 そんな地獄の日々を乗り越えて、私達は今に到る。

 まぁ、地獄を見たのは、主にヴェルチェだったけど、その彼女も今は大層ご機嫌だった。

 それというのも、ドワーフの国に戻ったら『ルアンタを一日独占、及びヴェルチェ専用の『次元収納ポケット』を作る』という、約束をさせられていたからである。

 正直言えば、そこまで優遇してやる義理も無いのだが、限界が来たヴェルチェに駄々をこねられて、そういう事になってしまったのだ。


 ……今思い出しても、私はいい大人があれほど恥も外聞もなく、捨て身でごねる姿を見たことがない。

 あんなにも、見てられないレベルの不様を全力で晒されると、人は大概の要求を通させてしまうと、私も初めて知った。できれば、知りたくなかった……。

 そんな訳で、力業で優遇措置をもぎ取ったヴェルチェは、道中もルアンタに引っ付きながら、ニコニコ顔で彼に話しかけていた。


「もうすぐ、ドワーフの国ですわぁ!到着いたしましたら、さっそくワタクシと一緒に汗を流しましょうね、ルアンタ様!」

「え?い、いや、それはちょっと……」

「照れる事は、ありませんのよ!後に夫婦となるワタクシ達なのですから、今の内に体の隅から隅まで……」

「はい、アウト!」

 怪しい笑みを浮かべ、ルアンタに迫っていたヴェルチェの頭に、私は容赦ないツッコミの手刀を叩き込んだ!


「な、何をなさいますの!?」

「性的な接触は無しと、念を押しておいたはずです」

「ぐぬぬ……」

 不本意ながらも、そこは約束していたからと、ヴェルチェは引き下がる。

 まったく……私が、ルアンタの気持ちを受け入れるつもりがあると、暗に伝えてからというものの、ヴェルチェの彼に対するアタックは日に日に増えていった。

 いったい、何を焦っているのやら。

 

「くぅ……ママポジションのデュー姉様ならともかく、エリ姉様が相手では、分が悪いですわ。早々に、既成事実を積み上げねば……」

「心の声が駄々漏れです」

 言ったそばから、懲りないヴェルチェに、私はもう一度手刀を叩き込む。


 ああ、だけどそういう事か。

 正攻法では私に勝てぬと理解しているからこそ、手数の多さで勝負しようというのだな。

 ふふん、面白い。実力の差(主にスタイルの良さ等)を、思い知らせてやりましょう。


「やれやれ、アイツらに付き合わされて、ルアンタも大変だね」

 私とヴェルチェが火花を散らしている間に、デューナがルアンタに笑いかける。

「いえ、ヴェルチェさんも大変でしたから、気晴らしに付き合うくらい、なんでもないですよ」

 嫌そうな顔ひとつせずに、ヴェルチェを気遣うルアンタを見て、デューナは感極まったような表情をみせた。

 そして、そのまま彼を抱き締め、大きな胸に顔を埋めさせる!


「なんて健気で、可愛い事を言うんだい!そんな事を言う良い子には、ご褒美をあげなきゃな!」

「ご、ご褒美!?」

「そうだな……アタシ(ママ)のおっぱい、吸う?」

「す、吸いませんよ!? 赤ちゃんじゃないんですからっ!」

「んもう、照れちゃって……」

「どさくさに、何をしてるんですか、あんたは!」

 ルアンタの前で、胸をはだけようとしたデューナの後頭部に、私とヴェルチェの手刀(強)が叩き込まれた!


「な、何をするんだよ!」

「性的な行為は、禁止と言ったはずです!」

「そりゃ、ヴェルチェとした約束だろ!? それにこれは、コミュニケーションの一環みたいなもんで……」

「コミュニケーションにしては、過剰すぎますわ!はしたない真似は、止めてくださいまし!」

 え?それを貴女(ヴェルチェ)が言う?

 しかし、そんな私の視線など物ともせずに、ヴェルチェはふんぞり返っていた。


「み、みなさん、落ち着いてくださいよ」

「……いやぁ、ルアンタ君はモテモテっすね」

 私達を宥めようとしていたルアンタに、どこか尊敬するような口調で、話しかける者達がいる。


 青い肌や、小振りの角がある、人によく似た者達……いわゆる魔族だ!

 そう、彼等はディアーレンの部下だったが、ルアンタに感化され、エルフの国において私達と戦う事を拒否した連中である。

 実は、エルフの国の裏側で、ディアーレンとザルサーシュによる不要な部下の粛清が行われており、辛うじて助かったのはこの三人だけだ。


 少しチャラい感じのデアロ、対照的に真面目そうなビルイヤ、紅一点のルーカ。

 せっかく助かったとはいえ、いまだ戦争の傷跡が残るエルフの国に置いておく訳にもいかず、然りとて魔界に帰るつもりもないというこの三人を、私達は仕方なく連れて歩いていた。

 だがそれよりも困ったのが、彼等は何を思ったのか、人間側に立って戦いたいというのである。


 なんでも、ルアンタと接した事で、初めて知った人間(ひと)の愛と優しさに目覚め、裏切り者の名を受けても、全てを捨てて戦う覚悟らしい。

 ただ……気持ちはありがたいが、ちょっと困るんだよな。


 なにせ、今もまだ魔族との戦いは続いているのだ。

 そんなご時世に、この三人をどこへ連れていけばいいんだろう。

 魔族によって侵攻されたのは、ドワーフの国も一緒だし、ヴェルチェの口添えがあっても、彼等を受け入れるのは難しいだろう。

 可能性があるとすれば、デューナ配下のハイ・オーガすら受け入れた、ガクレンの町の冒険者ギルドくらいだろうか?


 心を入れ換えたとはいえ、彼等の前に立ちはだかる重い現実を思うと、少し暗澹たる気持ちになる。

 私達も元魔族だけに、助けてやりたい所だが……。


「いやー、ルアンタ君やエリさん達の推薦があれば、余裕っしょ」

「うむ。とはいえ、人間達にも理解を得られるよう、努力はしよう」

「エ……エッチな事以外なら、頑張ります……」

 なんとも気楽に、各々でやる気を見せる魔族達。

 この調子で、うまく落ち着く場所ができれば、いいんだけどな……。


            ◆


 ──エルフの国への行き道は、偶々アストレイアに会えたから、転移魔法ですぐ到着できて良かった。

 しかし、帰りは通常の道程だったために、数日をかけて、私達はドワーフの国へと帰還を果たした。


「おお、お帰り……って、なんでまた、魔族を連れて来てるんだよ!」

 出迎えてくれたドワーフや、常駐の冒険者達にツッコまれつつ、私達はこれまでの経緯を説明する。


「……勇者一行は、いつも面倒な案件を持ち込んで来るなぁ」

 呆れたように呟く冒険者に、頷くドワーフや他の面々。別に、好きで厄介事を持ち込んでいる訳じゃないわよ。

「まぁ、とりあえずその三人ついては、支部長には聞いてみるよ」

「ええ、よろしくお願いします」

「あ!支部長といえば……」

 何かを思い出した女性冒険者が、懐から一通の手紙を取り出した。

 その手紙には、しっかりと蝋で封印がなされており、なにやら内容の重大さを思わせる。


「これ、ガクレンのギルドに届いた、ルアンタさん宛の手紙です」

「僕に?」

 心当たりがなかったのか、小首を傾げながら受け取ったルアンタは、さっそく封印を解いて中の文章に目を通す。

「え……?」

 その内容を読んだルアンタが、奇妙な呟きを漏らした。


「何が書いてあったんですか?」

「それが……」

 ルアンタに渡された手紙を、デューナ達と共に覗き込むと、そこには短い文章で、こう綴られていた。


『すべての勇者は、ミルズィー国の王城へと、集結すべし』


「すべての……勇者?」

 それはつまり、ルアンタを含む「七勇者」と呼ばれ、人間の各国の代表となった者達の事だろうか?

 そして、なぜ今この時に、全勇者を一ヶ所に集める……?


「なにか……嫌な予感がしますね……」

 また面倒な事案に、否応なしに巻き込まれそうな気がして、私は小さくため息を吐いた。

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