13 揺れる想い
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「ごめんねぇぇ、みんなぁぁぁ!」
目を覚ましたエルフの女王は、開口一番にそんな謝罪の言葉を口にした。
「私達の方こそ、不甲斐なくてすいません!」
「そんな事ないよぉぉ!私がドジだったから、みんなまであんなのにこき使われて……本当にごめんねぇぇ!」
びえぇ!と泣きながら、皆で抱き合うエルフの女王に女王近衛兵達。
なにこれ……女王の性格が変わりすぎじゃない?
「こっちが、本来の女王陛下なんですよ」
キョトンとする私達にそう説明して、アストレイアは女王の元へと向かう。
「アーレルハーレ陛下!」
「うん?あ、アストレイア!」
呼び掛けたアストレイアに気付いた女王は、彼女に駆け寄るとギュッと抱き締めた。
「新人の貴女にも、苦労をかけてごめんねぇ!貴女の活躍で、エルフの国は救われたわ……本当にありがとう!」
「もったいない、お言葉です……でも、この国を救ってくれたのは、あちらの方々です」
賞賛と感謝を告げた女王は、アストレイアの言葉を受けて、私達の方に顔を向けた。……が、すぐにアストレイアの背中に隠れてしまう。
え?なんで?
「す、すいません。陛下は、エルフ以外には人見知りな所がありまして……」
なんじゃ、そりゃ!?
っていうか、女王が洗脳されてた時に、顔は合わせていたじゃない?
その記憶はあるんでしょう?
私達の疑問が顔に出てたのか、女王はアストレイアに何事か耳打ちする。
「なんというか……意識がはっきりしてから会うのは初めてだから、ちょっとビビってるみたいで……」
ええい!結構ポンコツか、エルフの女王!
「大丈夫ですよ、陛下。皆さん、怒ってませんから」
「そ、そう……?」
どうやら、迷惑をかけた事で怒られるかもしれないから、ビビっていたというのもあるみたいだ。
少しホッとしたような女王に、アストレイアは私を示唆しながら、ちょっと誇らしげに言葉を続ける。
「今回、諸悪の根源であるザルサーシュを倒した、あちらのダークエルフ……なんと彼女は、私のお姉ちゃんなんです!」
そう言ってアストレイアが胸を張ると、女王が驚いたように私の顔を見た。
「そう……なのですか」
ポツリと呟き、アストレイアの背後から出てきた女王は、私の元まで歩いて来ると、ソッと手を取る。
「エルフの掟があったとはいえ、私達は貴女に恨まれてもおかしくはないのに……この国を救ってくれて、心からお礼申し上げます」
そう言って、深々と頭を下げた。
ふむう……正直な所、こんなに素直に頭を下げられるとは、思っていなかったな。
「過去の事に関しては、その言葉だけで十分です。何より貴女は、その悪習を無くそうとしてくれているようですね」
本来のダークエルフの役割を知らしめ、今後は迫害される事の無いように、女王が動いているのは、アストレイアから聞いている。
ならば、過去を責めるよりも未来に目を向ける方が、よほど健全というものだ。
そう女王に告げると、彼女は再び泣きながら、「ありがとうぅぅ!」と叫んで、私を抱きついてきた。
「さすが、アストレイアのお姉ちゃんだわ!心も広いし、おっぱいも大きい!」
胸は関係ないでしょう、胸は!
うーん、本当に初見と印象が変わりすぎだわ、この女王。
「……あー、ちょっといいかい?」
横合いからデューナに声をかけられ、ビクッと身震いした女王が、ぎこちなくそちらに顔を向ける。
「な、なんでしょう……?」
「いや、アタシが倒したあのドラゴンなんだけど、ヴェルチェが解体して素材にしたいって言うからさ……ドドメ刺していいかな?」
「え?」
サッと青ざめる女王に、自身の荷物から取り出した、なにやらゴツい道具を握りしめ、ヴェルチェがニッコリと微笑みかけてくる。
その姿は、美少女である事を考慮しても、ちょっと……いや、かなり怖いな。
「あ、あの……ドラゴンは、この国の防衛に必要なので……」
「だとさ。諦めな、ヴェルチェ」
「ええ……そんなぁ……」
心底残念そうに、ヴェルチェが肩を落とす。
うーん、私も自分で魔道具や武具を作る方だから、彼女の気持ちもちょっとわかる。
ドラゴンの素材なんて、超高級品だもんね。
「で、では、せめてデュー姉様との戦いで破損した、爪や鱗などはいただいてよろしいかしら?」
「あ、それくらいなら……」
「感謝いたしますわ!」
先程、集めていたドラゴンの破片が入った袋を嬉しそうに抱き締めるヴェルチェ。
袋の中身に言及せず、ここだけ見れば、本当に可愛らしい美少女なんだけどなぁ……。
◆
「──さて、少し真面目なお話をしましょう」
何となく一段落した空気が流れていた所で、急にキリッとしたアーレルハーレは、為政者としての雰囲気を醸し出しながら、話を始めた。
「ザルサーシュに操られていた時の話でしたが、エルフとドワーフ、そして人間による連合を組んで、魔族に対抗するという、基本方針は変えなくてよいと思います」
女王の提案に、私達は頷く。
「しかし、今までの会談で決まった事案に、魔族が有利になりそうな条件が、こっそりと組み込まれている可能性もあります。ですので、それらを洗い直すためにも、少し時間をいただきたいのです」
「まぁ、そういう事なら仕方がありませんわね。ワタクシは、構いませんわ」
「……どっちにしても、僕個人に決定権は無いので、お任せします。それで、草案が出来上がったら、早急に人間の国へ使者を立てる事にしましょう」
国が絡む案件だけに、ヴェルチェはともかくルアンタが、軽々しく条約を結べるはずもない。
面倒だけど、こればっかりは仕方ないか。
「では、連合の締結については、ある程度まとまった所で、三種族から代表にて話し合うとしましょう」
「随分とのんびりしてるねぇ……話がまとまる前に、魔族が動いたらどうするんだい?」
もっともなデューナの意見に、しかし女王はニッコリと余裕とも思える笑みを浮かべ……。
「……ど、どうしよう」
引きつった笑顔のまま、エルフの女王はガクガクと震えだした。
そっちの対策、何も考えてなかったんかい!
「大丈夫です、陛下。ザルサーシュが討たれた事で、魔族の方も警戒して、すぐには動かないでしょう」
「それに、ドワーフが私達の後方に控えている形ですから、魔族が動いてもすぐに救援を願えば大事には至らないと思いますよ!」
「人間にも、国家に左右されない冒険者と呼ばれる者がいますから、彼等にも協力を要請して、魔族への監視と警戒を強めましょう」
「そう……そうね!うん、なんだか大丈夫な気がしてきたわ!」
震えていた女王が元気を取り戻すと、進言していた女王近衛兵達にも笑顔が戻った。
甘やかしが過ぎる気もするけど、妙に人を惹き付けるあの女王を、ほっとけないって気持ちも分かるわ……。
そういえば、異世界にもほっとけない人だからって、様々な人達に協力してもらい、皇帝にまで登り詰めた男の話があったっけ。
その人も、こんな感じだったんだろうか。
「あ、そうだわ!」
ふと、女王がいい事を思い付いたと言わんばかりに、ポンと手を打った。
「ねぇ、エリクシア。貴女も女王近衛兵になりません?」
「はぁっ!?」
きゅ、急に何を言い出すんだろう、このひとは!?
「だって……現役女王近衛兵である、アストレイアのお姉ちゃんにして、私達を軽くあしらう程の強さに、魔族撃退に貢献してくれた救国の英雄!さらにエルフ史上初となる、ダークエルフの女王近衛兵が誕生すれば、いまだにダークエルフに対して批判的な者達の空気を、一気に変えられると思うの!」
むぅ、確かに。……意外と考えてるんだな。
「これだけの実積と実利があれば、そんなにおかしな事は言ってないと思うんだけどなぁ……」
まぁ、彼女の言い分ももっともである。
とはいえ、そうなると当然、私も女王に仕える事になる訳で……あー、ないわ。
悪いけど、すさまじい苦労を背負う未来が見え過ぎる。
うん、パスだパス!
だが、私以上にアストレイアが乗り気であった。
「お姉ちゃんと一緒に仕事ができるなんて、素敵過ぎるわ!ねぇ、女王近衛兵に入ろうよ、お姉ちゃん!」
キラキラと輝く瞳で、私にすがり付きながら、アストレイアはしきりに勧誘してきた。
だけど……。
「お誘い頂けたのは光栄ですが、このお話はお断りさせていただきます」
私の答えに、アストレイアは露骨に消沈したが、反面、ルアンタはホッとしたような表情を浮かべていた。
恐らく、私がエルフの国に残ると言うんじゃ無いかと、不安だったのだろう。
「ええ~、なんでぇ?」
アストレイアが、露骨に不満げな声を漏らす。
「そうですね、エルフの国のみを救うより、魔王を倒して世界を救う方が、ダークエルフに対する偏見は無くなるでしょう。何より……」
そう言葉を区切った私は、愛しい弟子の肩に手を置いた。
「私には、ルアンタという大切な人がいますから、ここで旅を終わらせる訳にはいきません」
「えっ……」
言葉のニュアンスに含まれた、彼を弟子ではなく、一人の男性として見ているといった、私の意図を悟ったのだろう。
ルアンタの顔が、みるみる赤くなっていく。そして、ヴェルチェがすごい形相で睨んできていた。
「無理強いはできませんし……それでは、仕方がありませんね。今後も貴女の活躍を、楽しみにさせていただきますね」
こちらの事情を察した女王は、意外とあっさり引き下がる。その辺は、空気を読んでくれたみたいでありがたい。
むしろ、アストレイアの方が諦めが悪かったくらいだが、訥々と説得してやると、ようやく私の女王近衛兵入りを諦めてくれたようだった。
◆
「……で、どういう風の吹き回しだい?」
「まったくですわ!あれほど、前世の事に拘っていらしたと言うのに!」
エルフからの誘いを断った後で、少し意外そうな顔のデューナと、強力なライバルとして浮上してきた私を、牽制しようとするヴェルチェが尋ねてくる。
「貴女達も以前、言っていたでしょう。前世は前世、今世は今世だと」
「ああ、確かに」
「むぅ……」
何か吹っ切れた私に、デューナは肩をすくめ、ヴェルチェは納得いってなさそうに唸っていた。
「吹っ切れた原因は、ルアンタに助けられたからかい?」
「それも、要因のひとつですかね」
魔族の洗脳から助けてくれた時に、ルアンタを男として意識したのは確かだ。
まぁ、それでも本音を言えば、私にも男だった時の記憶がある以上、蟠りがまったく無いと言えば嘘になる。
しかし、女として二十年の時を経てる訳だし、今の自分を慕ってくる少年に感じた、胸のときめきに従ってみるのもいいじゃないか。
だから私はあの時、彼の魔力と共に流れ込んできた想いに対して、答えを返す。
「いつか……貴方が私よりも強くなる日を、楽しみにしていますよ」
「っ!? ……はいっ!」
一瞬、戸惑ったような表情を浮かべながらも、力強くルアンタは頷く。
そんな彼の姿に、私は思わずもう一度微笑みかけていた。




