12 決着!エルフとドラゴン
◆◆◆
「ル、ルアンタ様!あまり身を乗り出しては、危険ですわ!」
「それは分かってます。でも……この戦いは、しっかりと見ておかなきゃいけないんです」
ヴェルチェさんの精霊魔法で築かれた、土塁の上から頭を覗かせて、僕は『変身』したエリクシア先生と、『超戦士化』したデューナ先生の背中を見守る。
彼女が心配するのもわかるけど、二人の弟子として、先生達の戦いからも学ばなくては!
でも……二十人以上を相手取るエリクシア先生も心配だけど、どうしても目を引くのは、ドラゴンと一対一で戦おうという、デューナ先生だった。
地上最強の生物を相手に、勝ち目はあるんだろうか……。
◆
『……本気で我を相手に、一人で向かってくるつもりか、オーガの小娘よ』
確認というより、狂人を見るような目で、ドラゴンはデューナ先生を見下ろす。
「アタシを見て、ただのオーガだと思うなら、アンタの目が節穴なだけさ」
『貴様が、並のオーガで無いことはわかる。だが、それで我との戦力差が、どうなる物でもあるまい』
あくまでも上から目線の発言をするドラゴンに、デューナ先生は凶悪な笑みを向けた。
「最近のドラゴンは、御託を並べるのが得意なのかい?四の五の言わずに、かかってきなよ!」
『身の程知らずが!』
格下と思っている相手から、かかってこいと挑発され、ドラゴンは大きく息を吸い込んだ!
あ、これは……!
『ゴオォォォォォォッ!』
咆哮と同時に、強烈なドラゴンのブレスが、デューナ先生を直撃する!
その余波は、僕達が身を隠していた土塁まで届き、猛烈な熱波が頭の上を掠めていった!
な、なんて威力……こんな物をまともに食らったら、いくらデューナ先生とはいえ……。
不安に駆られてドラゴンの方を確認すると、ふと奴のブレスの中を進む人影が見えた気がした。
え?ええっ!? ま、まさか……。
『!?』
僕と同じ事に気がついたのか、ドラゴンの顔に驚愕の色が浮かぶ!
そして、その驚きをさらに上書きするように、ほとんど無傷なデューナ先生が、ブレスの嵐の中から姿を現した!
「まぁまぁだね。真夏の風って感じだよ」
そんな物じゃないでしょう!と、ツッコミを入れたくなるような、あり得ない感想を述べ、デューナ先生は大剣をかち上げるように振るうと、ドラゴンの下顎を強打する!
『ゴブッ!』
無理矢理に、口を閉ざされる形になったドラゴンは、苦痛の声をあげてよろめいた。
『……っこのぉ!』
しかし、すぐさまドラゴンは反撃に移る!
僕の身長ほどもある鉤爪がズラリと並んだ、恐ろしい前足を着地しようとするデューナ先生目掛けて、振るってきた!
「よっと!」
だけど、それを読んでいたのか、デューナ先生は着地と同時に大剣を盾代わりにして、ドラゴンの一撃を受け止める!
同時に、重い金属同時が激しくぶつかる音が響き、衝突で発生した風圧が吹き荒れた!
「オラァ!」
デューナ先生は、さらに攻撃の反動を利用して、回転しながら大剣をドラゴンの前足に叩き込む!
その一撃で、鉄より硬いドラゴンの鱗がガラス細工みたいに砕けて、肉を引き裂き血飛沫が舞った!
『があぁぁっ!!』
「まだまだまだまだだあぁぁっ!!!!」
怯むドラゴンに対し、デューナ先生はさらに畳み掛ける!
振り回される大剣によって、ドラゴンの巨体にみるみる傷が増えていった!
『調子に乗るな、小娘がぁ!』
「っ!?」
デューナ先生の死角から、ドラゴンの尻尾が襲いかかり、不意を突かれた彼女を直撃する!
ろくに防御もとれていなかったデューナ先生は、蹴り飛ばされた石ころみたいに壁まで吹き飛び、轟音を立てて激突した!
『フン……んんっ!?』
爆発したような音を立てて、壁に打ち付けられるデューナ先生!
それを見て、勝利を確信していたドラゴンの表情が、不意に変わった。
その視線の先には、血を流しながらも、楽しそうに嗤うデューナ先生の姿。
「はっはぁ!さすがはドラゴンだね、こうでなくちゃ!」
『信じられん……化け物か、この娘は』
「ドラゴンに言われたくはないよ!」
大剣を掲げ、デューナ先生は再びドラゴンに向かって走り出す!
『おのれ……』
二体の凶獣の戦いは、さらに激しさを増していった。
◆
「お姉ちゃん、頑張って!」
デューナ先生達の激闘に目を奪われていた僕は、アストレイアさんの声にハッとする。
そうだ、エリクシア先生も多対一で戦っていたんだ!
『変身』したエリクシア先生に万が一も無いとは思うけれど、相手はエルフの精鋭に女王、そして魔族の幹部。
僕も回復しきってはいないけど、いざという時は加勢する事も……そう考えながら、エリクシア先生の方に目を向けたんだけど、そこには予想外の光景が広がっていた。
◆
「いえぁ!」
槍を持ったエルフが数人、息の合った調子で攻撃する。
しかし、エリクシア先生はスルリとそれらをかわすと、攻撃者の体勢が整う前にカウンターを決めていく!
まるで演舞の殺陣のように、綺麗に打ち込まれるエリクシア先生の攻撃を受け、エルフ達は次々と倒れていった。
「お姉ちゃん、スゴいスゴい!」
先生の活躍に、アストレイアさんは素直に喜ぶけれど、倒されてるのは貴女の同僚なんですが……。
でも、彼女が興奮するのもわかる気がする。
デューナ先生の戦いが、激しい『動』の極みだとすれば、エリクシア先生の無駄の無い動きは『静』の極み。
『エリクシア流魔闘術』を学び、様々な技を教わったけれど、それらを極めれば、これほどまでに美しい動きになるのかと、僕は感動すら覚えていた。
理性を失った状態のエリクシア先生を鎮圧して、少しは追い付けた気になっていたけど、僕なんてまだ未熟だった。
改めてエリクシア先生に対して尊敬の念と、いつか隣に並び立ちたいという想いが沸き上がる。
「先生!頑張ってください!」
アストレイアさんと同じような、応援の言葉を投げ掛けながら、僕は憧れの女性の戦いに魅了されていた。
◆◆◆
アストレイアと共に、ルアンタからの応援の声が届く。
……余裕だよという意味を込めて、何かサインでも送ろうかと思ったけれど、それで敵の攻撃を食らったら馬鹿みたいだから、それは自重しよう。
汚名返上のためだと、気を引き締めて、私は最後の女王近衛兵を失神させた。
ふぅ……気絶させるだけに止めて倒すのも、一苦労だったわ。
しかし、これで残るは女王とザルサーシュのみ!
「群れ成す風の刃!」
突然、横合いから放たれた風の精霊魔法が私を襲う!
無数の風の刃が斬りつけて来るが、『戦乙女装束』を纏った私には、そよ風のような物である。
っていうか、危ないなぁ。
私が庇わなければ、足元に倒れてるエルフが巻き添えになっていたぞ!
「な……なんで平然としてるんだ!?」
驚愕しているザルサーシュと、魔法を放った女王。
ふふん、そんな顔をしてもらえると、私も制作者として鼻が高い。
「くそっ!アーレルハーレ、魔力を寄越せ!」
女王から魔力供給されたザルサーシュは、また私に洗脳魔法を放つ!……まぁ、無駄だがね。
「くそっ!くそぉぉっ!」
何度となく洗脳魔法を発動させているようだが、この『戦乙女装束』には精神に干渉する魔法も通用しない。
足を止めることなく、ズンズン進む私の姿に、魔族達の顔がさらに恐怖を帯びていった。
「ご主人様、ここは引いて体制を立て直し……」
言葉の途中で、神速のジャブで顎を打ち抜かれた女王が、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
それを見たザルサーシュが、「ひぃっ!」と情けない悲鳴をあげた。
「な、何だ……お前はいったい、何なんだ!?」
「通りすがりの仮面ラ……勇者一行です」
思わず異世界の、『トクサツヒーロー』の台詞が出そうになった。危ない、危ない。
「うう……こ、こうなったら……」
よろめきながら、ザルサーシュは腰の剣をスラリと抜く。
それで襲い掛かってくるのかと思いきや、奴は剣の腹が自分の顔の前に来るような、奇妙な構えを取った。
「俺は最強なり!」
「!?」
「俺は無敵なり!俺は無双の戦士なり!」
剣の腹に映った自分自身に、言い聞かせるザルサーシュの肉体が、メキメキと肥大化していく。
これは……洗脳魔法を自分に向けて放ち、自己暗示で肉体強化をしているのか!?
確かに、強いイメージが肉体に反映される事はあるが、こんな使い方があるとは……。
「ぬうぅ……」
「洗脳魔法をそんな風に使うとは、なかなか面白いですね。しかし、『エルフの女性』にしか、効果がなかったんじゃないんですか?」
「フフフ、自分自身の魔力の波長に合わせて調整する事など、雑作もない」
ふむ……ルアンタに助けられた時に予想はしていたが、やはり対象の魔力の波長に合わせ、術者の魔力で思考を操るのが洗脳魔法の根幹技術か。
それが分かれば、今後は同じような魔法に対して対抗策が取りやすそうだ。
「……知りたかった事は、知れました。後は、貴方を倒すだけですね」
「フハハハ!今の俺は、最強無敵の戦士だぞ!エルフごときを気絶させるので精一杯の、非力な貴様に何ができる!」
高笑いしながら、襲い掛かってくるザルサーシュ!
が、その攻撃を易々とかわして、私はがら空きの腹に反撃を打ち込む!
「ごぼぉ!」
「エルフ達は、わざと気絶に止めているんですよ。それに、忘れたんですか?私は、フルパワーのディアーレンを、倒しているんですよ?」
「お……ごお……」
ザルサーシュは、フラフラと距離を取ろうとして、後ろに下がろうとする。
だが、逃がしはしない!
一気に間合いを詰め、私はザルサーシュの体を真上に蹴りあげた!
「がはあっ!」
苦鳴の声を漏らすザルサーシュを追って上空に跳んだ私は、『ギア』をセットしながら奴を追い越して、体を回転させる!
『爆発するカカト落とし!』
空中で前転した私のカカト落としが、ザルサーシュを捉えるのと同時に爆発した!
その一撃で、加速しながら床に叩きつけられたザルサーシュは、もう一度爆発する!
必殺の一撃が見事に決まり、悠然と着地した私は、黒焦げになった魔族へと近付いていった。
「…………」
うん、絶命しているな。
やはり、デューナ並みの頑強さとタフネスが無ければ、こんな物だろう。
さて、洗脳した主が死んだことでエルフ達の洗脳は解けたはずだが……デューナの方はどうなったかな?
私は派手な戦闘音を響かせながらも、徐々に決着に近付いているであろう、怪獣達に向かって目を向けた。
◆
「はあぁぁぁっ!」
烈拍の呼気と共に、デューナの大剣がドラゴンの側頭部に打ち込まれた!
『ごっ……』
それを受けたドラゴンが小さく呻き、ついに巨体が轟音を立てて倒れ伏した!
「……ぶはぁぁっ!」
白目を向いて気を失っているドラゴンを確認し、ようやくデューナは大きく息を吐き出す。
「……ふふふ、ふはははっ!」
疲労困憊、全身が傷だらけにも拘わらず、デューナは肩を揺らして大声で笑いだす。
「あー、楽しかった!」
ドラゴンと単独で戦って、その感想はどうなんだ?
まったく、前世と変わらぬバトルマニアっぷりだな。
『変身』を解除し、そんなデューナに呆れていると、猛烈な勢いでルアンタとアストレイアが私に抱きついてきた!
「先生、お見事でした!」
「すごかったよ、お姉ちゃんんん!」
感極まった二人は、顔をグシャグシャにしながら、すがり付いてくる。
ああ、もう!涙と鼻水で酷い事に……!
「見事でしたわ!デュー姉様!」
一方、ヴェルチェはデューナの方に駆け寄っていった。
そのまま、彼女を支えるのかと思いきや、戦いの最中に砕けたドラゴンの角や爪など、武具の素材となりそうな物を回収していた。
「……あのな、一応アタシは満身創痍なんたが?」
「そうでしたわね、これをどうぞ」
素材集めを続けながら、ヴェルチェはデューナに回復薬を放り投げる。
「ったく、この娘は……」
回復薬をキャッチしながらも、あまりに雑な対応に、デューナは呆れたようにヴェルチェを眺めていた。
なんにせよ……これで、エルフの国に蠢く闇は払えただろう。
洗脳から解放された、エルフの女王が目を覚ますまで、私達は束の間の休息を取ることにした。




