11 召喚された最強生物
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恥ずかしい……
弟子の前でまんまと敵の術にハマり、こんな醜態を晒すとは……ただひたすらに恥ずかしかった。
「先生……良かった」
だけどルアンタは、私の洗脳が解けた事を喜び、笑顔でポロポロ泣いている。
いつも、私が守ってやらなければと思っていたけど、逆にこの子に救われるとは……。
少年の成長の早さは、私の想像を越えているのかもしれないな。
「ありがとう、ルアンタ。貴方のお陰で、助かりました」
素直に礼を言うと、ルアンタは感極まったのか、私にしがみついてきた。
私はそんな彼を受け入れ、ポンポンと背中を叩く。
ふふ、立派になったと思ったけれど、まだ甘えん坊な所を見せてくれてちょっと安心する。
弟子の成長を嬉しく思う半面、こうなると不甲斐ない自分が、さらに腹が立たしくなってくる。
ここはしっかり、汚名返上をしておかなければなるまい!
「さて、私に恥ずかしい真似をさせてくれた、ザルサーシュにお礼をしなければいけませんね」
洗脳し、自我が朧気になった女に忠誠を誓わせるなんて、下衆い真似をする奴には、しかるべき報いを食らわせねば。
「……あ、あの、先生は奴に洗脳されていた時の事を、覚えているんですか?」
「ん?まぁ……ぼんやりとではありますが」
それを聞いたルアンタの顔が、みるみる赤く染まる。
はて?どうしたのかな?
そう思って、ザルサーシュに操られていた時の事を、よく思い返してみると……あ!
「っ!?」
そうだ!私、めっちゃルアンタに、セクハラめいた事してた!
胸に押し付けたり、頭を抱いてナデナデしたり、頬にキスしたり、やりたい放題だったじゃないか!
おまけに、デューナやヴェルチェを煽るような事を言ってたし……。
うわぁ、あんな姿を見られたら、『クールでビューティーなエリクシア先生!』のイメージが台無しだ!
ルアンタから『実は、いやらしい先生』なんて思われたらどうしよう……。
そんな風に心配していたのだが、彼は一転して真面目な顔つきになると、小声ながらもハッキリと言った。
「ぼ……僕は、先生が独占欲を見せてくれた事……う、嬉しかったです……」
「え?」
「ザ、ザルサーシュに先生が取られそうになった時、僕にとってエリクシア先生がすごく大事な人だって、自覚しました……」
「ルアンタ……」
「だ、だから、先生が僕の事を同じように思ってくれてたなら……すごく嬉しいです」
真っ赤な顔で、しどろもどろになりながらも、懸命に思いを言葉にしようとするルアンタ。
その様子に、胸の奥がキュンキュンと鳴った!
あぁぁぁぁぁぁぁっ!可愛い!可愛いすぎるぅ!
天使か?さては天使だな、こいつぅ!
そういえば、彼が私の魔力経路に自身の魔力を流し込んで来た時、同時にルアンタの心みたいな物が私に伝わってきたっけ。
めちゃくちゃ、私の事を呼んでたんだよな……くぅっ!ルアンタ、私の事を好きすぎ問題!
なんだかつられた私も赤面しつつ、彼の眼差しに正面から向き合う。
そうやって、見つめ合っていた私達の顔が、だんだんと近付いていって……。
「そこまでですわぁぁっ!」
突如、突っ込んできたヴェルチェのドロップキックを受けて、私は豪快に吹っ飛ばされた!
ぐっ、隙だらけだったとはいえ、戦士系ではない彼女にまんまと一撃を食わされるとは……不覚!
しかし、私達に比べれば非力なヴェルチェに、あの蔦の束縛がそう簡単に破れるとは思えないんだが……?
そう思って、捕まっていた場所を見ると、デューナがブチブチと蔦を千切って、アストレイアも解放させていた。
あ、妹も助けてくれたのね。どうもありがとう。
「やはり、先程ワタクシを煽ったのは、本心がだだ漏れになったからのようですわね!保護者面で、愛し合う運命の二人を邪魔しておりましたのに、その裏でルアンタ様を誘惑するとは……いくらエリ姉様でも、無粋がすぎますわ!」
えらい剣幕で捲し立て、私を蹴り飛ばしたヴェルチェは、ルアンタに抱きついた。
って、ちょっと待てぃ!
「誰と誰が、愛し合う運命の二人ですかっ!」
そう、ツッコんでみたが、ヴェルチェはそれを無視して、ルアンタに密着していく。
「ルアンタ様、エリ姉様を側室にしたいというのなら、ワタクシは構いませんわ。ですが、それで正妻であるワタクシを蔑ろにするなんて、酷いではありませんか」
「え、え!? せ、正妻?」
「誰が側室で、誰が正妻ですか!? 思い込みもそこまで行くと、犯罪者の域に達しますよ?」
「フフン、場の雰囲気に任せて、これ幸いと唇を奪おうとする、エリ姉様に言われたくはありませんわね」
「場の雰囲気などではありません!私だってルアンタを……」
「はいはい、その辺にしときな」
勢いあまって、何か大事な事を口走りそうになった私を、デューナが止めに入ってきた。
「あのね、まだ敵さんが目の前にいるんだから、そっちに集中してあげないとかわいそうだろ?」
はっ!? そういえば!
ザルサーシュ達の事を思い出した私は、チラリとそちらに視線を向ける。
すると、怒りに震える鬼の形相で、こちらを睨んでいた連中と目があった。
いや、これは失敬。
つい、ルアンタ争奪戦に夢中になってしまった。
「……ここは一時、休戦といきましょう」
「そ、そうですわね……」
思わず熱くなっていた私とヴェルチェは、頷きあって気持ちを切り換える。
「じゃあ、ヴェルチェは疲労してるルアンタと、後方で待機してな」
「了解ですわ!ドワーフによる、土の精霊魔法を用いた鉄壁の防御をご覧に入れましょう!」
ふむ、噂には聞いたとがある。曰く土の精霊なら、ドワーフ以上の使い手はいないと。
こういう時には、ドワーフがいると心強いな。
「お姉ちゃん、私も戦うわ!」
デューナ(の力業)によって、呪縛から解放されたアストレイアが、そう申し出る。が、私はそれを断った。
「苦楽を供にした仲間に、剣を向けるのは忍びないでしょう。ここは、私達に任せておきなさい」
「お姉ちゃん……」
不安げな表情のアストレイアに、私は安心させるように微笑みかけると、デューナと二人でザルサーシュ達の前に並び立った。
◆
「……俺の人生の中で、ここまでコケにされたのは初めてだぜ」
「まったくです……ご主人様を無視して、痴話喧嘩……あげく、たった二人で立ちはだかるなど、万死に値する愚行!」
「そうだろう、そうだろう。なら、お前達がやるべき事は判っているな!」
「全力をもって、奴等に死を!」
女王が鼓舞すると、それに呼応した女王近衛兵達が、雄叫びをあげた!
武器を構え、私達へと敵意を顕にする、エルフの戦士達!
さらにその背後では、エルフの女王がついに、その切り札を切ろうとしていた!
「契約に基づき、我が元に来たれ、古の竜!」
唄うような詠唱が響き、アーレルハーレが作り出した魔方陣から、そいつは姿を現した!
『ゴオォォォォォォォォッ!』
天を割る咆哮、地を震わす巨体!
あらゆる種族の中で、どれが『最強』と呼ぶに相応しいかと問われれば、誰もが口を揃えて答えるだろう。
それは「ドラゴンである!」と。
そして、その最強を冠する魔獣が、今まさに私達の目の前に召喚された!
「さあ、古の竜よ!貴方の敵は、そこの勇者一行です!」
『勇者……か。ふん、人間ごときが、大した肩書きを名乗るものだな』
おお!話せるのか、このドラゴン!
なるほど、女王が言う通り、この竜は長い時間を経た古竜の一匹なんだろう。
前世で魔界にいた頃、竜種の中でも圧倒的な強さを誇っていたのが、『古竜』と呼ばれる年を経た連中だった。
ある者は強大な魔力を宿し、またある者は無双の肉体を持つ、いずれも最強種を代表するような猛者ばかり。
そんな古竜を召喚する、エルフの女王の力に、改めて感心してしまうわ。
「デューナ、得物を」
私は、『ポケット』から自分の魔道具、『ギア』と『バレット』取りだし、さらにデューナの大剣を引っ張り出した。
さすがに堂々と武装してエルフの本拠地に来るわけにはいかなかったので、私が預かっていたのである。
「……なぁ、エリクシア。あのドラゴンなんだけど、アタシにタイマンでやらせてくれ」
大剣を受け取りったデューナは、目に危険な光を宿らせて、そんな事を言う。
「ドラゴンと戦り合うのは、久しぶりだ。血がたぎるんだよ……」
ああ……そういえば、デューナは前世に単独で竜殺しを成し、魔界最強と言われた剣士だったわ。
そんな彼女が、久しぶりに強敵と対峙したのだから、興奮するのも無理はない。
うーん……確かに、彼女には大物を任せて、私はエルフ達の制圧とザルサーシュの排除に専念した方が、いいかもしれないな。
実際、興奮したデューナの大剣の一撃を受けたら、エルフ達じゃ粉々になってもおかしくないし。
アストレイアの手前もあるし、ザルサーシュに操られているだけの、女王を始めとするエルフ達は、なんとか助けてやりたい。
だったら、役割の分担をした方が確実だろう。
「わかりました。露払いは任せてください」
「よし、決まりだ……いくぜ!」
「ええ!」
デューナの肉体がマグマのように赤熱化し、炎のような闘気を放つ!
そして、私は『バレット』を起動させ、「変身!」の掛け声と共に、『ギア』を発動させた!
噴き出す魔力と、闘気の嵐!
広い室内を蹂躙するような、その力の奔流が納まった時……。
『戦乙女装束』に身を包んだ私と、狂戦士を遥かに凌駕した『超戦士』と化したデューナは、驚きを隠せない各々の標的に向かって、一歩目を踏み出した!




