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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第三章 エルフとドラゴン
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10 ルアンタVSエリクシア

「おいおい、マジか……」

「さ、最悪ですわ……」

 目の前の光景を見た、デューナ先生とヴェルチェさんが、困惑したような呟きを漏らす。

 そして、それは僕も同じ気持ちだった。


「フハハハハ!全力のディアーレンをも倒す、ダークエルフの戦士!最強のコマを、手に入れたぞ!」

 高笑いしながら、ザルサーシュはかしずくエリクシア先生の肩を踏みつけるように、足を乗せる。


「たっぷりと働いてもらうぞ、エリクシア!」

「はい……」

 そんな風に、先生を道具のように使おうとしている、魔族とのやり取りを見た瞬間、僕の中で何かが弾けた!


「うおぉぉぉぉっ!!」


 それが、僕の口から放たれた咆哮だと、僕にも一瞬わからなかった!

 魔力を全身に巡らせ、身体能力を増した僕は、激情のままに植物の拘束をぶち破る!


「ザルサーシュ!!」

 先生を弄ぼうとする、許せない存在!

 僕は、一撃で奴を討つべく、デューナ先生達の制止も振り切って駆け出した!

 止めようとするエルフ達をかわし、『ポケット』から剣を取り出すと、勢いに任せてザルサーシュへと斬りかかる!

 だが!


「──っ!?」

 振り下ろされた刃はスルリと軌道を逸らされ、勢い余った僕の体は、後方へと飛ばされた!

 辛うじて着地した僕の視界に、信じたくないその姿が映る。


「ご主人様を傷つける事は、許しません」

 ザルサーシュの盾になるように、僕と奴の間立ちふさがる、エリクシア先生。

 今の一撃を受け流したのも、先生の技だろう。

 さすがだと感心すると共に、そんな先生が敵を守ったという現実が、心に重くのし掛かった。


「ふぅ……少しばかり焦ったぜ。子供だと思って甘く見ていたが、勇者と呼ばれるだけの事はあるな」

 先生の後ろから、話しかけてくるザルサーシュの存在その物が、僕の神経を逆撫でする。

 折れそうになる気持ちを奮い立たせ、僕は剣を構えた!


「エリクシア先生を解放しろ!」

「ハハハ、解放するも何も、忠誠を誓ったのはこいつ自身だぞ?なぁ、エリクシア」

「その通りです、ご主人様」

「ぐっ……」

 ……わかってる。これは奴の洗脳魔法のせいだって事は、よくわかってる!

 だけど、先生本人の口から、ザルサーシュを「ご主人様」なんて呼ぶのを聞くのは、とても辛い。


「ふふん、大好きな先生が取られて、相当に悔しいようだな。勇者様が屈辱と嫉妬に歪む顔を、もっと見てみたいものだ……」

 そう言うと、ザルサーシュはエリクシア先生の胸に、手を伸ばそうとする!


「な、何をする気だっ!」

「ククク、子供のお前に、大人の楽しみ方って物を、見せてやろ……」

 下卑た笑みを浮かべ、ザルサーシュが先生の胸に触れようとしたその時!

 突然「パァン!」と甲高い音が響き、魔族の手を先生が叩き落とした。


「…………え?」

 ザルサーシュ自身も、何が起こったのか理解できていない、呆けた顔で声を漏らす。

 たぶん、僕達も同じような顔をしていた事だろう。

 唯一、いつもの平然とした表情でザルサーシュに背いたエリクシア先生は、スッと直立不動の姿勢になる。


「あの……エリクシア?」

「なんですか、ご主人様」

「お前……俺の下僕だよな?」

「もちろんです」

「……じゃあ、胸を揉ませ」

「お断りします!」

 ザルサーシュが、言い終わる前に、被せ気味に断るエリクシア先生。

 その、当然でしょうと言わんばかりの態度に、奴は激昂した。


「お、お前は俺の命令に、絶対服従の……」

「お断りします」

「いや、だから……」

「お断りします!」

「あ、はい……」

 すさまじい圧を放つ先生の前に、ついにザルサーシュはスゴスゴと引き下がる。

 その様子を見て、デューナ先生が爆笑し、ヴェルチェさんも俯いて肩を震わせていた。

 ついでに僕も、何となく力が抜けてしまい、乾いた笑いを漏らしてしまう。


「な、なんなんだ、こいつは……。洗脳魔法は、確実に効いているはずなのに……」

 よろめきながら、信じられない物を見る目で、ザルサーシュは先生を睨む。

 まぁ、エルフの女王ですら支配下に置いているのに、先生を完全にコントロールできないんだから、困惑するのはわかる。

 いや、これはやっぱり、先生がすごいんだな!


「くそっ……何かこいつに衝撃を……」

 ブツブツと呟いていたザルサーシュが、ピンと来たような顔をした後、ニヤリと笑った。

「……エリクシア、新たな命令だ。お前の手で、そこの勇者ルアンタを仕止めろ!」

「なっ!?」

 いきなり、なんて命令をするんだ、こいつは!

「ルアンタを……仕止める」

 ザルサーシュの命令を復唱した先生が、僕の方に視線を向ける。


「ククク、自らの手で愛弟子を仕止めれば、エリクシアの心に傷がつくからなぁ。その心の傷口から、より深く洗脳してやる!」

 このっ……僕をそんな事に利用するつもりかっ!


「隙だらけですよ、ルアンタ」

「っ!?」

 ザルサーシュの企みに気をとられた、ほんの一瞬の間に、先生は僕の間合いへと、深く侵入してきていた!

 まずい!このままでは、攻撃を食らってしまう!

 まんまとやられて、先生をこれ以上、あいつのおもちゃにする訳にはいかないんだっ!

 被害を最小限にとどめる為、僕は一撃はもらう覚悟で、急所の防御を固める!

 だけど……。


「!?」

 僕に訪れたのは、攻撃のダメージではなく、ギュッと抱き締められた柔らかな感触だった。

「え?あ、あれ……んぶっ!」

 戸惑う僕の頭を胸に押し当て、先生は「よし、よし」と撫でてくれる。

 ……って、何をされてるんだ、僕は!?


「…………おい、何をしてるんだ、エリクシア?」

 怪訝そうな表情で、ザルサーシュが先生に尋ねる。

「?『仕止めろ』との命令だったので、ルアンタの『ハートを仕止めよう』としているのですが?」


「そういう意味じゃねぇよ(ないですよ)(ありませんわ)!!!!!」


 僕と先生を除く、全員からツッコミが入った!

「そこは『殺せ』って意味だろうが!」

「殺す……ルアンタを?それは、お断りします」

 洗脳されてるはずの先生は、キッパリとザルサーシュの命令を断る!

 洗脳……されてるんだよね?


「おい、エリクシア!アンタ、本当に洗脳されてんのか!?」

「そうですわ!操られてる割には、自由すぎませんこと!?」

 いよいよ、味方サイドからもツッコミが入ってきた。

 けれど、エリクシア先生はなぜか僕の頭を撫でるのを再開し、デューナ先生とヴェルチェさんへ勝ち誇ったような笑みを向ける。


「アンタ、絶対操られてないだろ!」

「どさくさに紛れて、ルアンタ様と単純接触を謀るのは、やめてくださいまし!」

「うるさい負け犬どもですね。ばーか、ばーか」

 普段の先生なら絶対に言わないような、幼稚な罵声を浴びせ、今度はこれ見よがしに僕の頬にキスしてくる。

 それを見て悔しがる二人を眺め、先生は愉悦の笑みを浮かべていた。

 ……正直な所、不謹慎だと思いながらも、先生に密着して頬っぺたにキ、キスまでしてもらえた事に、僕は内心でかなり幸せを感じ、浮かれてしまいそうになっていた。

 今が戦闘中じゃなかったら、バンザイのひとつもやりたい位だ。


 ──そんな風に、仲間内で騒ぎだした僕達に、ザルサーシュもエルフの女王も、呆れて言葉を無くしていた。


「な……なぜだ!なぜ、ああもあの女は、自由でいられる!?」

「もしかして……彼女がダークエルフであるという事が、ご主人様の魔法に何らかの不都合をもたらしているのかもしれません」

「ちいぃ……」

 命令を聞かなかったり、曲解したりして、思い通りにならないエリクシア先生に、ザルサーシュは憎悪のこもった視線を投げ掛ける。


「……アーレルハーレ、お前の魔力をもっと寄越せ」

 ザルサーシュの命令に、エルフの女王は少し驚いたような顔をした。

「よろしいのですか?これ以上、エリクシアに魔力を送れば、精神が崩壊するかも……」

「構わん!外見は好みで、ちと惜しい気もするが、な。しかし、使えんのなら最後に暴れさせて、役に立ってもらうとしよう」

「わかりました」

 頷いたエルフの女王が、ザルサーシュの手をとる。

 そして、魔族を媒介にした膨大な魔力が、無理矢理エリクシア先生の体に送り込まれた!


「うあっ!」

 突然、苦しげな声をあげ、先生が僕を突き飛ばす!

「せ、先生!」

「あ、あぁぁぁぁっ、うあぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 呼び掛けには答えず、頭を抱えながら、先生は髪を振り乱して悶え苦しんでいた!

 こ、これはいったい……。

 いや!これも奴の仕業に決まっている!

 先生を苦しめる、その元凶!

 僕はザルサーシュに向かって、剣を投げつけた!


「ちいっ!」

「させません!」

 舌打ちした魔族の主を、エルフの女王が防御する!

 伸びた太い植物の幹に剣は弾かれ、僕の足元に突き刺さった。


「先生に何をしたっ!?」

「ふん……邪魔な意識を消しさるために大量よ魔力を、一つの命令と共に送り込んでやったのさ!」

「なん……だと!」

「もう少しで、完全に人格を消せたんだがな……まったく、邪魔な小僧だ」

「ふざけるなぁ!」

 先生の人格を消すだと!そんな真似、誰がさせるもんか!


「フッ……だが、命令はしっかりと届いたようだな」

「なにっ!?」

 奴の言う通り、無理矢理に魔力を送られた先生の様子が、明らかに変わっている。

 唸り声をあげ、獲物を狙う魔獣のような目付きで、僕達を睨み付けてくる、エリクシア先生。


「俺の出した命令は、簡単な物だ……『勇者とその仲間を殺せ』とな」

「よくもそんな命令を……!」

「安心しろ、ほぼ狂戦士と化しているが、お前らがさっさと死ねば、精神崩壊くらいですむかもしれんぞ?」

 こ、こいつは……!


「ルアンタ!アタシに代われ!」

 あきらかに尋常ならざる、エリクシア先生の様子を見たデューナ先生が、あっさりと拘束を引きちぎって駆けつけようとしてくれた。

 だけど、僕はそんなデューナ先生を手で制す。


「僕ににやらせてください……僕が、エリクシア先生を取り戻します!」

 ピタリと歩を止めたデューナ先生が、厳しい目付きでこちらを睨む!

「本気で言ってるのかい?エリクシアを、元に戻せる保証は無いんだろ?」

「……確かに、保証はありません。でも、それでも!」

 それ以上、うまく言葉が出てこない。

 そんな僕を見つめ、デューナ先生は腕組みしてその場に仁王立ちになった。


「よぅし、わかった!その覚悟があるなら、ルアンタに任せるよ!」

「ありがとうございます!」

「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!」

 慌てた様子で、ヴェルチェさんが言葉を挟んでくる。

「本気ですの、デュー姉様!? いくらなんでも、分が悪すぎますわ!」

「そんな事はどうでもいいのさ!男がやると覚悟を決めたんだ、その重さはアンタも分かるだろ(・・・・・・・・)?」

「うう……」

 デューナ先生に説き伏せられ、頭を振ったヴェルチェさんは、吹っ切れたように顔をあげた!


「もう!わかりましたわよ!でも、ますます負けないでくださいませ、ルアンタ様!」

「はい!」

 送り出してくれた応援に応え、僕は暴走状態のエリクシア先生と、正面から対峙した。


「うるるるる……」

 唸る先生の姿には、普段の知的でクールな様子は微塵もない。

 それが悲しく感じ、速攻で極めようと動こうとした時、まるで計っていたかのように、先生が吠えた!

 それと同時に前傾姿勢からの素早いダッシュで、あっという間に間合いを詰める!

 そして振るわれた爪が僕を掠めて、血飛沫が舞う!

 それを見たヴェルチェさんが小さく悲鳴をあげたけど、でも大丈夫!

 ちょっと、派手に血が出ただけだ!


 確かに、今の先生の攻撃は、速くて鋭い。

 でも、がむしゃらに攻め立てるだけで、いつもの流麗な技術とは比べ物にならないほど、軌道が読みやすかった。

 何度か攻防を繰り返し、タイミングを掴んだ僕は、振るわれた先生の腕を取って、背負うように持ち上げて、背中から床に向かって投げ落とす!

 いつもの先生なら、軽々と受け身を取って反撃してくるだろう。

 しかし、今はまともに背中を強打して、「ぎゃっ!」という苦痛の声をあげた。

 すかさず立ち上がろうとするが、そうはさせない!

 僕はそのまま寝技に持ち込み、以前先生から教わった、『カミシホーガタメ』で、先生を捕らえた!


「んんっ!」

 僕の胸元で顔を押さえるような形になるこの技は、呼吸が邪魔させた先生は苦しげにもがく。

 上半身をガッチリと固めている体勢のため、強い反撃を受ける事はない。

 そうやって押さえ込んだ先生へ、僕は一か八かの賭けに出る事にした!


「先生……戻ってきてください!」

 懇願するように呼び掛けて、僕は先生の魔力経路に(・・・・・・・・)僕の魔力を流し込む(・・・・・・・・・)

「んっ!んんんっっ!?」

 ビクン!と、先生の体が跳ねる!

 苦しいかもしれませんけど、頑張ってください!


 推測ではあるけれど、奴の洗脳魔法は、自身の魔力を頭に送り込み、命令に従わせるという、メカニズムではないだろうか?

 魔力と共に命令を(・・・・・・・・)送ったという(・・・・・・)、さっきのザルサーシュの言葉だけが、根拠なんだけど、当たらずとも遠からずな気はする。

 だとすれば、魔力経路を開発する要領で、僕の魔力を先生の全身に流す事ができれば、洗脳の根幹になっているザルサーシュの魔力を追い出せるかもしれない。

 

 その仮説に至った僕は、早速押さえつけている先生の魔力に僕の魔力を同調させ、違和感のある魔力(・・・・・・・・)を探る。

 すると、何度か経路を通して繋がっていた僕は、不自然な魔力の乱れを感じる事ができた!

 ヨシ!これを追い出す!


「うおぉぉぉぉっ!」

「んんんっ、んあぁっ!」

 苦し気に、バタバタと僕の下で暴れる先生を押さえつけ、ひたすら魔力を流し込みながら、僕は何度も先生に呼び掛けた。

「頑張ってください、先生……必ず、助けます……」

 呪文のように、僕はその言葉を繰り返す。


 出会った時から憧れた、素晴らしい女性。

 教えを乞い、強くなっていく内に、いつか僕がこの女性(ひと)を守りたいと願った。

 でも、僕は今そう誓ったはずのエリクシア先生を、救うためとはいえ苦しめている。

 その現状が、ひどく辛くて悲しい。

 先生に呼び掛けながら、堪えきれなくなった僕の目から、ポロポロと涙が溢れた。


 ──そんな長く苦しい時間が過ぎ、不意に先生の腕が力を失って、パタリと地に落ちた。

 それと同時に、何か邪な気配が、先生の体から霧散した感触も。


 やった……のか?

 極めていた技を緩め、抵抗がなくなった先生から、少し離れる。

 ドキドキしながら様子を窺っていると、「ルアンタ……」とか細く僕を呼ぶ声がした!

 急いで近付き、先生の顔を除き込む。

 すると、少し照れたような苦笑いをしながら、先生が僕を見つめ返してきた。


「とんだ迷惑を……かけてしまいましたね……」

「迷惑なんて、そんな!でも、良かった……」

 いつもの優しい先生の眼差しを確認した僕の目から、今度は喜びと安堵の涙が流れ落ちていった。

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