09 恐るべき洗脳魔法
まーた、私の偽者かっ!
ディアーレンの時といい、今といい、なんて迷惑な奴だろう!
しかも『洗脳魔法』って、九割方エロ目的のやつじゃない!(個人の意見です)
「フッ、エルフの国を我等の配下に置き、勇者一行を葬ったとなれば、私の名声は不動の物となるだろう」
ザルサーシュと名乗った魔族は、勝ち誇ったように私達を見下ろす。
何て言うか、何処にでもいそうなモブっぽい外見のくせに、こんな搦め手を使うとは。
「ご主人様のお役に立てて、私も光栄です」
エルフの女王は、うっとりとした表情で、ザルサーシュに甘えるように体を預ける。
それを見ていたアストレイアが、ジタバタともがき出した!
「んんー!んんっんーんー!」
口に突っ込まれた植物のせいで、何を言ってるかはわからないが、おそらくザルサーシュに向かって、罵詈雑言を並べ立てているのだろう。
それを見た魔族は、ふんと鼻を鳴らす。
「何か言いたそうだな……アーレルハーレ」
「はい」
ザルサーシュに促されると、女王はパチンと指を鳴らした。
それと同時に、アストレイアの口をふさいでいた蔦が、チュポンという音と共に引き抜かれる。
「けほっ!」
「さぁ、間抜けな新人。何か言いたい事があるなら、言ってみろ」
挑発するような魔族を、アストレイアはキッと睨み付けて叫んだ!
「女王陛下に、いやらしい事をしたんでしょう!エロ書物みたいに!」
「してねーよ!」
やっぱり、そっち方面を想像するよね!といったアストレイアの問いに、ザルサーシュは即答で返す!
って、してないんだ!?
「俺はなぁ、『褐色』『巨乳』『眼鏡』の三拍子が無ければ、興奮しないんだよ!ガチのフェチズムを舐めるな!」
言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい性癖を抱えている事はわかった。
というか、そうなると私はザルサーシュにとって、ドストライクなんじゃ……。
怖っ……目を合わさないでおこう……。
「陛下っ!陛下は本当に、その魔族にエルフの国を売り渡すつもりなのですか!?」
「売り渡すなんて、人聞きの悪い……支配していただくのよ?」
それが当たり前とでもいう風に、平然と言ってのけるアーレルハーレの姿に、アストレイアはグッと唇を噛む。
「……私以外の女王近衛兵は、どうなったんですか」
「心配するな、全員無事だ」
ザルサーシュが合図すると、後方のカーテンが開き、武装したエルフの女性達が姿を現した。
「なっ……」
その中の数人を見て、アストレイアの顔色が変わる。
「くくく、お前が信用していた先輩も、最初から俺の下僕だった訳だ。お陰で、楽にこの状況に持ってこれた。礼を言うぞ!」
「良かったわね、アストレイア。ご主人様が、直々に誉めてくださったわよ」
「ぐっ……くぅ……」
魔族の手のひらの上で踊らされた悔しさのためか、彼女の瞳から、ポロポロと涙が溢れ落ちる。
……不思議なものだ、まだ会って数日しかたっていないというのに、アストレイアが泣かされてると思うと、とても腹が立つ!
「フハハハ、『絶望』って顔をしてるな!俺はそういう顔をした奴を見るのが、大好きだ!」
嬉しそうに高笑いするザルサーシュは、さらに追い討ちをかけるべく畳み掛ける!
「だが、安心しろ!もうすぐお前も、喜んで俺に尻尾を振るようになるんだ。アーレルハーレのようにな!」
その言葉で、アストレイアの表情はさらに曇った。
「うう……もう、おしまいだわ……この国は、あいつの思い通りにされてしまう……」
「大丈夫ですよ、アストレイア」
泣き崩れる彼女に、そう声をかけると、ハッとしたように私の方を見た。
「お姉ちゃん……」
「なんのために、私達がいると思っているんです?」
「で、でも、あいつの洗脳魔法は……」
「そんな魔法は、軽々と使える物ではありません」
はっきりと言い切った私の言葉に、ザルサーシュの顔から笑みが消える。
「ほぅ……何を根拠に、断言できるのかな?」
「少し観察すればわかりますが、あなた個人の魔力量は大した事はありませんね。そんなあなたが、力量の差を埋め、さらに自分の傀儡に仕立てあげるなどという魔法を使うには、それ相応の莫大な魔力か、かなり高度なアイテムが必要でしょう」
「ほぅ……」
感心したのか、図星を突かれたからなのか、ザルサーシュは小さく唸って黙りこんでしまった。
私が指摘した通り、アーレルハーレとザルサーシュの力量の差を計るなら、虎と猫くらいの差がある。
異世界のフィクションならともかく、それを魔法で洗脳しようというのなら、相当に難しい。
まぁ、一回くらいならなんとかなって女王を落とせたのかもしれないけど、同じような手段は使えないだろう。
「……見ての通り、女王近衛兵も私の手に落ちているのだが?」
「女王に魔力を肩代わりさせれば、それも可能でしょう。ですが、私達を洗脳しようというのなら、せめて女王クラスが三人以上は必要ですよ?」
「……………」
私の返答に、ザルサーシュは再び口を閉ざしてしまった。
「どうです、こいつらが油断ならない相手だと、わかってもらえましたか?」
突如、横から割り込むように話に交ざってくる声。
この声は……!?
「その節はどうも、ダークエルフのお嬢さん」
「ディアーレン!」
女王近衛兵達の後ろから現れた魔将軍の姿に、私達も思わず声をあげた!
「い、いつの間に回復しておりましたのっ!?」
「フフフ、三日ほど前にね。しかし、君がそんなに私を心配してくれていたとは、感激だよ」
「心配なんて、しておりませんわ!むしろ、そのままお亡くなりになっていても結構でしたのに!」
「フフフ、キツい事を言うねぇ」
ヴェルチェと言葉を交わしたディアーレンは、次いでルアンタに視線を向ける。
「ルアンタも元気そうで何より。それよりも、君、私の手に部下に何かしたのかな?」
「……なんの話だ?」
「んん、私の部下が君達と戦う事を拒否していてねぇ。よほど、酷い目にでも合わされたのか……」
「あの魔族達が……」
敵対していた相手と解り合えた事に、ルアンタは少しだけ顔をほころばせた。
だが、次のディアーレンの言葉に、その表情が強張る!
「後学のためにも、君達がどんな拷問をしたのか、確認だけはしておきたかったんだかね。まぁ、役に立たないなら必要ない。後で処分しておこう」
「僕らは、拷問なんてしていない!それより、自分の部下をなんだと思ってるんだ!」
「おお、怖い怖い。さすがは勇者様、お優しい事で」
激高するルアンタをからかうように、ディアーレンはおどけてみせた。
んん?
何やらディアーレンの態度に違和感を覚え、私はその疑問を奴にぶつけてみる。
「ルアンタやヴェルチェを、引き込む事は諦めたんですか?」
「……よく、わかったねぇ」
一瞬、キョトンとしたディアーレンだったが、すぐにニヤリと笑ってみせた。
「反抗的な勇者やドワーフの姫は、もういらない。この国には、見映えのいいダークエルフの子供達がいるからねぇ」
なるほど、ザルサーシュと合流して、そちらに目をつけたか。
でも、彼女の前でそれを言っちゃダメだなんだよなぁ。
そう思ったと同時に、私の隣で拘束されていたデューナが、「おい」と低い声で魔将軍に呼び掛けた。
「アンタの下らない計画に、あの子達を利用するつもりなら……殺すぞ」
低く圧し殺した、静かな一言。
だが、そこに込められた殺気は、ディアーレンだけでなくエルフの近衛兵達までも身震いするほど強烈な物だった。
まさに、子連れの猛獣のごときデューナに気圧されたディアーレンは、ザルサーシュに呼び掛ける。
「ザ、ザルサーシュ殿!見ての通り、奴等は危険だ。早々に始末を!」
「…………」
だが、その呼び掛けに答えることなく、ザルサーシュは何かを思案していた。
……心なしか、私をジッと見ているような?
「うぬっ……もういい!貴殿が動かぬなら、私がケリをつける!」
動かぬザルサーシュに業を煮やしたのか、ディアーレンはアーレルハーレに魔力を寄越せと迫った。
「よろしいですか、ご主人様」
「ん、やるがいい」
「はい」
「そうです、さっさと魔力を渡しな……ぐぼっ!」
アーレルハーレに触れようとしたディアーレンの胸を、突然、床から現れた太い杭が貫く!
「な……ぜ……」
「『ディアーレン殿と共に、勇者を倒した』よりも、『ディアーレン殿を倒した勇者を、俺が倒した』事にした方が、インパクトは大きいだろ?」
「聞きたい情報は、もういただきました。後は、ご主人様の踏み台となってください」
唐突な裏切りを受け、様々な想いがごちゃ混ぜになった表情を浮かべる魔将軍の喉に、ザルサーシュがその手にした刃を深々と突き立てる。
「お疲れさまだ、ディアーレン殿」
事も無げに言ってザルサーシュが刃を引き抜くと、ディアーレンの体はゆっくりと崩れ落ちる。
そのまま、床に倒れた魔将軍を見下ろし、「ふむ」と、どうでもよさそうに呟いた。
魔族のらしいといえば、魔族らしいとも言えるザルサーシュの行動。
しかし、私はそのやり口に唾を吐きかけてやりたい気分だった。
「さて……確か、エリクシアといったな。俺はやはりお前を配下にほしい」
はぁ?何を、口説きにかかって来てるのかな?
あいにく、こちらにそんなつもりは無いっつーの!
「お前が先程、推測した洗脳魔法のシステムはだいたい合っていた。その、魔法への見識と理解力は大したものだ。それに加えて、拘束されているにもかかわらず、それだけの余裕を見せる胆力も素晴らしい」
それはどーも。
誉めても、何も出ませんがね。
「それだけに、俺が例えアーレルハーレの魔力を使って、お前に洗脳魔法を使用しても、それに抵抗できると思っているんだろう?」
む、見抜いていたか。
奴の言う通り、女王の力を借りたとしても、その魔力量なら耐える自信がある。
むしろ、調子に乗って洗脳魔法を使ってきたら、掛かった振りをして油断した所に、一撃を入れてやろうと思ってたんだけどな。
「……俺は、オルブル様に教わった事がある」
ん?なんで、オルブルの名がここで?
「効果の対象を制約をする事で、魔法の成功率を上げる事ができるとな」
何っ!?
「俺の洗脳魔法だが、実は通用するのは『エルフの異性』のみなんだ。その代わり、魔法の成功率は……」
ヤバい!
背筋に悪寒が走り、私は私を縛っている、植物の蔦を引きちぎろうとした!
だが、それよりも早くザルサーシュの魔法が発動する!
「百パーセントだ」
その声が響いた瞬間、ドス黒い魔力が、私の頭に流れ込んできた!
◆◆◆
「うあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ザルサーシュの魔法が発動すると、標的にされたエリクシア先生が悲鳴をあげた!
「先生っ!」
今まで聞いたことのない、先生の悲鳴に、僕も叫ぶように呼び掛ける!
だけど、急にガクリと項垂れたエリクシア先生は、そのままピクリとも反応をしなくなってしまう。
くっ……!
「……よし。アーレルハーレ、エリクシアの拘束を解いてやれ」
「かしこまりました」
エルフの女王がそう答えると、先生を縛っていた蔦がスルスルとほどけていく。
「うむ。よーし、エリクシア。俺の元へ来るがいい」
ザルサーシュがそう言うと、エリクシア先生はゆっくりと立ち上がり、ふらつく足取りで、奴の方へ歩き出す。
「ダメです、先生!そっちに行っちゃいけません!」
僕は必死で呼び掛けながら、僕を縛っている蔦を引きちぎるために力を込める!
だけど、そんな僕をデューナ先生が小声で制止してきた。
(ちょっと待ちな、ルアンタ。あれは、エリクシアの策かもしれない)
(えっ?策……ですか?)
(ああ、奴の魔法に掛かった振りをして、近付いてドカン!……ってね)
(確かに、エリ姉様ならそれくらいやりそうですわ)
デューナ先生の予測に、ヴェルチェさんも納得したように頷く。
……そうだ、ザルサーシュは「百パーセント」なんて言ってたけど、それは普通のエルフに対しての話だろう。
でも、エリクシア先生なら……。
僕は、ザルサーシュの元へ向かう、エリクシア先生に目を向ける。
最初のフラついていた様子は無くなり、いつしかその足取りは、しっかりしたものになっていた。
意識がはっきりしている証拠だ!これなら……。
そんな風に、僕達が固唾を飲んで見守る中、ついに先生はザルサーシュの前に立った。
「さぁ、エリクシア。俺の前に膝まづいて、忠誠を誓え」
完全に隙だらけな状態で、先生に命令するザルサーシュ。
そんな奴へ、先生の一撃が決まる!……はずだった。
「え……?」
だけど、僕達の予想とは裏腹に、先生はザルサーシュの前に膝をつく。
まるで、主にかしずく騎士のように。
そして、信じられない言葉が、先生の口から放たれた。
「……あなた様に、忠誠を誓います。なんなりとご命令ください、ご主人様」
それを聞いた瞬間、世界がグニャリと歪んだような気がした。




