08 その黒幕は……
「会いたかったよぉ、お姉ちゃあぁん!」
私に抱きついたアストレイアは、そのまま豪快に泣き出し始める!
ちょ、ちょっと待って!キャラが変わってるってば!
「え?せ、先生の妹って……」
「年下ですの!? 年下ですの!?」
「おいおい、エリクシアをお姉ちゃんって……アンタいくつなんだい?」
突然の混乱した状況に、困惑した皆がアストレイアなは問いかける。
「じゅ、十六歳ですぅ……」
「十六っ!」
思ってたよりも若い!
言っちゃなんだが、そりゃあ女王近衛兵やってても、部下から軽く見られる訳だわ。
「し、しかし、本当に私が貴女の姉なんですか?」
私以外にもダークエルフはいるだろうし、何かの間違いという可能性の方が高いんじゃないだろうか。
そう確認するように聞くと、アストレイアはようやく私から離れて涙を拭った。
「私の両親は二十年前、生まれたばかりの姉をドワーフの国の先、人間の町の近くにある、大きめの森に遺棄してきたと言ってました」
あら?それって、私っぽい?
でも、それだけで私って証拠には……。
「あと、お姉ちゃんのお尻には生まれながらにして、三つの並んだほくろがあったそうです」
「デューナ!ヴェルチェ!」
私は二人に頼んで、ちょっと離れた場所で自分のお尻をチェックしてもらう!
「有るな!」
「有りましたわ!有りましたわ!」
「有るんですかっ!」
何てこった……それじゃあ、本当にアストレイアは今世の私の妹……。
そういえば、ルアンタもなんだか私と彼女が似ているとか、そんな事を言ってたっけ。
それにしても、捨てられた時から一人で生きてきた私に、血の繋がった妹がいるなんて……なんだか、喜んでいいのか、怒っていいのか、よくわからなくて混乱する。
そんな私の複雑な心情を察したのか、少し落ち着いたアストレイアは、またその場に土下座した!
なんなの!土下座が好きなの?
「お姉ちゃんはきっと、私達を恨んでいると思います。それについては、お父さん達共々、反論の余地もありません……」
グスッと鼻を鳴らしながら、アストレイアは続ける。
いや、別にそうでもないけど……。
「それでもっ!どうかこの国を助けるために、力を貸してください!」
「まぁ、それは……」
「この国を救った後なら、どんな責め苦でも受けてみせます!だから、お願いします!」
「ええ、約束ですし……」
「ほ、骨の一本や二本は覚悟してます……でも、せめて日常生活に支障が無いくらいの傷害で、済ませてもらえると……」
「こちらの話を聞きなさい!」
必死で懇願するアストレイアに、軽くチョップを叩き込んで、私は彼女の言葉を止めた。
なんですか、さっきから人聞きの悪い!
情けない表情で頭を上げたアストレイアを、さっさと立たせ、私は憮然とした顔で言う。
「約束した以上は、私の都合でそれを反故にするつもりはありません!あと、私は特に貴女達を恨んではいませんから、安心なさい!」
これは、本音である。
というか、前世の時点で命を狙われるくらいに、血縁には恵まれていなかったのだ。
それに比べれば、捨てられた事なんてたいした事はないじゃないわ。
「わ、私達を恨んでないの……?」
信じられないといった表情で、私を見詰めるアストレイア。
まぁ、それが普通の反応か。
「お姉ちゃんが私達の前に姿を現す時は、絶対に復讐に来た時だから、そうなったら皆で首を差し出そうねって、お父さん達とも話してたのに……」
重い!そして、怖い!
なんなの、その覚悟の決めっぷりは!
「というか、そこまで思い詰めていたのに、なんで第一声が『会いたかった』なんですか?」
「私にとって、ダークエルフの人は、ヒーローだから……」
なんでも、アストレイアは幼少の昔、命の危機をダークエルフの冒険者に助けてもらった事があるそうだ。
それからは、ダークエルフは憧れの存在であり、私というまだ見ぬ姉に思いを馳せていたという。
そうして、ドワーフの国の調査に向かった際に私と出会い、名前を聞いて『姉』だと確信したものの、恨まれているかもしれないという恐怖感で言い出す事ができなかったらしい。
「でも、お姉ちゃんから話を振ってもらって……堪えられなくなっちゃって……」
「そういう訳ですか……」
私は、ハァ……とため息を吐いて、アストレイアを眺める。
そういえば、すべてが終わってから話すつもりみたいな事を言ってたっけ。
この先、女王と魔族を相手取る事になれば、命の保証はない。だから、話さずにはいられなかったといった所か。
「まぁ、確かに苦労はしましたが、それなりに楽しくはやっていました。だから、先程も言った通り、私は恨んでいないので、貴女も両親も気に病む必要はありませんよ」
「本当に……?」
「ええ」
「じゃあ、お姉ちゃんって呼んでいい?」
「……いいですよ」
私の一言に、アストレイアはパァッと顔を輝かせる!
そして再び、私に抱きついてきた。
「頑張ろうね、お姉ちゃん!私達で国を救えれば、絶対に全部うまくいくよ!」
「そうですね……」
お気楽にはしゃぐ妹に、困った物だと思いながらも……なんだか、悪い気はしなかった。
◆
──それから数日が経った。
その間、何度かヴェルチェとルアンタは王宮へと呼ばれ、私とデューナはダークエルフ自治区に留守番させられている。
国民に配慮したため……とは聞いていたが、こうもあからさまにハブられると、なんとも面白くない。
それにしたって、なんの動きも無さすぎる。
会議に駆り出されているルアンタ達に話を聞いても、真面目に同盟の話や、魔族を追い払う話ばかりで、とても内通しているとは思えないくらいだという。
心配していた、エルフ側に引き渡したディアーレンの処遇についても、厳重に牢に入れてあるらしく、これと言って不自然な点は無いらしいし……。
「やれやれ……こちらから動けないというのも、厄介なものですね」
「まぁ、向こうに何か動きがあれば、アイツらが情報を持ってくるさ。気長に待とうじゃないか」
今日も留守番をしていた私達だったが、デューナはそんな事を言いながら鼻唄を唄っている。
先手必勝、もしくはこちらの絵図に相手を乗せて有利に戦いたいがための愚痴だったが、まさか彼女に諫められる日が来るとは。
彼女はここ数日、とても上機嫌である。
というのも、自治区にいるダークエルフはほとんどが子供達ばかりだからだ。
母性の強いオーガの女性にとって、そんな自治区の状況は、ある意味で天国。故に、デューナは「母乳が出そう……」なんて冗談を漏らすくらいに、毎日をご機嫌で過ごしていた。
そんな彼女に付き合い、ダークエルフの子供達をあやしながら、今日もルアンタ達の帰りを待つ。
はぁ……いつになったら、女王と魔族は動きだすのか。
なんて思っていたら、その日。
夕方になってルアンタ達が、いよいよ動きがありそうだという、情報を持ち帰ってきた!
「今日の会議が終わった後、次を最後の集まりにするために、エリクシア先生達も出席してもらいたいと、エルフ側から提案してきました」
「アストレイアさんの話では、その時に罠が仕掛けられる動きが有るので、注意してほしいとの事でしたわ」
いよいよ来たか!
今までほったらかしにしていた、私とデューナも呼ぶ辺り、確かに怪しい動きだわ。
それにしても、罠か……。
いったい、どんな物を用意しているのか。
「飲食物に、何らかの薬を入れると思われると、アストレイアさんはおっしゃってましたわ」
ふむう……シンプルではあるけど、こちらが警戒していると知らないなら、変に凝った罠よりも効果的かも。
「なんにしても、ようやくケリをつけられますね。待たされた分は、たっぷり暴れさせてもらいましょう」
「女王を不必要に巻き込まないよう、気を付けてくださいませ」
ポキポキと指を鳴らす私に、顔をしかめたヴェルチェが注意してくる。
そんな顔をしなくても、ちゃんとわかってますよ。
「それで、その最後の会議ってのはいつなんだい?」
横から挟まれたデューナの質問に、ルアンタが答えた。
「三日後の夜、世界樹の王宮にある精霊の間という場所で行いたいとの事です」
精霊の間……そこが戦場か。
「おそらく、ディアーレンも復帰して来るでしょう」
「ああ。エルフの女王に魔将軍、相手にとって不足はないね」
「肝心の、女王をたぶらかしている魔族もおりますわよ」
「そうですね、くれぐれも気を付けていきましょう!」
引き締めるようなルアンタの言葉に、私達は「応!」と答えて頷いた。
◆
細々とした準備をしている間に、あっという間に決戦の日は訪れた。
「こちらへ……」
王宮へと出向いた私達を、アストレイアが出迎えてくれる。
無言で頷き合うと、そのまま案内に従って、女王の待つ精霊の間へと足を踏み入れた。
まず感じたのは、広いという事。しかも、天井もずいぶん高いし、室内もとても明るい。
この部屋……王宮の一室にしては、広すぎるな。
前に女王の会った、謁見の間よりも広いじゃないか。
さらに、室内の奥にはそこそこの人数を隠しておけそうな、カーテン張りになっているのも怪しい。
そこに兵が隠れてるのは、明白ね。
「ようこそ、皆様。お待ちしておりました」
笑顔で迎えてくれた女王が、会談のテーブルに着くよう、私達に席を進める。
そこに用意された飲み物……なるほど、これに薬が入っているんだな。
ふふん、引っ掛かりはしないよ。
私達は、内心ニヤニヤしながらもなに食わぬ顔で、女王の対面に腰を下ろした。が、次の瞬間!
座った椅子から、大人の腕ほどもある植物の蔦が飛び出し、私達を縛り上げる!
ええっ!なにこれ!?
「フフフ、まんまと引っ掛かりましたね」
縛られた私達を見ながら、女王が不適に笑う。
「飲み物に、薬など入っていませんよ。それは、あなた方を油断させるための、嘘ですから」
な、なにぃ!
こちらの動きが、読まれていた!?
はっ!まさか、アストレイアが私達を……!?
もしや彼女に騙されたのかと、なんとかアストレイアのいる後ろに顔を向ける!
するとそこには、亀の甲羅みたいな模様ができる縛り方をされ、口に蔦が突っ込まれた、あられもない姿のアストレイアが転がっていた。
ひどい!まるで、異世界のエロい書物みたいじゃないかっ!
「アストレイアは、うまいこと踊ってくれたな。お陰で、お前らを一網打尽にできた」
部屋の奥、カーテンの向こうから、一人の魔族が姿を現す。
「ご主人様ぁ♥」
急に甘ったるい声を出した女王が、その魔族の所に駆け寄っていった。
そうか、あいつが……。
「くくく、初めましてだな、勇者一行。俺の名は、ザルサーシュ。魔導宰相オルブル様より、『洗脳魔法』を伝授された、魔将軍の一人だ」
しなだれかかる女王を抱き寄せつつ、ザルサーシュと名乗った魔族は、私達に向けていやらしい笑みを浮かべた。




