06 女王の奥の手
エルフの女王、アーレルハーレは、その称号に相応しく、威厳と美貌をもって私達と相対している。
デューナも『オーガの女王』なんて呼ばれてたりもしたけど、彼女が持つ野生の美とは相反する、華奢で芸術的な美しさが、エルフの女王にはあった。
その存在感や、浮世離れした雰囲気はエルフというより『精霊の女王なんじゃない?』と思わざるを得ないほどに神秘的であり、ただ座っているだけで周囲を圧倒するような雰囲気を醸し出していた。
まぁ……それでも、スレンダーな彼女に比べれば、プロポーションでは私の方が勝ってる気がするがね!
「お初にお目にかかります。ワタクシ、ドワーフの国より参りました、ヴェルチェと申します」
こういった、堅苦しい場から離れて久しい、私やデューナに代わって、ヴェルチェが恭しく返礼してみせる。
よーし、初めて頼りになる所を見せてくれたな!
いいぞ、ロリっ娘!
次いで、ルアンタが人間界の勇者に選ばれた者として、少しぎこちないながらも挨拶を返し、さぁて私の番だなと口を開こうとした時、唐突に女王はヴェルチェに向かって挨拶を返した。
……んんっ?
もしかして、私やデューナは眼中に無い?
女王の横に控えるアストレイアに、「どういう意図が?」と目線で尋ねたが、彼女は気まずそうに目を伏せてしまった。
ああ、そうか……考えてみれば、ダークエルフ追放の掟を作ったのは、この女王って事だもんね。
なら、この態度も納得できるって物だわ。すごく腹立たしいけど。
でも、なんでデューナまで無視されてるんだろう……?
あ、もしかして、あれか?
一部の権力者によくある、『高貴な者以外とはお話したくない病』かな?
私達が、ジト目で見ていた事に気付いたのだろう、女王は一瞬だけこちらに目を向ける。
しかし、すぐにプイッと横を向いてしまった。
こ、こいつ……。
「なぁんか、アタシらを舐めてる気がするねぇ……」
「そうですね……理不尽な掟で理不尽な目にあってきた、私の苦労というものを、直接体に教えてあげたい気分ですよ……」
この身に生まれついてからの事は、それなりに割りきってはいるが、だからといって舐められる謂れはない。
私とデューナから、ゆらり……と闘気が立ち上り、陽炎のように空気を歪めていく。
「せ、先生達!落ち着いてください!」
周囲の雰囲気が変化した事に気付いたルアンタが、慌てて私達を諌めに入った。
……ふぅ。彼が間に入って命拾いしたな!
そう、口には出さなかったものの、内心で吐き捨てる。
仔犬のようにヒーリング効果のある、愛弟子の頭を撫でる事で、私達は溜飲を下げていった。
そんな私達の様子を、どうでもよさそうに眺めていたアーレルハーレだったが、再びヴェルチェに語りかける。
「実を言えば、私達は貴女方ドワーフの国に何か変化があればすぐに報せるよう、精霊を向かわせ配置しておりました」
そうは言うが、当然ドワーフ達の身を案じていた訳ではあるまい。
ドワーフの次は、自分達に火の粉が来る事を懸念して、常に偵察していたといった所だろう。
もちろん、ヴェルチェもそんな裏の事情は察しているか、適当に話を合わせている。
「そんな中、『ドワーフの国を支配していた、魔将軍が敗れる!』との報告が入り、真偽を確かめるために、女王近衛兵であるアストレイアを派遣したのです」
「私が皆さんとお会いしたのは、その任務の途中でした。……初対面の時は失礼しました」
女王とは違い、私達全員をちゃんと意識して、アストレイアは一礼した。
なるほど、だから彼女達はあんな場所にいたのか。
「ワタクシ達、ドワーフだけの力ではありませんわ。こちらにいらっしゃる、勇者様のご一行が、ワタクシ達を救ってくださったんですの」
「そうですか。さすがは人間界の各国を代表する、勇者様ですわね」
ご一行ではなく、『勇者』を強調するあたり、どうしても私やデューナは勘定に入れたくないらしい。
「それにしても……エルフの方々は外部からの手も借りずに、自らこの王都を奪還したと聞き及んでおりますが、どのような策を用いたのでしょうか?」
ヴェルチェがそう尋ねると、アーレルハーレの口角がわずかに上がった。
「策と呼べる程の物は、ありません。強いて言えば、私が召喚したドラゴンの力……ですかね」
ド……。
「ドラゴン!!!!」
私達の驚きの言葉が、一斉に重なる!
そんなこちらの様子に、女王がちょっと得意気な顔をしているのが、ムカつくわ。だが、こればかりは、驚くしかないだろう。
なんせドラゴンと言えば、モンスターの中のモンスター!
前世の魔界でもあまり見かけなかった、ドラゴンを召喚する事が本当にできるなら、王都奪還を自力で成しえたのも納得できる話だ。
「失礼ですが、本当にドラゴンを召喚できるのでしょうか?」
私が尋ねると、女王はこちらをチラリと見た後、朗々と謳うように詠唱を始める。
すると、彼女の背後に巨大な魔法陣が展開され、その中からヌッと大きな影が姿を見せた!
おおっ!出てきたのは頭だけだけど、間違いない!
ドラゴンだっ!
見上げる私達を威嚇するように、ドラゴンは唸り声を響かせる。
「ほほぉ、確かにドラゴンじゃないか」
「す、すごいですね……僕は初めて見ました……」
強いモンスターを前に、目を輝かせるデューナと、緊張するルアンタ。
「いやぁ、良い素材が取れそうですね」
「ドラゴンは、捨てる所がありませんもの!ある意味、宝の山ですわ!」
一方、私とヴェルチェは「素材」としてのドラゴンに、目を輝かせた。
事実、これくらいのサイズのドラゴンともなれば、魔道具の材料や研究、もしくは、一財産を築けるだろうな。
「……なんで、こんなに気楽な反応なんだろう」
戸惑うようなアストレイアの呟きが、耳に届く。
そりゃ、普通なら本物のドラゴンなんて見た瞬間に、腰を抜かすか失神するのが、当たり前なのかもしれないけどね。
しかし、ルアンタを除けばここにいるのは元々、魔界で鳴らした猛者(私は違うが)であり、魔王の息子達が転生した者ばかりなのだ。
びっくりはしたけど、ビビりはしない。
「フフフ、皆さん素晴らしい胆力をお持ちですね」
召喚したドラゴンに、怯えるどころかワクワクが止まらないといった風な私達を見て、アーレルハーレが微笑みかけてくる。
そんな彼女がパチンと指を鳴らすと、ドラゴンは首を引っ込めて、魔法陣も消滅した。
「……対等な立場で同盟を結ぶため、奥の手をお見せしましたが、ここまで効果ないとは思いませんでした」
肩をすくめて、小さくため息を吐くエルフの女王。って、ん?
「今、同盟とおっしゃいました?」
ヴェルチェの問いに、アーレルハーレはコクりと頷いた。
「フフッ、元より魔将軍を倒し、ドワーフの国を取り返すほどの方々。同盟のお話は渡りに船でした。とはいえ、後の事を考えれば、借りを作る形では受けられませんから」
その辺の駆け引きは、国を預かる者としては当然だろう。
しかし、見た目は世間ずれしてそうなのに、中身はしっかり為政者してるんだなぁ。ちょっと、意外だったわ。
「王都を奪い返したとはいえ、依然、私達は不利な状況です。魔界から援軍が来れば、再びここが落ちる可能性も高いですから……」
女王に代わって、アストレイアが状況を説明する。
「そのためにも、早急に同盟を組む必要があります」
それには、確かに同感だ。
とはいえ、人間の国々は完全に意思の統一が出来てる訳じゃないし、まずは『ドワーフとエルフの同盟に、人間の勇者達が参戦!』といった形で、まとめるのがベストだと思う。
向こうも同じ事を考えれば考えていたようで、似たような事を提案してきた。
「では、これから同盟の条案を、まとめていきましょう。それまで、この王都にご滞在ください。ですが……」
ここでアーレルハーレは、初めて私とデューナにしっかりと視線を向けて、言葉をかけてきた。
「ダークエルフとオーガさんは、掟によりエルフの都に、お泊めする事はできません。申し訳ありませんが、王都の外でご滞在ください」
ははは、こやつめ!
私とデューナに、野宿しとけと言いよったわ。
「はっ倒すぞ、この若作りババァエルフが(構いませんよ、揉め事は少ない方がいい)」
「エ、エリ姉様!本音と建前が逆ですわ!」
あ、いけない。頭に来すぎてつい……。
「若作りババ……」
見れば、アーレルハーレは笑顔ながらも、口元をヒクヒクさせている。
もしかして、クリティカルしちゃったかしら?
「……同意は得られたようで、幸いです。今日はもう遅いので、明日の昼から会議を開きましょう」
相当ムカついてはいたようだが、さすがにキレるような事はなく、女王はアストレイアに私達を案内するように指示した。
「申し訳ありませんが、僕達も先生達と一緒に、王都の外で滞在させてもらいます」
「……どうぞ、ご自由に」
ルアンタからの申し出に、アーレルハーレは短くそう答えると、もう話す事はないと言わんばかりに、玉座に体を預ける。
それで、この場の話し合いは完全に終わったと察したアストレイアに促され、私達を謁見の間を後にした。
◆
「ったくよう!なんなんだ、あの高慢ちきな物言いは!」
王都から出るため、私達は街中を進んでいたが、その間もデューナは怒りを隠そうとはしなかった。
一応は女王近衛兵の前なんだから、本来は止めるべきなんだろう。
けど、私もルアンタも同じように思っていたため、デューナの愚痴を止める気にはならなかった。
「先生達を見下すような、あの態度……正直、エルフの女王様には幻滅しました」
普段は他人をあまり悪く言わないルアンタまで、そんな言葉を口にする。
「……ワタクシには、女王がデュー姉様やエリ姉様にキツく当たる理由が分かる気がしますわ」
不意に、ヴェルチェがそんな事を呟いた。
種族の問題以外で、私達にキツく当たる理由?
「これですわ!」
そうヴェルチェは指摘し、私の胸をパァン!と叩いた!
痛いじゃないか……って、胸?
「なんというか、女王からは『高貴故に、持たざる者の悲哀』を感じましたわ!」
悲しげにヴェルチェは呟く。
いやいや、なんで高貴な人の胸は小さいって前提があるの?
あ、でも異世界の書物にあった、『貧乳はステータス』ってそういう……。
「ワタクシも同じ、無駄の無さすぎるスレンダーな体系ですから、女王にはシンパシーを感じてしまいますの」
「アンタの場合は、スレンダーって言うより、幼児体形だけどね」
「スレンダーですわ!スレンダーですわ!」
抗議するヴェルチェを片手で止めながら、機嫌が直ったデューナは笑う。
そんなバカ話をしながら歩いていた、私達を先導していたアストレイアの足が、ピタリと止まった。
気がつけば王都を抜けてから、そこそこ歩いていたなぁ。ここが、キャンプのポイントだろうか?
だが、それにしては、開けた場所ではないのだが……。
無言で背を向けたままのアストレイアに、声をかけようとしたその時!
突然、強烈な閃光が私達の目を眩ませた!
「ぐあっ!」
デューナ達の悲鳴が響く!
暗くなっていく森の中、夜目は効いていたが……いや、夜目が効くだけに、この不意打ちは効果的だった!
さらに周辺から、数人の襲撃者が現れる気配がする!
「全員、伏せてください!」
私がそう叫ぶと、ルアンタ達は一斉に地面に伏せた。
それと同時に、私は襲撃者達に向かって走る!
「なっ!?」
まさか、目の見えない標的が襲って来るとは思わなかったのか、戸惑った襲撃者達を私は一瞬でねじ伏せていった!
ほんの十数秒で敵を鎮圧した私は、もう大丈夫ですよと、仲間達に声をかける。
「な、なんで……視界は封じたはず……」
「残念でしたね。私の眼鏡には、あの手の閃光が効かないんですよ」
そう、ルアンタからもらったこの眼鏡、閃光魔法を防ぐギミックがあるのだ(第一章01参照)!
「さすが……だ」
なぜか満足そうに呟くと、襲撃者は気を失った。
さすが?
「さて……」
すでに動いている敵がいない事を確認して、私はこの襲撃の首謀者に問いかける。
「いったい、どういう事なんですか……アストレイアさん?」
私の問い掛けに、彼女はゆっくりと振り向いて……。




