04 ファーストコンタクト
さて、ガクレンから派遣されてきた、冒険者達から情報を提供してもらった所、現在エルフの国では一部の勢力が魔族と交戦しているらしい。
初めは魔族に占拠されたものの、エルフの女王率いる精鋭達が首都を奪還。
魔族を後退させて、今も小競り合いをしながら、一進一退の攻防を繰り返しているそうだ。
なんだ、魔族によって苦渋の日々かと思っていたけど、意外と頑張っているんだなぁ。
「そういう状況なら、土産はエルフ女王に持っていけば、喜ばれそうですね」
「そうッスね。ただ、今でもエルフの国の一部は、魔族の勢力下ッスから、注意が必要ッス」
うん、ひとまずはそういった状況があると、分かっただけでもありがたい。
私はビリー達に礼を言うと、早速、得た情報を元にして、エルフの国に向かうルートを話し合う事にした。
◆
──そして、翌日。
捕虜にした魔族達と、いまだに意識の戻らないディアーレンを連れて、私達はドワーフの国から出発する事と相成った。
「ディアーレン、死んでる訳じゃないんだよね?」
エルフの女王への土産として、牢からディアーレンを出したものの、奴の意識はまだ戻らず、昏睡常態のままだ。
「おそらく、受けたダメージが大き過ぎるので、意識を切って回復に専念しているんでしょう」
限界まで魔力を奪って強化していた、奴の肉体が早々に萎んでいるのはそのためだろう。
そんな魔将軍と、彼の配下の魔族達を、逃げられないようにドワーフ謹製の頑丈なロープで腰を縛り、ディアーレンと荷物を担がせて、出発の準備は完了した。
「な、なんだ、この扱いは!俺達は奴隷じゃないっつーの!」
「そういう台詞は、奴隷みたいに働いてから言うものですよ」
「そうですわ!それにあなた方が、ワタクシ達ドワーフをどう扱ったか……胸に手を当てて考えてくださいまし!」
騒ぐ魔族達を、ヴェルチェが一喝する!
それでも、なにやらは不満を漏らしているが、これ以上はまともに取り合うだけ無駄であろう。
軽く流して、さっさと行く事にしましょうか。
「皆さん、お気を付けて!」
「姐さん、あんまり暴れ過ぎないでくださいよ!」
「朗報を待っとりますぞ、姫ー!」
それぞれに言葉をかけてくる見送りの人達に手を振り、「それじゃ、いってきます!」と元気よく返したルアンタを先頭にして、私達はエルフの国を目指して、西に向かって歩き出した。
「くそっ、俺達を荷物持ちみたいに扱いやがって……」
私達の後方を、罪人のようにロープで縛られ、魔族達はドワーフの国を出てからも、ずっと文句を口にしていた。
なにせ、彼等に担がせているディアーレンが覚醒したら、魔力を吸収されるという被害を一番最初に受けるの彼等なのだから、その不満はかなり大きいのだろう。
「フッ、戦士として上司の糧になれるんなら、本望でしょう?」
「……尊敬できる上司なら、な」
うーん、やはり人望無いんだな、ディアーレン。
「いつまでも、グダグダと言ってるんじゃないよ。敗者は勝者に、従うもんだろう?」
「ぐっ……」
身も蓋もないデューナの言葉ではあるが、弱肉強食を是とする魔族にとっては、グゥの音も出ない正論である。
「文句をがあるなら、いつでもかかってきな。相手をしてやるからさ?」
確かに、汚名返上するにはそれしかない。
だが、ドワーフの城にいた魔族の精鋭をほとんど一人で打ち倒した彼女の覇気に、魔族達は愛想笑いのような曖昧な笑みを浮かべて、引き下がってしまった。
うん、現実を見れるのは、大事だね。
「……だが、誇り高い魔族が、いつまでも貴様らなんぞに、屈すると思うなよ」
「そうとも……いずれ、我々の恐ろしさを、骨の髄まで教えてやる!」
私達に聞こえないように、ヒソヒソと声を抑え、いつでも寝首を掻いてやるぜと、魔族達、殺気を立ち上らせる。
……いや、こっちを警戒させてどうするの。少しは隠しなさいよ。
やれやれ、変なトラブルが無ければよいのだけど……。
◆
ドワーフの国を出てから三日目、順調に進んでいた私達は、そろそろエルフの国の勢力圏に入る辺りに到着していた。
もう少し進めば、エルフの方から接触してくるかもしれないな。
「もうすぐ、エルフの国……エリクシア先生とも、関係があるんでしょうか」
「さて……前にも言いましたが、私は生まれてすぐに捨てられたので、自分の素性を知りませんから」
まぁ、ダークエルフだからと、理不尽に敵視をされないといいけど……。
だが、今はそんな事より心配な事がある。
「うう……もうすぐルアンタ君とお別れなんて、やだよぉ……」
「俺達も連れていってほしいぃ……」
「マジで、引き渡すのは魔将軍様だけで、よくないですか!?」
「良いわけないでしょう!」
情けなく少年にすがる、魔族達を見下ろして私は冷たく言い放った。
ここ数日の道中で、あれだけ反抗的だった魔族達は、すっかりルアンタになついてしまっている。
それというのも、彼等が面倒を起こさないよう、私やデューナやヴェルチェが、躾の意味も込めて情け容赦なく接していた。
しかし、そんな所にルアンタの優しい対応が染みたのか、魔族達はすっかり、彼に心酔してしまったのだ。
飴と鞭……というつもりは無かったのだけれど、結果的にはそうなってしまったようである。
だが……。
「チョロいねぇ、今の魔族……」
「ビックリするほど、チョロいですね……」
「チョロ過ぎですわ……」
手のひらが大回転した、今の魔族達のあまりのチョロさに、私達三人は呆れて呟いてしまう。……ん?
なんだか、「お前らがチョロいとか言うな」みたいな声が、何処からともなく聞こえたような……?
まぁ、気のせいですよね、私は別にチョロくないし。
しかし、ルアンタとの別れを惜しむ彼等の姿は、凶悪な戦士である魔族とはとても思えない。
かつて魔族だった私達の記憶にあるのは、もっとこう……勇猛果敢で、ヤバい感じの戦闘民族みたいな雰囲気だったんだけどなぁ。
私達が転生してから、二十年。これも、時代の流れというものだろうか。
「……っ!?」
一抹の寂しさを覚えて、感慨に耽っていた私だったが、不意に私達の辺りを取り囲む気配に気づいた!
バカなっ、私達に気取られずに、ここまで接近するとは!? よほどの手練れだろうか!
いったい、何者かはわからないが、とにかく私は警戒の声を放った!
「みんな、気を付けてください!囲まれています!」
その警告に、即座に反応したデューナやルアンタが、ヴェルチェや他の者をカバーするように、前に進み出る!
ざっと感じた所、不審者の数はこちらよりも多い。下手にこちらからは、動けないな。
そうして私達は、こちらを包囲している者達の出方を伺った。
ほんのわずか、静寂の時間が流れる。
それを最初に破ったのは、私達を包囲してる連中の方だった。
木々の間から姿を現したその集団は、全部で二十人ほど。彼等に見られるのは、全員が美形で、その耳が長い事だった。
「エルフ……」
ルアンタが呟く。
そう、私達を取り囲んでいたのは、目指している国の民、エルフ達だ。
しかし……本当に、美男美女ばかりだなぁ。
種族的特長として、成長はするが老化はしないのが、エルフだと聞いている。
いや、私も今はエルフの端くれだけど、自分でそれが検証できるほど長くは生きてないしね。
でも、相手方の中には、頭頂部が薄くなってるエルフもいる。
けれど、あれだけ美男なハゲだと、むしろ個性的に見えてくるからズルいわ。
そんな感じで、少しだけ彼等に見とれていると、エルフの集団の中から一人、他の者より武装した、軽装鎧の女性エルフが前に出てきた。
その女性エルフは、私達を一瞥すると、怪訝そうに眉を潜めながら、警告の言葉を投げ付けてくる!
「貴様らは何者だ!これより先は、我々の領土であり、貴様らのような怪しい者は、通す訳にはいかん!」
むぅ!怪しいとは失礼な!
ちょっと、人間とダークエルフと、ハイ・オーガとノーブル・ドワーフの愉快なパーティが、縛られた魔族の一団を連れているってだけじゃないか!
……めっちゃ怪しいわ、これ!
「僕達は、あなた方に敵対するつもりはありません!」
相手をこれ以上、警戒させないために、見た目は無害そうなルアンタが女性エルフに語りかける。
「それを判断するのは、貴様らではない!」
「僕は、人間の国であるミルズィー国で、勇者に選ばれたルアンタ・トラザルムといいます!そして、彼女達は僕の仲間で、魔将軍に支配されていたドワーフの国を解放して、こちらに来ました!」
ルアンタの言葉を受けたエルフ達の間に、ざわめきがわき起こる。
「聞いたことがあるな、人間が魔族に対抗するために、勇者を立てたって話……」
「しかし、あんな子供が……?」
「しかも、仲間の連中……ダークエルフに、オーガもいるぞ?」
やはり、簡単には信じられないのか、懐疑的な目で私達を見る者の方が多い。
仕方ないなぁ。
ここは一つ、土産を出してみましょうか。
「これが、ドワーフの国を牛耳っていた魔将軍です、どうぞ、ご覧になってください!」
私はデューナに合図を送り、失神したままのディアーレンを彼女の頭上に掲げてもらった。
さらにヴェルチェからの擁護の一声も入り、それを見たエルフ達に、またも衝撃が走ったようだ!
「あ、あれは確かに魔族!」
「でも……本当に将軍クラスなのか?」
「えらく貧弱に見えるが……」
あ、まずい!
素のディアーレンが、貧弱過ぎる容貌しているせいで、ちょっと疑われてるじゃないっ!
もっとマシな偽者を用意しろと、罵られたらどうしよう……。
エルフ達の反応に、そんな心配をしていたのだけれど、彼等の代表をしていた女性エルフの顔が、デューナの頭上の人物を見てスゥ……と青ざめていく。
「ば、馬鹿な……あれは、本当に……魔将軍ディアーレン……」
おっ!リーダー格を勤めているだけの事はあって、さすがに魔将軍の顔も知っていたようだ。
そんなリーダー格である彼女の反応に、他のエルフ達も戸惑いを隠せないようだった。
「貴様……いえ、あなた方がこちらに来られた、目的は?」
私達の実力の片鱗を感じたのか、女性エルフの言葉使いが、少しだけこちらを敬った感じになる。
よしよし、これでようやく落ち着いて話ができそうだわ。




