03 次なる目的地は……
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「──と、いう訳でして、これからワタクシも、ルアンタ様達に同行させていただきますわ」
「そ、そうなんですか……」
上機嫌でそう告げるヴェルチェに対して、ルアンタは困惑ぎみに答える。
まぁ、昨夜の女湯でのやり取りを誤魔化して話しているので、「そういう訳」と言われてもなんの事やら……と、彼が戸惑うのも仕方ない。
何より、礼儀正しいと思っていたヴェルチェが、急に私やデューナの事を、愛称込みで姉と呼ぶ事に困惑しているようだ。
「ルアンタに黙って決めたのは、申し訳なかったと思います。ただ、彼女の技術や能力は、私達の旅に役立つと判断したので、同行を許しました」
私はルアンタに頭を下げ、尤もらしい理由を告げてヴェルチェが付いてくる訳を補強する。
「いえ、エリクシア先生がそう判断したなら、反対する理由は無いですよ。それに、先生達がいつの間にか仲良くなったみたいで、僕も嬉しいです」
「ルアンタ……」
自分のいない所で決められたというのに、彼の言葉と瞳には、私に対する絶対的な信頼しかない。
うう……本当にいい弟子だわ。前世の件を隠してるのが、心苦しくなってくる。
「うふふ。ルアンタ様は絶対に、ワタクシの動向を賛成してくださると思っていましたわ」
しかし、そんな私の葛藤などどこ吹く風で、ヴェルチェはルアンタに微笑みかける。
むぅ……なんだ、その自信は?
「なにせ、共に囚われていた時に、『君を一生かけて、守ってみせる!』と仰ってくださいましたものね。あの言葉を思い出すたび、ワタクシ胸が高鳴りますわ」
なにっ!? そ、そんなの……殆どプロポーズじゃないかっ!
「ち、違いますよ!あれは、ディアーレン達から守るって意味で、一生とかそういうんじゃ……」
あ、なんだ、そういう事か。
ヴェルチェめ、誤解を招くような紛らわしい話を……いや、彼女の事だ、あわよくば既成事実を作ろうと、わざとそう話したのか?
「うふふ……いずれ、ルアンタ様から本当の意味で、そう告白していただきたいものですわね。とにもかくにも、これから、どうぞよろしくお願いいたしますわ」
ギラリとヴェルチェの瞳の奥で、獣のような光が走らせながら、彼女は優雅にお辞儀をしてみせる。
超肉食系ロリ風お嬢様……ダーイッジめ、恐ろしい娘に転生したものだわ(ゴクリ……)。
「それで、これからアタシ達はどこを目指すんだい?」
ひょいと、軽々ルアンタを自分の手元に引っ張り上げつつ、デューナが尋ねた。
ヴェルチェがそれに不満を漏らしたが、彼女は取り合わずにルアンタを膝の上に乗せる。
「アンタは、ルアンタに気をとられ過ぎて、話が進まないんだよ。打ち合わせの時は、少し離れてな」
「う……」
あまりに正論なので、ヴェルチェはなにも言い返せずに、おとなしく席に座った。
よし!デューナ、ナイス判断。
「さて、ガクレンの町には、ルアンタ救出とドワーフの国の奪還の報を、すでに伝えてあります。近く、復興のための先発隊が来るでしょう」
ひとまずルアンタの安全が確保された所で、私は『ポケット』から地図を取りだし、皆の前で広げてみせる。
「一旦、彼等と合流して用意を整えた後に、滅ぼされた人間の国か、占領されたエルフの国の、どちらかに向かうのがベストだと思います」
「ふむう……」
私の意見に、地図を眺めたまま、全員が唸るような声を漏らした。
はっきり言ってしまえば、すでに滅ぼされた人間の国に行くより、エルフの国に向かう方が後のメリットは大きい。
無人の領土を取り返したとして、今度はそこを守るために、多大な手間と人手をかけるよりは、まだ占領下からエルフを開放した方が、コストが掛からずにすむからだ。
ただ、現在のエルフの国の情勢は、どんな物なのだろうか……?
少しでも情報が無いのなら、魔族の占領下にある以上、迂闊に進む訳にはいかない。
「エリ姉様は、何かご存知ありませんの?」
たぶん、ダークとはいえ、同じエルフだという事でだろう。ヴェルチェが私に、問いかけてくる。
「うーん、私は生まれてすぐ捨てられたから、詳しい事は知らないんです……」
「そ、そうでしたの……申し訳ありません」
まさか、忌み子扱いとはいえ、生まれて早々に捨てられるとは、思っていなかったのだろう。
聞いちゃまずい事を聞いてしまったと思ったのか、ヴェルチェは少々、気まずそうに引き下がった。
いや、別に気にしてはいないんだけどね。
そもそも、私を捨てた両親が、そのエルフの国の者なのかも分からないし。
しかし、エルフ族の間でこうまで扱いの悪い、ダークエルフの私がエルフの国に行っても大丈夫なのか?と、いうのが懸念材料である事も確かだ。
「魔族と戦うという、共通の目的があれば大丈夫なんじゃないのかい?」
「どうでしょうね……長い風習と因縁が、『敵の敵は味方』と割りきれる物かどうか……」
そんな風に首を捻っていると、ルアンタが恐る恐るといった感じで、私に質問をしてきた。
「エリクシア先生は、エルフを……ご両親を恨んでいるんですか?」
「いえ、特にそういった感情はありませんよ」
何か悲しそうな顔で、ルアンタが聞いて来たので、私は敢えてあっさりと答えた。
先にも思ったけど、私としては今さら恨みも何もない。
「じゃあ、きっと大丈夫ですよ!それに、先生がエルフの国を救う事で、もしかすると今後は忌み子を捨てるなんて風習が、無くなるかもしれませんよね!」
私を元気付けるように、勤めて明るく言ったルアンタに、胸が熱くなる。
本当に、この子はいい子だなぁ。
「まぁ、もうすぐガクレンから来る連中に、色々と聞いてみるとしよう。冒険者なら、何かしらの情報を得てるかもしれないしね」
話が一段落すると、膝に乗せたルアンタの頭に、さらに豊かな二つの膨らみを乗せて、デューナがそう提案してきた。
っていうか、おい!それはちょっと、少年には刺激が強すぎるでしょう!
「ちょっと、デュー姉様!ルアンタ様が困っていますわ!その、無駄に大きい物を、どけてくださいまし!」
「そうです!やり過ぎですよ、デューナ!」
「んん~?ただのスキンシップだよ?」
ポヨン、ポヨンと彼の頭の上でバストを弾ませる彼女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
そんな彼女の膝元では、真っ赤になったルアンタが、嬉しいような、困ったような顔でプルプルと震えていた。
大きな胸に翻弄されたいという、男の子の気持ちは分からないでも無い。だが、なんだかこの絵面はとても面白くない!
んもう、ルアンタも困るなら困ると、ハッキリ断ればいいのに!
そんな私の想いが通じたのか、彼はぎこちないながらも、デューナの膝から逃れようとした。
「デュ、デューナ先生!さ、さすがに、皆さんの前でこんな事されたら、恥ずかしいです……」
「フフッ、仕方ないねぇ」
え?いつもの彼女に比べると、妙にあっさりと引いたな……?
「ヴェルチェも死にそうになってるし、この辺にしておこうか」
そんなデューナの言葉に、隣にいたヴェルチェを見てみれば、いつの間にか彼女は、自分には不可能な方法でルアンタが魅了されていた事で負った精神的なダメージで、膝をついて地に伏せていた。
「ぐうぅ……」
なんとか起き上がろうとするヴェルチェだったが、デューナに続いてチラリと視界に入った私の胸を見て、再び轟沈する。
……なるほど、いくらヴェルチェが積極的にルアンタに迫ろうとも、これなら勝てるな。道理で、デューナが余裕な訳だ。
ヴェルチェに対して、謎の勝利感を感じた私は、これから少しだけ、彼女の攻勢に対して優しくなれるような気がした。
◆
翌々日、ガクレンから派遣されてきた、冒険者チームが三組と、デューナ配下のハイ・オーガ五体が、私達のいるドワーフの城を訪ねてきた。
初めはハイ・オーガの姿に警戒体制を取っていたドワーフ達だったが、私達や冒険者達の口添えもあって、今は落ち着きを取り戻している。
それどころか、酒まで酌み交わすほど打ち解けていた。ドワーフ曰く、一緒に飲めば相手の事はよくわかるらしい。
何だかんだと、理由をつけて飲みたいだけのようにも思えるが、まぁいいだろう。
「いやー、それにしても、毒竜団に拐われたって聞いてたから、心配してたッス。けど、無事でよかったッスね」
「すいません、僕が迂闊だったばっかりに……」
「いやいや、そんなに気にする事はないッスよ。俺らの稼業は、トラブった時は持ちつ持たれつッスから」
恐縮するルアンタに、冒険者達の代表を務めるBクラスチーム、『アリゲイタ』のリーダーである、ビリーと名乗った青年が、にこやかに話しかけていた。
ルアンタが変に気負わないように、あえて軽い調子で話してくれているのだろう。
勇者とはいえ、まだまだ経験の足りない後輩への気遣いは、ベテランならではといった所か。
だが、話に上がった事で気になったけれど、そういえば毒竜団の方はどうなっているんだろうか?
ビリーに、毒竜団の話を聞いてみるが、今のところ目立った動きは無いという。
ただ、魔族とも繋がっている事が判明した為、これまで以上に要警戒対象として、厳しく取り締まる方針らしい。
場合によっては、本格的に壊滅させる事も視野にいれているようだから、まずは一安心かな。
「それにしても……俺らもオーガの皆も、魔族と一戦交える覚悟をしてきたのに、エリクシアさんとデューナさんだけで潰しちまうとか、本当にどんだけッスか」
「まぁ、勝てる戦力だとは思ってましたよ。若干は、成り行きで壊滅させた所もありましたけどね」
「はぁー、お二人を相手にした魔族が、気の毒になるッスね」
苦笑いを浮かべ、軽口を叩いていながらも、その表情の奥には「やっぱ、ヤベーなこの人ら」といった感じの、わずかな怯えが混じっていた。
そんな彼が、一転して真面目な顔になると、声を抑えるようにして尋ねてくる。
「それで、皆さんはこれからどうするおつもりッスか?」
並の戦力ではない私達の動向は、ギルドとしても気になるのだろう。
それに、今回のドワーフ達のように、いち早く友好関係を結べれば、今後町に与える利益の大きさも馬鹿にならないという、計算もあるのかもしれない。
「私達は、これからエルフの国に向かうつもりです。なので、情報や必要な物資を分けてもらいたいのですが」
「ええ、それは構わないッス……ただ」
少し言い淀む、ビリー。たぶん、私の事で一悶着あるんじゃないかと思ったのだろう。
「……気を悪くしないでくださいね。冒険者とかやって、見識を広めたエルフなら別ッスけど、国に籠ってるエルフって、他種族には結構、辛辣なんスよ」
ダークエルフと言わずに、他種族と薄めて話したのは、彼なりに言葉を選んだためだろう。
そんな彼の忠告に軽く礼を言いながら、それでも私は自信を滲ませて言葉を返した。
「まぁ、エルフは排他的かもしれませんが、いい土産がありますから、きっと大丈夫でしょう」
「いい土産……ッスか?」
「ええ、捕虜にした魔将軍という、土産がね」
そう言って微笑む私に、『アリゲイタ』のリーダーは「そりゃ、極上の土産ッスね」と、やや引きつった笑みを浮かべた。




