02 かつての魔王の息子達
「旅の一行にって……貴女は、ドワーフにとって重要な人物でしょう?」
そんな人物が軽々しく危険な旅に出たいとか、色々と面倒なので、言っては行けません!
「いいえ、重要なればこそ、旅に出なければならないのですわ!」
しかし、ヴェルチェは強い決意を感じさせる口調で、ハッキリと言い放った。
「ドワーフの諺にも、『工房に籠ってばかりでは、鉱脈は見つけられない』というものがありますわ。何より、勇者様とご一緒に魔王を倒すという、栄誉も得られれば、落ちたドワーフの名誉も取り戻せますの!」
むぅ……確かに。
「しかし、勇者と一緒にと言うなら、別にルアンタじゃなく他の勇者でもいいでしょう?酔っぱらい、老人、セクハラ親父、ホモセクシャルと、選り取りみどりですよ?」
「ルアンタ様一択ですわ!一択ですわ!」
他の勇者の可能性を示唆してみたら、ヴェルチェは泣きそうな顔ですがり付いてきた。
かなり本気で嫌がっていそうで、まぁ気持ちは分からないでもない。
「…………申し訳ありません、少し取り乱しましたわ」
落ち着きを取り戻したヴェルチェは、コホンと誤魔化すような咳払いをして、再び旅の同行を願い出てきた。
しかし、正直な所、彼女をパーティに加えるメリットが見当たらない。
私やデューナのように、身軽な者ならまだしも、ドワーフの『姫』だもんなぁ……。
「ワ、ワタクシを連れていってもらうメリットとしては、『土の精霊を介して迷宮等で迷わなくなる』や、同じく『土の精霊の力を借りた野宿の際の拠点防衛』、他にも鑑定や武具の整備など、目白押しですわよ!?」
一生懸命にアピールしては来るけれど、どれも無くては困ると言うほどの物ではない。
こちらの反応が薄い事を察したヴェルチェは、ガックリと項垂れてしまった。
「……どうしても、魔王をこの手で倒したいのです」
顔を下に向けたまま、彼女はそう小さく呟いた。
「確かに、ドワーフの心得もありますし、ルアンタ様と深い仲になりたいとか、エリクシア様から魔道具の技術を盗めたら……なんて事も考えております。ですが、ワタクシの真の願いは、この手で魔王を倒す事なのですわ!」
……思わず本音が出たというよりは、本音をぶつけなければ、私達を説得できないと判断したのだろう。
顔を上げたヴェルチェは、嘘や隠し事の無い、真摯な眼差しで私達に語りかける。
「なんだって、そこまでして魔王を倒したいのさ?」
デューナがそう問いかけるのも、もっともだ。
いくらドワーフの国を落としたのが、ボウンズール(偽)やオルブル(偽)だったとはいえ、魔将軍を退けて城を取り戻した以上、そこまで固執する事でもないだろうに。
「……信じていただけないかもしれませんが、これから話す事は真実ですわ」
そう前置きすると、ヴェルチェは至極、真面目な面持ちで驚きの告白をしてきた。
「前世……というものがあるのは、ご存知でしょうか。そして、ワタクシにはその、前世の記憶があるのです」
んんっ?
思わず、私とデューナは顔を見合わせる!
なんだか既視感を覚える、この展開は……?
「ワタクシはかつて、二人の兄の謀略により殺された、魔王の末子の生まれ変わりなのです!」
「貴女、まさかダーイッジですかっ!?」
「アンタ、もしかしてダーイッジなのかよっ!?」
思わず、叫びながら立ち上がった私達の勢いで生まれた大量の水飛沫が、ヴェルチェの顔面を襲う!
まともに水飛沫を食らって、むせた彼女が抗議の声をあげようとした。
「ちょっと!貴女方のような、凹凸の多い体の人達がいきなり立ち上がったら……今、なんとおっしゃいました?」
なぜ、その名前を知っているんだ?といった顔つきになるヴェルチェ。
しかし、きっと私達も、似たような困惑顔をしていた事だろう。
「私が、オルブルだったからですよ!」
「で、アタシがボウンズールだったんだ!」
「はあぁ!?!?!?」
今度こそ、完全に訳がわからんといった彼女も含め、私達三人は混乱した頭でアワアワと慌てふためいていた。
◆
「──な、なるほど。一応、理解はいたしましたわ」
湯船の縁に腰かけた私達は、ひとまず現状を確認するために、それぞれの顛末を語った。
それを黙って聞いていたヴェルチェは、話が終わると深いため息をついて、俯いてしまう。
前世の死、転生の経緯、そして現状。
この偶然の連続に、彼女がうんざりしてしまうのも、当然だとは思う。
「それにしても……一体、どうなってるんだい。黒幕だと思ってたダーイッジが、こんな事になってるなんて」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!どうして、ワタクシが黒幕なんて話が出てくるんですの!?」
慌てて反論しようとするも、デューナはさらに畳み掛ける。
「そりゃ、アタシやエリクシアが居なければ、一番、得をするのがアンタだからさ。実際、オルブルが次期魔王になるって、アタシを焚き付けたのはアンタだったしね」
「ワ、ワタクシがその話を耳にしたのは、オーガンが話しているのを聞いたからですわ!」
「オーガン!?」
ここで出てきた以外な名前に、思わず私も反応してしまった。
「なぜ、彼の名が出てくるんですか!?」
「実際にオーガンが次期魔王について、魔王から聞いたと吹聴していたのですわ!」
「私は、そんな話を聞いた事はありませんよ!?」
そうだ、だから彼女らが前世で私を殺そうとした時も、最初は訳がわからなかったのだ。
それにしても、オーガンが……死にかけていた、私を救おうとしていたあの忠臣が?
(濃厚な、人工呼吸だけでした……)
(王子の唇、柔らかかったナリ……)
かつての忠臣を思った時、出てきたのは美しい思い出ではなく、死の間際の気持ち悪い記憶がだった。
くっ、まさかとは思うが、忠誠心ではなく、邪な気持ちで私に仕えていたのかも……。
い、いや!そんな事はない……と思う。うん、そういう事にしておこう!
だが、彼はなぜそんな話を、広めようとしていたのか?
魔界の将来を左右する類いの話だけに、オーガンくらいの立場の者が、まったくのデタラメを広めればタダではすまない。
だからこそ、ヴェルチェもその話を信じたのだろうし……。
「与太話だけじゃなく、アンタが持ってきた、あの結界を張る魔道具はどう説明するんだい?」
「あれは、城の宝物庫から持ち出した物ですわ!それに説明書にも、一定時間、あらゆる魔法を無効にすると書いてありましたわ!」
「……たぶん、嘘では無いでしょうね。彼女が、ダーイッジだった頃は、その手の道具に詳しくなかったでしょうから、仮に説明書がすり替えられでもしていたら、見抜く事はできなかったでしょう」
私からの意外な援護に、ヴェルチェの瞳が輝き、その通りと大きく頷いてみせた。
「なんにせよ……今はっきりとしているのは、私達を排除してその名を騙り、魔界を牛耳って、世界征服の野望を遂げようとしている奴がいるという事です」
「ああ……舐めた真似をする奴がいるもんだよ」
「ワタクシ……この身に転生してから、意外にも充実した人生を送っていましたの。それをぶち壊しにした、黒幕を許してはおけませんわ」
奇妙な話だけど、前世では対立するばかりだった私達は、性別も種族も変わった今になって、お互いを理解する事ができた気がする。
この数奇な運命に、誰ともなく吹き出してしまい、私達はいつの間にか、肩を震わせて笑っていた。
「いいでしょう、ダー……ヴェルチェも一緒に行きましょう」
「そう来なくては!ですわ!」
「まぁ、今の腕に自信が無いなら、ルアンタと一緒にアタシが鍛えてやるさ」
「うーん、今のワタクシ的には、むしろエリクシア様……ちょっと堅いですわね。うん、エリ姉様に魔道具についての教えを乞いたい所ですわ」
「エリ姉様?」
「今は女性ですし、そう呼ぶ方が自然では?」
ヴェルチェは何でもないようにそう言うが、私としてはちょっとくすぐったい。
「今は別に血縁は無いのですから、こだわる事は無いですよ」
「せっかく和解できたのですから、そんな寂しい事を言わないでくださいまし」
そう言って、ヴェルチェは私の顔を覗き込む。
「ですから、エリクシア姉様の技術を、色々と伝授してくださいませ」
可愛らしく小首を傾げて、彼女はニコニコとお願いをしてきた。
「いや、前世に貴女は、私を殺す片棒を担いでいたんですよ?それで、技術を教えろというのは、さすがに調子がよさすぎでは?」
「前世の話ですもの!今はノーカンですわ!」
「あー、ダーイッジってそういう所あったよな」
私よりも付き合いの多かったデューナが、懐かしそうに頷いていた。
ダーイッジって、そうだったんだ。
うーん、まぁ確かに、要領よく立ち回り、自分の欲望には結構忠実な、見事な末っ子気質ではあるなぁ。
「それと、ルアンタ様とワタクシの仲を祝福してくれると、嬉しいですわ!」
「なっ!?」
「いやいや、それは多分ムリだね」
「な、なぜですの!?……まさか、デュー姉様も!?」
一瞬、デューナとヴェルチェの間に火花が走る!
しかし、デューナは勝者の笑みを浮かべて、その理由を口にした。
「ルアンタはさ、大きい方が好きだからな」
そう言って、彼女は特大級の胸の膨らみを「ブルン!!」と揺らして見せた!
一方、自らの胸を撫で下ろし、悲しいまでに抵抗の無い絶壁を自覚した、ヴェルチェの顔を絶望が彩る!
「こ……これからぁ!これから、成長いたしますわぁ!」
「それでも、アタシには追い付けないだろうけどねぇ」
「ぐぬぬ……」
持つ者と持たざる者の、圧倒的なまでの戦力差。見る者が見たなら、涙を流さずにはいられない事だろう。
……っていうか、ちょっと待て君達。
「二人とも、前世の男だった記憶が残っているのに、なんでルアンタの取り合いをしてるんですかっ!」
まぁ、デューナはオーガの女性になって、溢れんばかりの母性愛に目覚めたから、分からないでもない。
しかし、ヴェルチェの方はどうなんだ?
「なんでって……ワタクシは今、女性ですし」
だが、止めに入った私は、逆に「何言ってんだ、こいつ?」といった目で見られてしまう。
あれ?私が変なの?
「なんですの、エリ姉様はまだ前世を引きずっていますの?」
「因縁を晴らすのと、今の人生をどう生きるかは別問題だろうに」
「何気に、面倒臭い性格ですわね」
「コイツは、昔からそういう所があったよ」
さっきまで敵対していた二人は、あっさりと仲違いをやめている。
「で、ですが、男として生きてきた記憶もあるのに、少年に……」
「細かいこたぁ、いいんだよ!」
「そうですわ。それとも、エリ姉様はルアンタ様をお好きではないと?」
「え、いや……」
そりゃあ、好きか嫌いかで言えば好きではある。で、でも、それは師弟愛のような物であって……。
「じゃあ、アタシがルアンタを貰ってもいいよな?」
「いえいえ、ワタクシが……」
「ダメです!」
そう、可愛い愛弟子の貞操は、師である私が責任持って守らねば!
キッチリと釘を刺しておくと、二人は今だブーブー言うので、だったら先に私を倒してからにしろと伝えると、ようやく引き下がった。
やれやれ……。
それにしても……前世と今の人生は別問題、か。
デューナが言ったその一言が、なぜか私の胸の奥で、何度も繰り返されていた。




