08 見られちゃいけないシーン
◆
捕らわれていたドワーフ達から、城までの道を聞き、それから数時間後。
切り立った崖を背にしてそびえる、彼等の居城の正面に、デューナがひとり、コキコキと首を鳴らして立っていた。
「さぁて……」
そう呟いた彼女は、すぅ……と大きく息を吸い込み、周囲の空気が弾けるほどの大声で、城の魔族達に向かって吼える!
「聞こえるか、ボンクラ魔族!うちの可愛い勇者様を、返してもらいにきたよぉ!」
デューナの怒声に驚いた鳥達が羽ばたき、周りにいた小動物達がいっせいに逃げ出す!
そして、城に巣くっている魔族達も何事かと、顔を覗かせた。
しかし、オーガの美女がひとりで城門の前にいる状況に、彼等も困惑しているようだ。
「おー、おー。ブサイクが雁首並べて」
からかうように笑いながら、デューナはスタスタと、閉ざされた城門の前まで歩を進める。
そうして背負っていた大剣を抜くと、思いきり城門に斬りつけた!
ズドン!と、何かが爆発するような衝撃と轟音!さらに、その一撃で城門が大きく抉られ、魔族達に動揺が走る!
この城の元の主だった、ドワーフ達が良質の鉄と技術を使い、丹念に作り上げた難攻不落な城門が、たったの一撃で大きく損傷されば、驚くのも無理はないが。
「ぼ、ぼーっとするな!あのオーガを射殺せぇ!」
号令が飛び交い、城壁の射出口から姿を見せた弓兵達が、敵と見なしたデューナに向かって矢を放つ!
「はんっ!」
しかし、デューナはそれらを鼻で笑うと、全身の筋肉に力を込めた!
彼女の、たったそれだけの動作で、飛来する矢は皮膚で弾かれ、かすり傷程度のダメージしか与えられない。
「そんなへなちょこな射撃じゃあ、アタシは倒せないよ?せめて、これくらいの威力はほしいねぇ!」
そう言うと、デューナは足元に転がる城壁の欠片を拾い上げ、おもむろに弓兵がいる射出口のひとつに投げつけた!
なんの変哲もない投擲でも、デューナのパワーで行われれば、それは砲撃に等しい威力となる。
見事、射出口に飛び込んだ城門の欠片は、爆発じみた破壊音を響かせた!
「ひ、ひいぃっ!弓兵が、弓兵だった物にぃ!」
欠片が飛び込んだ射出口から、悲痛な叫び声が聞こえると、その惨劇に恐れをなした他の弓兵達はいっせいに頭を引っ込め、射出口の蓋を閉ざしてしまう。
「よしよし、それでこうなると次の出方は……」
予定通りといった感じで、呟くデューナ。そんな彼女に呼応するように、破壊しようとしていた城門が、ゆっくりと開いていく。
中から現れたのは、重武装した魔族の戦士達。
何か趣味で服を作らせている魔将軍とやらとは違い、ドワーフの技術を正しく利用した連中である。
「貴様、勇者の仲間か!それにしても、正面から堂々と来すぎだろうに!」
「しかも、たった一人だと……我々を舐めているか!」
「見せてやろう……魔族の重戦士隊の、恐ろしいさをなぁ!」
無謀とも言える正面突破を図ろうとするデューナを取り囲み、魔族達は怒号を飛ばす。
しかし、デューナ本人はどこ吹く風といった様子で、冷静に敵の数を数えていた。
「んー、ざっと百人って所か……これで全部かい?」
「な、何!?」
彼女の意図を図りかねて、問われた魔族が戸惑うように、顔を見合わせる。
「だから、アタシ相手にたった百人っぽっちで、勝てると思っているのかって聞いてるのさ」
「な、なんだと!」
「黙って聞いてれば、調子にのりやがって!」
「そのおっぱいと同じくらい、でかい口を叩いた事を後悔させてやる!」
多くの敵に囲まれながらも、不遜な態度を崩さないデューナに、魔族達は怒りの声をあげた。
「やれる物ならやってみな、この雑魚どもがぁ!」
楽しげに吠えたデューナは、大剣を振りかぶり、正面にいる集団に向かって突っ込んでいった!
◆
「……デューナは、上手くやってくれているようですね」
城の奥にまで届いてくる外からの戦闘音に、すでに城内に忍び込んでいた私は静かに呟いた。
当然だが、彼女が真正面から乗り込んで来たのは、作戦の内である。
狙いは単純で、デューナが城門の所に敵を引き付けている間に、潜入した私がルアンタとドワーフの姫とやらを救出するという、手はずになっていた。
私の前世の頃の魔族なら、ほとんどの奴等を囮のデューナに集められるだろう。
そのくらいの、脳筋ばっかりだったからね。
デューナは回りくどいと言っていたし、なんなら私が直接、ここの魔将軍を叩いてもいいのだが、万が一ドワーフの姫を人質にされては厄介だ(ルアンタはそれなりに戦えるから、大丈夫だろう)。
それに、前の私とボウンズールの名を騙る奴等の事も聞き出したいので、まずは不安材料である人質を助け、後顧の憂いを絶ってから、余裕をもってぶちのめそうという事になったのである。
そんな訳で、私はルアンタ達を探して進んでいた。
確か、ドワーフ達から聞いた話だと、捕虜であるルアンタは地下牢に、人質であるドワーフの姫は、貴人を幽閉する別塔の最上部にいる可能性が高いとの事だったが……。
「……たぶん、二人とも別塔の方ですね」
私はポツリと呟く。
なんというか、そちらの方からルアンタの気配を感じる気がするのだ。そして、彼の近くにいるであろう、厄介そうな女の気配も。
うーん、これが女の直感という物だろうか。
なんだか、ルアンタと過ごしている内に、ドンドン鋭くなっていく気がするわ。
「それにしても……ドワーフの姫だかなんだか知りませんが、ルアンタにちょっかいを出したら許しませんからね」
閃光のようなひらめきに従い、私はひたすらルアンタの気配を追っていった。
◆◆◆
「何か、外が騒がしくなって来ましたわね」
「そうですね……」
ヴェルチェさんの言う通り、僕達がいるこの人質用の部屋にまで、激しい戦闘音のような物が届いてきていた。
「……きっと、僕の先生達が来てくれたんだ」
「ええ……?」
確信を持って言う僕に、ヴェルチェさんは疑わしそうな目を向けてくる。
「ルアンタさんがここに連れて来られてから、まだ二日目ですし、いくらなんでも早すぎまするのではありませんか?」
確かに、普通なら敵の本拠地に乗り込むのに、準備やなにやらで、もっと時間がかかってもおかしくないよね。
「でも、そんな常識をぶち破るのが、僕の先生達なんですよ!」
得意気に話す僕に、ヴェルチェさんは「ふぅん」と気の無い返事を返す。
「それで……どうなさいますの?」
「もちろん、ここを出ます!」
「……その格好で?」
「う……」
ヴェルチェさんの言う、その格好……つまり、僕はいま女の子のような格好をしていた。いや、するしかなかったのだ。
ここに連れてこられた時に着ていた服は、ディアーレンとの戦いで汚れたため、洗濯するからという魔族の言葉に従ったら、返って来たのがこの服だった。
さすがに、服を渡す前に別次元ポケットは剥がしておいたから良かったようなものの、これで外を出歩くには相当な勇気がいる。
「あ、もしかして僕が恥ずかしくて逃げられないようにするために、こんな着替えを用意したとか……?」
「純然たる、ディアーレンの趣味だと思いますわ」
「だよね……」
うん、ひょっとしたらと思った事を口にしただけで、わかってはいたんだ。
「まぁ、ディアーレンと違って、ルアンタさんには良く似合っているのが、せめてもの救いですわね」
「救われないよ……。これならまだ、下着姿で逃げた方がよっぽどマシかも……」
「まぁっ!? レディの前で、そんなはしたない格好をなさったら、目に焼き付け……断固反対させていただきますわよ!」
そう言ってヴェルチェさんが怒るから、仕方なくこんな格好に甘んじていのだ……。
「と、とにかく、ここから出ましょう」
それは決定項だ。それで、できれば服も探したい。
「出るとおっしゃっても……どうやって?」
「こうやってです」
彼女の問いに答えるように、僕は頑強なこの部屋の扉を、拳の一撃で破壊した!
「ええっ!?」
「さ、行きましょう」
軽々と扉を砕いた僕に、ヴェルチェさんは信じられない物を見る目で、顔をこちらに向ける。
「な、何をなさいましたの!? この部屋では、身体強化の魔法などは使えませんのよ!?」
「ああ、強化魔法は必要ないですよ」
僕が教えてもらっている『エリクシア流魔闘術』は、体内で魔力を循環させてパワーアップする闘法だ。
先生が別次元ポケットに入れておいてくれた魔法薬と、瞑想による集中で、ディアーレンに奪われた魔力を回復させる事ができた今なら、この程度の扉を壊すことなんて、造作もない。
「それより、早く行きましょう!」
「は、はい……」
僕が手を差し出すと、ヴェルチェさんはまだ少し納得いかないように戸惑いながらも、その手を握り返してきた。
幸い、僕達がいた塔に見張りの魔族は居なかった。
もしかしたら、さっきから轟音が響く城門の方に集まっていったのかもしれないな。
これはチャンスだと思い、急いで塔から脱出する。
しかし、運の悪い事に、たまたま通りがかったらしい、数人の魔族に発見されてしまった!
「ああ!? ドワーフの姫と、勇者のガキ!? 」
「なんで、こんな所……」
魔族が何か、言い終えるよりも速く!
地を蹴って魔族達に接近した僕は、すれ違いざまに奴等の鎧の上から打撃を加え、一瞬で全員を昏倒させた!
「ふぅ!」
あ、危なかった。
出会い頭で虚を突けたのと、魔族達に手練れがいなかったようなのがラッキーだった。
「ヴェルチェさん、大丈夫でしたか」
置き去りにしてしまったヴェルチェさんの所に戻る。
すると、なぜか彼女は俯いたままで口を開いた。
「ル、ルアンタさん……先程、あの魔族達が貴方を勇者と呼んでおりましたが……本当なのですの?」
「あ……」
し、しまった!
勇者に対して、強い憧れを持ったらしいヴェルチェさんが、僕なんかが勇者だと知ったら、ショックを受けるに決まってるじゃないか!
なんとか誤魔化すか……いや、どっちにしろいずれバレるんだ。だったら、変に引き伸ばさない方がいい。
「……ごめんなさい、ヴェルチェさん!幻滅させたらいけないと思って黙っていたけど、実は僕は魔王討伐の使命を請けた、『七勇者』の一人なんです!」
グッと目を閉じて、彼女からの反応を待つ。
お嬢様気質だけど、結構勝ち気な彼女の事だ、下手をしたら「よくも騙しましたわね!」なんて、殴りかかって来るかも……。
そんな風に、内心ビクビクしていた僕だったけど、近づいてきた彼女は予想に反して、殴りかかって来ることはなかった。
いや、むしろしがみついて来るような、この柔らかくて小さな体は……?
慌てて目を開くと、眼前には僕の腕の中に納まるように抱き付き、熱のこもった瞳でこちらを見上げるヴェルチェさんの顔があった。
え?ええっ?
これって、どういう反応なの!?
「本当に……本当にルアンタさんが、勇者様だったなんて!」
パッと笑顔を浮かべながら、ヴェルチェさんはうっとりとした様子で胸の内を吐露する。
「初めてお会いした時は、可愛らしいだけの殿方と思いましたが、脱出の時のパワー!そして、魔族達を一蹴するほどの強さ!思えば、常に余裕があった貴方の態度も、これほどの力に裏付けされた物だったのですね!」
ま、まぁ確かに、そういった面はあるけれど……。
「何より!貴方が、勇者であるという事実!ワタクシ達の出会いは偶然ではなく、必然!いえ、運命ですわ!」
「ええ……?」
なんだか、ひとりでドンドン盛り上がっていくヴェルチェさん。だ、大丈夫なんだろうか?
「あの……ヴェルチェさん?」
「はい……ルアンタさん……いえ、ルアンタ様!」
「ルアンタ『様』?な、なんですか、急に!?」
「貴方は、ワタクシの運命のお相手……親しき仲にも礼儀ありですわ」
「運命の相手!?」
「はい!」
そう言うと、スッと目を閉じたヴェルチェさんが、顔を近づけてくる!
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「照れなくても、よろしいですのよ?勇者と姫が結ばれるのは、運命なのですから……」
「だ、だから僕はそんなつもりは……」
「……何を、しているのですか?」
迫るヴェルチェさんを必死で抑えていた、その時!
まるで時間が止まったのかと勘違いするほど、よく通る、しかし凍えるほど冷たい声が、僕達を突き刺した!
一瞬で、全身の動きが奪われたかと思うほどの、プレッシャー!
そして、忘れるはずもない、この声……。
「あ……ああ……」
ギクシャクと振り向いた僕の視線の先には、視線で人を斬り殺せるんじゃないと思えるほど、鋭い目をしたダークエルフの美女……エリクシア先生が、仁王立ちで僕達を睨み付けていた。




