14 さらば、神々
──結魂合神・エリクシアンタ……まるで、私の『戦乙女装束』と、ルアンタの『勇者装束』が融合したような、ユニセックスな雰囲気が漂う、神々しいゴーレムだ。
素材がミスリルとオリハルコンなだけに、煌めく機体は神秘的な輝きを帯びている。
ううむ、美し格好いいとはこの事だな。
「フ……フフフ……改心の出来、まさに最高傑作ですわ!」
寝転がりながら、満足そうに笑うヴェルチェ。
いや、他の連中もみんな寝転がっている。
もはや、立っていられないほどに、魔力を使い果たしたのだろう。
そんな皆を、私とルアンタで少し離れた場所に移動させておく。
戦いが始まったら、危ないからね。
「アタシらの力を込めたんだ、負けるんじゃないよ!」
「お二人ならきっと勝てますわ!ご武運をお祈りいたします!」
「この娘の未来のためにも……頼んだぞ!」
「やれますよ、貴女達なら」
「妾の目に狂いが無かった事を、証明してくるがいい」
「ルアンタ君、同じ勇者として応援してるよ!」
「あーしも、お二人の活躍を期待します」
各々が、私達に応援の言葉を投げ掛けてくる。
全員、寝転がりって身動きがとれない事に目をつぶれば、テンションが上がってくるシチュエーションだ。
なお、その存在が魔力の塊みたいな、骨夫やミリティアは、干物みたいになって声を発する事すらできなくなっている。
「死~ん……」となった二人に向けて親指を立て、私達は『機神エリクシアンタ』へと向かった!
◆
ゴーレムの核となる部位に乗り込んだ私達は、さっそく魔力を流して起動させる!
ええと、確かメインの操縦士の思う通りに動かせるんだったよな。
ヴェルチェから聞いていた説明を思い出しながら、鍵穴のような接続口に腕を差し込む。
「僕はオーラの調整に集中しますから、操縦は先生がお願いします!」
私の方が体術に優れていると判断した、ルアンタがそう提案してきた。
「わかりました!」
変に混乱するより、分業の方が効率も良さそうなので、賛同する。
「では……行きます!」
グポン!という音と共に機神の目が輝き、エリクシアンタはゆっくりと立ち上がる!
「動いた!」
大きさ的にはイコ・サイフレームの三分の一程だが、滑らかに動く機体と、いつもと違う目線の高さに妙な高揚感を覚えた。
決死の戦いの前だが……ワクワク止まらねぇぞ!
『……やれやれ。せっかく待っててあげたというのに、そんなガラクタが奥の手だとは』
自分よりも小さいエリクシアンタを見下ろし、イコ・サイフレームは肩を竦めた。
『遊びにもならなさそうだ……死ね』
私達の乗り込む核がある、胸部に向かって、破壊光線が数条同時に放たれる!だが!
私の操る機体は滑らかにそれらを回避し、ルアンタが調整した神のオーラを纏った拳を、逆に破壊神の腹部に叩き込んだ!
『ごはっ!』
オーラの塊であり、実体の無いはずのイコ・サイフレームが、苦痛に呻く声が響いた!
いける!これならいけるぞ!
『この……虫けらがぁ!』
怒りに満ちた破壊神の攻撃が、雨のように降り注ぐ!
しかし、敏捷性に優れた私達の機体は、それらを軽々とかわして再び間合いを詰めた!
「おぉぉぉぉっ!」
烈拍の気合いと共に、連続で拳を打ち込む!
だが、さすがは破壊神、先程の不意打ちじみたカウンターとは違い、今度はしっかりと耐えて見せた!
さらに反撃を繰り出してくるが、フワフワしたオーラの塊にしか見えないイコ・サイフレームの拳には、ガードした機神を後退りさせるくらいの威力が乗っている!
当たり前だがこれは……油断ならないな!
急拵えという事もあり、遠距離攻撃の手段が無い上に、離れれば怪光線が飛んでくるため、私達は足を止めて至近距離で殴り合う事を選択した!
素早さと、手数の多さではこちらに分がある!
このまま、怒濤の連撃で決めるべく、私達は一気呵成に攻め込んだ!
──それから十分後。
いまだに私達は、イコ・サイフレームを殴り続けていた。
タフネスが過ぎるっ!どんだけオーラの総量があるんだ!?
さすがにダメージは蓄積させてるようだけど、これでは私達の方が先に力尽きてしまう。
「ルアンタ……」
「はい」
機神の核の中で、私はある決意を秘めてルアンタに声をかける。
「このままでは、ラチが開きません。なので、大技で一気に決めようと思います」
「持久戦では勝ち目が無さそうですしね……賛成です!」
ヨシッ!
相手の体勢を崩すための、顎を打ち上げる一撃を入れたと同時に、私達は上空へ飛び上がる!
のけ反って姿勢を崩したイコ・サイフレームに狙いを定めて、私達の機神は落下エネルギーをも加えて高速加速した!
「神速機神豪雷脚!」
背中から噴き出したオーラに押され、変形させた蹴り足に神のオーラをまとわせたエリクシアンタは、流星が空を切り裂くように光の矢となった!
狙うは、イコ・サイフレームの胸!
今まで散々、再生する時の魔力の流れを見ていたから、そこに心臓部ともいうべき核があるのはわかっている!
『砕け散れぇぇぇ!』
だが、僅かに早く体勢を立て直した破壊神の口から、今までに無い規模の破壊光線が私達に向かって放たれた!
破壊の光奔流に飲み込まれた私達のゴーレムが、徐々に削られていく!
それでも、私達は全霊を持って突き進んでいった!
「おぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
『オォォォォオォォッ!』
魂をぶつけ合う雄叫びが響き、互いの敵を滅ぼさんとする意思が相手を突き刺す!
そして……。
イコ・サイフレームの巨体を撃ち貫くと同時に、激しい爆発音が響き、それと共にエリクシアンタは砕け散った。
◆
ハァ……ハァ……。
激しく呼吸をしながら、私とルアンタは、眼前の敵を睨む。
そこにいたのは、人間と同じくらいのサイズになった、破壊神イコ・サイフレーム。
いまだ神のオーラの塊ではあるが、すでに巨神の時のようなプレッシャーは発していなかった。
というか、こちらも向こうも力を使い果たして、満身創痍といった状況である。
敵も味方も全員が、大地に転がって相手を見る事しかできず、端から見たら皆で昼寝してんのか?としか思えない状況であった。
『うう……余が神である余が、こんな連中に負けるなど……』
ギリッと歯軋りしながら、それでもイコ・サイフレームは起きあがろうとする。
くそっ!無理はするな!
できればそのまま寝ててちょうだい!私達のためにもっ!
『うあぁぁ……』
ガクガクと生まれたての子馬みたいな状態ながらも、立ち上がるイコ・サイフレーム!
そして、ブルブルと震える手を掲げる!
だが!
『そこまでにしておきなさい』
突然、知らぬ声が響き、それと同時に何者かが地面から浮かび上がるようにして、姿を現した!
フワリとした肩まで伸びた髪に、優しげな微笑みを浮かべ美女。
だが、その体はイコ・サイフレームと同じように、オーラで出来た非現実的な雰囲気を漂わせていた。
ていうか、誰!?
そんな謎の人物の登場に、真っ先に反応したのは、破壊神であった。
『お姉ちゃん!』
お姉ちゃん!?
破壊神である、彼女のお姉ちゃんって事は……。
『久しぶりね、いーちゃん。そして、初めてお目にかかります、愛しき我が子達よ』
おお……この物言いは間違いない!
彼女こそ、破壊神の姉神、創造神オーヴァ・セレンツァ!
どおりで、思わず「ママ……」と呼んでしまいそうな貫禄を携えている訳だわ。
ていうか、破壊神の事を「いーちゃん」なんて呼んでるんだ……。
『なぜ……お姉ちゃんがここに?』
『いーちゃんが目覚めたら、絶対におイタをするのはわかっていましたからね。貴女の復活と同時に、私も目覚めるようにしておいたのよ』
それでも、しっかり目覚めるまで少しかかってしまったと、オーヴァ・セレンツァはテヘッと可愛らしく舌をだす。
というか、地上の者を皆殺しにしようとしたのを、「おイタ」で済ませるないでほしい!
神のスケール感は、メチャクチャだなぁ!
『ぐっ……お姉ちゃんが目覚めたなら、なおの事こいつらを始末しないと……』
私達に、殺気のこもった目を向ける破壊神!
だが、そんな妹神を、オーヴァ・セレンツァは優しく抱きかかえた。
『もういいのよ、いーちゃん。無理はしないで』
彼女は妹神に労る言葉をかけるが、姉神に逆らうようにイコ・サイフレームは首を振った。
『いやぁ……ここで負けたら、お姉ちゃんがまた地上の連中に取られちゃう……』
取られるという表現にはちょっと語弊があると思うが、お姉ちゃん大好きっ子にはそう思えるのだろう。
この期に及んで駄々をこねる妹に、姉神は苦笑しながら頭を撫でる。
『その心配はもうないわ……地上の者達は、もう私が構わなくて大丈夫だから』
『え?』
『地上の者達は、あなたの使徒や眷族をも退け、力を合わせて神に匹敵するまでに成長した……もはや、神々の干渉を必要としないほどに、ね』
チラリと私達の方を見たオーヴァ・セレンツァの目には、子供の成長を喜ぶような、慈愛の光が輝いていた。
うう、創造神……。
『だから、あとは私と一緒に世界と一体化して、彼等を見守りましょう』
『お姉ちゃんと一緒に……ひとつになれるの?』
『ええ。ずっと一緒よ』
『……うん。お姉ちゃんといられるなら』
ヒシッと抱きしめ合った二人は、誓い合うように頬を擦り合わせる。
そうして、抱き合ったままの姉妹神の体が少しずつ溶けるように、光の粒子となって崩れていく。
光の花吹雪を思わせるその様子は、幻想的で……美しかった。
最後にこちらへ顔を向けたオーヴァ・セレンツァは、私達へ慈母のごとき笑みと共に口を開く。
『これからも、あなた達がどのように育っていくか、楽しみに見守らせてもらいますね』
そう告げると、満足そうに目を閉じ、妹神を撫でつけた。
やがて、小さく風が吹き、最後の花びらが流された時には……女神達の姿は完全に消滅していた。
「……美しい光景でしたね」
「……そうですね」
感動的な光景を目の当たりにし、丸く収まった感のある空気が辺りには漂っている。
しかし……口には出さないが、みんな胸中には少し釈然としない想いを抱いているのが目に見えていた。
──結局、神々に振り回されたあげく、ポッと出の姉神に全部持っていかれたな……と。




