10 希望の光
突然の乱入者に、怪訝そうな顔をしたイコ・サイフレームの拘束がわずかに弛む。
その一瞬の隙を突いて、私とルアンタは破壊神の手から逃れる事ができた!
同時に、皆の所へ駆け寄る行きがけの駄賃とばかりに、ガッダームとゼッタに一撃を喰らわせて、間合いを広げて距離を取る!
「デューナ、貴女がなぜここに!?」
「それにキャロまで!」
私達から驚きの声が向けられた二人が、なぜかドヤ顔で親指を立てる。
ついでに、回復用の魔法薬を配りながら、「なんか危なかったね」などと声をかけてきた。
いや、そんな呑気な返しはいいから、理由を教えなさいよ!
「いや、実はね……」
デューナが説明を始める前に、スタスタとキャロメンスがシンヤの前に歩いていった。
「キャ、キャロ……?」
戸惑うシンヤの前にキャロメンスは立つと、胸の前側で結んで抱えていた荷物のような物をそっと両手で支え、布をほどいて見せた。
そこから姿を現したのは……。
「……あぅ」
眠そうな声を漏らし、眩しそうに顔をしかめる、小さな人影。
布包みから現れのは、まだ産まれて間もないような赤ん坊だった!
一見すれば魔族のようだが、獣人族のようなピンと立つ獣っぽい耳……まさか、この赤ちゃんは!?
「私達の娘です、旦那様」
「!?」
キャロメンスの言葉に、シンヤだけでなく私達も絶句してしまった!
「ええっ!? 産まれたのっ!? って言うか、お前、出産したばかりで大丈夫なのかっ!」
我に返ったシンヤがキャロメンスに詰め寄ると、彼女は自慢気に平気ですと答える。
「出産した翌日からでも戦える種族ですから、獣人族は」
た、確かに、その肉体の頑強さは魔界でも随一ではあるけど、最終決戦場ですよ、ここ!
「そ、それよりも!な、な、な、な、なぜこんな戦場に、赤ちゃんを連れて来ていますのぉっ!」
半壊したゴーレムから飛び出したヴェルチェが、ツッコミを入れるのも無理はない!
私だって大概の事なら受け入れる自信はあるが、キャロメンスの行動は無茶にもほどがある!
それを止めるのは、デューナの役目でしょ!
「いやー、アタシも止めたんたけど、キャロメンスが旦那様に名前をつけてもらうって聞かなくてさぁ……」
困ったように頭を掻くデューナ。その様子から、散々説得はしたのだろう。
「まぁ、どうしても行くっていうなら、アタシが護衛に着いてやるって事で、アンタらを追って来たわけよ」
ううむ……キャロメンスの行動力には困った物だけど、そのお陰で間一髪の所を助けられた訳か……。
しかし……それにしたって、無謀過ぎるだろう。
「そりゃあ、アタシだってそう思うよ。でもね……」
言葉を止めて、赤ん坊の方を覗き込んだデューナの顔が、ふにゃりと蕩ける。
「こんなに可愛い子を、父親と会わせたいって言われたら、なんとかしてやりたくてさぁ……」
ふにゃふにゃした笑顔のまま、赤ん坊に目を奪われたデューナは、こちらを見ようともせずに投げやりに答えた。
いや、そう言われたら私達だって、気持ちはわかるけど……。
ハイ・オーガの母性にも困った物だと思いながら、私達も赤ん坊にチラリと顔を向ける。
すると、赤ん坊は一瞬だけ知らない顔ぶれにキョトンとしていたが、すぐにパァっと花が咲くような可憐な笑顔をこちらに向けてきた!
「はうっ!」
「んぐっ!」
その笑顔を見た瞬間、私とヴェルチェはガクリと膝から崩れ落ちる!
「せ、先生!?」
「お、おい!お前ら、どうした!?」
ルアンタとシンヤが慌てて声をかけてくるが……。
「だ、大丈夫……少し、母性本能で心臓が止まりかけただけです……」
「か、かわわわわ、かわわ……」
ゼェゼェと息を荒げる私や、語彙を失ってガクガク震えるヴェルチェを見て、ルアンタ達は「母性本能ってそういうものだっけ……」と、息を飲む。
ちなみに、デューナは過剰過ぎる母性本能で、すでに気を失っていた。
だが……恐るべし、赤ん坊の愛らしさ!
危うく、母乳が出る所だったわ!
そんな私達を余所に、キャロメンスは「抱いてあげてください」と、シンヤに赤ん坊を差し出した。
少し戸惑いながらも我が子を受け取った彼は、感無量といった感じで娘に頬擦りをする。
キャッキャッと喜ぶ赤ん坊の様子に、私達の顔はまたも緩んでいった。
むぅ……仲間の子供でもこんなに可愛いのだから、自分の子供が生まれでもしてら……。
以前、デューナに言われた、『いつか私達も子供を産むかもしれない』といった感じの言葉が頭を過る。
自分の子供……口の中でそんな呟きを漏らしながら、私は隣で赤ん坊の挙動に目を輝かせる、ルアンタを盗み見ていた。
「そ、それで、この子のお名前はなんとおっしゃいますの?」
「まだつけてない、名前は。父親の役目だから、それは……」
なんでも、獣人族には子供の名付けは、男親の役目という鉄の風習があるそうだ。
シンヤを追って来たのにも、その辺の事情があるらしい。
「そう……だったな。絶対に生きて帰るって願掛けのつもりで、名付けを保留して旅に出たが……」
ジッと娘の顔を見つめ、シンヤは小さく頷く。
「よし……この子の名前は『ノア』だ!」
赤ん坊を大きく掲げ、宣誓するようにシンヤは告げた!
『ノア』……それが、この子の名前か……。
「ちなみに、なにか由来のある名前なんですか?」
「ああ、もちろん」
ルアンタの問いに、シンヤは頷いた。というか、それを話したくて仕方ないといった雰囲気だな。
「このノアという名前は、俺の元いた世界のとある偉人から来ている」
その偉人は、天啓を受けて来るべき大洪水を乗り切るために巨大な船を作り、様々な生き物を救ったのだという。
さらに、処女厨をこじらせて船内で暴れる一角獣を、船外に投げ捨てるパワフルさも兼ね備えていたそうだ。
彼の元の世界では、『 ノアだけはガチ!』なんて格言が残っているらしいが、そんな皆を導く聡明さと強さを兼ねた子になるようにと、シンヤは願いを込めたという。
名付けも終わり、寄り添うシンヤとキャロメンス、そしてノアの親子に、皆が拍手を送る。
すると、よくわからないけど祝福されていると感じたのか、ノアがまた愛らしい笑顔を浮かべた。
全員が、デレッと頬を弛めた、その時。
「茶番は終わったか?」
そんな声と共に、鋭い槍の穂先が私達へと繰り出された!
しかし、槍がこちらの誰かを貫く前に甲高い金属のぶつかり合う音が響き、その穂先は叩き落とされる!
槍を弾いたのは、大剣を振るったデューナ!
そして攻撃してきたのは、言わずと知れた破壊神の使徒達だ!
「ノアに当たったら、危ないだろうがっ!」
牙を剥き、母性に溢れるハイ・オーガは、赤ん坊の危機に異常なまでの対応の速さをみせた。
おかげで、私達も助かったわ。
それにしても……。
「赤ん坊を巻き込むかもしれない不意打ちとは、随分と下品な真似をしてくれますね!」
「フハハハ!戦場で隙を見せる方が悪い!」
「それに、ちゃんと声をかけたんだから、むしろ紳士的よね」
まったく悪びれる様子もなく、ガッダームとゼッタは私達を嘲笑う。
まぁ、こいつらの言うことにも、一理はある。
しかし、一理あるのと頭にくるかどうかというのは、別の話だ。
さっきまでは、敵の強大さに心が折れかけていたが、再び私達の闘志に火が灯る。
「変身!」
再度、『奈落装束』を纏ったシンヤは、スーツの背中の一部を変形させ、そこにノアを背負う形で包みこんだ!
「これで包んでいる限り、どんなに派手に暴れようとも、ノアに負担はかからないからな……」
背中の娘に優しげな眼差しを向けていたが、一転して戦闘体勢に切り替わり、使徒達と対峙する!
「この娘が背にいる限り、俺はもう倒れる事はない!」
炎のような気迫を醸しながら、キャロメンスと並び立ってシンヤはシンヤは吼えた!
それにつられるように、私達も瞳に炎を宿しながら、それぞれのターゲットに狙いを定める!
「いくぞ!」
「来るがいい!」
両陣営は同時に動きだし、戦いの第二ラウンドは幕を上げた!




