06 絶なる盾の妙技
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「どおりゃあぁぁぁ!」
俺は、重量コントロールを最大にして、イコ・サイフレームから引き剥がした使徒達を思いきり殴り付ける!
盾使いの防御のせいで、直接にダメージを負わせられはしなかったが、それでもエリクシア達から距離を置く事はできた。
あとはヴェルチェと手分けして、この二人を足止めすればいい。
着地した使徒達が、ゆっくりと体勢を立て直して、こちらを睨む。
「……ふん、そうか。そんなに我等と遊びたいか」
「だが、我等の主に害をなさんとしている輩がいる以上、即座に殺してくれる!」
ブワッと叩きつけられる殺気に思わず身震いしながら、俺はあえて軽い口調で隣のヴェルチェに話しかけた。
「ヴェルチェさん、ヴェルチェさん?あんなこと言ってるけど、どうするね?」
「大した自信ですわ……ですが、個々で対峙したとしたらどうなのでしょうね」
目標を振り分けたエリクシアもそうだが、さすがヴェルチェも前世は魔王の大幹部。
あの使徒達は、二人同時に相手をするとヤバそうなの事に気づいていたか。
大盾を構えるガッダームと、槍を突きつけるゼッタは、まるで一人の達人のような圧力を醸し出している。
俺達が即席コンビネーションで攻め立てた所で、壁のような盾で止められて速射砲のような槍の攻撃を受け、各個撃破されて終わりだろうというのが、嫌でも連想させれるレベルだ。
まぁ、相方がヴェルチェじゃなくてキャロだったら、愛のパワーで勝てる気もするが。
しかし、現実は厳しい。だから当初の予定通り、バラけさせてタイマンに持ち込むのが良策だと、改めて納得した。
さて……そうなると、どっちがどっちを担当するかだが……。
「そうですわね……でしたら、ワタクシがあちらの槍の方でよろしいかしら?」
俺もヴェルチェも近接戦闘を得意としているが、ゴーレムに乗り込む彼女の方が、リーチも長いし相打ち狙いの捨て身もしやすい。
こちらとしてもありがたいので、その選択を採用させてもらおう。
「俺が盾使いね……了解だ!」
言うが早いか、俺は返事もそこそこに盾使いのガッダームに向かって突進する!
さっき、イコ・サイフレームから分断した際の一撃で警戒したのか、ガッダームはその大盾を構えて迎え撃つ姿勢を見せた!
よし、とりあえずその盾をぶん殴って、同時に『闇の生命樹』で絡めとって……。
そんな計算を頭の片隅で組み立てていた、その時!
そびえる大盾をすり抜けでもしたかのように、槍の穂先が眼前に迫っていた!
な、なんでっ!?
死の切っ先が、まるでスローモーションみたいに、ゆっくりと驚愕する俺へと向かってくる。
いや、違うな……世界のすべてが遅くなったような感覚だ。
あー、これはあれか!
死の寸前で生き残る方法を探って、脳が高速回転して思考できる状態ってやつ!……え、俺死ぬ!?
そう自覚した瞬間、クロックアップ状態の世界に硬い金属音が響き、軌道がずれたゼッタの槍は俺の頭を掠めて通りすぎていった。
衝撃と無理矢理に体勢を崩した反動で、無様に転がりながらも九死に一生を得る。
現実の流れに戻ったとたんに、背中から冷たい汗が滝のように流れた。
「危ない所でしたわね」
どうやら、貫かれる寸前にゼッタの槍を弾いて助けてくれたらしいヴェルチェが、俺をカバーしてくれながら声をかけてくる。
ヴェ、ヴェルチェさんん!マジ、ありがとうございましたぁ!
内心は感謝の土下座をしつつ、まだ戦闘中なので表面的には平静を装って彼女に礼を言う。
しかし……ガッダームの背中ごしで、俺の位置なんて正確にはわからないだろうに、ゼッタはまるで俺が見えているかのような狙い澄ました一撃だった。
エリクシアとルアンタが見せた、一心同体のコンビネーションに匹敵する連携っぷりだ。
やはり、何がなんでもあいつらを引き剥がさないと分が悪い。
だが……転移魔法でも使えれば別だが、どうやって奴等を分断する?
「……以前に使った、あの手をまた使う事にいたしましょう」
ポツリと呟いたヴェルチェの言葉に、俺はつい小首を傾げる。
以前に使った?それはいったい……。
「シンヤさん、あとはお任せしますわよ!」
そう言うと同時に、ヴェルチェは土の精霊魔法を発動させて俺とガッダーム、彼女とゼッタを隔てる土の壁を、一瞬で形成した!
その手際の良さと、タイムラグの無い魔法の発動は、さすがの使徒達も意表を突かれたようで、わずかに反応が遅れる!
その小さな隙を突いて、俺はガッダームへと肉薄した!
「ぬっ!」
俺の接近を受け、ガッダームは壁を破壊するよりも迎撃を優先し、迎え撃つ構えをとる。
そのため、俺の攻撃は止められてしまったが、土壁の向こうからは、ヴェルチェがさらに土の精霊魔法を使う音が響き、そう簡単に合流できないように何重にも壁を形成しているようだ。
これで、分断は成功したとみていいだろう。
……なるほど、以前にガンドライルが人間の国に大軍をもって攻めた際、モンスターの群れの中に魔法で壁を作って分断したと聞いていたが、それの応用か。
戦略はともかく、戦術はあまり得意でない俺は、同時その報告を聞いて少し感心したものだが、実際お目にきると大した物である。
「……ふむ。見事に分断されてしまったな」
とくに慌てた様子もなく、現状の確認みたいな雰囲気でガッダームが呟く。
とにかく、これで一対一。あとはアルト達が『尾万虎』を倒すまで、こいつを足止めする!
消極的にも思えるが、個々の戦闘力では今まで倒した使徒も含めて、奴等の方が上だ。
ましてやガッダームは、そいつらの筆頭。
防御主体のスタイルとはいえ、どんな奥の手を持っているかもわからない以上、警戒しすぎるという事は無いだろう。
「……慎重だな」
がむしゃらに攻め立てようとしない俺に、ガッダームは語りかけてくる。
「大概の者は、こういった状況になると果敢に攻め立ててくるものだがな……」
「お前のスタイルを見れば、そうも思うだろうな……だが、それを返り討ちにしてきたからこそ、お前はここにいるんだろう?」
返した俺の言葉に、筆頭使徒は口角を上げて狂暴な笑みの形を作った!
「その通りだ、強者よ。これは中々に楽しめそうだな!」
「おいおい、主をほったらかして楽しんでていいのか?」
「なぁに、我等が行ってきたのは、言わば虫を払うようなもの。本来なら、最強であるあの御方に護衛など必要ないのだからな」
言われてみれば、確かに。
本質的には、こいつらは破壊神のために働く手足であって、鎧や盾ではないということか。
しかし、本腰入れて相手をしてくれると言うなら、こちらとしても願ったりだ。
せいぜい、お手柔らかにお願いします!と内心で願いつつ、俺とガッダームは正面から激突した!
「おぉぉぉっ!」
雄叫びと共に、超重量化した俺の拳がそのまま砕け散れ!とばかりに、ガッダームの盾を殴り付ける!
しかし、その攻撃は驚くほどの手応えの無さで、右へ左へと流されてしまう。
こ、こいつ……ゴツい外見と堅牢な大盾のイメージから、無敵の打たれ強さを想像していたが、恐ろしいほどの繊細な技術に長けてやがる!
「我を、受け止めるだけの木偶の坊だとでも思ったか?時として、イコ・サイフレーム様の癇癪や八つ当たりを引き受けてきた我の技量、貴様ごときに抜ける物かよ!」
知るか、そんな事情!
そう、内側で毒づきながらも、俺の攻撃をいなしていくガッダームの実力には舌をまいていた。
だが!
「……むっ!?」
突然、違和感を覚えたかのような声が、ガッダームの口から漏れる。
それもそのはず、すでに俺の影から伸びた闇の蔦が、奴の足に絡み付いていたからだ!
「はぁっ!」
「ぬおっ!」
闇の蔦に魔力を流し込むと、ズン!と重い音を立てながら、ガッダームの足首の辺りまで地面に沈んだ!
今の奴には、自身の体重の何十倍もの負荷が襲いかかっている。
避けられるのがわかっていて、でたらめに殴りかかっていた訳じゃない。
すべては、奴を捕縛するための布石だったという訳だ。
「お前はもう、その場から動けんぞ。あとはひたすら、亀のように盾の後ろで首を引っ込めているんだな!」
身動きのとれなくなったガッダームに、俺は敢えて余裕の態度で近づいていく。
できれば奴が戸惑わせ、体勢を立て直す前に攻め立てて、反撃の隙を与えないようにしたいからな。
理想としては、大盾の破壊がベスト。
今の状態なら細かい技術を使えないだろうから、超重量化した俺の攻撃を何万発でもぶちこんでやるぜ!
「──っ!?」
不意に、意識が飛びそうになった。
何かが頭部にぶち当たり、その衝撃がモロに頭に響いたせいだ!
いったい、何が……そう思ったのもつかの間、今度は脇腹の辺りに衝撃が走る!
「この程度の負荷で、我を止められると思っていたのか……?」
ニヤリと笑う、ガッダーム。今の衝撃は……奴からの攻撃か!
見れば、ガッダームは大盾を守りにではなく、まるで武器のように構えている。
先程の攻撃も、大盾を横凪ぎに振るって、その側面部を当ててきた物のようだ。
「貴様にも教えてやろう、我が『壁盾剣』の恐ろしさを!代金は、貴様の命だがな!」
狂暴な笑みと共に吠えたガッダームは、地面に足をめり込ませながらも、ズンズンと詰め寄ってきた!
「ちぃっ!」
舌打ちしながら俺も迎え撃つが、奴は盾の幅広い面を使った広範囲の攻撃や、側面を使った斬撃にも似た攻撃などを自在に織り交ぜ、こちらを翻弄する!
しかも、重くなった自重までも、巧みに利用している様子までありやがる!
な、なんて戦闘センスだ……。
「フハハハ、どうしたどうした!」
ガッダームは高笑いをしながら、嵐のように攻めてくる。
当初の予定とは真逆の展開に、俺はひたすら防御を固める事しかできなかった……。




