11 新たなる同行者
「おいおいおい、なんでアタシの前世の名前を知ってるんだよ?」
私もそうだけど、デューナ……いや、ボウンズール?も困惑した表情をしていた。
どうする、私……。目の前にいるのは、ひょっとしたら前の私を殺した人物なのかもしれない。
しかし、ここで変に誤魔化した所で、この謎が解けるとは思えなかった。
……ここは腹を括ろうか。
「知ってるもなにも、私にもその前世の記憶という物が有るんですよ。ボウンズールに、殺された記憶がね!」
そう、私が告げると、一瞬ポカンとしたデューナの表情がみるみる驚愕の色に変わっていった。
「え?ちょっと待って!話の流れからすると……ア、アンタもしかして、オルブルなの!?」
「ええ。今はダークエルフで、エリクシアという名ですけどね」
「う、嘘だぁ……。だって、眼鏡かけてる以外、共通点が無いじゃないか!」
「それを言ったら、貴女は前世との共通点がゼロでしょうに!」
「そりゃまぁ、確かに……」
ちょっと納得したようで、彼女はマジマジと私の姿を眺める。
「本当に、オルブルなのかよ……」
「そういう貴女も、本当にボウンズールなんですね?」
「ああ、間違いなくね」
大きく息を吐いて、デューナは腕組をした。
「はぁ~、あの引きこもりの弟が、こんな姿にねぇ……」
「それはお互い様でしょう。そもそも、私を殺した貴方が、なぜそんな姿になっているんですか?」
「まぁ、アタシにもはっきりした事はわからないんだが……」
そう、前置きして、デューナ……ボウンズールは、あの日の事を私に話して聞かせた。
それによれば、私を殺害したボウンズール達は、そのままクーデターの仕上げとして、父上のいる玉座へと向かっていたらしい。
しかし、その途中で突然に起こった巨大な爆発に巻き込まれ、おそらくそこで死んだのだと言う。
そして気がついてみれば、オーガの赤子として生まれ変わっており、前世の記憶を持ったままスクスクと才能を伸ばして、今に至るそうだ。
……要するに、なんでそうなったのかは、分からないと言うことじゃないか。
「何て言うかな、アンタらの魔法を封じていた結界の効き目が無くなった途端に、アレだったからさ」
その言葉に、私はピン!と来た。
「そうか……その結界が魔法を『封じる』のではなく、『遅らせる』物だったなら、説明がつきますね」
「どういう事だい?」
興味をそそられたのか、デューナが尋ねてくる。
かつてのあの時、私は魔法を使ったにも関わらず、それは発動しなかった。
しかし、魔界の城といった規模の範囲を覆うような『魔法封じの結界』を張るには、かなりの時間と、大規模な術式、それに莫大な魔力が必要なはずだ。
もしくは、国宝級の強力な魔道具とかね。
脳筋のボウンズール達に、どうやってそれらが用意できたのか不思議には思っていたのだが、たんに『魔法の発動を遅らせる』だけの結界なら、コストは大幅に縮小できる。
おそらく、彼等のクーデターの時に、抵抗した者達によって『発動はしたが待機状態』になっていた多くの魔法が、結界の効力が切れると同時に、一気に発動して巨大な爆発となったのだ。
しかし、その待機状態だった魔法のひとつに、私の忠臣が使おうとしていた転生魔法があった。
思えば、彼はなぜか発動しない転生魔法を、何度も試みていたもんな。
そして、結界の効力が切れて発動した転生魔法が、たまたま死んだボウンズールにも適用されてしまったんだろう。
私の推測を聞いたデューナは、なるほどなぁと頷いて見せた。
「確かに、それが一番ありそうな話だね」
「まったく、悪運の強い人ですね」
私が悪態を突くと、彼女はニヤリと笑う。
「あの引きこもりが、言うようになったもんだねしかも、アタシに勝つとか、昔からは考えられないよ」
「前世で殺された時に、魔法が使えない場合を考えてに、体を鍛える必要性を教わりましたからね」
まぁ、授業料は命その物だったけど。
「ハッハッハッ、それじゃあ、アンタの強さはアタシのお陰でもあるって事か!」
豪快に笑った後、デューナは一息吐いて真顔になると、私の顔を正面から見据えて口を開く。
「で?アタシが元ボウンズールだとして、元オルブルのアンタはどうしたいんだい?」
「……この街道で、人間を襲う山賊行為を止めてもらいたいですね」
「はぁ?」
間の抜けた声を漏らしながら、デューナはガクリと肩を落とした。
「そこは、復讐とかなんとか言う所じゃないのかい?」
復讐……うーん、確かに考えなかった訳ではないけど、比重としてはルアンタを一人前にし、魔界から異世界の書物を回収する方が重要だしなぁ。
復讐なんて物のついでで、出来たらいいな程度にしか考えていなかったから、この際デューナをぶっ飛ばした先程の戦いでチャラにしてもいいかも……とすら思っている。
「アンタって奴はさぁ……」
さすがのデューナも、私の淡白さに呆れたようだった。
しかし、「いや、それなら……」と何か思い付いたように、グッと身を乗り出してくる。
「よし、オルブル……いや、エリクシアか。アンタの言う通り、オーガ山賊団は解散しよう」
意外にも素直な申し出に、私は前世少しだけ面食らってしまう。
前世のボウンズールだったら、私がオルブルだと知れたら絶対に一悶着あるものだと思っていたのに。
「ああん?アンタはアタシに勝ったんだから、要求に答えるのは当たり前さ」
なんでも無い事のように彼女は言うが、傍若無人、唯我独尊なボウンズール時代を知る私からすると、信じられない。
想像以上に、丸くなったなぁ。
「まぁ、アイツらは言い含めてから、再就職の手を考えてやればいいさ。それよりも、問題はアンタらだ」
「私達?」
「そう。ルアンタは勇者に任命されて、エリクシアはその師匠をしてる。って事は、いずれ魔界に乗り込むつもりなんだろう?」
「それは、そのつもりですが……」
「じゃあ、アタシも連れていきな!」
「なっ!?」
突然、何を言うんだ、彼女は!?
「貴女には、オーガ達の統率者としての役目があるでしょう!」
「うん、だからアタシが帰って来るまで、大人しくしてろって言っとくよ」
「そ、そういう問題じゃ……」
下手なトラブルを巻き込みかねない、彼女の参入に私は難色を示すが、デューナは断固として譲らない。
「元々、アタシ達も勢力を伸ばしてくる魔族と、何度か小競り合いはしてるんだよ。で、その時に今の魔王について聞いたのさ」
今の魔王……そう、魔王ボウンズール。
デューナがボウンズールの転生した結果だと言うのなら、かの魔王は彼の名を騙る偽者ということになる。
「前世のアタシの名を騙ってる奴が何者なのか、正直に言えば気にはなってたよ。でも、アタシと手下どもだけじゃ、魔界を相手取るには力不足だったからね」
「それはそうでしょうね。いくらハイ・オーガの集団でも、魔族すべてを敵に回しては、勝ち目はないと思います」
「だろ?でも、アンタとルアンタ、そこにアタシが加われば、偽者の首に手が届くと思うんだよ!」
うーん、確かに今の魔界を裏で操っている者を倒す位なら、できるかもしれない。
「ですが、偽のボウンズールを倒したとしても、その黒幕が何者なのか分からなければ、いずれ似たような傀儡の魔王が現れるかもしれませんね」
「ああ、黒幕になら心当たりがある」
「えっ?」
「アタシとアンタ……魔王はの長男と次男がいなくなって、一番得をするのは誰だい?」
それはまさか……。
「私達の弟、ダーイッジ!?」
「ああ。アタシは、アイツが怪しいんじゃないかと思ってる」
いや、しかし……かつて、ボウンズールの右腕として、忠実に従っていた、あの弟が……。
「思い返してみれば、魔王がオルブルを次期魔王にするって話や、魔法封じの魔道具を持って来たのもアイツだったからね」
うーん、それは怪しい。怪しすぎる!
「もしも奴が黒幕なら、溜まりまくった魔法が暴発したとしても、何かの対抗策を持っていたかもしれない」
「そして、偽のボウンズールを魔王という御輿にして、自分は安全な場所で実権を握る……」
実力主義の魔界において、魔王とは畏怖されつつも、その座を狙われる物だ。
ならば、安全な裏方に回って全てを掌握しようというのも、ありえない話ではないか……。
「まぁ、アタシに舐めた真似をしてくれた、あの野郎をぶっ飛ばしたいってのと、ルアンタが勇者として成長して魔王を倒すってのは、だいたい同じ目的な訳さ。だったら、一緒に旅をした方がいいだろ?」
なんなら、ルアンタに剣の稽古をつけてやってもいいと、彼女は言う。
確かに、彼には剣の師をつけてあげたいとは思っていたし、ボウンズールだった頃は魔界でも随一の剣士だったデューナなら、適任かもしれない。
ただ……。
「何か下心は無いんでしょうね?」
「んー、強いて言えば、ルアンタの童貞はアタシが食ってやりたいかな?」
「ブフゥッ!」
私は敢えて酒を口に含むと、今度は狙って思いきり彼女の顔面に噴きかけた!
「ぶわっ!だから、汚えっつーの!」
「な、何を考えているんですか、貴女はっ!」
とんでもない事を言いながら悪びれもしないデューナに、私は捲し立てるように言った!
「あんなに真面目で、年端もいかない少年を!しかも貴女は元男でしょうに!」
プンスカ怒る私に、デューナは呆れたように肩をすくめて見せる。
「相変わらず固いことをいう奴だね。前世は前世、今は今だろ?」
「そ、それは……そうかもしれませんが……」
「アタシはさ、今のアタシになってから、しがらみから開放されたっていうか、価値観が変わったっていうか……とにかく、子供の成長を見守るのが、好きになったんだ」
ええっ……『暴虎』とも呼ばれた、あのボウンズールが?
いや、元々からして本能で生きてたような奴だったし、オーガの女性に転生することで、母性本能に引っ張られたのかも。
「今回、『ショタっ子天国』を作ろうとしたのも、アタシ好みの男の子を、立派な男に育てたいってのがあったしね」
ううむ。手段はともかく、不本意ながらその気持ちは少しわかる。
私がルアンタを育てているのと、同じような気持ちなんだろう。
「でさ、立派になったそいつの子を産んで、育てる事を妄想すると、子宮が疼くんだよなぁ」
前言撤回。
やっぱり、こいつの気持ちはわからんわ。
「貴女の趣味や、性的嗜好に口を出すつもりはありませんが、ルアンタを巻き込まないでもらいたいですね」
「んん?ようはルアンタが、アンタ以外の女と懇ろになるのが嫌なんだろ?」
「そんな事は……」
ない!と断言しようとしたが、口から言葉が出てこなかった。
あれ……なんだろう、この胸の奥のムカつきは?
「まぁ、いいさ。アンタが手を出すなっていうならアタシからは出さないよ。でも、ルアンタの方がアタシに言い寄って来たなら、食っちまってもいいだろ」
「……その時は、好きにしなさい」
ルアンタがデューナに愛を囁く……その姿を想像するだけで、なんだか腹立たしくなってくる気がする。
それでも私は不快感を表に出さずに、ルアンタへの下ネタや性的いたずらをしないようにと釘を刺しておいた。
「おっ?ということは?」
「ええ、勇者一行への貴女の参入を認めますよ」
「そう来なくっちゃ!」
同行することを認められ、デューナはパチン!と指を鳴らした。
まぁ、多少のわだかまりは有るにしろ、彼女は戦力としては超一級。
何より、ルアンタを強くするのに必ず役にたってくれるだろう。
「それでは、魔王と黒幕を倒すために、これからよろしく、デューナ」
「ああ。よろしく、エリクシア」
私達は握手を交わすと、オーガ達を治療しているであろうルアンタの所へと戻って行った。




