05 分断戦術
元より徹底抗戦のつもりじゃい!……と、言いたい所だけど、破壊神本人にその最上級の使徒が二人、そして神獣か……。
単純な数だけで言えば八対四。だけど、戦力的には向こうの方がかなり有利だ。
「さぁ、始め……」
「ちょっと待ったぁ!」
戦いの口火を切ろうとしたイコ・サイフレームの言葉を、私は大きな声で遮った!
「……なに?」
「作戦タイムをいただきたい!」
「はぁ?」
敵を目の前にしてそんな事を言い出す私に、破壊神はおろかその使徒達までキョトンとした表情になる。
まぁ、普通はそんな顔になるだろうなぁ……。
しかし、戦力の不利を補うためには作戦が必要であり、戦いが始まってしまえば否応無しに押し潰される可能性が高い。
だからこそ意表を突く意味も込めて、正面からの作戦タイムを宣言したのだ!
「……ふん、面白い。地上の虫けら程度が、どんな策を立てるのか見せてもらおう。トラ助、お前も待機だ」
案の定、強者としての奢りを破壊神は見せる。
この辺が、『戦士』じゃなくて『神』の甘い所だな。
「いいんですか、主様。そうやって余裕を見せていたから、他の使徒達はやられたんですよ?」
「しかも、黒いドレスの魔族やその番は、使徒だけでなく『千頭竜』を倒していますよ?」
こちらの狙い通りに、油断を見せたイコ・サイフレームを諌めるように、ガッダームとゼッタが声をかける。
おいぃっ!余計な事を言わないでよぉ!
「ふふん、案ずるな。余は神であるぞ?多少の余興に付き合ってやるのも、面白いではないか」
よしっ!
傲慢な神らしく、従者の言葉に耳を傾けるつもりはないようだな!
「……そうやって甘く見積もるから、お漏らしするような目に会うのに」
ハァ……と小さくため息を吐きながら、ゼッタがボソリと呟く。
そういえば、世界に向けて復活を宣言した時に、そんな事を言っていたけど……やっぱり、してたのか。
しかし、そんなゼッタの呟きを耳ざとく聞き付けた破壊神は、顔を真っ赤にしながら即座に反論をした!
「あ、あれはこの肉体を構築する過程で起こった事故だと結論が出たでしょ!」
蒸し返すでないわ!とイコ・サイフレームは早口で騒ぐが、何かのスイッチが入ったのか、ガッダームとゼッタのお小言は続く。
うーん……使徒達も結局、破壊神とは違う意味で油断しまくってるな。って言うか、けっこう不敬じゃないか?
……まぁ、いい。
今の内に、勝手にミーティングを始めてしまおう。
私達は静かに円陣を組むと、ヒソヒソと意見を出しあった。
「……エリクシアよ、ここはあえて分散して敵に当たるぞ」
「そう……ですね」
人数を分けるという、アルトの提案に私は頷いた。
戦力差があるのに兵を分けるなんて本来は下策だけど、仮に『尾万虎』に全員で当たっている最中に背後を突かれれば、その時点で終わりだ。
だから、どうしても後方からの動きを抑えるために、兵を分ける必要がある。
「割り当てとしては……神獣にアルトさん達、使徒達にヴェルチェとシンヤ、そして破壊神には私とルアンタ……」
ざっと戦力を分析して、割り当てを決めてみる。
『尾万虎』に並ぶ『千頭竜』を倒した事のあるアルト達に神獣を任せ、破壊神達を私達が足止めする作戦だ。
少々、私達の負担は大きいが、まがりなりにもイコ・サイフレームと戦うならば、神のオーラを会得した私とルアンタで受け持つしかない。
そうやって私達がアルト達の背中を守っている間に神獣を倒し、その後は個々に加勢してもらって、敵を各個撃破する流れである。
あとは、アルト達がどれだけ早く神獣を倒せるかが鍵ではあるが……私達も防御よりで時間を稼ぐ事に集中すれば、やられる可能性は低くなるだろう。
「よし、やるぞ!」
私達は小さく気合いを入れると、ソッと敵の様子を伺った。
どうやら、使徒達のお説教は続いているらしく、イコ・サイフレームは空中で正座させられるという器用な体勢で「はい……はい……」と頷いている。
そんな光景に、『尾万虎』も完全に目を奪われているようだ。
……隙だらけやんけ。
ニヤリと悪い笑みを浮かべたアルトと私は、こっそりと魔法の詠唱に入る。
そして……二人分の極大級爆発魔法が、神獣の顔面で炸裂した!
その轟音に、破壊神達も顔をあげる!
「不意打ちとはな……さすが地上の虫ども、やる事がセコい」
「グヘヘヘ、隙を見せる方が悪いんじゃい!」
舌打ちする使徒達に、頭だけの骨夫が下卑た笑いを浮かべながら言い切った。
本当に、こういう役が似合うから助かるなぁ。
とはいえ、ちょっと卑怯で完璧な不意打ちであっても、神獣を倒せていない辺り、奴等の馬鹿げた強さの前には小細工でしかない事を思い知らされる。
「貴様らから仕掛けた以上、始めていいな」
イコ・サイフレームの目に凄惨な光が宿り、ガッダームとゼッタが得物を構える!
さらに、隙だらけで魔法を食らった『尾万虎』の怒りの咆哮を合図に、各々が動き出した!
「変身っ!」
骨夫の広域回復魔法で回復するため、『変身』を解除していた私とルアンタは、再び戦闘スーツを身に纏う。
初っぱなから、出し惜しみは無しだ!
私は一気に『女神装束』を起動させると、ルアンタと共にイコ・サイフレームへ向かって突っ込んでいく!
当然のように、ガッダームとゼッタが行く手を阻もうとするが、横から飛び込んだシンヤとヴェルチェが、二人の使徒を弾き飛ばした!
「お前らの相手はぁ!」
「ワタクシ達ですわぁ!」
「ちぃっ!こいつらっ……」
「ジャマをするなぁ!」
縺れ合って離れる彼等を尻目に、私達は破壊神に肉薄し、拳を繰り出した!
「フッ……」
だが、イコ・サイフレームは小さく笑うと、私達の攻撃を軽々と止める!
「エリクシア……そしてルアンタ……」
止めた私達の拳をギリギリと握り締めながら、破壊神は目を細めて私達の名前を呟いた。
「この肉体の元の主……オーガンの記憶には、お前らに対する恨みが残っている」
「残念ですが逆恨みですよ、それは!」
気持ちはわからなくもないが、一方的にこちらを想い、それが叶わないとなったら殺しに来る……まったく、迷惑な話だ。
しかし、実の姉神を慕いながらも性的な目でも見ていて、最後には殺し合いにまで発展した、アブノーマルな彼女からすれば何か共感する物があるのかもしれない。
「逆恨みか……確かにな」
うんうんと頷きながら、イコ・サイフレームは私の言葉を肯定する。
「だが……余を復活させ、お姉ちゃんと子作りできる因子を得る切っ掛けとなった功績を忘れてはおらぬ。せめて、その恨みだけは成就させてやろうかぁ!」
ギラリと目を光らせたイコ・サイフレームから、渦を巻いて神の闘気が噴きあがった!
「うおおぉぉぉっ!」
闘気の渦に巻き上げられそうになった時、雄叫びと共にルアンタが神のオーラを燃やして、それを吹き飛ばす!
さらに、彼の戦闘スーツがそのオーラに呼応するかのように、黄金の輝きを放ち始めた!
えっ、なにそれ!?
ルアンタの思わぬ変化に驚いていると、彼はちょっと照れ臭そうに、自分が編み出したスタイルだと教えてくれた。
「『勇者装束・明鏡止水』と名付けました。要は、神のオーラを戦闘スーツに融合させたんです」
なるほど……本来なら魔力を弾くミスリルだが、まさかそんな特性があったとは。
そういえば、私が始めて神のオーラを発動した時も、スーツに関係なく拳に纏っていたっけ。
しかし、そういうことなら……。
「んん……こうですか?」
ルアンタの『勇者装束・明鏡止水』を参考にして、私も全身に神のオーラを纏ってみる。
そして、そのオーラを『女神装束』に融合させるイメージで……。
すると、ほんのわずかではあるが、『女神装束』の輝きが変わった。
まぁ、ルアンタの変化に比べれば、微々たる物ではあるが。
「さ、さすが先生……すぐにコツを掴むなんて……」
「貴方の発想のお陰ですよ。それに、ルアンタほどのレベルに比べれば、まだまだでしょう」
素直な感想を口にすると、彼はちょっと照れたようにモジモジしていた。
おそらく仮面の下では、はにかんだ笑みを浮かべている事だろう。
「……お前ら、そのオーラはなんだ?」
突然、妙に低い声でイコ・サイフレームが問いかけてくる。
なんだと言われても……神のオーラ?としか言いようがないのだが……。
「そういう事じゃない!お前らのオーラからは、お姉ちゃんの匂いがする!」
オーラの匂いってなんだよ!?
思わずつっこみそうになったが、確かにこの神のオーラは破壊神の眷族に対抗するために、創造神オーヴァ・セレンツァが作った寄生体ゴッドーラから体得した物だ。
ふむ……時間稼ぎにちょうどいいし、懇切丁寧にその辺りの話をするとしよう。
そうして、私は身ぶり手振り、さらにはその時の心情までも交えて、イコ・サイフレームに語り始めた。
他の場所で戦っている仲間達から、真面目にやれ!と怒られそうだな……などと頭の片隅で思いながら。




