02 神獣の下僕
『ゴルオォォォォッ!!!!』
ビリビリと大気が震え、落雷のごとき衝撃がスーツの表面を叩く!
それは物理的な効果を備えていたのか、私達の動きが一瞬だけ阻害されるような感覚があった!
その僅かな隙を逃さず、『尾万虎』は巨大な前足で私達を踏みつけようと、大きく振りかぶる!
そして振り下ろされた前足は、まるで上空から星が落ちてくるような、圧倒的質量をもって私達に迫った!
視界を覆い尽くすほどの巨大な肉球が落ちてくる中、自身に似せたゴーレムに乗り込んだヴェルチェが、私達を庇うように前に出る!
「どっせぇぇぇい!ですわっ!」
ヴェルチェが土の精霊魔法で生み出した、無数の岩の拳が迫る『尾万虎』の踏みつけに対して、正面から殴りかかる!
それはほんの一瞬しか持ず、わずかに敵の動きを鈍らせただけに過ぎなかったが、その隙に『姫を模したる踊り子人形』が手にした巨大な双剣で、分厚い肉球を切り裂いた!
思わぬ反撃を受け、苦痛の鳴き声を漏らしながら前足を引く『尾万虎』!
その鼻先に目掛けて、ヴェルチェのゴーレムの背から飛び出すひとつの影があった!
「伏せだ、どら猫!」
『奈落装束』に身を包んだシンヤが、神獣の頭部めがけて拳を振り下ろす!
巨大な『尾万虎』からしてみれば、文字通り虫けらほどの大きさしかないシンヤの一撃。しかし、重量操作の能力で信じられない重さと化していた彼の攻撃は、厚い皮膚や頑強な頭蓋を通して、脳にまで突き抜けるほどの衝撃を与えた!
呻く声と共に、グラリと神獣の巨体が揺れるのを見て、シンヤがガッツポーズをとる。
だが、空中で身動きの取れない彼めがけて、何本もの巨木を束ねたような数本の尻尾が襲いかかった!
「おぉぉぉぉっ!」
あわや、シンヤが叩き潰されそうになる寸前で、神のオーラを全開にしたルアンタが、オリハルコンブレードで斬りかかる!
ブレードにセットしてあった、風魔法の『バレット』との相乗効果で、放たれた真空の斬撃が『尾万虎』の尻尾をズタズタに傷つけた!
「どうだ、化け物!」
またも苦痛の悲鳴をあげた神獣は、自慢の尻尾を傷つけられた事による憎しみのこもった燃える眸で、ルアンタを睨み付ける!
……ふふん、またも隙だらけだな!
敵がルアンタに気を取られている間に、私は所定の位置に移動して『女神装束・栄光を掴む手』を起動させた!
「先生!」
再び風魔法の『バレット』で軌道を変えたルアンタが、『尾万虎』の攻撃を潜り抜けて私を目指して突っ込んでくる!
私はそんな彼の動きに合わせて、ゴツい手甲に覆われた拳を突き出した。
すると、激突する寸前で体を反転させたルアンタは、曲芸のような身のこなしで、私の拳に着地する。
「いきますよ、ルアンタ!」
「はいっ!」
ルアンタを拳に乗せたまま、弾丸を装填するかの如く振りかぶり、私は『栄光を掴む手』にセットされた『バレット』を同時に発動させ、それを推進力に変えてルアンタを撃ち出した!
狙うは『尾万虎』の顎の下!
撃ち上げられたルアンタは、昇竜を思わせる一撃で神獣の下顎を打ち抜き、その巨体をわずかながら宙に浮かせる!
それほどの威力を込めた一撃をまともに受け、さすがの神獣も脳震盪を起こしたのか、受け身も取れずに地響きを起こしながら大地に転がった!
「うおぉぉっ、マジでやりよったぁ!」
「あ、あの巨体を素手でっ!?」
私達のコンビネーション攻撃を目の当たりにしたアルト達から、驚愕と感嘆の声が向けられる。
ふふふ、もっと誉めても良いのよ?
「フフフ、あれがワシの主殿の実力よ」
「フッ、知っていたさ。あいつらの真の強さという物は、な」
後方で、なぜかスゴいドヤ顔をするミリティアや、謎の強キャラ感を出す骨夫はさておき、アルト達までいつまでも驚いていてもらっては困る。
「早く『尾万虎』に追撃を……」
「先生っ!」
アルト達に呼び掛ける声の途中で、急にルアンタが私を押し倒すようにタックルしてきた!
え!? ダ、ダメっ!こんな、みんなが見てる前でなんて……などと、嬉し恥ずかしい想いが頭をよぎると同時に、何かが物理的に頭の上をかすめていく!
見ればいつの間にか起き上がっていた、『尾万虎』が繰り出した前足による横薙ぎの一撃が、さっきまで立っていた私の頭の辺りを通りすぎていく所だった。
あ、危な……ルアンタが押し倒してくれなかったら、頭部を持っていかれる所だったわ……。
「あ、ありがとう、ルアンタ」
「いいえ……先生を守れて、僕も嬉しいです!」
かわいい事を言う彼は、仮面の下できっといい笑顔をしている事だろう。
それを思うと胸がキュンとなり、私は武装越しにではあるが、覆い被さっているルアンタの頭を撫でた。
「何をイチャついておりますのっ!」
「さっさと、立てよお前らっ!」
倒れたままの私達に迫る、神獣からの追撃を弾き返しながら、ヴェルチェとシンヤが怒声を浴びせてくる。
ちょっぴり水を差された気分だが、二人の言い分はごもっともなので、私達は即座に立ち上がって再び構えをとった。
『グルルルル……』
反撃を防がれて、悔しげな唸り声を漏らす『尾万虎』。
見れば、さっきの私とルアンタのコンビネーションが効いていたのか、口内からダラダラと血が流れている。
よしよし、ちゃんとダメージは受けてるようだな。
それにしても、ひっくり返ったら状態から、よく音もなく体勢を立て直して反撃してきたものだ。
私の耳でもほとんど捉えられなかったあたり、この巨体でありながら小さな猫以上の柔軟性と俊敏性を備えているのかもしれない。
「ぼうっとしててすまなかった。妾達も、参戦させてもらうぞ」
「ルアンタ君達は、僕らの所の魔王達に匹敵する実力がある……僕らが力を合わせれば、必ず勝てるよ!」
少し度肝を抜かれていたアルト達も、気を取り直して『尾万虎』と睨み会う私達の所にやって来た。
今も十分に押しているし、これなら一気に……と、そんな事を考えていると、急に神獣が『カハッ!カハッ!』とえづき始める。
なんだ?草でも吐くのかな?
一般の猫がやるような仕草に、そんな考えが浮かぶが、奴が吐き出したのは何やら不気味な肉の塊!
キ、キモいわっ!
『グルオォォォッ!』
さらに『尾万虎』が大きく吼えると、その肉塊が割れて、中から蠢く死体の群れが姿を現した!
「なっ!アンデッドだと!?」
「『尾万虎』は死体を操るというのかっ!?」
「むぅ……これはまさか……」
「何か知っているんですか、雷電!?」
尋ねられた雷電……もとい、シンヤは神妙な面持ちでコクりと頷いた。
「俺が元いた世界……そこのとある国の伝承では、歳を経て霊力を宿した虎は、食い殺した人間の霊魂を奴隷として使役するという。そうやって奴隷化した連中を使い、縄張りの近くを通る人間を誘い込んではさらなる犠牲者を増やしていくのだそうだ……」
むぅ……そんな能力を、『尾万虎』も持っているというのか。まぁ、目の前の奴らは、ゴーストというよりゾンビだが。
しかし、よく見れば肉塊から出現したアンデッド達の中には、先程食われた破壊神の使徒達の姿も見える。
敵ながらなんとも哀れな姿だが、それに気を取られている場合ではないか……。
「ふん、こうして奴が奥の手を出してきた所を見ると、ここからが本番ということか」
「そうですね……こちらも、全開で行きましょう!」
私とアルトの声に、仲間達からも気合いの入った返事が返ってくる。
そうして、迫るアンデッドの群れと、その背後にそびえる『尾万虎』を前に、第二ラウンドの火蓋は切って落とされた!




