01 復活の魔虎
目の錯覚……じゃないな。
確かに、魔獣山脈の一部が胎動するかのように震えている。
え、ちょっと待って!?
あれだけ、大きい範囲で蠢くなんて、ヤバいのでは……?
そう、思ったのとほぼ同時に、耳がバカになりそうなほどの巨大な咆哮が響き渡った!
天を衝くとはまさにこの事だろう。
大気を震わせ、山の地表やそこに生えていた木々を吹き飛ばし、それはゆっくりと起き上がった。
満月に漆黒の切れ目が入ったようなギラリと光る眸、槍衾の如くズラリと生えた髭、並ぶ牙はまるで一本一本が大剣を思わせ、体毛はレイピアが植えてあるんじゃないのかと思いたくなるほど、鋭く硬質な光を放っていた。
だが、何より目を引いたのは、その巨体の後方に伸びる無数の尻尾。
パッと見では数えづらいが、樹齢千年ほどの巨木みたいな太さの無数の尾が、触手のようにウネウネと動いていた。
小山に匹敵する体躯でグッと伸びをしながら、悪夢の産物とも言える巨大虎は雷鳴に似た唸り声を鳴らす。
──あれが、破壊神の眷族……『尾万虎』か!
っていうか、でかあぁぁぁぁぁいっ!!!!
なにあれ、なんだあれ!?
生物の中で最も大きいって言われる、ドラゴンなんかよりも遥かに大きいぞ!?
その巨大さに私達が驚愕していると、横で『尾万虎』を見ていたアルト達が話しているのが聞こえてきた。
「ふむう……大きさは『千頭竜』とほぼ変わらんな」
「そうですね……ただ、機動力を活かした爪や牙を使う物理的な攻撃力では、こいつの方が上かもしれません」
「あの体毛……竜の鱗と同等の硬度だとすれば、厄介ですよ」
「ちょっとお腹痛くなってきたんで、トイレに行ってきていいですか?」
……最後の骨夫はともかく、アルト達は随分と落ち着いているな。
さすが、神獣殺しの経験者といったところか。
「それにしても、まさか魔獣山脈の一角……こんな間近に神獣が封印されていたなんて」
「いいや、妾達はむしろこの場所が怪しいと思っておった」
ポロリと漏らした私の呟きに、アルトはそんな事を言った。
「それはいったい……」
「うむ、こやつの片割れである『千頭竜』だが、そいつが封印されていたのは『緑の帯』と呼ばれる、魔素が異様に濃い特殊な森であった」
そのため、『緑の帯』のように魔素異常地帯を探索していたそうなのだが、ニーウ達に遭遇し、とにかく遠い調査地点とおぼしき場所に転移した所で、私達と出会ったという。
なるほど、確かに『魔獣山脈』も魔素異常地帯。
しかし、その原因がまさか破壊神の眷族が封印されていたためとは、夢にも思わなかった。
……そういえば、彼女達はこの『尾万虎』に対をなす『千頭竜』を倒していたんだよな。
いったい、どうやって目の前の巨大虎と同格の化け物を倒したんだろうか?
戦いが始まる前に聞いておこうかと、アルト達に問いかけようとしたその時、横から一際大きな感嘆の声が割り込んできた!
「おお、まさにイコ・サイフレーム様の眷族であり、世界に破滅をもたらすに相応しい、雄々しき姿……美しい!」
緊張する私達を余所に、感激を抑えられないといった様子で震えるイヴルは、身ぶり手振りを交えて『尾万虎』を称賛する。
うーん、すごいモンスターに魅入られる奴というのもたまにはいるけど、あれはちょっと行きすぎな気がするなぁ。
そんな破壊神の使徒の異様な姿に目を奪われていると、奴は不意に『転移口』を開いた。
ま、まさか一人だけ逃げるつもりか!
「目覚めたばかりで、まだ完全復活とはいかないでしょう……これを食らって、力を取り戻しなさい!」
ああ、なんだ……逃げるんじゃなくて、餌か何かを取り出そうとしたのか。
破壊神の眷族がいったい何を食べるんだろうと、ちょっとばかり好奇心を刺激されたので見ていると、イヴルが『転移口』に手を突っ込む!
そうして、取り出した物は……。
「う……」
「うう……」
「…………」
え?
取り出された物を見て、私達は思わず声をあげた!
「ニーウ!?」
「ラサンス!?」
「ニルコンじゃねぇか!?」
ボロボロになってるけど、あれはついさっき私達に敗北した、破壊神の使徒達!
真っ先に思ったのは、生きとったんかい、ワレ!という事だったが……まさか!
「敗北した使徒など不用!せめて神獣の糧となって果てる事を、喜びなさい!」
狂気を孕んだ笑みを浮かべ、イヴルは満身創痍な仲間の使徒を『尾万虎』の口へと目掛けて放り投げた!
な、なんて事をっ!?
目を見張った私達の前で、まるでスローモーションのように三人の使徒は、大きく開かれた『尾万虎』の口中へ吸い込まれる。
そのまま巨大虎の喉がゴクリと鳴って、彼等は胃の中へと滑り落ちていった。
ごちそうを得て、ベロリと舌舐めずりする神獣を前に、イヴルは満足そうに頷いている。
「あ、あいつ……仲間に対してなんて真似を!」
思わず声を漏らしたルアンタに、イヴルは冷たい視線を向けてきた。
「フッ……虫けらにはわからないでしょうが、我々イコ・サイフレーム様の使徒にとって、神のために命を捧げられるなら本望。彼等も、神獣の糧となれた事を喜んでいるに違いありません」
むぅ……反論というより、むしろ諭すようなイヴルの言葉に、うすら寒い物を感じる。
宗教がキマってる破壊神の使徒達とは、相容れない壁のような物を感じるわ。
「さぁ、破壊神の眷族よ!あそこにいるのは、今あなたが食らった使徒よりも強い、極上の餌達です!存分に楽しむといいでしょう!」
イヴルが私達を指し示し、『尾万虎』を促す!
その声に、神獣はチラリと私達を見たが……。
「なっ……ぎゃあっ!」
突然、『尾万虎』はイヴルに食らいつき、その体を口中に納める!
『……………!!!!』
ボリボリと咀嚼する神獣の口内から、声にならない断末魔の絶叫が聞こえた気がした……。
マジか、この化け物……。
まるで、『なんか近くにいたから』みたいな感じで、イヴルを食ってしまうとは。
若干、因果応報のような気もしないでもないが、さすがにザマァと思える気持ちにはなれなかった。
「だいぶ飢えておるな……」
「ええ……『千頭竜』もそうでしたけど、見境なしって感じですね」
「ふぅ……私はスケルトンでだし、食べる所も無いから狙われないかも……」
「……骨夫さんはスナック感覚でポリポリいかれるんじゃないですかね」
「ひぃっ!」
ひとり助かる算段をしていた骨夫だが、ハミィの一言で涙目になった。
ほんとに、このアンデッドは……。
まぁ、こんな状況で軽口を叩ける彼女達の存在は、とても頼もしいとは思うけど。
そんな、アルト達の言うことに反応したわけでもないだろうが、イヴルを食い終えた『尾万虎』は、今度は私達に狙いを定めたようだ。
こうなれば、四の五の言ってる場合はない。こいつを放っておけば、世界が滅ぼされてしまうのだ。
逃げるという選択肢が無い以上、食うか食われるか……あ、いや別に私達は奴を食いたい訳じゃないけど、やるしかない!
「妾達が『千頭竜』を倒した時は、こちらの魔界の魔王と勇者の総出で迎撃した。ちと人数は足りんが、戦力的には見劣りしてはおらんぞ!」
つまり、私達なら勝てるとアルトは皆を鼓舞する。
気休めかもしれないけど、その言葉はありがたい!
「さぁ、やるか。行くぞ、エル!」
「はい、アルトさん!」
アルトに元気よくエル少年が答え、ハミィも静かに戦闘準備に入った!
「私達もいきますよ!」
「了解ですわ、エリ姉様!」
「虎殺しか……気分は水滸伝の武松だな」
「……先生は僕が守る!」
各々が気合いを入れ、私達のチームは『変身!』の掛け声と共に戦闘スーツに身を包んだ!
「ふぁいとー!」
「がんばえー!」
そんな私達に、攻撃に関して全くの戦力外である、ミリティアと骨夫が力の抜けるような声援をおくってくる!
……うん、まぁ悪気は無いんだろうけど、もうちょっと気合いの入った声援を送るとかさぁ……。
ちょっとばかり気の抜けた感じがしないでもなかったが、ともかくこちらのやる気を感じ取ったのか、『尾万年』は再び空を揺るがすような大声で咆哮を放つ!
それを開始の合図として、私達はいっせいに動き出した!




