10 ニーウ、変身
ニーウによる『交換』の能力で、奪われた『ギア』の代わりに私の手に残されていたのは……ディフォルメ化された彼女のイラストが印された、謎のステッカーだった。
なにこれ!?
「んふふ~、ニーウちゃんのファンアイテムと交換なんて、ついてるねぇ~。それって、ちょーレアだよ?」
知るか、そんなの!
って言うか、ニーウ視点の価値観で交換が可能っていうのが、滅茶苦茶すぎる!
向こうが差し出す物に価値アリと判断したら、こんなガラクタと私の『ギア』が取り換えられてしまうなんて!
本人にとっては宝でも、他人から見たらゴミって事はよくあるけれど、もうちょっと正当なレートを設定して欲しいものだわ!
「ふ~ん……これって、ダークエルフのお姉ちゃんのオモチャだよねぇ」
手の中で『ギア』と『バレット』を玩びながら、何か思い付いたように、ニヤリと笑う。
「たしか……こうだっけ?」
うろ覚えでニーウは、アルトから奪って成長した体に『ギア』を押し付けた。
すると、自動で飛び出したベルトが、彼女の細い腰に巻き付かれる!
って、まさか……!?
「へんしーん♥」
ニーウが『バレット』を起動させ、『ギア』に挿し込むと同時に、目映い光が彼女を包んだ!
「あ……ああ……」
閃光は一瞬で終わったが、魔法の眼鏡で光を遮りながらその光景を見ていた私の眼前には、思い付くかぎり最悪の展開が現実の物として佇んでいる。
すなわち、『戦乙女装束』を纏った、ニーウの姿が。
「あはっ♥やってみると、結構おもしろいね、コレ」
楽しげに微笑み、纏った『戦乙女装束』を確かめるように、体のあちこちを見回すニーウ。
くっ……ニーウがアルトと体のスタイルを交換していなければ、ぶかぶかの情けない姿になって、もて余していただろうに……!
私のスタイルに合わせてある、あのスーツを纏いながら動きに違和感が無いところを見ると、やはり私とアルトのボティラインは相当近いようだ。
「おい、エリクシア!奴の、あの姿はなんだ!?」
ハミィに抱え込まれたロリアルトが、慌てて私に詰め寄ってくる。
その姿はどちらかと言えばとても可愛らしく、危うく和んでしまいそうになった。
ふぅ、デューナがこの場にいなくて良かったわ……。
ともかく、私は『戦乙女装束』について、簡単ながらアルトとハミィに説明を施した。
「なんと……全身ミスリル製の、戦闘スーツじゃと!?」
「魔法の類いが通用しないとは……随分と厄介ですね」
さすが魔法に長けたアルト達は、『戦乙女装束』の脅威をすぐ理解したようだ。
「ですが、なぜダークエルフである貴女が、あんな格闘戦用とも思える装備を?」
「うむ、そこは妾も気になるな」
ん……まぁ、普通ならそう思うか。
そもそも、エルフは魔力の高さだけなら、魔族よりも上な種族だもんね。
「私は、生まれてからすぐ一人でしたからね……生き抜くために、魔法よりも体を鍛える必要があったからです」
「むう……なにやら複雑そうだな」
何かを色々と察したのか、アルトもハミィもそれ以上は掘り下げて来なかった。
面倒な説明が省けて、私も助かる。
「……そろそろ、打ち合わせは終わった~?」
こちらの会話が途切れたタイミングで、ニーウが口を挟んできた。
話の切れ目を待っていたなら、あんがい律儀な奴だな。
「ニーウちゃんのぱーふぇくとぼでぃとか、ニーウちゃんのファンアイテムに比べると、無駄肉な体につまんないアイテムだけど……自分の力でやられるんだから、いい顔見せてよね♥」
遊び気分でいたぶれる、獲物を見つけた猫のように、ニーウは愉快そうに小さく笑う。と、同時に放たれた矢のごとく、私達に向かって突っ込んできた!
狙いは……ロリアルト!
魔法使いであり、一撃で殺られそうな彼女を狙うのは、ある意味、定石かっ!
しかし、それゆえに狙いを読んでいたハミィが、アルトとの間に入ってハミィと正面からぶつかった!
「せやっ!」
「きゃはっ♥」
硬質化させた両手の手刀で、激しく斬りかかるハミィ!
なんか、ヴェルチェに似てるな。
それに対し、弾幕のような恐ろしいまでの手数で押していくニーウ!
ロリ体型の時とは違い、成長した彼女の攻撃はリーチも威力も上昇している!
斬撃と打撃が嵐のごとく荒れ狂い、大きくぶつかり合った二人の間合いがわずかに開いた!
その一瞬の間に、ニーウは素手の間合いの外から、エネルギーの塊をハミィに向けて放つ!
魔法ではない(『戦乙女装束』を装着してると、魔法は撃てないしね)、おそらく闘気の塊で出来た弾だ。
だが、それを待っていたと言わんばかりに、ハミィは笑いうと能力を発動させた!
「『暴食』!」
そう言い放った彼女に、まるで吸い込まれるようにニーウの闘気弾は消滅する!
い、いったい何をしたんだ!?
私だけでなく、ギョッとしたニーウに向かって、アルトの高笑いの声が響いた!
「フハハハ、さすがは元『七輝竜』の肉体よな!」
「へのつっぱりはいらんですよ!」
「言葉の意味はよくわからんが、とにかくハミィはあらゆる非物理的な攻撃を、吸収することができるのだ!」
すごいな、それ!
しかし……『七輝竜』?もしや、ハミィは人の姿になった竜なのだろうか?
いや、それにしては戦い方が、剣士のソレっぽいし……?
どうやら、あのハミィにも何らかの事情はあるようだ。なんなら、後で聞いてみよう。
「ふ~ん……ニーウちゃんの攻撃を食べちゃうなんて、びっくりだよぉ」
仮面の下で表情はわからないが、感心したとも呆れたとも取れる声色で、ニーウは呟く。
「そういう事です!あーしには、魔法や飛び道具は通用しませんよ!」
「へぇ……でも、気を付けないと、お腹壊すよぉ?」
おそらく、小悪魔的な微笑みを浮かべたであろうニーウがそう言った瞬間、突然ハミィは吐血してガクリと膝をついた!
「なっ!」
「ハ、ハミィ!?」
驚愕する、ハミィとアルト!
そんな二人を見て、ニーウはケラケラと笑い声を響かせた。
「ばっかねぇ♥竜だかなんだか知らないけど、地上の虫ケラが神の加護を受けたニーウちゃんの闘気弾を吸収して、ただですむわけないじゃない♥」
ただの闘気ではなく、ルアンタが身に付けた神のオーラに近いという事か。
確かに、そんな物を吸収すれば、ただではすまなさそうだ。
「ザーコ♥ザーコ♥」と囃し立てるニーウに対し、ハミィは「お腹いたい……」と踞ったままだ。
だが、そんな彼女を救うべく、ニーウに向けて魔法を放つ者がいる!
言わずと知れた、ロリアルトだ!
「はあぁぁっ!」
無詠唱で放たれる彼女の魔法は、私が使う攻撃魔法の威力と遜色がない。
それだけ、彼女の方が魔法の使い方が上手いという事なんだろう。
むぅ、ちょっとくやしい!
しかし、様々な属性の魔法をニーウに食らわせながらも、ミスリルの戦闘スーツに包まれた彼女にダメージを与える事はできなかった!
「ああ、もう!なんと、厄介な物を作るのかっ!」
アルトが悪態をつく気持ちもわかる。いままで、私が相手をしてきた連中も、同じことを思っていたんだろうな……。
「おのれ、こうなれば……」
苛立たし気に呟いたアルトの周囲に、四種類の魔法が形を成そうとしていくのが感じられた……って、それはヤバい!
たぶん、彼女は属性の違う極大級の魔法を同時に放って、そのぶつかり合いから生じる破壊力をもって『戦乙女装束』ごとニーウを吹っ飛ばすつもりだ!
「落ち着きなさい、アルトさん!」
「にゃははははっ!」
即座にアルトの背後に回った私は、彼女の脇の下に手を差し入れて、こちょこちょとくすぐる!
笑いによって詠唱が中断され、展開していた魔法も霧散してしまった。
「な、何をするかぁ!」
「だから、落ち着いてください。この辺一帯を、消滅させるつもりですか!」
今のアルトの魔法が完成していたら、ニーウはもちろん、私達まで余波に巻き込まれていてもおかしくない。
いや、彼女ほどの魔法使いなら、何らかの手は持っていたかもな……しかし、確実に『戦乙女装束』は破壊されていたと思う。
いかにミスリルとはいえ、物理的に発生する破壊力の前にはどうしようもないからな。
「ならば、どうするつもりか?」
「……私が止めます!」
そんな私の一言を聞いて、ニーウが突然ふき出した!
「プーッ♥装備も無いお姉ちゃんに、何ができるっていうのよぉ♥」
彼女が、嘲るのもわかる。
向こうは大人ボティで攻撃も防御もバッチリ、なのにこちらは素手だ。
しかし、『エリクシア流魔闘術』を舐めてもらっては困る!
私は魔力を練りあげ、体内に循環させて、身体能力を向上させた!
そうして、クイクイとニーウに向かって手招きをして見せる。
「……さぁ、かかって来なさい、ニーウ。子供の貴女に、大人げない大人の実力をわからせてあげましょう」




