10 アイツが、あいつだったとは
「オラァ!!」
獣のような咆哮と共に、デューナの剣撃が襲いかかってくる!
しかし、『戦乙女装束』を纏った私は避ける一方だった変身前と違い、その一撃一撃を受け止め、弾き、叩き落としていく!
それと同時に、体勢を崩したデューナへと確実に反撃を打ち込んでいった!
暴風のようなデューナの攻めと、稲妻のような私の反撃は、火花を散らせながら繰り返される!
スーツのお陰で、攻撃の際の反動をほとんど受けなくなった私は、百パーセントの力で打撃を打つ事ができ、多彩なカウンターでジワジワとデューナの体力を削っていく。……削っているはずなんだけど。
「フハハハッ!もっとだ、もっと楽しもうよぉ!」
戦闘狂に相応しい、狂気を帯びた笑顔のまま、デューナはまったく引こうとしなかった。
どれだけ殴っても殴っても、オーガの持つ回復力さえ強化されているのか、衰える様子がさっぱり見えない。
ええい、なんて厄介な!
こうなれば、チマチマ反撃するより、必殺の一撃で行動不能に陥れるしかない!
私は、スーツにも装着されている収納魔法ポケットから、もう一本『バレット』を取り出し、スイッチを押した!
『爆発』
音声が鳴り、準備ができたそれを、もうひとつの空いている挿し込み口へと装填する!
そんな私のアクションに、デューナの瞳にわずかな警戒の色が見えた。
おそらく、『バレット』を使えば詠唱無しのノータイムで魔法が使用できるのと、『爆発』の音声で強力な魔法が発動する事を悟ったのだろう。
しかし、デューナはさらに距離を詰めてきた!
「こんだけ近けりゃ、魔法は使えないだろうが!」
そう、威力の強い大規模な魔法であればあるほど、自分が巻き込まれないために、ある程度の距離を置く必要がある。
百戦錬磨のデューナは、それを知っているからこそ、私との距離を詰めてきたのだろう。
しかし、それが命取りだ!
私はデューナの斬撃を弾き返し、打撃を放つためのわずかな距離を確保する。
そして、『ギア』を起動した!
『バレット』から『ギア』に注がれた魔力が、光のラインとなって私の右の手甲へと流れてくる!
その魔力の乗った右拳を、眼前のデューナ目掛けて叩き込んだ!
「爆発する我が拳!」
必殺技の名を叫ぶのと同時に、デューナに打ち込まれた私の拳から、巨大な爆発が巻き起こった!
耳をつんざく爆発音の中、確実な手応えと、オーガの超戦士が悲鳴をあげるのを聞く!
……もうもうと沸き上がった爆煙が晴れた時、焦げて倒れるデューナと、無傷で立ち尽くす私の姿が現れ、回りから歓声が上がった!
私がルアンタに手を振って答えていると、足元で倒れているデューナが、呻くようにか細く声を漏らした。
「な……んで、アン……タは……」
平気なんだ?と聞きたいのだろうが、まだ意識があるなんて……本当にタフだなぁ。
「『ギア』を経由した魔法は、私の手甲や脚甲へと収束されて、打撃と共に撃ち出す事ができます。そのため、魔法に一定の指向性を持たせる事ができ、威力を上げつつ、反動を抑える事ができるのですよ」
ついでに言えば、『戦乙女装束』に編み込まれたミスリル糸が、スーツ表面で魔法を弾くので、私の体への影響やダメージはほとんど無いのである。
異世界の知識と発想、引きこもり気味だった前世から研鑽した技術、そして冒険者からぶん盗った素材をもって作られた、『戦乙女装束』は伊達ではないのだ!
「訳が……わからん……」
そう言い残して、今度こそオーガの女王は意識を失う。
それを確認して、私も『ギア』を腰から外して変身……武装を解除した。
◆
「…………ん」
「あ!先生、デューナさんが目を覚ましました!」
ルアンタの声にそちらを向けば、傷ひとつ無いデューナが上体を起こす所だった。
決着がついた後、興奮するルアンタやオーガ達を宥めて、彼女に聞きたい事があった私は、デューナを回復させようとした。
だが、考えようによってはちょうど良い機会。なので、ルアンタに回復魔法で彼女を治すよう促したのである。
ルアンタも焦げたデューナを心配していたし、回復魔法の訓練にもなるから一石二鳥というものだろう。
「アタシは……いったい?」
「ルアンタの回復魔法の、練習台にさせてもらいましたよ」
「痛む所は無いですか?」
「ああ……すっかり、全快したみたいだよ」
尋ねるルアンタに笑顔を向けて、お礼を言いながらデューナは彼の頭を撫でる。
「おかしらぁ!無事で良かったあぁ!」
「おいおい、あんだいアンタら!」
意識を取り戻したデューナに気付いたハイ・オーガ達も、彼女の回りに集まってきた。
やはり、人望はあるみたいだなぁ。
「彼らにも、礼を言うといいですよ。何せ、貴女の命乞いを必死にやってくれたのですから」
「何?オマエら……」
少し感激した風なデューナに、オーガ達は「エヘヘ……」と、照れ笑いをして見せる。
決して可愛くはない(むしろ怖い)が、私とルアンタのように、彼等の絆の深さが感じられる光景だ。
「へへっ……だって、おかしらのバキバキに割れた腹筋が失われるなんて、世界の損失じゃないですか」
「そうっすよ!俺だっておかしらの、でっかいおっぱいに顔を埋めるまで、死なせる訳にはいかんですって!」
「俺は、おかしらのぶっとい太ももに挟まれたい」
どいつもこいつも、私欲かよ!
しかも全員が澄んだ瞳で、心の底から言っているからタチが悪い。
「よーし!お前ら全員、張っ倒す」
言うが早いか、デューナは手近なオーガにビンタをかます!
「ありがとうございます!」
そして張られたオーガは、なぜかお礼を言いながら床に転がった。
「つ、次は俺で!」
「ばか野郎、順番は守れ!」
並ぶな、並ぶな!
行列を作ってデューナのビンタ待ちをするオーガに、私は内心でツッコまざるを得ない。
「……これも、オーガ特有の文化なんでしょうか?」
目の前の狂った宴に困惑するルアンタが、ポツリと呟いた。
うん、君のような純粋な子と、変態達では文化が違うのよ。
「目の毒ですから、終わるまであっちに行っていましょう」
「はい……」
背後から響くビンタの音と、オーガ達の悶える声を尻目に、私はルアンタを連れてしばらく外で過ごす事にした。
◆
「……そろそろ、ボンバイエ祭りは終わりましたか?」
「勝手に変な名称を、付けるんじゃないよ」
異世界で、とある格闘家がビンタをすると回りが喜ぶ現象があるという、故事に因んだ名称だったけれど、彼女は気に入らなかったようだ。
それはさておき、砦の中に戻った私達の視界に入ったのは、デューナの手形を頬に付け、恍惚とした表情で倒れているオーガ達の姿だった。
マジもんだな、こいつらは。
「まぁ、他人の性癖にとやかく言うのはやめておきましょう。それより、改めて聞きたい事があります」
「あん?」
「貴女と戦う前にチラリと聞いた、異なる世界の知識を持つ者について、です」
「あー、確かにそんな事、言ったね。でも、そんなに熱心に聞く事かい?」
「ええ、私に大変興味深い話です」
「ふうん……」
変わり者を見るような目で私を見ながら、デューナはふぅ……と、ため息をひとつ吐いた。
「まぁ、信じられるかは知らないが、聞きたいなら聞かせてあげるよ」
なんだか含みを持たせるような事を言いながら、デューナは私を別室へ誘う。
この場で話さない……という事は、ひょっとすると聞かれてはマズい話なのだろうか?
私はひとまず、ルアンタにオーガ達へ回復魔法をかけて、練習しておきなさいと指示を出し、デューナの後に着いて別室へと移動した。
「まぁ、座んな」
そう言って、デューナが椅子を勧める。
ここは、おそらく彼女の寝室なのだろう。
オーガが寝転がっても十分な余裕がある巨大ベッドに、飾り気の無い頑丈そうなテーブルの上には飲みかけの酒瓶、それに椅子が数脚あるだけといった、非常にシンプルな部屋だ。
私は彼女の勧めに従って、テーブルを挟んだ対面の椅子に腰を降ろした。
「さーて、どっから話したものか……」
喉を潤すためか、強そうな酒をコップに注ぎながら、デューナは思案している。
「その人物について、知っている事を話してもらえば結構です。何か気になる事があれば、こちらから質問しますので」
説明が苦手そうな彼女にそう促すと、私へも酒の入ったコップを渡しながら、デューナは語り始めた。
「ここと違う世界に、強い興味を抱いていた奴……それは、かつて魔界を統一していた魔王の次男で、オルブルっていう奴だ」
「ブフウッ!!!!」
「うわっ、汚ないねぇ!」
唐突にデューナの口から飛び出した前世の私の名に、口に含んだ酒が飛び出す!
な、なんで彼女が、その名を知ってるんだ!?
前世で会った記憶は、ないんだが!?
「す、すみません。と、ところで、そのオルブルさん……とは、どういうお知り合いですか?」
少し咳き込みながらも口元を拭き、デューナに問いかける。
「知り合いっていうか……まぁ、殺し合った間柄かな?」
こ、殺し合った?
ますます分からない……自慢ではないが、私は前世で荒事はおろか、公務以外で人と会う事は極端に少なかったのだ。
デューナのようなハイ・オーガと会っていれば、忘れられるハズがない。
「ず、随分と物騒な知り合いみたいですが、なぜそんな事に?」
「あー……うん……」
ここで、彼女はちょっと腕組みして天井を仰いだ。
なんだろう、話づらい事なのかな?
「まぁ、どうせ信じないだろうけど、アタシは前世ってやつで、そいつの兄貴だったのさ」
「ブブフウッ!!!!!!」
「だから、汚ねえっての!」
デューナからの予想外の答えに、再び私は噴き出した!
ぜ、前世で私の兄貴!?という事は……。
「ま、まさか貴女、ボウンズールなんですかっ!?」
「っ!? な、なんでそれを!?」
私の問いに、デューナはギョッとした顔になった!
ま、まさか本当にそうなのか?
いったい、何がどうなっているんだ……。




