06 白と黒の必殺技
『ええい、貴様らの茶番に付き合ってられるか!』
憤慨したニルコンが、召喚された海性モンスター達に命令を下しました。
『行け!神に歯向かうおろかな虫けらどもに、鉄槌を下してやるのだ!』
悠々と空中を泳ぐ、巨大なサメやタコのモンスターが、ワタクシ達に殺到します!
ですが……!
「魔界剣・袈裟乃三枚颪!」
『姫を模したる踊り子人形』に乗り込んだワタクシが放つ、巨大双剣の剣舞に魅いられたサメ型モンスターが、綺麗な切り身にされていきます!
フフッ、魔界流剣技も料理スキルとして、活かせるかもしれませんわね!
しかし、バラバラになったサメの血の臭いに興奮したのか、他の同型モンスター達がさらなる勢いで、ワタクシに向かって襲いかかって来ました!
「上等ですわ!いくらでも、さばいて差し上げてよ!」
剣風と血煙が嵐のように吹き荒れ、ワタクシのゴーレムの舞いに華を添えます!
ですが、そんな美しくも凄惨な舞台に、背後から忍び寄る影がありました!
「きゃあっ!」
突然、地面から伸びた吸盤のついた触手が、ワタクシの『姫を模したる踊り子』に何本も絡み付きます!
いったい、何処から……伸びた触手の大元、その辺りの地面を注視すると、まるではじめからそうだったかのように、大地そっくりの擬態を施した巨大なタコ型モンスターが、感情の無い瞳でこちらを見ていました。
くっ、こういった無機質で思考の読めないタイプのモンスターは、不気味で苦手ですわ!
さらにタコ型モンスターは力を込め、ワタクシを縛る触手をいやらしく絡ませてきます!
ゴーレムとはいえ、ワタクシを模した肢体の胸に、そして太ももに、脇を経由して腕にと、全身を舐め回すような、その動き。
まるで、女体を味わい尽くさんとばかりに、執拗に責める捕獲の仕方には、奇妙な執念すら感じますわ!
「くっ……やめなさい……離れなさいぃ……」
なんとか引き剥がそうとしますが、剣の間合いの内側、しかも多方向から束縛に、徐々に動きが封じられていきます。
「あっ……んんっ!くふぅ……」
「くそっ!無機物のクセに、妙な色気を出しやがって!これを見たお子様の性癖が歪んだらどうするつもりだ!」
「むぅ……あのタコ、いい仕事をするのぅ」
骨夫とミリティアさんが、ワタクシの攻防を見ながら好き勝手な事を言います。
やられてる本人は、すごく嫌なのですけれどっ!
などと、必死でタコの触手から逃れようとしていると……。
「ムッハー!」
軽やかに飛来したシンヤさんが、謎の気合いと共に直立不動の姿勢で腕組をしながら、タコの頭を踏みつけます!
普通ならダメージにすらならない、人間ごときの踏みつけ!
しかし、『奈落装束』により超重量を獲得している彼の一撃は、タコの巨体が潰れ、地面にめり込む程の威力を見せました!
さらにそこから踏みつけの反動を利用し、重さを感じさせない浮遊感で飛び上がると、唐突に反転しながら鋭い手刀をタコ型モンスターの急所に突き立てました!
まさに悪魔のような追撃ですわ!
お陰様で、ダラリと力を失った触手をゴーレムかろ引き剥がせたワタクシは、シンヤさんに向けて親指を立てて見せました。
それに応えた彼と共に、再びワタクシ達はニルコンと対峙します。
『ふん……我が眷族達をこうも易々と破るとは、虫けらも進化したと認めざるを得んな』
あら……意外にも、素直に認めますのね。
『だからこそ、ワシが自ら手をくだしてやろう……光栄に思うがいい』
そうニルコンが言ったと同時に、奴の体から蒸気のような物が噴き出しました!
それはみるみる内に濃い霧となり、奴はおろかワタクシ達も包み込んでしまいます!
「ヴェルチェ、ミリティア!お前ら、大丈夫か!?」
「ワシらは大丈夫じゃ!」
「俺の事も心配してぇ!」
一メートル先も見えない中、シンヤさんの声にミリティアさんと骨夫が答えました。
「ええ、ワタクシは……きゃあっ!」
大丈夫と答えようとした瞬間、突然、霧の中から襲いかかってきたニルコンの鋭い爪が、『姫を模したる踊り子人形』を抉ります!
ゴ、ゴーレムだったからよろしかったものの、生身で食らっていたら腕の一本も、持っていかれたかもしれませんわ!
ゾワリ……と、背筋に冷たい物を感じながら、ワタクシは周囲を警戒しました!
「うおっ!」
すると、右手の方からシンヤさんの声が響きます!
おそらく、奴に襲撃されましたのね!
こちらは、ほぼ視界を封じられる程の濃霧。その中を、あんな巨体で音もなく、泳ぐように自在に移動するニルコン。
ここは、奴の作った狩り場という訳ですのね……でしたら、受けに回れば不利ですわ。
しかし、打つ手が見当たらず、何度か奴の攻撃を受けてしまいます!
辛うじて大きな損傷は避けているものの、これではじり貧ですわ!
「ヴェルチェ、今から俺が奴を止める!そうしたらお前は、この霧を吹き飛ばしてくれ!」
え!? 何か手がありますの!?
そんな疑問が浮かびましたが、ここは彼を信じるしかありません。
ワタクシは二刀の大剣を構えて、シンヤさんの言うニルコンの足止めを待ちました。
やけに長く感じる、ほんの数秒間……その静寂の中に、『ぐおっ!』というニルコンの驚愕の声と、地面に落ちる重い音が響きました!
今ですわ!
「はあぁぁぁぁっ!」
ワタクシは両手の剣を羽に見立て、その場で回転を始めます!
それによって吹き荒れる風が、立ち込める濃霧をどんどん払っていきました!
やがて、視界がハッキリしますと、そこにはさらにトゲトゲしいシルエットになったシンヤさんと、彼の足元から延びる影の植物に絡まれて、片膝をつくニルコンの姿がありました!
『な、なんだ……これはぁ!』
「『奈落装束・闇の生命樹』……俺の影に捕まったら、もう身動きはとれないと思え」
そうですわ、確かシンヤさんから延びるあの影に捕らわれると、凄まじい重量が犠牲者にのし掛かるんでしたわね。
さすがの破壊神の使徒でも、そんな状態になるのは初めてらしく、かなり動揺していました。
『ぬ……ぬうぅぅ!』
ですが、ニルコンは苦しげに呻きながらも、影の束縛から逃れようと立ち上がろうとします!
「おっと、お前はそこを動くな!」
シンヤさんは、広範囲に伸ばしていた影の植物を集め、ニルコンへ集中させました。
それにより、さらに重量を増したニルコンは、完全に身動きを封じられます。
『おごごご……』
口の端から泡を吹きながらも、破壊神の使徒の目は血走り、視線だけで呪い殺そうとせんばかりに、ワタクシ達を睨み付けていました。
この執念、マジで恐いですわ!
「ヴェルチェ!止めを刺すぞ!」
「心得ましたわ!」
こんなにも危険な相手に、油断は大敵!
このまま一気に決めますわ!
「ハッ!」
『姫を模したる踊り子人形』の肩にシンヤさんが乗るのと同時に、スカート部位から放出したワタクシの魔力を推進材として、ゴーレムは上空目指して飛び上がります!
「ジオ○グみてぇだな……」
肩の上で謎の呟きを漏らすシンヤさんはさておき、一瞬でワタクシ達は地上五十メートルほど上空に到達しました!
「いくぜ!」
シンヤさんが肩から飛び降り、ワタクシもそれを追うように急下降します!
「超重量隕石蹴り!」
「綺羅星☆超衝撃脚!」
エリ姉様や、ルアンタ様に感化されて編み出した、ワタクシ達の必殺技!
とくと味わいやがれ!ですわ!
『お、おのれえぇぇぇぇ!!!!』
超重量のシンヤさんと、ゴーレムの巨体を活かした逃げ場のないワタクシの一撃!
無念の雄叫びをあげるニルコンに、その二つがまともに直撃しました!
極大級の爆発魔法が何個も同時に爆発したような衝撃が、音を置き去りにして広がります!
続いて、響く轟音と共に大地が揺れ、凄まじい土煙が巻き起こりました!
……そうして、それらが収まった頃。
爆心地のど真ん中、クレーターのように抉られた着弾地点で、ボロボロになったスーツのシンヤさんと、同じくボロボロになったゴーレムのワタクシが半分土に埋まりながら、小さくため息を吐きました。
「……次からは、必殺技は個々でやった方がいいな」
「……同感ですわ」
ノリと勢いでやってはみましたが、その度に半壊して行動不能では、締まりませんものね……。
「おおい!お主ら、大丈夫か!?」
クレーターの縁に駆けつけた、ミリティアさんと骨夫が声をかけてきます。
「あ、あの~……破壊神の使徒は、どうなりましたかね?」
若干、怯えた様子で、骨夫が恐る恐る尋ねてきました。
ん~、どうなったかと言えば……跡形もありませんわね。
「フハハハ!見たか、破壊の使徒め!これが、我々の力だ!」
「あ、貴方は何もしてないでしょうに!」
ちゃっかり自分の手柄にしようとする骨夫に、思わずツッコんでしまいましたわ!
「まったく、調子のいいアンデッドだな……」
苦笑いを浮かべ、シンヤさんは埋まった所から立ち上がります。
ワタクシも、『姫を模したる踊り子人形』の操縦席から降り、地上に着地しました。
「ま、これからしっかりと働いてもらおうじゃねぇか」
「そうですわね……彼の転移魔法で、ルアンタ様やエリ姉様達と合流いたしましょう」
待っていてくださいまし、お二人とも。すぐに助けに参りますわ!
そして、報酬は三人で一緒に……。
めくるめく夜の情事を夢想しつつ、にやけそうな顔を抑えて、ワタクシ達は骨夫に転移魔法を使うように、要請したしました。




