05 不死者との和解
「第十二使徒・ニルコンねぇ……」
何か思い当たる所があるのか、骨夫が挑発的な笑みを口元に浮かべながら、ポツリと呟きます。
それを聞き付けた、ニルコンも興味をそそられたようで、彼に問いかけました。
「なんだ、アンデッド?ワシを知っているのか?」
「んん~、いやまったく。ただ、最下位に位置するような奴が、我々の相手になるのかと思ってな」
わざとらしく、骨夫は肩をすくめます。
ただ、ワタクシ達の後ろで隠れてやるのでなければ、もう少し様になったでしょうに……。
「ガハハ、貴様らもそんな勘違いをする輩か」
小物扱いされたにも拘わらず、ニルコンは豪快に笑い飛ばします。
その反応から察するに……彼は、序列の一番下と言うことではないのかしら?
「使徒の序列は、単にイコ・サイフレーム様に帰依した順番に過ぎぬ。最後の信徒がワシと言うだけで、強さは関係がないぞ?」
なるほど、それならば骨夫の言った事は的はずれでしたわね。
当の本人も、「やだ、恥ずかしい……」などと顔を両手で隠して踞っていますわ。
「……それでも、一番下や最後って立ち位置は、プライドの高い連中にとってみれば、触れられたくない所だろうよ。そこを見下してる奴等に指摘されて、笑って返せるあたり、大した度量だ」
「ふふん、おっさんになると、割りと寛大になるものよ」
むむ……昨今、器量の小さなおっさんが多い中で、なかなかのデキる中年スタイルですわね。
同じおっさんとして、シンヤさんも少し感心しているようですわ。
「むしろ、貴様らこそあっさり死んでくれるなよ?」
「なに?」
「どうやらお前らの主力は、ニーウやラサンスが連れて行った連中のようだからな……雑魚ばかりとはいえ、怯えられてばかりでは、張り合いがないだろう?」
あ、少しカチンと来ましたわ。
エリ姉様やルアンタ様の強さは認めますが、ワタクシ達を雑魚扱いとは見る目がないのではなくて?
「面白れぇ……骨の髄まで叩き込んで、わからせてやろうじゃねぇか」
シンヤさんも少々、頭に来ているようで、ひきつったような笑みでニルコンを睨み付けています。
おっさんには、おっさんをぶつけるのが定石かも知れませんが、ここはワタクシのフレッシュな力も見せつけて差し上げますわ!
「お、おい……あんたら、大丈夫なのか?」
先程の挑発とは一転、何やら不安そうに骨夫が尋ねてきます。
「なぁに、普段はワシのマスター殿にいい所を持っていかれぎみじゃが、こやつらも十分に強い。黙ってみておれ」
ミリティアさんがそんな事を言いながら、骨夫の背中をバンバンと叩きました。
さすがに、わかっておりますわね。
「ええ~、ロリに言われてもなぁ……」
不服ぎみに呟く骨夫に、「ロリの何が悪いか!」とミリティアさんが蹴りを入れると、キャイン!と鳴いて骨夫は引き下がりました。
ううん……ほんと、どういうアンデッドなんでしょうか、彼は。
「いいから、ミリティアと一緒に下がって見てな。いくぜ、ヴェルチェ!」
「ええ、よろしくてよ!」
シンヤさんに答え、ワタクシ達は構えを取りました。と同時に、腰のあたりにベルトのような物が浮かび上がります!
『変身!!』
ワタクシとシンヤさんの声が重なり、ベルトから噴き上がった魔力が体を包みました!
漆黒と純白、二つの輝きが周囲を照らし、事情を知らぬ方々が小さく声を漏らします。
やがて光が収まった時……黒と白の戦闘スーツを纏ったワタクシ達は、ビシッ!と決めポーズを取りました!
「黒き愛の戦士、シンヤ『奈落装束』!」
「白き愛の乙女、ヴェルチェ『美姫装束』!」
『二人は、なんとか!!』
「なんとかってなんだよ!?」
勢いで名乗ったワタクシ達に、後ろから骨夫のツッコミが入ります。
そのツッコミはごもっともですが、ちょうどよいプリティでキュアキュアな単語が思い付かなかったのだから、仕方がありませんわ!
「ふん、白だの黒だの……確かに珍しい鎧だが、それがどうしたと言うのだ!」
『変身』したワタクシ達を前に、まったく怯んだ様子もなくニルコンは吠え、さらに臆する事なく突進してきます!
「砕けろぉ!」
巨体を活かし、ハンマーのような拳を振るうニルコン!
その一撃が、まともにシンヤさんの顔面に叩き込まれました!
「フッ…………ん?」
しかし、クリーンヒットしたにも関わらず違和感を感じたのか、ニルコンが眉を潜めます。
「……随分と軽いパンチだなぁ」
おそらく、仮面の下でニヤリとしながら、シンヤさんは平然とニルコンの手首を掴み、お返しとばかりに奴の腹部を殴りつけましたわ!
「ぬっ……グハハッ!」
ですが、一瞬顔を歪めたもののニルコンはすぐに破顔して、再び殴りつけます!
「っ!野郎っ!」
受けてたったシンヤさんと、ニルコンは激しい殴り合が始まりました!
……って、これではワタクシが入る余地がありませんわ!
いくら『美姫装束』に身を包んでいようとも、まるで分厚い布で包んだ硬い金属をぶつけ合うような、激しく鈍い音が響く殴り合いに、ワタクシのような華奢な乙女が割り込むなんて……。
ですが、このまま骨夫から「それで君は、派手に変身しといてなにしてんの?」といった目で見られるのも、面白くありませんわね。
そんな事を思い、なんとか付け入る隙をうかがっていると、共にいい打撃が入った二人の距離が開きました。
「グハハハハ、やりよるわ!」
「お前もなぁ!……っていうか、そろそろ本気で来いや!」
「!?」
シンヤさんの言葉に、笑っていたニルコンの表情が真顔に戻ります!
「お前ら、破壊神の使徒は各々が特殊能力を持ってるんだろう?殴り合いだけが、芸じゃないはずだぜ!」
「……ククク、そうか知っていたか。ならば、隠す必要はもうないな」
そう言いながら、ニルコンの姿が徐々に変貌していきます。
全身が緑色に変化し、鱗のような模様が浮かび上がったかと思えば、指の間に膜が張ってぬらぬらとした体液が染みてきました。
半魚人……それがニルコンの正体!?
『グフフ、この姿を見たからには、生きて帰れると思うなよ』
「ハッ!なかなかの、キモい正体じゃねぇか!生魚が、元日本人に勝てると思うなよ!」
言葉の意味はわかりませんが、とにかくすごい自信ですわ!
そこから再び殴り合いになるかと思いきや、ニルコンは後方に跳んで、大きく距離を開けました!
『もはや、ワシ自らが手を下すまでもない。貴様らは、ワシの眷族の餌となれ!』
そう言った奴の周囲に、魔法円のような物が展開され、そこから巨大なサメやタコ等が次々と召喚されます!
しかも地上だと言うのに、水中にいるように宙を泳ぐなんて、反則ではありませんの!?
さすがのシンヤさんも、多勢に無勢では分が悪い様子……ですが、ここからがワタクシの舞台ですわ!
「加勢いたしますわよ、シンヤさん!」
彼の背後に回り込んだサメの一匹を斬り伏せつつ、ワタクシはシンヤさんと背中合わせになって、高らかにコールいたします!
「綺羅星号、トランスフォーム!」
そのコールに反応し、トラック型ゴーレムの『綺羅星号』が、人型のゴーレム『姫を模したる踊り子人形・Ⅱ型』へと変型を遂げました!
「ゲェーッ、カッコイイ!?」
ワタクシの技術の集大成を目の当たりにした骨夫が、驚愕と感嘆の叫びをあげます!
まぁ、気持ちはよくわかりますわ。
「な、なんという素晴らしいデザイン……。武骨なゴーレムに柔らかな乙女の外観を成す事で、逆に可憐な少女に内包する力強さを現している!これはまさに、芸術と言っても過言ではない……」
よろしくてよ、よろしくてよ!
べた褒めする骨夫の称賛に、ワタクシはディモールト(非常に)気分がよろしくなりましたわ!
「オホホホ、ワタクシがモデルの『姫を模したる踊り子人形』、お気に召したようですわね」
「なにっ!? アンタがモデルなのかっ?」
「その通りですわ!」
「金返せ、この詐欺師がっ!」
「なっ!?」
何をおっしゃいますの、この骸骨はっ!
「お前みたいなペタン娘じゃ、このゴーレムのたわわな胸部と似ても似つかねぇじゃねーか!全世界数百万の、『低身長巨乳派』を愚弄しやがって!」
そんなのが、そんなにいますの!?
「そ、そこは将来的にそうなるであろうという、未来志向な設計によるものですわ!」
「お前、もう成人ドワーフじゃねーか!いつまでも夢みたいな事を言ってるんじゃないよ!」
「貴方に言われたくありませんわ!貴方に言われたくありませんわっ!」
「お主らいい加減にせんか!」
ワタクシと骨夫が言い争っていると、突然ミリティアさんが大声で吠えました!
そのロリな外見に似つかわしくない迫力に、思わずワタクシ達も言葉を詰まらせてしまいましたわ。
「慎ましくてもいい、たわわでもいい……胸に貴賤はないじゃろうが。最終的に男を落とせれば、その時点で勝ちじゃよ」
慈愛に満ちた微笑みを浮かべながら、サキュバスの大長老はワタクシを諭します。
ああ……確かにそうですわ。
要は愛する殿方が受け入れてくだされば、それでいいことですもの。
他人(特に骨夫)になんと言われようとも、ワタクシは自信をもって胸を張ればいいのですわ!
「胸に貴賤無し、か。いい言葉じゃないか」
少し感銘を受けたように、骨夫が鼻をすすります。
そうして、ワタクシに向かって手を差し出して来ました。
「すまなかった、アンタもあのゴーレムも、考えようによっては一粒で二度おいしいもんな」
「フン……わかればよろしいのですわ」
口でキツめに当たりつつ、ワタクシも笑みを浮かべて彼と握手を交わします。
その光景を、うんうんと頷きながら、ミリティアさんが微笑ましく見守っていました。
『……お前ら、さっきから何をしてるんだ?』
「……一応、戦闘中だぞ?」
仲直りしたワタクシ達を、呆れた様子で眺めるシンヤさんとニルコンが、息もぴったりに困惑したような声を漏らします。
も、申し訳ありません、ですわ……。




