09 少年の矜持
『グッ……グオォォォォッ!』
私の幻術に囲まれて、苦しげな声を上げるゴッドーラ!
……効いてはいるようだが、なんだかルアンタが私に密着してるのを嫌がってるみたいで、なんかやだな。
「おいおい、大丈夫かい?アタシも交ざった方がいいのかねぇ?」
「これ以上、大きい方を増やしても仕方ありませんわ!交ざるなら、ワタクシのような慎ましやかな胸の方が、効果的だと思いますわよ!」
デューナとヴェルチェが、『ルアンタ揉みくちゃ祭り』に参加しようとするが、もう十分だっつーの!
「ほらほら、貴女達は下がっていなさい」
「んだよ、独り占めすんなよな!」
「そうですわ!ルアンタ様へのセクハラは、均等にすべきですわ!」
「わかってて、セクハラしようとするんじゃありません!」
全く、私本人だって幻術がやっているのを、見ているしかないというのに!
『グウゥゥ……』
むっ!?
ルアンタを包む金色のオーラが、集束してきてるような?
なんだか、爆発魔法とかに見られる、魔力集束に似ている気がするけど……気のせいだよね?
んんっ、不吉な予感はするけど、頑張れルアンタ!
◆◆◆
『お、おのれぇ!さっさと引っ込め、小僧ぉ!』
「誰が引っ込むか!お前こそ、僕の体から出ていけ!」
僕とゴッドーラは、肉体の内側で激しい主導権争いをしていた!
ちょっと前まで、僕の意識は完全に奴から押さえられていた。
けれど、エリクシア先生の捨て身のショック療法に加え、ミリティアさんの幻術を受けて、こうして表層にまで浮き上がってこれたんだ!
また、意識の底に押し込められてたまるもんか!
『我に任せておけば、破壊神の企みは潰してやると言っておるだろうが!』
「犠牲を厭わない上に、邪魔する人は排除するなんてやり方、納得できる訳がないだろう!」
『汝らは創造神様の……』
「先生達も言っていたろ!創造神の名前を出したくらいで、僕達が怯むと思うな!」
ぐにゃぐにゃした、不定形な意識の押し合いをしていた僕達だったけれど、やがて僕とゴッドーラの精神は、仮の肉体を持って互いに削り合う戦いに発展する!
ここで負けた方の意識は、おそらく消滅してしまう……そう、直感的に悟った為、絶対に負けられない!
『消えろ、小僧!』
「お前こそ消えてしまえ、古い精神体!」
精神世界で、火花を散らしながら拳がぶつかり合い、電駆ける蹴りが交差して、爆音と共に空気が爆る!
僕とゴッドーラの攻防は、さらに激しさを増していったけれど、徐々に僕の方がゴッドーラを圧倒していった!
『ば、馬鹿な……こんな人間の小僧に、なぜこれほどの精神力が……』
「僕には、向こう側で待ってる仲間がいる!何より、エリクシア先生がいるんだ!」
僕を助けるために、体を張ってくれた先生……。
ミリティアさんを狙った僕の肉体の前に立ちはだかり、『戦乙女装束』を解除した時には、「先生、なんたる無茶を!」と驚いた。
でも、そのお陰で僕の意識は力を取り戻し、こうしてゴッドーラに対抗できている!
……まぁ、その後のミリティアさんの幻術による、ブーストもあるけど。
『解せぬ!あの女の非合理的な行動と、訳のわからぬ幻術に囲まれただけで、ここまで我が圧されるなど……!』
「それが人間の……『大切な人への想い』と、『思春期の性欲』の力だあぁぁぁっ!」
僕の渾身の拳が、ゴッドーラの胸を貫く!
『愛と……性欲……それが、人間の……強さ……フフッ……』
ボロボロと崩れていく、ゴッドーラの意識。
奴が最後に残した呟きは、どこか満足したような物だった……。
◆◆◆
「……おい、なんかヤバくないか?」
「た、確かに……」
私の幻術達に囲まれたルアンタが、なんだかすごく光を放っている。
え?まさか、本当に爆発とかしないよね?
「ゴッドーラの野郎が、自爆しようとしてるとか……」
「い、一応は創造神からの使命もありますし、途中でそれを放棄するとは思えません……」
そう、それが破壊神の使徒相手なら自爆という手段もあったろうけど、私達を相手にそんな事はないだろうとタカを括っていたのだが……。
だが、ルアンタの肉体から立ち上るオーラはさらに大きくなり、そして……急に光が失われた!
「っ!? いけませんわ!」
咄嗟に、ヴェルチェが土の壁を作って防御したのと同時に、ルアンタを中心として巨大きな爆発が巻き起こる!
ミリティアの幻術を吹き飛ばし、すさまじい轟音を響かせた後、もうもうとした土煙が周囲を包んだ。
危な……やっぱり、あの一瞬の静けさは、爆発の前触れだったか。
だが、そんな事より!
「ル、ルアンタ……ルアンタは無事なんですかっ!?」
壁の後ろから飛び出し、私は土煙を払いながらルアンタの姿を探す!
「落ち着け、とりあえず埃を飛ばすぞ!」
シンヤが風魔法を発動させて、周囲の視界を奪う煙を押し流した。
そして……。
「ルアンタ……」
呆然と佇む少年の姿に、私は思わず彼の名前を呼んだ。
皆がゴッドーラの存在を危惧して警戒しているが、私にはわかる。
あれは、ルアンタだ!
「ご迷惑……おかけしました」
ニッコリと微笑み、謝罪の言葉を口にした彼の体が、グラリと揺れる。
倒れそうになるルアンタを、駆け寄った私はしっかりと受け止めた!
「……先生」
「ルアンタ……ああ、ルアンタ……」
弱々しくも、私を呼ぶ彼の声がいつもと同じで、安堵の気持ちが胸を満たす。
そのままルアンタをギュッと抱き締め、柔らかな髪が撫でる頭部に頬擦りをした。
すると、露出した胸元に顔を埋めていたルアンタが、真っ赤になってこちらを見上げてくる。
「先生のお陰で、戻ってこれました……恥ずかしい思いをさせて、すいません……」
「何も、恥ずかしくなんてありませんよ。あんなのは、『巨大ロボが、自ら胸部装甲を引きちぎった』ような物です」
「は、はぁ……」
私の喩えがよくわからなかったのか、生返事を返すルアンタ。
ただ、シンヤが「むぅ……ガン○スター……」とだけ呟いていた。
「とにかく……貴方が戻って来てくれた事が、何より喜ばしいんですよ」
「僕も……先生の元に帰ってこれて、幸せです……」
はぅん♥
潤んだ目で見つめながら、そんな事を言うのは反則でしょうに!
はぁ~もう、そういう師匠を惑わす悪い弟子には、キスのお仕置きでも……。
「まったく、アタシらも心配したんだぞ?」
「そうですわ、エリ姉様とだけいい雰囲気になるのは、少々ズルいと思います!」
二人の世界に入りそうな所で、デューナとヴェルチェが割り込んできた。
んもう、いいところだったのに……。
「ところで、ルアンタ殿。どこか体に、異常や不調は感じんか?」
「……いえ、疲労感はありますけど、特に異変は感じないです」
「ふむう……」
ルアンタの答えを聞いて、ミリティアは思案するように顎に指を当て、声を漏らす。
なんだ、何か気になる事があるんだろうか?
「いや、神の作った精神体に憑かれておったのだから、異常を疑うのが普通じゃろう?」
うん……言われてみれば、それもそうだ。
よおし、ここはじっくりと私とお風呂にでも入って、隅から隅まで……フフフ。
そんな師匠としての役得……もとい、使命感に顔を綻ばせていた、その時!
突然の轟音と共に、凄まじいエネルギーを迸らせながら、大笑いする者がいた!
「フハハハハ、ようやくダメージの変換が完了したぞ!」
あ、あれは、ルアンタの猛攻の前に、いい所も無く沈んだはずの、イコ・サイフレームの使徒!
確か……なんだっけ?
「グフフ、あの程度の不意打ちで、このエターン様が倒せると思うなよ!」
あ、そうだ。エターンだ、エターン。
しかし、あいつはゴッドーラに許容量以上のダメージを食らって、もう起き上がれないはずでは無かったのか?
ゴッドーラがダメージ量を見誤ったのか、エターンのタフネスさが想定以上だったのか……どちらにしろ、厄介な奴が復活したものだ!
「ぬぅ?ワシに土をつけた、あいつの気配がせんな……」
ルアンタをジロジロと眺めながら、エターンは怪訝そうに呟く。
そうだ、ゴッドーラはもういない。
それにちょっと形勢不利っぽいんで、このまま帰ってくれないかな……。
「……まぁ、いい。この貯まりきった力の全て、お前らが食らうがいいわ!」
ううん、やっぱりそう上手くはいかないか!
「こうなったら、やるしかないねぇ!」
言うが早いか、デューナが大剣を振りかざして、エターンに向かって走り出した!
確か、エターンの能力は受けたダメージを貯めて、エネルギーに変えて攻撃すると、ゴッドーラがブツブツ言ってたな。
だとすれば、デューナのキツい一撃で、今度こそ限界に達するかもしれない!
「貴様ごとき下郎が、ワシに触れられると思うな!」
吠えたエターンの周辺に、奴から放たれるエネルギーが球状の壁を形成する!
薄い皮膜のように見えたそれは、デューナの渾身の一撃を弾き、彼女の顔に驚愕の色を刻み込んだ!
「フハハハハ!この、貯まりに貯まりきったパワー、全て貴様らに食らわせてやろう!これで、イコ・サイフレーム様に逆らう愚か者も、一掃できるわ!」
高笑いしながら、竜の顎を模すように、エターンが両手を開いて合わせながら、こちらに向けて腕を突き出す。
すると、奴の手のひらにとんでもない規模の力が集中し始めた!
こ、これは、かなりヤバい!
あんな物が放たれたら、シンヤが作ったこの空間魔法と一緒に、私達も消滅しかねないぞ!?
ようやくルアンタを取り戻して、これから楽しいイチャラブの時間だと思っていたのにっ!
なんとかエターンの邪魔をしようと、私達は魔法で攻撃を加えるが、それらは全て奴の防御壁に遮られてしまう。
そうこうしている内に、エターンの顔に愉悦の笑みが浮かんだ。
「発射準備完了だ……消えろ、虫ども!」
むしろ穏やかにエターンが言うと同時に、奴の手から撃ち出されたエネルギーの塊が、私達の視界を白く染める!
これは……もう……。
「させるかあぁぁぁっ!!!!」
地を震わす雄叫びを上げ、私の腕の中からルアンタが飛び出した!
そして、迫る破壊の光の前に立った彼の体から、再び黄金のオーラが噴きあがる!
『なあっ!?!?』
この場にいた全員が、驚きの声をあげて戸惑う中、ルアンタは流麗な動きでオーラを操ると、エターンの攻撃を受け止め、流しながら、その進行方向をエターンの方へとねじ曲げる!
「げえっ!」
撃ち出した莫大なエネルギー波が返ってきた事に、エターンが悲鳴にも似た声をあげた!
辛うじて受け止めたものの……ルアンタのように進行方向を変えるような真似はできず、ジワジワと押されていく!
「ば、馬鹿なっ!こ、こんな真似ができる奴など、いるはずが……いるはずがあぁぁぁぁっ!!」
それが最後の言葉となり、エターンは反射された自らのエネルギーに飲み込まれる!
そのまま、この魔法の空間に大穴を開けて吹き飛び、遥か彼方の上空で爆発音を鳴り響かせた!
どうやら……助かった、のか?
立て続けに思わぬ事態が続き、思考が追い付かずにぼんやりしてしまったが、そこで私はハッ!となった。
そうだ、ルアンタ!
ルアンタはいったい、どうなってしまったんだ!?
また、黄金のオーラを放っていたみたいだけど、ゴッドーラの奴に支配されたりしてるんじゃないだろうな!
心配する私達の前に出たルアンタは、クルリとこちらに顔を向ける。
「ええっと……」
困ったようなその顔で言葉に詰まる彼は、ゴッドーラではなくルアンタ本人の物だ。
ああ、よかった……しかし、相変わらず彼の体は黄金のオーラに包まれているのは、どういう事なんだ?
「これって……どうなっているんでしょう?」
「う、うう~ん……」
困惑するルアンタの言葉に、私達も眉をひそめながら、首を傾げるしかなかった……。




