08 打倒、精神寄生体
──さて、啖呵を切ったのは良いけれど、どうやってルアンタをゴッドーラから取り返せばいいのだろうか。
「まぁ『お約束』としちゃあ、ある程度のダメージを与えて、ゴッドーラの方から離れるように仕向ける……とかかな?」
「やはり、それくらいしかありませんか……」
確かに、異世界の物語ではそんな感じで、意思のある寄生体を引き剥がすのがセオリーだった。
だが、それを実行するとなると、ルアンタの肉体に大ダメージを与えなきゃいけないって事なんだよなぁ……。
「……マスター殿達は、ルアンタ殿を傷つけるのが、忍びないんじゃな」
「それはそうでしょう……何かいい方法でも?」
「ルアンタ殿の体力を減らすだけでいいなら、無理矢理押さえ込んでいっぱい搾り取るとか……」
「……さすがサキュバスですが、却下です!」
良い子も見てるかもしれないのに、「天井の染みを数えていれば終わるから」って感じの、そんな十八禁な手が使える訳ないでしょうが!
っていうか、そんな真似をしたら正気に戻った時に、ルアンタの心が精神的ダメージで死ぬわ!
だが、待てよ……精神的なダメージか。
そうだよ、敵は精神寄生体!
だとすれば、同じく相手の精神を手玉にとるサキュバスなら、何かいい手があるかも!?
「ミリティア、何かゴッドーラに効きそうな幻はありませんか!?」
彼女の幻術は、言ってしまえば精神攻撃だ。
もしかすると、精神寄生体の奴には効くかもしれないじゃないか!
だが……。
「残念ながら、無理じゃな。ワシの幻術は、肉体の欲望に結びついておるから、肉欲を持たぬゴッドーラには通用せんじゃろう。というか、精神寄生体の性癖とか、さすがにわからんし」
ぬっ……そういう仕組みなのか。
それでは確かに、実体のないゴッドーラには通用しなさそうだし、訳がわからないでしょうね。
「結局は、正攻法でやってみるしかないって事だな」
「そうですわね……ワタクシが、きっとルアンタ様を正気に戻して差し上げますわ!」
「アンタもあの子の師匠なんだから、覚悟を決めな」
私以外の三人は、ルアンタにダメージを与えてでも、正気に戻させる決意は固まったようだ。
……そうだな、私だけあの子を傷つける事に、ビビっているわけにはいかないわ!
多少の痛みは伴っても、早く解放してあげなくちゃ!
「それじゃあ、始めようか!」
「ああ……変身!」
「変身!ですわ!」
各々が臨戦態勢に入る中、私も『ギア』と『バレット』を取り出して、腹部に装着した!
「変身!」
発動させた『戦乙女装束』が、私の身を包み込む!
『……準備はできたようだな』
『変身』する私達を見て、ゴッドーラが声をかけて来たが……こいつ、こちらの準備ができるまで待ってたというのか?
意外と、律儀っぽい奴なのかも……。
『では、我も戦闘の支度をさせてもらうぞ』
なっ!?
ゴッドーラは当然のように『ポケット』から『ギア』と『バレット』を取り出し、それを装着した!
『……変身』
響く『バレット』の音声と共に、ゴッドーラが取り憑くルアンタの肉体が『勇者装束』に覆われる!
『フッ……なるほど、中々に面白い感触だ。この少年が、ワクワクしていたのも頷ける』
こ、こいつ……ルアンタの装備と、少年特有のワクワク感まで奪いやがってぇ……!
だが、本来ならルアンタ本人にしか扱えないはずの『ポケット』まで使ったという事は、それだけゴッドーラによる浸食が進んでいるという、証明なのかもしれない。
これは、急いで助けないと!
そんな風に、ちょっとばかり思案に没頭していた所に、皆が私を呼ぶ声が聞こえた。
「エリクシア、まえー!」
ん?前?
何かな?と、思って視線を向けると、そこにはオリハルコン・ブレードを振りかぶった、ルアンタの姿が!
そして、その刃が私目掛けて振り下ろされる!
「うおぉぉぉぉぉっ!」
私はその刃を手甲でガードすると同時に、腕を捻って刃筋を剃らして受け流す!
それによって、わずかに動きの乱れたルアンタに、肩から体当たりを食らわせて距離を取った!
っていうか、危なかった!マジで危なかったぁ!!
受け流しが失敗してたら、手甲ごと腕を落とされててもおかしくないくらいに、本気の一撃だったじゃないのっ!
すごい心臓がバクバクいってるわ!
『チッ!』
舌打ちしながら、着地するゴッドーラ。
そこへ、お返しと言わんばかりに、デューナが迫った!
「おらぁ!」
『フンッ!』
激しい金属音と火花を散らして、両者の剣がぶつかり合う!
まさか、デューナの剛剣を、真正面から受け止めるとはっ!
「ほうぅ……なかなか、やるじゃないか。って、この場合はルアンタの肉体の方を、誉めればいいのかねぇ?」
受け止められた事に、少し驚いたようだったが、デューナはそのまま力任せに押し込んでいく!
「ほれほれ、このままじゃ潰れるよ?さっさと、その体から逃げたほうがいいんじゃないのかい?」
『……!』
デューナは、挑発めいた言葉でゴッドーラを煽るが、奴は冷静にかち合っている刃の角度を変え、自分の剣を滑らせるようにして、大剣を流す!
「っと!」
さすがに、それでデューナが大きく崩れる事はなかったが、一瞬の隙をついて反転したゴッドーラが、再び私に向かってきた!
「させませんわぁ!」
横から突っ込んできたヴェルチェが、奴の足を止める!
さらに、そこへシンヤの一撃が加わり、ルアンタの体を吹き飛ばした!
「……くそっ、受けられたか」
悔しげなシンヤの言う通り、ゴッドーラは彼の一撃を剣の腹でガードしていたようで、派手に飛びはしたものの、大したダメージは与えられていないようだった。
「つーか、奴の狙いはどうやらエリクシアみたいだな」
「そのようですね……」
一人ずつ狙って、確実に倒していく方針なんだろうか?
だが、そうやって敵の数を減らすなら、一番弱い者から狙うのがセオリーだろうに。
もしかして、私ナメられてる?
「マスター殿!おそらく奴は、ルアンタ殿の肉体でマスター殿を殺し、彼の精神を完全に破壊しようとしておるぞ!」
「なんですって!?」
「今のルアンタ殿からは、彼の視線を感じるのじゃ……ゴッドーラは、肉体の自由こそ奪ってはおるが、たぶん視覚情報だけはルアンタ殿の魂と共有しておる!」
なるほど、そうやって自分が私を殺す所を見せつける気か。
男の視線に敏感な、サキュバスだからこそ気がついたんだろうけど、えげつない事を考える物だな!
『この少年、掌握できたと思っていたが、意外に精神が強いのでな……。なぁに、汝を殺せれば、完全に我が物となるだろう』
「くっ……」
ユラリと剣を構えるゴッドーラ。
くそう……こちらが、ルアンタへ必殺の一撃を放てないのを知っていながら、相討ちしてでも私を殺そうとしているな。
人質を取られていると言ってもいい、ゴッドーラが有利な状況……どう覆すか。
「マスター殿、奴がルアンタ殿と視覚を共有しているという事は、ルアンタ殿の意識もあるという事じゃ!一瞬でよいから、彼の気を引いてくれ!」
その後はワシに任せろと、ミリティアがジェスチャーを送ってきた。
何か考えがあるのね!
しかし、視覚だけでルアンタの気を引くなんて……ハッ!
その時、私の脳裏に電流が走る!
これなら……少しだけ私自身を犠牲にするけど、たぶんいけるハズ!
『小細工はさせん!』
ゴッドーラは、私から何かしらの策を使おうとしている、ミリティアに狙いを変えて駆け出す!
しかし、それを阻止すべく、私は彼と彼女の間に割って入った!
『フッ……』
小さな含み笑いが聞こえる。おそらく、私の行動も奴の計算の内だったのだろう。
しかし、これは読めまい!
私はその場で変身を解除し、『戦乙女装束』を収納する!
「エリクシア!?」
「エリ姉様!?」
皆の悲痛な声が響く中、服の私は胸元を握りしめた!
「ふしだらな師匠と思わないでくださいね……」
その呟きと共に、私は一気に服を引き裂き、下着に包まれながらも弾けながらこぼれ出た、豊かな胸を見せつけるようにして、両手を広げた!
『なぁっ!?』
驚愕の声と共に、ルアンタの肉体がビタリと硬直する!
その瞬間、真っ赤になったルアンタとゴッドーラの視線は、私の胸に釘付けとなっていた!
「今じゃあぁぁぁ!」
その一瞬の隙を突いて、ミリティアの幻術が放たれる!
爆発のような煙と共に現れたのは……!
性癖ド直球、教師・エリクシア!
ご奉仕上等、メイド・エリクシア!
大人の階段、登ってみる?バニー・エリクシア!
お早う、マイダーリン♥新妻エリクシア!
……って、おぉい!なんなのあの幻術は!
恥を偲んで胸まではだけたのに、全部持っていかれたわっ!
「様々なシチュエーションのマスター殿で、ゴッドーラに押さえられているルアンタ殿の意識を引っ張り上げる!」
ミリティアの号令に従って、四人の私……いや私の幻術達はルアンタを取り囲んだ!
「ほら、ルアンタ!いつまでも休んでないで、勉強の時間てすよ!」
「ルアンタ様ぁ、頑張った暁には、いっぱいご奉仕しますよぉ!」
「ウフフ、ちょっぴり刺激的なお楽しみもあるからね♥」
「だからぁ、早く戻って来てね。あ・な・た♥」
うわぁぁぁっ!
なんかあの幻術を見てると、すごくいたたまれない気持ちになるんですけどぉ!
衆人環視の中で、コスプレした自分がよってたかって少年を誘惑する絵面って、客観的に見るとかなりツラい!
「じゃが、確実に効いておるぞ!」
ミリティアの言う通り、幻術に囲まれているルアンタは、固まったまま身動きひとつしない!
た、確かに効いてはいるみたいだけどさぁ……。
まさか胸を出した直後に、味方の術でそれ以上の恥辱を味わう事になるなろうとは……。
これでルアンタが戻らなかったら、私バカみたいじゃないですか。
仮面の下で彼の表情は見えない。が、せめてコスプレの私達に揉みくちゃにされているルアンタの精神が、復活しますように……。




