09 切り札《ジョーカー》
なんて威力……。
危なげなく回避したつもりが、剣の風圧に押され、思ったより下がってしまった。
ふぅ、背中にヒヤリとしたものが走ったわ。
それにしても、この破壊力……もしかして、デューナの大剣は魔法が宿っている魔剣の類!?
「なにか気がついたみたいだから、教えといてやるよ。アンタの予想通り、アタシの剣は魔剣だ」
やっぱり、そうか。
「ただ、爆発の魔法とかじゃなく、『壊れない』『勝手に直る』の二種類が組み込まれた物だけどね」
なっ!?
いや、二重の効果が宿った魔剣というのも確かに逸品だけど、攻撃の付与も無しにあの威力だと!?
「驚いてもらえたみたいだね。それじゃあ、ドンドン行くよ!」
優位を感じ取ったデューナは、ますます果敢に攻めてきた!
その威力もさることながら、恐ろしいのは彼女の剣撃がただ振り回すだけの物じゃないという事だ。
時に、型と稽古によって培われた伝統剣術のような、洗練された動きを!
時には戦場で鍛え上げられたかのような、粗野で荒々しいくも実践的な動きを!
まさに『制』と『暴』の融合した、言うなれば『デューナ流剣闘術』といった所だろうか?
とにかく彼女は、凄まじい使い手だった!
「よくもまぁ、ちょこまか避けるもんだね!」
「目には自信があるんですよ」
弓を得意とする種族であるエルフは、生まれつき優れた視力に、卓越した動体視力を身に付けている。
ほんの僅かな筋肉の動きすら察知して、嵐のようなデューナの攻撃をかわしていられたのも、その恩恵だ。
しかし、いくらハイ・オーガの女王なんて呼ばれてるとはいえ、こんな剣技をどこで身に付けたんだろう。
あまり見た目からオーガの年齢は計れないけど、実は結構な歳なのかな?
「……アンタ、何か失礼な事を考えてなかったか?」
うっ!やはりオーガでも、女性となると年齢の事に敏感だな。
「気のせいでしょう」
「ふん、どうだか……」
荒れ狂う剣風の中で、軽口を叩き合う私達に、周囲からはちょっと引いたような雰囲気が伝わってくる。
「……なんで、あんなに普通に話してるの?」
「おかしらもヤベえけど、あっちのダークエルフもかなりヤベえわ」
「坊主、お前の先生ちょっとイカれてない?」
「し、失礼な事を言わないでください!先生は確かに厳しい人ですけど、すごく優しい人でもあるんですから!」
ムキになってオーガ達に反論する、ルアンタが可愛い件について。
そんな事を考えていると、デューナが一旦私から距離を取る。
「随分とルアンタから、慕われてるじゃないか。大した信頼関係だ、正直妬けるねぇ」
「それが、師弟の絆というものですよ。それよりも、そろそろ疲れましたか?」
「はっ、アタシが空振りしまくって疲労した所を突こうってんだろうけど、生憎まだピンピンしてるさ!」
ちっ、読まれてたか。しかし、あんな大剣を振り回してるのに、どれだけタフなんだろう。
「それにしても、アタシの剣を避けながら、たまに反撃を入れてくるとは……アンタは大した奴だよ」
「それはどうも」
「だから、『奥の手』を使わせてもらう!」
なに!?
まだ、完全に本気じゃ無かったというのか!?
「お、おかしら!まさか、アレをやるんですか!?」
「そうさ、だからお前らもルアンタを連れて下がってな!」
「イエッサー!」
デューナに指示されたオーガ達は、元気よく答えるとルアンタを連れて、一斉に部屋の隅まで下がっていった。
こんなにも、部下が恐れるなんて……まさかっ!?
「もしや、『狂戦士化』を使うつもりですかっ!?」
「ほぅ!」
私の問いに、知っているのかとデューナから感心した声が漏れる。
『狂戦士化』……それは、一部のオーガや魔族が扱う、魔法とはまた違った戦闘のスキルだ。
極限まで闘争本能を高める事で、身体強化に加えて痛みや疲労を忘れさせる。
だが、思考能力すら奪ってしまうために、敵味方を巻き込み、下手をすれば死ぬまで暴れまわる、めちゃくちゃ迷惑な闘法である。
「ルアンタまで巻き込むつもりなら、許しませんよ!」
「安心しな、アタシのは『狂戦士化』を越えた『狂戦士化』……その名も『超戦士化』だ!」
『超戦士化』!
なにそれ、聞いた事ない!
「ははっ、さすがに聞いた事はないか。まぁ、オーガの中でも、極一部の天才と呼ばれる者しか、その境地にたどり着けないからね」
そんな技法があったなんて……。
本来なら、相手がパワーアップするのを、黙って見ている手はない。
しかし、知らない能力を目の当たりにできるという知的好奇心の誘惑に勝てず、私はデューナがどのように変わるのかを、確認せずにはいられなかった。
「はああぁっ!」
気合いの叫びと共に、デューナの肉体が二回りほど膨れ上がる!
さらに、赤銅色だった彼女の肌は赤熱化したような赤みを帯び、立ち上る闘気は陽炎の如く周囲の空気を歪めた!
まるで活火山を思わせる力の脈動、これが『超戦士化』……!
「ぼーっとしてんじゃないよ!」
ほんの一瞬、デューナの変化に目を奪われていた私との間合いを、彼女は一足跳びで詰めてきた!
速っ……!
思考が追い付く前に、体に凄まじい衝撃が走る!
スローモーションみたいな視界の中、私は自分がデューナに殴られて、吹き飛ばされた事を自覚した。
そのまま壁に激突し、遅れてやって来きた激痛に息が詰まる!
「がはっ!」
咳き込んだ口から飛び散る血を見て、ダメージの深さを理解した私は、すぐに回復魔法を使用した。
「そうそう、一発で沈んだら面白くないからねぇ」
なんとか立ち上る私を見て、デューナは楽しそうに声をかけてくる。
くっ……まさか、これほどとは。
「先生っ!頑張ってください!」
不意に、ルアンタから声援が送られてきた。
彼の方に目をやれば、涙目になりながらも私の勝利を信じている瞳と視線が交わる。
ふっ、弟子にあんなに心配をかけるなんて、私もまだまだだな。
少しは、格好いい所を見せてあげないと。
「『超戦士化』とやらがこれほどの物とは、正直言って驚きました……」
「そうだろう、そうだろう。で、まさか降参なんて言わないよな?」
「もちろんです……私も『切り札』を使いますから」
「『切り札』……?」
自分と同様に、私にも奥の手があると告げられ、デューナはにんまりと笑う。
「いいねぇ、是非見せてくれよ!」
「ええ……これが、私の『切り札』です!」
そう宣言し、私は収納魔法ポケットから、二つの魔道具を取り出した。
ひとつは、手のひらサイズの箱状のアイテム。
そしてもうひとつは、箱状アイテムの挿し込み口に収まりそうな、細長いスティック状のアイテムだ。
「……なんだ、そりゃ?」
てっきりすごい武器か、もしくは自分のようにパワーアップする事を想像していたらしいデューナが、拍子抜けといった感じで呟く。
「これは私が作った魔道具で、箱状の物は『バレットギア』。スティック状の物は『バレット』といいます」
私は説明しながら、『バレットギア』をヘソの下付近に密着させた。
すると、ギアから伸びた帯によって、ベルトのように腰へ固定される。
「こちらの『バレット』には、魔法が封じられていて、それを『ギア』に装填する事で、様々な魔法を負担なく、一瞬で使用する事ができるのです」
魔法の使用に詠唱が要らないという点に、周囲からも「へぇ~」と物珍しげな声が漏れた。
注目が集まるのを感じつつ、私は『バレット』のスイッチを押す。
すると『戦乙女』と、少し野太い声が響いた。
これで準備は完了。
「これは、こことは異なる世界で戦う戦士達への、リスペクトを込めた、私の技術の集大成です」
準備ができた『バレット』を、二つある『ギア』の挿し込み口のひとつに装填し、斜め横に引き倒した。
「変身」
そう呟く私を、『ギア』から放たれた光と、魔力の奔流が包み込む!
……やがて、それらが収まると、回りから驚愕の声が起こった。
それは、私の姿が一瞬前とまったく変わっていたからだ。
全身のラインを強調するように、ぴったりと張り付いたラバー状のスーツ。
そんなスーツの動きを阻害しないように、攻撃や守るべき部位に盛られた厚手の装甲。
そして、優雅に翻るローブの裾をイメージした防御布は、魔術師としての嗜みだ。
しかし、顔を隠すように身に付けたフルフェイスの兜は、さながら仮面の戦士といった風体だろう。
これこそ、異世界の書物にあった戦士、通称「トクサツヒーロー」と呼ばれる者達を模した、私の戦闘スーツ『戦乙女装束』だ!
……ふ、ふふふふふふ!
やった!前世から構想していた、「トクサツヒーロー」のスタイルを完全に再現できた!
収納魔法を応用した一瞬での装着の成功に、顔を覆う仮面の奥で、私は自分がかなりニヤけているのを自覚していた。
この「装着変身」といった、この世界では誰も思い付かなかったであろう発想を一目見た時から、再現してみたくて堪らなかったのだ。
もちろん、見てくれだけでなく実用性も兼ねているこのスーツは、前世からの研究が実を結んだ結果であり、それに身を包んでいると感慨深いものがある。
「な、なんだあれは」
「わからない、わからないが……」
「なんかいいよね……」
「いい……」
あの日、前世の私がそうであったように、男心をくすぐられたらしいルアンタやオーガ達が、キラキラした瞳で私を見ている。
ふっ、存分に憧れてくれたまえ。
「はー、変わった真似をするねぇ」
しかし、私の相手であるデューナは、呆れたような口調でこちらを眺めるばかりだ。
「いや、ちょっと驚いたよ。驚いたんだけど……こけおどしって事はないんだろうな?」
「そう思うなら、試してみるといいでしょう」
「もっとも、だっ!」
再び、地を蹴ったデューナが、目にも止まらぬ速さで接近を試みる!
だが、今度は見えているぞ!
『超戦士化』した彼女の拳を受け止め、すかさず反撃の拳を叩き込む!
「ぬぐっ!」
変身前とは比較にならない、私の動きと反撃に、デューナは驚きながら間合いを取った。
「見違えるような動きだね……ネタばらしとかをやる気は?」
「残念ながら、私はそこまでおしゃべりじゃないんですよ」
デューナは口元の血を拭いながら、小さく舌打ちをした。
まぁ、わざわざ敵に教える必要はないが、さほど複雑な仕掛けがある訳じゃない。
私のこのスーツには、魔力を弾くミスリル製の糸が、全身に縫い込んである。
それが、私の体表から漏れる僅かな魔力も逃がさずに、体内へ戻す事で魔力循環効率を上昇させるのだ。
それによって、『エリクシア流魔闘術』による身体強化をさらに効果的にし、『超戦士化』したデューナとも互角……いや、それ以上に戦えるようになったのである。
さらに攻撃の際の反動もほとんど無くなり、私は体にかかる負担を心配する事なく、百パーセントの力で打撃を叩き込んむ事ができるのだ。
「ったく、面白いじゃないか……『この世界と異なる世界』っていうのがアイツの物言いみたいで、気に入らないがね」
「アイツ?」
誰だ、それは?
私以外に、異世界の技術や知識を得た者を、知っているというのだろうか!?
「そのアイツというのは、何者なんですか?」
「ああ?そんなのは、どうでもいいだろ?」
「興味があるんですよ、その人物に」
「そうかい。なら、アタシに勝てたら教えてやるよ!」
「まぁ、そう来るでしょうね」
予想通りの反応に、私は仮面の奥でため息を漏らした。
「ならば、勝たせてもらいましょう!」
「やってみなぁ!」
剣を振りかぶるデューナと、それを迎え撃つべく踏み込む私!
互いに切り札を出しあった私達の、嵐のような攻防が再び幕を上げた!




