05 峠道最速伝説
上空から襲い掛かる者や、左右に並走しながら迫るモンスター達を蹴散らして、私達はようやく裾野の森を抜けた!
一時的に襲撃も収まり、ここから先は険しい山道になる事もあって、私達は一旦下がって休憩を取ることにする。
足元に設置してある出入り口を開き、皆は空の荷台の中へと入っていった。
私もそこで、ルアンタと共に一休みしたい所ではあるのだが……念のためにと、私は皆と荷台の中へと入らず、運転席の方へと移動する。
ミリティアに知らせるようにノックして、助手席側の窓を開けてもらい、滑り込むように車内へ。
そうして、運転中のヴェルチェと私で彼女を挟んで、ようやく落ちつく事ができた。
「どうしましたの、エリ姉様……何か問題でも?」
「逆ですよ。何かあった時のために、一人くらいは貴女達を守るために、控えておかないと」
なにせ、私達の乗っているこのゴーレムの無事は、ヴェルチェのドラテクにかかっている。
なのに、彼女の側に戦える人材が居ないのでは、もしもの時に対処出来ないではないか。
「ワ、ワタクシの身を案じて……感激ですわ!」
潤んだ瞳で私を見詰めてくるヴェルチェ。
って、危ないっでしょうがっ!
「貴女はちゃんと、前を見て運転しなさいっ!」
私に注意されたヴェルチェは、「てへペロッ♥」といった感じで可愛らしく舌を出す。
「ウフフ、エリ姉様に怒られてしまいましたから、汚名返上と参りましょう。しっかりと、シートベルトを着用してくださいませ!」
そう告げると、気合いが入ったヴェルチェの顔つきが変わる!
アクセルを踏み込むと、迫るコーナーに進入!
正確無比なヒール&トゥでパワーを維持したまま、稲妻のようなシフトチェンジと、絶妙な過重移動で車体を滑らせ、時おり姿を見せるモンスターを置き去りにしながら、グネグネとした峠道をドンドン疾走していった!
ドワーフが器用なのは知っているけど、この娘はどこの方向に向かって進化していくのかっ!?
あと、ノリノリなヴェルチェに合いの手を入れるように、ミリティアが「フフフ♪ライジンッサンッ!、ンフフ♪ライジンッサンッ!」と、鼻唄交じりのリズミカルなビートを刻むのは、何なんだろう?
サキュバス風の儀式か何かな?
そんな不思議空間に取り残された気分の私は、ようやく横Gにも慣れて窓の外の流れ行く景色に目を向ける。
「……ですが、不思議ですね」
ポロリと漏れた私の呟きに、ミリティア達が反応する。
「不思議とは……何がじゃ?」
「この道ですよ……私の記憶が確かなら、魔界では二、三百年ほど『魔獣山脈』に立ち入りは禁止とされていたハズなんてすがね……」
にも関わらず、多少は荒れているとはいえ、こんな巨体が通れるような道がまだ健在な事に驚いたのだ。
「ふむう……まぁ、千年以上前の技術で作られた歩道ならば、いまだに道の体を成しておっても、不思議ではないのぅ」
「何ですって!?」
事も無げに答えたミリティアの言葉に、私達は思わず大声をあげてしまった。
千年前の技術て……もしも、それが中央では当たり前なのだとしたら、私達がいた地方とでは、どれ程の差があるというのか!?
「だ、大丈夫でしょうか……ワタクシ達、このままでは中央の方々に『田舎から、ようお越しやす』みたいな感じで、上品に愚弄されるのでは……」
ううむ……ヴェルチェが危惧するのも、無理はない。
「確かに、下手におのぼりさんとして認識されてしまえば、言葉巧みにいらないお土産を買わされたりするかも……」
「なんの心配をしとるんじゃ、あんたらは」
呆れたようなミリティアのツッコミに、私達は我に返る。
「千年以上前の技術とはいえ、今の者達がその技を受け継いでいるかといえば、疑問じゃな。なんせ、でかい争いでもあれば、失われる技術も多いからのぅ」
……それは確かに、あるかもしれない。
昨年の魔族との戦いだって、仮に魔族サイドが勝利していたら、人間やドワーフの技術がいくつか失われていた可能性が高いもんな。
勝利者側の価値観に見合うかどうか……それが、後世に残る技術文化の分岐点といったところか。
「ワシも、今の世界の技術がどれ程の物かは知らんよ。しかし、マスター殿達の世界にあった、古代のダンジョンや魔道具のような物が、今の世代に作れはせんじゃろうと思っておる」
『マリスト地下墳墓』に『ターティズ地下迷宮』……いや、もしかしたら、魔王城の地下にあった、異世界の書物が出てくる転移口も、そんな古代の技術で作られた物かもしれない。
まぁ、どれも壊滅的な壊れ方をしてしまった訳だけど、改めて考えると、すごい損失な気がしてきたわ(ガクガク)。
チラリと見れば、物の価値に敏感なヴェルチェの横顔にも、一筋の冷や汗が流れている。
……彼女も、壊れた(というか壊した)ダンジョンとかの価値に、気付いてしまったようね。
「……な、なんにしても、中央の人達に田舎者扱いされても泣かないよう、心を強く持って行きましょう」
「りょ、了解ですわ」
私達は無理矢理に話題を変えて、浮かび上がったヤバいと思う気持ちを、そっと心の棚にあげて、目をそらした。
──それからしばらくは、小規模なモンスターの襲撃はあったものの、トラック型ゴーレムはノンストップで順調に進んでいた。
しかし、ある地点に通りがかった時、突然、周囲の雰囲気が変化する!
「っ!?」
道の先で、何か巨大な物が道を塞いでいるのに気付いたヴェルチェが、急ブレーキをかけた!
一瞬、反動で前方に飛び出しそうになったが、シートベルトのお陰で難を逃れる!
みんなも締めよう、シートベルト!
しかし、障害物と激突する寸前で、止まる事はできたけど……。
「こ、これは」
前方の、道を塞ぐようにして横たわる物の正体に、私達ら絶句する。
それは、巨大なドラゴンの頭!
しかも、相当に歳を経た、古竜と呼んでも差し支えないほどに成長していたであろう個体だ!
「こ、こいつは……」
急停車した事で、いつの間にかトラック型ゴーレムの荷台から降りてきたデューナ達が、ドラゴンの生首を見て、私達と同じように言葉を失っていた。
しかし……。
「……デュー姉様、気づきまして?」
「ああ……間違いないね」
ただならぬ雰囲気で、デューナとヴェルチェが言葉を交わしている。
いったい、なんの事かと二人に尋ねると、彼女達はゴクリと唾を飲んで口を開いた。
「前世……『魔獣山脈』を攻略しようとした、ボウンズールとダーイッジを残して、隊が壊滅したって話は知ってるだろう?」
「その時、隊員を全滅させ、ワタクシ達に重傷を負わせたのが……このドラゴンですわ!」
「な、なんですって!?」
人違い……いや、ドラゴン違いという事はないのだろうか?
「いいや、間違いないね。あの下顎から頬にかけての傷は、アタシがつけてやった物だからね」
言われてみれば、目の前のドラゴンの生首には、デューナが言ったような傷跡が残っていた。
だが、かつて魔界最強の剣士と謳われたボウンズールに、その右腕と呼ばれたダーイッジを叩きのめしたドラゴンが、明らかに何者かの手によって殺害されているという状況。
しかも、まだ流れる血が固まっていない事から、ドラゴンが殺られてから、そう時間が経っていないはずだ。
つまり……この惨劇を作り出した犯人は、まだ近くにいる!
「皆、周囲を警戒してください!」
私の呼び掛けに、皆が背中合わせになってあらゆる方角からの攻撃に備えた!
「あ……」
そして、ルアンタが何かを見つけたのか、小さく声を漏らす。
皆が一斉に、彼の視線の先へと目を向けると……私達がいる場所から、切り立った崖の上。
そこには、黄金のオーラを放つ巨大な狼が、何かを咀嚼しながらこちらを見下ろし、静かに佇んでいた。




