03 魔界の異常
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かつての魔界は、弱肉強食がルールであり、血で血を洗う修羅の国だった。
しかし、前魔王であるボウンズール(中身は元父上)が倒され、デューナが新たにその地位に就いてからは、その有り様は大きく変化する。
他種族への門は開かれ、閉塞的だった魔界に、様々な文化が入り始めた。
さらに彼女の政策として、各地から身寄りの無い子供や捨てられたり子供、そして一部の風習などから差別的な扱いを受ける種族の子供など、様々な事情を抱えた幼児達を保護し、立派に一人立ちできるように養育している。
そんな国だからこそ、治安の安定にはかなりの力を注いでおり、平和な国の雰囲気が広まるにつれ、集まる商売人等も増え、いまや魔界は発展の一途を辿っていた。
しかし……。
「なにやら……物々しいですね」
デューナに会うために、魔界の王都へと到着した私達は、街の雰囲気にそんな感想を漏らした。
他の国の街に比べて、子供の比率はやや多いものの、なにやら緊張感のような物が漂っており、街の全体がピリピリしている感じだ。
「ふむ……妙に、戦士風の連中が目につくのぅ」
ギラリと目を光らせながら、ミリティアが周囲を見回して呟く。
さすがに、いつものサキュバスな格好だと目立ちすぎるので、今はヴェルチェと似た服を着てもらっているが、それでも隠しきれない淫魔の本能が、街の雰囲気に刺激されたようだ。
しかし、彼女の言う通り、目武装した冒険者らしき連中の姿が目立っているな。
デューナの計らいで、魔界にも冒険者ギルドを作ったとは聞いてはいたけど、それにしても多くないだろうか?
何となく臭う戦場のような雰囲気に、私達が訝しんでいると、「あ!」と背後の方で声が上がった。
「ああ、やっぱりエリクシアの姐さんじゃねぇか!」
「ホントだ、ルアンタ少年にヴェルチェたんもいるぜ!」
「つーか、あの魔族のおっさんとロリは誰だ?」
騒がしく話し込みながら私達の所へやって来たのは、武装した数人のオーガ達だった。
流暢に会話していた事から、ハイ・オーガだとは思うが、そんな知り合いは……いたな。
「確か……デューナの部下だった方々、ですよね?」
「そうです!デューナのおかしらの元で働いてた、元山賊で今はハイ・オーガの冒険者チームをやっています!」
「チーム『鬼ヶ島』っていったら、結構有名なんですよ!」
ふぅん……。
いや、個々の名前やチーム名は知らないけど、頑張っているなら何より。
しかし、私達からの薄い反応に、ハイ・オーガ達は満足できなかったらしく、なんとか気を引こうと色々と話題を振ってくる。
そんな話題の中に、今の魔界の現状に関する物があり、私の興味を引いた。
「──今、この街に冒険者を集めたのは、デューナなんですか?」
「そうです、そうです。数日前におかしらから、腕っこきの冒険者達へギルドを通じて依頼がありましてね。それで俺達を始め、ぞくぞくと上位のチームが集まって来てるんですよ」
「ふむう……いったい、デューナは何をやろうとしているのでしょうか?」
「なんでも、魔界の奥地に上級モンスターが大量に出る可能性があるから、それらを人里に向かわせないための人員がほしいとか……」
「なんですって!?」
まさか私達のために、『魔獣山脈』に手を出すつもりなのだろうか?
いや、それにしては、話の進み方が早すぎるか。
冒険者達の募集時期からして、私達が『魔獣山脈』へ向かうと決める前より、計画されてたみたいだしな。
それにしても、彼女にはどういった意図があるんだろう……。
「とにかく……デューナに会ってみるしか、ありませんね」
「じゃあ、さっそく王城に……」
「はぁ……ルアンタ君は羨ましいなぁ」
立ち去ろうとする私達の耳へ、これ見よがしなハイ・オーガ達のため息の音が届いた。
「なんですか、いったい?」
「いやいや、ルアンタ君のパーティは、エリクシアの姐さん始め、美人ばっかりだから羨ましいな、と」
ん……そう言われると、悪い気はしないな。
「やっぱり、パーティに美人がいると、華やかさが違うよな」
「まったくだ。俺達も、今回のクエストで活躍してみせて、可愛い仲間を見つけないとな!」
「おおっ!」
……盛り上がっている所になんだけど、何を言ってるんだろう、彼等は?
一応、話を聞いてみると、デューナの政策のためか、今の魔界には女性の働き手が多く集まっているらしい。
そのため、彼等のような女性メンバーを求める男所帯のチームは、今回のクエストで活躍して、あわよくば女性メンバーゲットだぜ!を、狙っているのだそうだ。
……婚活かな?
「この街の雰囲気も、こやつらと似た事情を抱えた連中が多いから……かもしれんのぅ」
シレッとミリティアが呟くが、言われてみれば男性の冒険者の比率の方が、随分と大きいように思える。
なるほど、報酬と女性メンバー獲得のために、かなりピリピリしているという事か。
「できれば、可愛くておっぱいの大きい娘を仲間にしたいな……」
「うーん優しくて、おっぱい大きい娘が理想だな」
「俺は活発で、おっぱいが大きい娘を希望するぜ!」
おっぱいが大きいは譲らないんだな、お前ら!
あと仲間の条件のはずが、いつの間にか嫁の条件になってない?
まぁ、夢や希望は冒険者の原動力だから、それを持つのはいい事なのかもしれないけど。
そんな、気合いの入るハイ・オーガ達の健闘を(適当に)祈ると告げて、私達はそそくさと彼等と別れてデューナのいる王城へと向かった。
◆
「おお!ルアンタ、久しぶりじゃないか!」
王城を尋ね、デューナの元に通されると、彼女は一目散にルアンタを抱き締めて、顔中にキスの雨を降らせる。
そこからさらに、見た目はロリなミリティアにちょっかいを出そうとしたが、キリがないので止めておく。
「いや、悪いね。つい興奮しちまった」
「いえ、貴女にしては大人しい方だったでしょう」
ちょっとした皮肉に、違いない!とデューナは豪快に笑う。
それから、会議用の部屋に通された私達は、ようやく落ち着いて話し合いを始める事ができた。
「ところで、城下に集まっている冒険者の方々に、少々お話を伺ったのですが、デュー姉様は何をやろうとなさっていますの?」
ヴェルチェの問いに、デューナは腕を組んで小さなため息を漏らす。
「それなんだがね……実は、『魔獣山脈』に異変が起こっているようなんだよ」
「異変……ですか?」
「ああ。アンタ達が破壊神の調査に向かってから少しして、『魔獣山脈』で金色に光る謎の現象が、観測された」
「な、なんだったんですか、その光の正体は?」
「わからない……しかし、それからというもの、山脈の麓の森から滅多に現れる事のないモンスターの群れなんかが、頻繁に現れるようになってね」
それってつまり……。
「その謎の光によって、モンスター達が『魔獣山脈』から追いたてられいる……?」
「もしくは、その光のせいで狂暴化して、より行動範囲が広がったか……だな」
「そのどちらかの可能性は、高いと思う」
私とシンヤの予想に、デューナも頷いて賛同した。
「なんにしても、今の魔界には女子供が増えた。だから、上級のモンスターなんかが、人里にまで現れるような状況になる前に、謎の光の正体を突き止めたいと思っていたのさ」
なるほど、それは確かに早急に解決しなきゃならない事案だわ。
「それで集めた冒険者達を連れて、『魔獣山脈』に挑もうと思ってたんだけど……アンタらが行くなら渡りに船だ、ついでに協力しておくれ」
そういう事なら、是非もない。
『魔獣山脈』越えを目指す私達にとっても、その異変は見過ごす事はできないし、デューナの助力が得られるなら、心強い事この上ないもんね。
「もちろん協力しますよ、デューナ」
「ありがたい……なら、どういう作戦で行くか、ちょっと練り直さなくちゃならないね」
確かに。大人数で行くより、少数精鋭の方が私達には合っている。
しかし、そうなると集めた冒険者達の使い方も、再検討しなきゃならないだろう。
「私も手伝いましょう」
「よければ、俺も手伝うぜ」
そんな私達の申し出に、デューナは助かるよと礼を言ってきた。
「それじゃあ、早速……」
そうデューナが言いかけた、次の瞬間!
突然、部屋の窓をぶち破って、室内に飛び込んでくるひとつの影があった!
このパターンは、まさか……敵かっ!?
即座に身構えた私達だったが……。
「旦那様!」
「!?キャロかっ!」
飛び込んで来たのは、何故かメイド姿のキャロメンス!
感極まった声だけでなく、千切れんばかりに振られる彼女の尻尾が、押さえきれないほどの喜びを表現していた。
「居ても立ってもいられなくなりました、旦那様の匂いを感じてから」
「そうか……今まで我慢できて偉いな!俺も、会えて嬉しいぞ!」
いや、建物を破壊して乱入してきてる時点で、誉められたもんじゃないでしょうに!
しかし、そんな私達の避難の視線もどこ吹く風といったようで、シンヤとキャロメンスはがっしりと抱き合い、愛を囁き合っていた。
完全に二人だけの世界に入ってしまった彼等を、どうにかするのは無理っぽいな……。
「……とりあえず、彼等が正気に戻るまで、私達だけで話を進めておきますか」
「そうだね……」
人目もはばからず、イチャイチャするシンヤ達にため息を吐きながら、私達は人員の運用について話を始めた。
「キャロ……(チュッ)♥」
「旦那様……(チュッ)♥」
ええぃ、こちらが、真面目な話を繰り広げようとしているのに……おのれ、このバカ夫婦め!
ぐぬぬ……!と、苦々しく思いながらも……ちょっと羨ましかったのは、秘密にしておこう……。




