02 『魔獣山脈』
「そ、そうでしたわ……魔界からさらに奥へ向かえば、あの『魔獣山脈』に入る事になるんでしたわ……」
「あの……その『魔獣山脈』って、どういう所なんですか?」
ただならぬヴェルチェの様子に、ルアンタも緊張の面持ちで尋ねてきた。
「……『魔獣山脈』は魔界の最深部、世界を隔てるようにして列なる険しい山々です。しかし、最大の問題点はその名の通り、大量のモンスターが生息している点にあります」
「大量のモンスター……」
「ええ。しかも、そのほとんどが上級の、ね」
「なっ!?」
私の言葉に、さすがのルアンタも二の句が繋げないようだった。
まぁ、無理もない。
人間界……いや、魔界においても普通なら上級モンスターなんて、余程の事がなければエンカウントしないものだからな。
だが、『魔獣山脈』ではそいつらが平然と群れてるし、裾野に広がる森にも他の地よりも強力になっている、(最低でも)中級程度のモンスターが巣食っている。
それ故に、魔界では長年『魔獣山脈』を『全てのモンスターが生まれる場所』などど、揶揄していたくらいだ。
「……以前、ガンドライルが人間界を襲った時に、引き連れていモンスターの大群も、そのほとんどが『魔獣山脈』から引っ張っていった物だ」
シンヤの言葉に、なるほどと合点がいった。
確かに、あそこならモンスター集めに苦労はしないだろう。
「俺も、あの場所の調査をしたくて、魔族の中でも腕っこきを何人か送り込んでみたよ。しかし、なんとか帰って来た奴等の持ち帰った情報を精査した結果、山岳地帯の調査は取り止めになっていた」
「それもそうでしょうね」
「無理もありませんわ、『魔獣山脈』は恐ろしい所ですもの。あの最強の幻獣と呼ばれる、竜種も群れで生息していたくらいでしたから……」
その恐ろしさを思い出したように、ヴェルチェはブルリと身震いし、「ルアンタ様、ワタクシ恐ろしいですわ!」と彼の胸に飛び込んでいった。
さすがに、そんな彼女を引き剥がす事もできず、小刻みに震えるヴェルチェを、ルアンタは落ち着かせるためにソッと抱き締める。
しかし、私は見てしまった!
その体勢になった時に、まさに計算通り……と言わんばかりに、悪い笑みを浮かべたヴェルチェの表情を!
くっ……だが、この雰囲気の中では、迂闊にそれを指摘する事ができない。
ええぃ、やるなヴェルチェ!
しかし……ああして怯えているのも、振りばかりではないんだろうな。
先程、まるで見てきたような事を言っていたけど、実際に彼女はかつて『魔獣山脈』に挑んだ経験があるのだから。
前世の話ではあるが、デューナとヴェルチェは百人ほどの兵を引き連れて、『魔獣山脈』を攻略しようとした事がある。
当時、半引きこもりだった私は、当たり前のように参加しなかったが、それが正解だったと今でも思う。
なんせ、『魔獣山脈』から帰って来たのは、ボウンズールとダーイッジの二人だけで連れていった兵達は、全滅の憂き目にあっていたのだから。
精鋭の全滅に加え、魔界屈指の戦士である二人が、ボロボロの状態で退却せざるを得なかったという事実だけで、そこがどれだけ恐ろしい場所かと知れるという物である。
あの時は何に襲われたのかは、詳しく聞いていなかったが、今でも多少のトラウマを引きずっている辺り、余程の事があったんだろう……。
うん、後で詳しく聞かなくちゃな!
いや、弟に見下されていた当時の事を思い出して、ちょっとムカっとしてきたせいではなく、情報収集は大事だからね!
私が内心でそんな事を考えていると、ルアンタは腕の中で震えるヴェルチェを優しく撫でながら、励ますように声をかけた。
「大丈夫ですよ、ヴェルチェさん。まだまだ頼りないかもしれませんけど、僕が貴女を守りますから!」
ふんぐぅぅっ!
う、羨ましいぞ、ヴェルチェェェッ!
ルアンタからのそんな台詞、師匠とか関係なく、私も言われてみたいのにっ!
真剣な表情と誠実さ籠ったルアンタの台詞に、私がときめいていたように、ヴェルチェもまた彼に撫でられながら、トキメキ死寸前といった顔を晒していた!
ず、ずるい!
ううっ!もう辛抱たまらん!
我慢の限界を越え、私もルアンタを抱き締めようとした時、不意にシンヤが私の肩を掴んできた!
「おい、落ち着け。ここは、お前さんの弟子の成長を見守ってやるのが、師匠としての……」
関係ねぇ!抱き締めてぇ!
私は彼の手からスルリと逃れると、ヴェルチェごとルアンタを力一杯抱き締めた!
「ルアンタ!ヴェルチェだけでなく、私の事も守れるくらいに強くなりなさい!」
「え?あ、はいっ!」
「よろしい!」
「んはぁん♥間に挟まれて幸せですわぁぁん♥」
さらに力強く抱き寄せる私!
胸に顔を埋めて決意を誓うルアンタ!
その間で絶頂するヴェルチェ!
「……こいつら、マイペースってレベルじゃねぇな」
「……ワシも、ここまで自分本意な連中は初めてかもしれん」
「変わり者ばかりの勇者達に比べても、頭ひとつ抜けてますな……」
ハートが飛び交う私達三人を見ながら、呆れたようなシンヤとミリティア、ついでにオーリウの呟きが聞こえた気がした。
◆
しばらくしてから、私達は無理矢理に引き剥がされ、ようやく話ができる状態になった。
いやー、つい盛り上がってしまったわ。
シンヤやミリティアから「手間をかけさせやがって……」みたいな感じで愚痴られたが、まぁ若気のいたりと思って勘弁してほしい。
「それで、現実的に『魔獣山脈』をどう攻略するか……それが問題だな」
「そうですね……迂回路が無い以上、正面突破しかないでしょう」
「……俺は、攻略方法を聞いたつもりなんだが?」
「ええ。ですから、正面突破しかないと言っています」
「なんでだよっ!」
切れ味鋭くシンヤに突っ込まれるが、冗談でもなんでもなく、それが一番だと思う。
今の私達なら上級モンスターの群れでも、それなりの数なら蹴散らす事は可能だし、モンスターを駆逐する事が目的でないのだから、こっそり進んで山脈を越えてしまえばいいじゃない。
そう提案すると、皆は少し考えてからそれもそうかと、同意してくれた。
「どうも、『魔獣山脈』という場所を恐れすぎて、目的を見失っていましたわ……」
「確かにな……考えてみれば、俺の空間魔法もあるんだから、いざという時の緊急避難も可能か」
どうやら、冷静さを取り戻せたようね。
恐怖心が鳴りを潜めた所を見計らって、私は再び口を開いた。
「では、次の目的地である『魔獣山脈』を越えるために、一度魔界へ戻りましょう」
そうして、あわよくばデューナにも手伝わせよう!
皆も異論はないようだし、そうと決まれば、善は急げだ!
私達はオーリウに頼み、急ぎで面会時間を作ってもらったロウロン自治領の領主に、簡単な挨拶を済ませる。最低限の礼は伝えておかないと、印象悪いしね。
そんな感じで、挨拶もそこそこに済ませた私達は、ヴェルチェのトラック型ゴーレムに、購入しておいた食料品や旅の雑貨を積み込んだ。
「では、行きましょうか!」
努めて明るく言ってはみたが、これまで以上の困難な待ち受けるであろう事実に、私は軽く身震いする。
しかし、口には出さないものの、それは皆も同じようだ。
そうして微妙な緊張感を漂わせながらも、私達は一路、『魔獣山脈』を越えるために、デューナが納める魔界へ向けて出発した。




