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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第十一章 暗黒界神話
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09 サキュバスの未練

「う……」

 エティスティに突貫し、絡み合うように倒れていたヴェルチェが、ゆっくりと起き上がった。

 おおっ!? 意識を取り戻したのかな?


「ね……さま……」

 ガクガクと震えながら、生まれたての子馬みたいに辛うじて立ち上がった彼女は、苦しげに私の名を呟く。


「だ、大丈夫ですか、ヴェルチェ!?」

 呼び掛けた私に反応したのか、ヴェルチェは尋常じゃないほどフラつきながらも、こちらへ向かってきた。

 しかし、その歩みは亀より遅く、それに加えて呻くような声が漏れて来るものだから、なんだかゾンビのようだ。

 私は、そんな彼女の元に駆け寄って、倒れそうになる所を抱き止めてあげた。


「あ、ああ……」

「しっかりしなさい、ヴェルチェ!苦しかったら、仮面(マスク)だけでも開放するんです!」

 私の防具と違って、彼女の魔力で形成されている『美姫(プリンセス)装束(・フォーム)』は、外部からの強い衝撃か、本人の意思でないと外す事ができない。

 なので、弾丸役で目を回しているヴェルチェに、新鮮な空気を吸わせるため、私はそう呼び掛けた。


「…………」

 私の声が届いたのか、『美姫装束』の仮面(マスク)部分が溶けるように消滅し、その下からヴェルチェの真っ青な顔が現れる。

「ヴェルチェ!?」

 彼女の名前を呼ぶと、私の胸の中で弱々しく顔をあげ、辛うじて……といった感じで口を開いた。


「オ……」

 オ……?

「オロロロロロロロ……………」

 次の瞬間!

 ヴェルチェの口から、盛大に飛び出したキラキラした物が、私達の胸から下を汚していった!

 ぬあぁぁぁっ!

 は、吐いちゃったよ、この娘ぇ!


「っ!? モザイクの術!」

 とっさに機転を利かせた、ミリティアの術のおかげで、ヴェルチェが吐き出した汚物の外見的な部分は、なんとか誤魔化せた!

 しかし、おおよそ美少女らしくない、大量の吐瀉物は止むことを知らず、それにまみれたこの状況は泣くに泣けない!

 とはいえ、さすがに今も絶賛リバース中なヴェルチェにどうこう言えるはずも無く、後でスーツを洗うのを手伝わせると心に誓いながら、私は彼女の背中を擦ってやるのだった。


            ◆


「申し訳ありませんでした、エリ姉様!」

 しばらく休んでから、ようやく調子を回復させたヴェルチェが、恐縮しながら土下座する。

 まぁ、事故みたいなものだし、そこまで怒っちゃいない。

 というか、原因が原因だけに怒れないわ。


「大丈夫ですよ、ヴェルチェ。それより、スーツの手入れは手伝ってくださいね」

「も、もちろんですわ!」

 一応、水魔法を自らに向けて放ち、洗ってはおいたのだけれど、細かい調整はしないといけない。

 私が怒っていないとわかり、元気を取り戻した彼女に微笑みかけていると、バツの悪そうな顔をした、ルアンタとシンヤが小さくため息をついた。


「情けない……すっかりエティスティにしてやられて、全然役に立てなかったなんて……」

「まったくだ……ミリティアが幻術で足止めしてくれなかったらと思うと、ゾッとするぜ」

 肩を落としたルアンタが、しょんぼりとしながらそう言うと、シンヤも同調して頷いた。


 ──彼等が正気を取り戻したのは、吐き終えたヴェルチェを横にしてから、すぐの事だった。

 エティスティが大ダメージを受けた為なのか、彼女の『魅了』から解放されたようで、ハッとした表情でミリティアの幻術にハマっていた二人は顔をあげる。


「あれ……僕達、いったい何を……?」

「敵はどうした……っていうか、なんだこのモザイクは!?」

 モザイク柄に包まれていた彼等は、混乱したように立ち上がるが、それと同時に私やキャロメンスの幻術も消え去った。

 残されたのは、ほぼ全裸で立ち尽くすルアンタとシンヤのみ。


 ほんの数秒、沈黙の時間が流れて、彼等が自分達の現状を理解した瞬間、「いやあぁぁ!見ないでぇぇぇっ!」と叫びながら、再びへたり込んでしまった。

 まぁ、私達がつい股間の辺りを凝視してしまったのも、関係してるかもしれないけど。


 そうして、慌てる二人が落ち着いてから、これまでの経緯を説明し、寝かせていたおいたヴェルチェも目を覚まして、先のシーンへと繋がる。


 そんな訳で、三人は各々が自己嫌悪に襲われてるようであるけれど、私としては皆を責めるつもりはない。

 シンヤがいたからヴェルチェは『美姫装束』になれたし、ヴェルチェがいたから『神の加護』を破る事ができた。

 そして、ルアンタに関しては、『性癖や好みにドストライクな物が出現する幻術』に出てくるほど、私を想ってる事がわかったので、むしろ気分がいい。

 ついでに、戦闘体勢になったルアンタの股間(ルアンタ)が、かなりご立派だったという事も知れたしね。

 いざという時も、これで驚いたりしない心の準備ができたって物よ。


 そんな小さな発見に、私が一人でほくそ笑んでいると、いつの間にかミリティアがこちらの顔を見上げるように覗き込んでいた。

「うんんっ!?」

 驚きのあまり、思わず変な声が出る!

 もしや、サキュバスのエロスに対する直感が、私に反応したとでもいうのかっ!?


「ど、どうしたんですか、ミリティア?」

「いや……マスター殿の(つがい)が正気に戻ったのはいいんじゃがな、はようエティスティに引導を渡しとかんと、また面倒な事になるぞ?」

「な、何を言ってるんですか、(つがい)だなんて!私はルアンタの師として、清く正しいお付き合いの仕方を……」

「いや、気にするのはそっちかい……」

 慌てる私に、呆れたような顔でミリティアがため息を吐く。

 いや、エティスティを放っておけないのは、ちゃんとわかってはいるよ?

 でも、その気になったルアンタが真剣に迫ってきたら、断りきれるかわからないし、大人として一線は引いとかないといけないし……。


「…………え様、エリ姉様!」

「えっ!?」

 いつの間にか、ルアンタに迫られる妄想に浸っていた私は、ヴェルチェの声に現実へと引き戻される!

 いけない、いけない。

 軽く頭を振って煩悩を払うと、私はヴェルチェ達が向けている視線の先に目を凝らした。


「…………」

「エティスティ……」

 その視線の先にいたのは、着ている物がボロボロになった破壊神の使徒の姿!

 今にも剥がれ落ちそうな法衣でありながら、それでいてギリギリの所で、見えてはいけない場所は見えない崩れ方をしている。

 これも、サキュバス故に成せる業か。


「……なんにせよ、まだ起き上がれるとは、少し意外でしたね」

「まったくですわ、結構な手応えがありましたのに!」

 悔しそうなヴェルチェが爪を噛むが、エティスティの様子を冷静に伺っていたミリティアが、「いや……」と小さな否定の声を漏らす。


「よく見れば、あちこちから魔力が漏れておるし、エティスティめ……長くは無いのぅ」

 彼女の言う通り、エティスティの体からは、なにやら半透明な煙のような物が漏れ出しているのが見える。


「確か……サキュバス達は、こちらの世界に滞在するために、魔力で体を構成するとか言ってましたっけ」

「その通り。それが無くなれば、良くて暗黒界に強制送還、悪くて消滅じゃ」

「なるほど」

「とはいえ、何らかの形で魔力を回復されれば、肉体を癒す事もできる。じゃから、奴を逃がしてはならんぞ、マスター殿!」

「そういう事ならっ!」

 エティスティとの距離が少し離れているため、逃走を謀ったら魔法を打ち込んでやろうと、私は詠唱を開始した。


「……私の……イコ・サイフレーム様……戴いた……破られるなんて……」

 ……なんだか逃げるというより、放心しながら何かブツブツ言ってるんですが?

 ちょっと怖いなぁ……と、思っていると、突然エティスティはこちらをすさまじい形相で睨み付け、大声で吼えた!


「許さない!あの方に逆らう、虫けらどもめがっ!私の身がどうなろうとも、絶対に殺してやるっ!」


 元が美人なだけに、狂気を宿して鬼気迫る顔と声が一層怖い。

 だが、血走った目でそう宣言し、高笑いをするエティスティの体は、徐々に崩れさっていく!

 なんだ……やっぱり魔力切れで、肉体が崩壊したのだろうか……?

「っ!?」

 いや、違う!


 終わりかと思っていたが、粉々になった肉体から立ち上る煙のような物が、一点に集まって人の形を作っていく!

 ゲラゲラと笑い声を響かせながら、エティスティ(・・・・・・)のような物(・・・・・)になったそれは、まるで彼女の怨霊のようだった!


「美を誇っていたお主が、そんな姿に成り果てよって……」

「神への忠義心か、私達への復讐心かはわかりませんが……哀れですね」

 ライバルであったミリティアの言葉に、私もわずかに憐憫(れんびん)の気持ちを覚える。

 複雑そうな顔をするミリティアの意を組んで、せめて一撃で終わらせようと、私は準備していた炎魔法を最大出力で放った!


 豪火はエティスティを包み込み、その魂を焼き尽くして……え?

 私達の見ている前で、みるみる炎の勢いが衰えていく。

 いや……というか、エティスティに(・・・・・・・)吸収されている(・・・・・・・)!?


「ま、まさか、アレは『ドレイン・ビッチ・モンスター』かっ!?」

「何か知っているんですか!?」

 驚愕するミリティアに尋ねると、彼女小さく頷いて見せた。


「ワシも初めてお目にかかるが、止まらぬ想いや、譲れぬ願いを強烈に抱いたまま死にかけたサキュバスが、周囲のあらゆるエネルギーを吸収して生き残ろうとする時……ああした『ドレイン・ビッチ・モンスター』と呼ばれる怪物になる事があるという」

「あらゆるエネルギーを……?」

「うむ。男の精だけでなく、周辺の生き物すべてから精気や魔力を奪い尽くす、恐ろしい怪物じゃ。じゃが、炎をも吸収するような話は聞いたことがないがな……」

 そんな怪物になるのか、サキュバスは。

 しかも、ああいったゴースト系に有効な、炎をも吸収するなんて、どう対抗するか……。


 一瞬、そんな風に迷っていた私の横をすり抜け、二つの影が『ドレイン・ビッチ・モンスター』と化したエティスティへと迫っていく!

 あれは……ルアンタとシンヤ!?


「醜態さらしちまった、汚名は返上しとかないとなぁ!」

「先生達は、待機しておいてください!」

 威勢よく吠えた彼等は、駈けながら『変身』すると、エティスティへと踊りかかった!

 だが……。


「うおおおっ!魔法が全然通じねぇ!」

「ぶ、物理攻撃もダメですぅ!」

 ゴーストのような『ドレイン・ビッチ・モンスター』の体に、二人の繰り出す攻撃は、ことごく吸収され、また霧のように透かされて、一切ダメージを与えられていないようだった。

 んもう、威勢よく飛び出したのに!


「あの二人を責められんよ。恐らく、エティスティの『ドレイン・ビッチ・モンスター』が異常なんじゃ」

 そういえば、炎魔法を吸収した時に驚いてたっけ。

 でも……魔法もダメ、武器もダメ。こうなると、どうすればアレを倒せるんだろうか。


「……奴の未練を、絶ち切るしかあるまい」

「エティスティの未練……ですの?」

「そうじゃ」

 ヴェルチェの言葉にミリティアが頷く。が、奴の未練とはなんだろうか?

 それが忠義心や復讐心なら、止められそうもないんだけど……。


「ワシに心当たりがある。マスター殿達は、手出しせずに見ておってくれ」

 そう告げると、ミリティアは無防備な様子で、荒れ狂うエティスティへと近づいていった。


            ◆


「お姉ちゃん!」

 突然、外見同様に健気な少女の声色で、ミリティアはエティスティに呼び掛ける!

 っていうか、お姉ちゃん!?

 そんな彼女言動に、戸惑ったのは私達だけではないらしく、ルアンタ達やエティスティまで動きを止めてしまった。


『うう……お姉ちゃん……?わたしが……?』

「そうだよ、お姉ちゃん!私だよ、妹のミリティアだよ!」

『ミリティア……妹……』

 困惑する様子のエティスティに構わず、ミリティアは呼び掛けを続けた。


「ごめんね、私がお姉ちゃんの気持ちに気づかなかったから……でも、お姉ちゃんがそんな風になって、やっとわかったの……」

 意を決したように、目に大粒の涙を溜めたミリティアが、頬を染めて笑顔を作る。


「私もお姉ちゃんが好き……世界の誰より愛してるっ!」

『ミリ……ティア……』

 ポロポロと涙を流しながら告白する彼女に、荒ぶっていた『ドレイン・ビッチ・モンスター』が徐々に鳴りを潜めていった。

 そうして、半透明ながらもエティスティの姿を取り戻すと、優しくミリティアを抱き締める。


『ごめんね……お姉ちゃん……こんな姿になっちゃって……』

「ううん!どんな姿でも、お姉ちゃんは素敵だよ!」

『ありがとう……ミリティア……』

「お姉ちゃん……」

 見つめあった二人の顔が近づいていって……唇が重なる。


 エティスティの目尻から、一筋の涙が溢れるのと同時に、もう思い残すことはないといった感じで、彼女の姿は虚空へと消えていった……。


 ……私達は、いったい何を見せられているんだ?


「……………ふぅ」

 エティスティが完全に消滅するのを見届けて、ミリティアがため息をひとつ吐いた。

「終わったぞ、マスター殿」

 いつものロリババア調に戻った彼女が、声をかけてくる。が、なんと返していいのか……。

 ただ、気になるの事がひとつ。


「ミリティアは……エティスティと姉妹だったんですか?」

「そんな訳、ないじゃろうが」

「はい?」

 ますます訳がわからない。

 そんな私達に、彼女はカッカッカッと笑いながら、説明をしてくれた。


「イコ・サイフレーム様に付いた者達は、『姉妹百合ガチ勢』じゃと言ったろう?エティスティの奴は、その筆頭よ」

「ああ、そういえばそんな事を言ってましたね」

「じゃから、『もっと姉妹百合が見たい、体験したい』といった未練を抱えとった奴に、憧れのシチュエーションで一芝居打ったという訳じゃ。案の定、満足して逝きおったわ!」

 再び、カッカッカッと大笑いするミリティア。

 え、えげつねぇ~……。

 さすが、相手の性癖を突く「無敵のサキュバス」……。


 まぁ、満足したようなら、良かったんだろうか?

 何となく、スッキリしない気持ちを抱えたものの、私達は再び破壊神からの脅威を退けた事に、安堵の息を漏らすのだった。

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