06 ヴェルチェの装束
私は即座に『ギア』と『バレット』を取りだし、腹部に装着すると、起動スイッチを押す!
『戦乙女』の起動音を響かせた『バレット』を『ギア』にセットすると、私は最後のキーワードを発動させた!
「変身!」
『ギア』から光が放たれ、出現した私の体を戦闘スーツが、全身を覆っていく!
その光景を目の当たりにした、エティスティは「へぇ……」と小さな呟きを漏らし、ミリティアが「これは……」と驚きの声をあげる。
そんな二人の視線の先で、『戦乙女装束』に身を包んだ私は、決めのポーズをとっていた!
「……最近の地上の者は、ハイカラな鎧を着こむのぅ!」
感心しつつも、台詞がまるっきりお婆ちゃんなミリティアとは違い、エティスティは少し警戒するような目で、こちらを見ている。
「その格好……そう、貴女がニーウの言っていた、『ちょっとマシな、ザコお姉ちゃん』ね?」
またこの言われようである。
あのメスガキってば、仲間にどういう説明をして回っていたんだろう。
いずれ、キッチリと分からせてやらなきゃな!
さて、これで私はいつでも戦える訳だが、相方となるヴェルチェの方は……。
この時に及んでも、腕組みしながら仁王立ちするだけの彼女が、この戦いの役に立つとはちょっと思えないんだよな。
「フッ……ワタクシが、足手まといになりそうだと思っていそうですわね、エリ姉様」
「ええ、まぁ……」
「そ、そこは嘘でも、そんな事はないと言ってほしい所ですわ!」
偽り無い私の本音を聞いて、ヴェルチェはプンプンと憤慨する。
だが、この空間内に閉じ込められている今の現状では、例のトラック型ゴーレムも呼び込めないし、新たにゴーレムを生成できるのかどうかも怪しい。
そんな状況で、素の戦闘力が低い彼女は、正直アテにならないだろう。
しかし、ヴェルチェは落ち着きを取り戻すように、優雅な仕種で金色の髪をなびかせると、私に向かって微笑みかけてきた。
「でしたら、見せて差し上げますわ。ワタクシの、新しい力という物を!」
新しい力!?
あ、もしかして……シンヤと相談してたあれが、実用化していると言うのかっ!?
「お役に立てたら、今夜はベッドで可愛がっていただきますからね!いい加減に諦めて、ルアンタ様共々ワタクシをたっぷり、楽しませてくださいまし!」
「なっ!? ちょっ……」
なんで、可愛がってくれと頼む方が強権的なんだ!?
しかも、それ以前に私は同性愛の気は無いと……あ、しかし、元男の記憶もあるから、行けなくもないかも……いや、でも相手がヴェルチェでは……というか、そういうのはお互いの気持ちとかが大事で……。
そんな感じで、突然叩きつけられた難題に思考の迷路に嵌まってしまった私を尻目に、ヴェルチェはスッ……と静かに構えを取った。
すると、シンヤがそうした時のように、彼女の腹部に巻き付く白いベルトが浮かびあがる!
「変……身っ!」
彼女の口から放たれたキーワードに呼応し、ベルトから輝く魔力が流れ出してヴェルチェの全身を包み込んだ!
暗黒のオーラを纏うシンヤとは真逆の、目映い光の奔流!
それが収まった時、ヴェルチェの姿は目を疑うような変化を遂げていた。
彼女が搭乗するゴーレムを思わせるような、直線と曲線が織り成す優雅なライン。
それでいて、純白の素地とピンクの模様に彩られ、少女を意識させる柔らかさと可愛らしさを内包したデザインは、確かに装着者であるヴェルチェの意向が見て取れる。
なるほど……あれが彼女の言っていた『エレガントで、キュートで、ゴージャスで、プリティで、キュアキュア』というやつか。
未だにキュアキュアの言葉の意味はわからないけど、とにかくすごい自信で推していただけの事はあるかもしれないわ……。
「ホーホッホッホッ!これぞ、ワタクシの戦いの衣装……名付けて『美姫装束』ですわ!」
『美姫装束』!
確かに気品すら感じさせる白の戦闘スーツは、そう名乗るに不足はない。
ただ、戦いの場においては、見かけだけ良くても困るんだよな。
「ヴェルチェ、その『美姫装束』には、どんな能力があるんですか?」
恐らくだが、シンヤの『奈落装束』と似た作りなら、彼の重量操作のような特殊能力が、彼女のスーツにはあるはずだ。
そんな私の読みを肯定するように、ヴェルチェは「フフフ……」と笑みを溢した。
「よくぞ、聞いてくださいましたわ!ワタクシの『美姫装束』の能力……それが、これですわ!」
そう言って、彼女は頭上に掲げた右腕に魔力を流す!
すると、バキバキと硬い音をたてて、柔らかそうだったグローブが金属質な光を宿していった!
「これは……」
「『硬質化』……これこそが、ワタクシのスーツの能力ですの!込める魔力を増せば、きっとオリハルコン以上の硬度を得る事も、不可能ではありませんわ!」
おお……ちょっと触ってみたが、確かに彼女のグローブは鋼のような質感と強度を持っている。
これならば、ただの手刀でもそれなりの剣を越えるような、鋭さと切れ味を見せる事だろう。
「さぁ、ワタクシも戦闘準備はよろしくてよ!」
ヴェルチェは挑発的に、エティスティへ向かってクイクイと手招きをする。
それを受けて、破壊神の使徒も凄みのある笑みを浮かべた。
「面白そうなお嬢ちゃん達だけど、私が直接相手をしてあげるには、少し役不足かしら」
そう言ってエティスティは、自身のすぐ隣に転移魔法の転移口を作り出す。
すると、そこからはドボドボと音がしそうな勢いで、滝のような人魂の群れが溢れ出してきた!
な、何あれ!? キモいよぉ……。
「気を付けよ!エティスティは、かつて心の芯まで魅了しきった、男達の魂を『死霊兵』として使役するぞ!」
ミリティアの言う通り、エティスティの周囲を取り巻く人魂の群れは、やがて形を変えて様々な種族の男の姿に変化していく!
ただ、どいつもこいつも何故か揃いの衣装を身に纏い、額のハチマキに『エティ様LOVE』の文字があるのが、なんだか場違い感がすごくて怖い。
そんな、こちらの心情など関係なく、死霊兵達はエティスティを護るように武器を携えて、私達を迎え撃とうとしていた!
「貴女達の相手は、この子達がしてくれるわ」
クスクスと笑う彼女の壁となるのは、人間、エルフ、ドワーフ、さらに魔族の姿もチラホラと見えて、実にバラエティに富んでいる。
富んでいるんだけど……なんか、死霊兵の中に、モンスターとか交じってるんですが?
「あやつは、オスであればモンスターをも魅了する、桁外れのサキュバスじゃからのぅ」
さすがじゃ……と呟いて、ゴクリとミリティアは息を飲む。
いや……オークやゴブリン、トロールなんかはまだわかるけど、スライムとかスケルトンなんかがいるのは何なの……?
性別以前に、スライムのゴーストとか、スケルトンのゴーストなんて、訳がわからないわ!
「美しいって罪よねぇ……」
困惑する私達に、エティスティはため息を吐いてみせた。
それは、理不尽な存在すらも彼女の思うままという、自慢を込めた自虐のつもりなのか!?
まぁ、アンデッドが被ってるスケルトンのゴーストっていうのは、かなり珍しい物を見たとは思うけど。
……ヨシ!考えるのはヤメだ!
多少、納得のいかない所もあるけれど、立ちふさがるなら打ち砕くのみ!
死霊兵達を前にして気合いを入れ直し、私とヴェルチェは毅然と構えを取った!
「ざっと、百体といった所ですか……脅威には価しないでしょう」
「まったくですわね!」
軽く言い捨てる私に合わせるように、ヴェルチェも不敵に笑う。
このくらいの数なら私一人でも十分いけるけど、彼女が手伝ってくれるなら、負担も小さくなるな。
そうこうしているうちに、エティスティの命令の元、死霊兵達がついに動き出した!
「では、ヴェルチェは、左翼方面の相手をお願いします」
「お任せくださいまし!ワタクシのスーツは、ああいった死霊系には効果抜群ですわ!」
本来ならルアンタに任せる場所をヴェルチェに頼み、雪崩うってくる殺到してくる、魂まで魅了されたゴーストの大群に向かって、私達は正面から突撃を行った!
「はあぁぁっ!」
「お邪魔ですわ!お邪魔ですわっ!」
エルフのゴーストの胴に風穴が空き、ドワーフのゴーストが両断される!
人間のゴーストが、連撃を受けて粘土細工みたいにひしゃげる脇で、魔族のゴーストは半身を吹き飛ばされていた!
普通ならゴースト系の敵には、魔力を付与した武器か魔法でなくてはダメージを与えられないが、私達のスーツはミスリルだったり魔力で作られていたりするので、面白いようにゴーストを薙ぎ倒していく!まさに鎧袖一触!
次々と襲いかかってくるゴースト達を、文字通り粉砕しながら、私達はエティスティ目指して進み続ける!
ちなみに、スライムとスケルトンのゴーストは、めちゃくちゃ脆かった!
「同じ種族もいるのに、躊躇しないのねぇ……ゴースト達が、可哀想だと思わない?」
「いつまでも、さ迷っている方が不憫でしょうに!」
呆れたような物言いをするエティスティに、私は即座に反論した!
というか、そもそもゴーストを呼び出した本人が、どの口がそういう事をいうのか、まったく!
「でも……快進撃もその辺にしてもらおうかしら」
パチンとゴースト達の主が指を鳴らすと、私達の目の前に巨大なトロールのゴーストが一斉に集まって壁となった!
いや、この威圧感を例えるなら、いきなり現れた小山に、行く手を塞がれたと言った方が合っているか!?
「エリ姉様!」
私の行く手阻む、ゴースト達にの巨体を視界に捕らえて、ヴェルチェが警告にも似た声を上げる!
確かに、質感が軽そうなゴーストとはいえ、これだけ大きいと圧迫感はすごい。
それに、粉砕するのにも切り裂くのにも、大きく手間がかかるだろう。
だが、それならいっそ貫いてしまえばいい!
私は、風魔法が仕込んである『バレット』を素早く『ギア』にセットする!
そして同時に、『ギア』から背中に向かって流れる、熱い魔力の奔流を感じていた!
「旋嵐射出脚!」
背後から噴き出した風魔法に押され、一気に蹴りの体勢で加速した私は、立ちふさがる山のような巨体を持つトロール・ゴースト達の胴体に大穴を開けて、いとも容易く貫いた!
「もらったあぁぁっ!」
さらにそのまま、他人事のように見物していた、エティスティに蹴りを叩き込んでやるべく、噴きあがる風魔法に魔力を注いで強化する!
さらなる加速を得て、矢のような一直線の軌跡を描き、必殺の蹴りが破壊神の使徒を捉えた!




