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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第十一章 暗黒界神話
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05 最強のサキュバス

 転移口(ゲート)から現れたのは、色気が溢れかえるような、妖艶な美女だった。


 白く光るような艶かしい肌に、風に流れるつやのある黒髪。

 そして、顔の半分を隠す前髪から覗く、宝石みたいな輝きを放つ瞳は、女性なら羨望の眼差しを向けずにはいられないだろう。

 健康的なピンク色の唇を這う舌は対照的に淫靡であり、それだけで男達を骨抜きにしそうな魔力を漂わせている。

 何より、メリハリのあるボディラインに張り付くような、ギリギリで肢体を隠す改造法衣は、見る者の劣情を煽らずにはいられない。


 その美しさとエロさは、突然の……しかも明らかに敵サイドの登場だったにも関わらず、私達全員が見とれてしまうほどだった。


「……はっ!」

 いけないっ!

 すぐに我に返ったものの、ほんの一瞬だけ完全に棒立ちになってしまっていた!

 今の隙を突かれていたら、全滅していたかもしれない……そう思うと、ゾクリと背筋が冷たくなる。


「ウフフ……何か、強い力を持った駆除対象に合わせて転移口を開いてみたけど……思わぬ見知った顔があるわね」

「こちらの台詞じゃよ……エティスティ!」

「フフフ、久しぶりねミリティア」

 謎の美女と顔見知りなのか、サキュバス大長老は敵の美女と真正面から向き合って、火花を散らした!

 というか、向こうの彼女が口にした名前って、もしかして……。


「ワシの名じゃ」

 やっぱりそうか……個体名があるなら、教えてくれればいいのに。

「いかにワシを呼び出したマスター殿とはいえ、簡単に名を教える訳にはいかんのでのぅ」

 むむ、そういう決まりでもある物なんだろうか?


「名前を知られるっていうのは、本質を知られるって事に通じるからな。ちゃんとした契約が結ばれるまでは、隠していても仕方ないさ」

 俺はわかってるぜ?といった感じで、シンヤが説明してくれた。

 ふむう……そういえば、異世界にはそういった考え方があったっけ。

「いや、別に……ちゃんとした雇用形態となるまでは、馴れ馴れしくするのはよくないから……」

 あ、そういう事?

 気まずそうに言うミリティアに納得がいくと同時に、したり顔してたシンヤが耳まで赤くなって顔を隠しているのが、ちょっと不敏だった。


「そ、そんな事は置いといてだな!あんたの知り合いらしいが、あの美女は何者なんだ?」

 強引に話題を変えつつ、シンヤはミリティアに迫る。

 うーん、恥ずかしさを誤魔化すのもあるけれど、敵の事を知りたい……というより、美女の情報がほしくて必死という感じにも見えるな……。

 やーね、男って!

「ワシの名前を、そんな事って……まぁいいわ」

 仕方ないといった風に肩を竦め、眼前の美女を見据えながら古参のサキュバスはキッ!っと表情を引き締めた。


「奴の名は、エティスティ。かつて、ワシと共にサキュバスの二大巨頭と呼ばれ、『サキュバス最長老』の座にあった奴よ!」

 サキュバス最長老!?

 それって、ミリティアの事では……?

「ワシは大長老で、奴は最長老。似て非なる存在じゃよ」

 そ、そういう物か……正直、何が違うのかわからないけれど、彼女達にとっては拘りがあるものなんだろう。


「正確に言えば、もう私は『サキュバス最長老』という地位など捨てたけどね……」

「そうじゃな……お主はイコ・サイフレーム様の元に走ったのじゃもんなぁ」

「ええ……今の私は、イコ・サイフレーム様に仕える十二使徒の一人、第六の使徒エティスティよ」

 よろしくね♥と、エティスティがウインクすると、シンヤとルアンタの表情がポワンと蕩けた。

 ……ルアンタ君?


 敵に鼻の下を伸ばす弟子の姿に、私とヴェルチェが「ぐぬぬ……」となっていると、ミリティアがポンポンと背中を叩いてきた。

「奴等は、エティスティの淫気に当てられておる。これは男である以上、逃れられん呪いのような物じゃから、いたずらに狼狽(うろた)えるでないぞ」

「……彼女は、それほどの存在なんですか?」

「うむ。エティスティに堕とせぬ男無しと称えられ、『最強のサキュバス』とも呼ばれた、恐るべき女よ!」

 なるほど、いかにルアンタが理性で私の事が大好きでも、本能の部分を突かれてしまうのでは、あのだらしない顔も仕方ないか……。


 まぁ、確かに、元男の人生を送っていた私から見ても、あれだけの美女に微笑みかけられれば、ルアンタ達の反応はわからなくもない。

 ……わからなくもないけど、やっぱりちょっと面白くはないな!


「ルアンタ!シャキッとしなさい!」

「は、はいっ!先生!」

 私の一喝で、ピン!と背筋を伸ばしたルアンタは、呆けていた事を自覚して、気を取り直すようにペシペシと自分の頬を叩く!

 ついでに、まだ呆けていたシンヤの後頭部には軽い魔力弾をぶつけて、正気を取り戻させておいた。


「しっかりしてください、二人とも!」

「そうですわ!ワタクシや、エリ姉様という者がありますのにっ!」

「す、すいません……」

「……キャロには内緒にしておいてくれ」

 そんな平謝りする男性陣に、エティスティはクスクスと口元を隠しながら笑いかけてくる。


「あらあら。怖いお嬢さん達に縛られてるようで、可哀想ね坊や達は」

 はぁん?

 誰が怖いお嬢さんですか?


「うちの弟子を惑わすような、毒婦に言われたくありませんね!」

「もぅ、余裕がないのね。そんなんじゃあ、坊や達にもすぐに逃げられちゃうわよ?」

「大きなお世話です!」

 敵であるエティスティに、そんな事を言われる筋合いは無いし!


「エリ姉様!この女だけは、早急に倒す必要がありますわ!四の五の言わずに叩きのめし、ワタクシのゴーレムを重石にして、その辺の川で人柱にでもなっていただきましょう!」

 割りと洒落にならない顔つきで、ヴェルチェがそんな事を言う。

 エティスティがルアンタを誘惑したからだろうが、急に怖い事を言うのはやめてほしい。


「いやぁん♥怖ぁい♥」

 だが、わざとらしく身をくねらせるエティスティの姿に、私の胸中にもイラッとした物が沸き上がってくる。

 うーん、ヴェルチェの言う、人柱にしちゃおう作戦に協力してもいいかもなぁ……。

 ほんの僅かに立ちのぼった殺気に反応したのか、エティスティはぐるりと顔を見回して、男達に囁きかけるように告げた。


「お願い♥私を助けてぇ♥」


 次の瞬間、サキュバスの瞳が妖しい光を放ち、ルアンタ、シンヤ、オーリウの三人がガクリと(うずくま)った!


「ルアンタ!」

「ど、どうなさいましたの!?」

「いかんな……」

 男達の様子を見て、ミリティアが呟く。

 いかんなって、いったい何が……。

 しかし、彼女の呟きの意味はすぐに理解できた!


「ううううう……」

 獣のようなうなり声を口から漏らして、三人はユラリと立ち上がる。

 だが、彼等の目に理性の光は無く、たぎるような情欲の炎が宿っていた。


「こ、これは……」

「彼等は、エティスティの淫気で、無理矢理に欲望が限界突破させられた状態じゃ……いつ、近くの女に襲いかかってもおかしくないぞ!」

 えっ!じゃあ、ルアンタが私に!?……ゴクリ。


「……なんで、ちょっと期待した表情なんじゃ?」

「べ、べ、べ、別に期待なんてしてませんよ!」

「そ、そ、そ、そうですわ!決して、ここで既成事実を作れるかもしれないなんて、思ってませんわ!」

 慌てて否定する私とヴェルチェに、ミリティアは大きなため息を吐いた。


「何か期待してる所、悪いんだけれど……この子達には、私の言う事しか聞こえないしわよ」

 なにっ!?

 てっきりルアンタが欲情を堪えきれずに、私に全裸ダイビングしてくると思ったのに、話が違う!

 動揺する私達とはうらはらに、クスクスと笑うエティスティは、自身の髪を弄んで余裕を見せていた。


 くっ……これはヤバい。

 流れ的に、奴は私達を同士討ちさせるつもりだろうが、暴走しかけている彼等を穏便に押さえるのは、至難の業だ。

 見ればオーリウの側で、彼に召喚されたインテリジェンス・サキュバスも、主の変わりようにどうしていいのかわからずに、ひたすらオロオロしている。

 暴れるだけならまだしも、彼等が魔法などを使用したらさらに厄介な事になってしまうぞ……。


「サキュバス契約条項、第五項!」

 すると突然、ミリティアが狼狽(うろた)えるインちゃんに向かって吼えた!

 その言葉に、彼女も「ハッ!」とした顔付きになると同時に、いきなり召喚主(マスター)であるオーリウにボディブローを叩き込む!

 不意打ちを食らい、崩れそうになったオーリウをインちゃんは支え、そのまま担ぎ上げると、ダッシュで部屋から出ていってしまった!

 な、何事?


「サキュバスの契約条項に、『召喚主が正気を失った場合、喚ばれた者は独自の判断で動く事ができる』と、いうものがあるのじゃ」

「そ、そんな契約が……」

「それに則って、あやつは独自の判断をしたと言う事じゃな……たぶん、二時間のご休憩コースじゃな。たっぷり搾り取ってくるじゃろうよ」

 ああ……出ていく時にインちゃん浮かべていた、いやらしいニヤケ顔はそういう事か……。

 リミッター無しでサキュバスの本領発揮とか……オーリウもミイラにならなきゃいいけど。


「ザコが逃げちゃったけど、まぁいいわ。本命はこっちだしね」

 インちゃん達が出ていった扉から、私達の方に視線を戻して、エティスティはルアンタ達に話しかける。

「あの二人は、逃がしちゃダメよ♥」

 そんな言葉に呼応するように、突然シンヤが空間魔法を発動させた!

 一瞬で私達は、世界から隔絶された、何もない広大な空間に閉じ込められてしまう!


「へぇ、面白い事ができるのね。これは、あの娘達を倒した後に、ご褒美をあげなきゃいけないわね」

 それを聞いたシンヤの口角が上がり、一筋のよだれが滴り落ちた。


 くそう、やはり魔法も使えたか!

 しかし、この空間内なら、どれだけ暴れても現世に影響はないので、考えようによっては結果オーライかもしれないな。

 とはいえ、どうやってあの二人を止めるか……。


「さぁ、行きなさい坊や達」

 対処の方法が見えていないのに、お構いなしでエティスティは命令を下し、それに従うルアンタとシンヤが、こちらに向かって走り出した!


「くっ!」

「ここは、ワシに任せてもらおうか」

 迷いながら構えた私達の間をすり抜けて、ミリティアが一歩前に出る。

「はぁっ!」

 そして、彼女の掛け声と共に、地面から鏡のような物がせり上がって来た!

 あれは……『女装したルアンタのそっくりさん』を作り出した、彼女の術か!?


 ミリティアが作り出した、その鏡がパアッ!と輝くのと同時に、操られたルアンタ達の左右に、二つの人影が飛び出してくる!


『さぁ、ルアンタ。個人授業を始めましょう♥』

『来て……旦那様♥』


 現れたのは、『ピシッとした服装と髪型で、女教師を思わせる格好をした(エリクシア)』と、『和服(シンヤの世界の服装)を着崩して、恥ずかしそうに誘うキャロメンス』の幻影だった!

 それを見た瞬間、ルアンタとシンヤはエッジの効いた角度で方向を変えると、それぞれの幻影に抱きついて押し倒す!


「あ、ああ……せ、せんせい……」

『あぁん♥落ち着いて、ルアンタ。ゆっくりと教えてあげるわ♥』


「うう……キャロ……」

『んん♥旦那様ぁ……♥』


 ……ハッ!

 え、ちょっと待って!幻影に惑わされているとはいえ、この絵面はマズくない!?


「サキュバス奥義!モザイクの術!」

 心配する私達の意を汲んでか、ミリティアが謎の術を発動させる!

 すると、ルアンタ達と私達のそっくりさんは不思議な模様に包まれて、何をしているのかさっぱりわからなくなってしまった!

 多少、切なげな声は漏れてくるが、これならギリギリセーフといった所かしら。


「これでしばらくの間は、こやつらも偶像相手にハッスルしておるから、足止めできるじゃろう」

 ううん……幻影いてとはいえ、それはちょっとやだな。

「なお、最後の一線は越えぬ設定にしてあるので、安心してほしい」

 気配りの達人かよ!


「さすが、老若男女あらゆる性癖にドストライクな幻を生み出す、『無敵のサキュバス』ミリティア……腕は落ちていないようね」

 誉めるエティスティに、ミリティアはニヤリと笑って見せた。


「さて……残念ながら、ワシには直接戦闘するような力は、あまり無い。エティスティ(あやつ)を倒す役目、お主らに頼むぞ」

 ミリティアに言われるまでもない!


「任せてください、後は私達だけで十分です!」

「ルアンタ様を惑わした罪、その身に叩き込んで差し上げますわ!」

 モザイクの横を通り抜け、ボキボキと指を鳴らしながら、私とヴェルチェはエティスティと対峙した。

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