04 神々の争い
「──という訳です」
「なるほど、破壊神とその使徒、か……」
「ええ。ただ、対抗しようにも、私達には情報が無さすぎます。ですから、サキュバスの古参であり、悪魔も住まう暗黒界の事情に詳しいであろう貴女に、破壊神達の事を何か知らないか、お聞きしたかったのです」
私の話を聞き終え、ロリババア……もとい、サキュバス大長老は「ふむう……」と腕組みをして俯いてしまった。
「……結論から言えばじゃが、ワシは破壊神……イコ・サイフレーム様やその使徒連中の事を、少しは存じておる」
イコ・サイフレーム……様?
敬称をつける目の前のサキュバスに、思わず警戒の目を向けた!
すると、彼女は「待て待て」と手をブンブン振って見せる。
「別にワシは、あの方の信徒とか配下という訳ではないわ。ただ、この世界を造った神の片割れであるから、敬称をつけずにはおられんのじゃ」
「この世界を……どういう事です!?」
「やはり、伝わっておらんのか。あの、神々の戦いは……」
どこか遠い目をして、サキュバス大長老は呟いた。
悠久の時を過ごし、歴史を見守ってきた彼女の目には、何が映っているのだろうか……って言うか、彼女はいったい何歳なんだろう?
つい気になって尋ねてみると、「永遠の十歳」との答えが返ってきた。
むぅ……ある意味、ロリババアに相応しい答えか。
「……俺も、よくあるなはずの『神々による創世の神話』が、この世界には伝わっていないのが、前々からちょっと気になっていたんだ。しかし、神話の元になる神々の記録や口伝すら、失われていたんだな」
それで納得がいったぜと、シンヤはひとり頷く。
確かに……言われてみれば、私達はあの声を聞くまで、破壊神や他の神などという、存在を知らなかった。
むしろ、この世界を作ったのは、エルフの国を守護してるような精霊王なんかを初めとする、精霊の祖なんじゃないかな……?とかいうのが、定説だったもんな。
「この地上の者達が、あの戦いを歴史の闇に沈め、神々の存在を忘れようとしたとしても、不思議はあるまい。それほど、激しい戦じゃったからな」
先人達が忘れてしまいたくなるほどの、凄惨で激しい戦い……それが、どのような物であるかは、想像もつかない。
しかし……。
「あんたの思い出話は、それは貴重な体験なんだろうさ。だが、今はわずかでも破壊神の事を知りたいんだ」
シンヤがそう切り出すと、私達も同意して頷いた。
そう、過去よりも今を生き残るために、私達には情報が必要なのだ。
「聞かせてください。その時代の、神々の戦いという物を」
そこから、少しでも破壊神の陣営に勝機を見出だすために。
「……いいじゃろう。ワシとて別に、滅びたい訳ではないからのぅ」
ひとつ頷いて、サキュバス大長老は語り始めた。
遠い過去の神話を……。
◆◆◆
かつて、この世界には二人の美しい姉妹神がおった。
姉神の創造神、オーヴァ・セレンツァ様。
そして、妹神の破壊神、イコ・サイフレーム様。
二人は常に仲の良い姉妹で、力を合わせて地上に様々な生き物の営みを産み出していった。
オーヴァ・セレンツァ様は生の喜びを、イコ・サイフレーム様は死の安寧を……と、いった具合にのぅ。
じゃが、ある時。
仲の良かった二人の間に、小さなすれ違いが起こった。
◆
「お姉ちゃんは最近、地上の者の事ばかりで、余を構ってくれない!」
「そんな事はないわ、貴女は大切な妹だもの」
「嘘!だって地上の連中を作ってから、一緒にお風呂にも入ってくれなくなったし、添い寝もしてくれないもの!」
「貴女もいい神でしょう?それに、私達には、地上の者を産み出した責任があるのだから、ちゃんと見もってあげないと……」
「そんな奴ら、知った事じゃないもん!」
「イコ……」
「そうだよ、地上の奴等がお姉ちゃんとの時間を邪魔するなら、いっそ全部滅ぼしてやればいい!」
「何を言い出すの!冗談でもやめなさい!」
「余は本気だよ!もう一度、お姉ちゃんと二人だけの時間を作るためなら、なんだってするから!」
「いけません!そんな事は、私が許しませんよ!」
「お姉ちゃん……やっぱり、お姉ちゃんは余よりも地上の虫けらどもの方を……」
「そうじゃないわ、話を聞きなさい……」
「もういい……こうなったら、何をしてでも余だけのお姉ちゃんを取り戻すからっ!」
「イコ!」
◆
そうして、袂を分かった二人の女神は、地上の者達も巻き込んだ争いを始める事となった。
ほとんどの地上の者達が『仲良し姉妹はいいけど、そこまで執着するとドン引きするわ派』として姉神のオーヴァ・セレンツァ様に。
そして一部の『逆張り好きで荒し気質』の悪魔やモンスター、さらに後の世に十二使徒と呼ばれる事となる、十二人の『姉妹百合ガチ勢』と『クレイジーサイコレズ好き』が妹神イコ・サイフレーム様に付いた。
こうして、世界を二つに割った神々の戦いは、幕をあげたのじゃ……。
◆◆◆
「──って、どうしたお主ら?」
力なく踞る私達を見て、サキュバス大長老は怪訝そうな声をあげた。
いや、どうしたのって、あんた……。
「そ、そんな馬鹿馬鹿しいきっかけで、世界を割って戦ったと言われても……」
姉に構ってもらえないから、世界を滅ぼす神ってなんなんだ……。
「争いのきっかけって、割りと些細なものだし……」
「些細にもほどがありすぎます!」
それに取り巻き連中も、やってる事が行き過ぎたファン同士の抗争みたいなものじゃないか!
そりゃ当時の連中だって冷静になったら、語り継ごうなんて思わなくなだろうし、むしろ隠すわ!
「つーか、『姉妹百合ガチ勢』とか『クレイジーサイコレズ好き』とか、神話に出てくる単語じゃねぇだろが……」
頭を抱えながら、シンヤが弱々しいツッコミを入れる。
まぁ、そこは私も正直何を言ってんだ、こいつは……と思ったわ。
「そういう、時代じゃったのさ……」
目の前のロリババアはそう言って小さく笑うが、ノスタルジックな昔の思い出風に語れば、何でも許されると思うなよ?
「と、とにかく、破壊神と創造神の戦いについてはわかりましたわ。結局の所は、破壊神の敗北……で、よろしいのですわよね?」
ヴェルチェの言う通り、破壊神の狙いであった地上の殲滅が成っていないのだから、そういう事なんだろうな。
しかし、サキュバス大長老は悲しそうに、キュッと唇を噛んだ。
「勝利というよりは、引き分けじゃなぁ……イコ・サイフレーム様は暗黒界に、そして十二使徒と破壊神の眷族であった、『千頭竜』と『尾万虎』の魂は、それぞれの世界にバラバラに封印された。じゃが、創造神オーヴァ・セレンツァ様は……力を使い果たして、永遠の眠りについてしまわれたからのぅ」
「それって……」
つまり……死んだという事か?
「今も暗黒界で、ぐっすり眠っておられるよ」
あ、生きてたのか。紛らわしい言い方をするなぁ……。
「でも、それならその創造神様に起きてもらって、今の破壊神をどうにかしてもらえないんでしょうか?」
そうだなぁ、それができるなら助かるな。
ルアンタの提案が通るか、私も興味を持ってサキュバス大長老を見るが、彼女は大きく首を横に振った。
「それをすれば、あの戦いを再現してしまうだけじゃよ……地上の者の八割が死に絶えた、神々の黄昏をのぅ」
そんなに!?
って言うか、めちゃめちゃ激しい戦いだったんじゃないのっ!
参加した連中の動機が動機だけに、もっとぬるい戦いかと思ってたいたわ……。
うーん、やっぱり今の私達でなんとかするしかないのか。
しかし、なんだかスケールが大きくなりすぎて、どうにかできる目処が立つ気がしないなぁ……。
そんな風に私が内心で考えていると、隣にいたルアンタが意を決したように拳を握った。
「破壊神をどうにかする……雲を掴むような話ですけど、今は少しずつ奴等の力を削いでいくしか、ありませんね!」
やる事は決まったとばかりに言い放つ彼の言葉に、私は胸中に沸き上がる思いを噛みしめた。
私ですら途方に暮れかけたのに、彼は前だけ見詰め続けているのだ。
基本的には、まだまだ子供だとばかり思っていたのに、いつの間に頼れる男の子になっちゃって……先生は嬉しいぞ!
とりあえず、イコ・サイフレームは暗黒界に封印されている事が、サキュバス大長老の話からわかった。
憎んでいるはずの地上を、自ら滅ぼしに来ないあたり、完全に復活した訳ではなく、まだ暗黒界に捕らわれているという事なんだろう。
それならば、実働部隊である十二十二使徒を倒せば、破壊神の野望は止められるかもしれない。
うん、そう考えると希望は出てくるな!
この思考に至れたのも、ルアンタの一言が私を奮い立たせたお陰だ。
さすがは、『真・勇者』! 師として、鼻が高い。
熱い視線を私が彼に向けると、ルアンタはよくわかってないようだけど、にっこりと極上の笑みを浮かべた。
ウフフ、たまらんのぅ……これは、ご褒美決定かな♥
まぁ、それはさておき。
「ルアンタの言う通り……今の私達に出来る事と言えば、イコ・サイフレームの十二使徒を倒し、奴等の狙いである破壊神の眷族、『千頭竜』と『尾万虎』の復活を阻止する事でしょう」
そう告げると、仲間達は力強く頷く。
まずは、目の前の問題からコツコツと、だ!
しかし、にわかに盛り上がった私達をよそに、サキュバスの大長老はひとり浮かない顔をしていた。
「…………解せぬ」
ポツリと彼女が漏らした呟きを、私の聴覚が拾う。
解せぬって……いったい何が?
彼女に聞いてみようとした、その時!
「何か……懐かし面白い話を、していたみたいじゃない?」
突如、私達の頭上に開いた、空間の穴!
あれは転移魔法の移動口かっ!?
「うふふふ……」
そして、上から押さえつけられていると錯覚するほどの、強力な圧力を撒き散らしながら、その人物は微笑みを浮かべて、地上へと舞い降りてきた。




