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謀殺されてTS転生した魔王の息子が、勇者の師匠になる話  作者: 善信
第十一章 暗黒界神話
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03 サキュバス大長老

「我が呼び掛けに応えよ!来たれ『インテリジェンス・サキュバス』!」

 なんだって?

 聞きなれないサキュバスの種類に首を傾げていると、オーリウの魔法円から光の粒が飛び出し、それらが積み重なって、人の形になっていく。

 やがてそれが収まった時、一人の美女が姿を現していた。


 キッチリと切り揃えられた黒髪に、知性的でクールな目付きで辺りを見回しながら、クイッと眼鏡の位置を直している。

 なんだか、お堅いお役所の人……そんな雰囲気を醸しながらも、凹凸のとれた肢体にピッチリと張り付くような、革製の際どい衣装を身に付けていた。

 なるほど、インテリジェンス・サキュバスとはよく言ったものだわ。


「フフフ、このインテリジェンス・サキュバスは、テクニックこそ少々ぎこちないものの、溢れる知性で様々な淫語を駆使して言葉攻めを得意とする、上級者向けの淫魔です」

 ……なんの上級者だよ。

 オーリウが、そういう夜のお店の紹介文みたいな説明をすると、インテリジェンス・サキュバスは少し得意気な顔をしてから、ペコリと無言で頭を下げた。

 むぅ、サキュバスにとっては、誉められたようなものか……。


「さぁ、エリクシア殿。どうぞ彼女に質問を」

 眼鏡仲間と思われたのか、オーリウは私に話を振ってくる。

 まぁ、こういう時に説明するのは、だいたい私の役目だからいいけどね……。


「では、インテリジェンス・サキュバスさん……」

 コホンとひとつ咳払いをしてから、私はこれまでの経緯について、インテリジェンス・サキュバスに話そうとした。

 だが、彼女は不意に手をあげて、私の言葉に制止を促す。

「どうか……しましたか?」

 急になんだろうと思っていると、彼女は隣にいた召喚主のオーリウに、ヒソヒソと耳打ちをし始めた。


「ふむふむ……あふん♥」

 いきなり、おかしな声と共に身悶えしたオーリウに、私達もビクッと反応して、とっさに身構えてしまう!

「し、失礼……彼女が急に、耳を舐めてきたもので」

 慌てて取り繕うオーリウに、インテリジェンス・サキュバスはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 ……さすがはサキュバスの端くれ、いつでも攻めの姿勢は忘れないと言うことか。


 さて、それはさておいて。

 いったい彼女は、オーリウに何を告げたのだろうか?

「……なんでも、『インテリジェンス・サキュバスという呼び方は長いから、インちゃんでいいです』との事でした」

 呼び方かい!

 ……まぁ、いい。確かに『インテリジェンス・サキュバス』と呼ぶのも、長ったらしいとは思っていたからさ。


「では、インさん……」

 改めてサキュバスに尋ねようとすると、彼女は人指し指を立てて「違う」とばかりに横に振った。

「……インちゃん?」

 試しにちゃん付けで呼んでみると、ご満悦といった表情を浮かべ、うんうんと頷いて見せる。

 うーん、面倒というか、可愛いというか……。

 ともあれ、話を聞いてもらう準備はできたようなので、私はイン……ちゃんに事のあらましを語った。


「……という訳です」

 説明を聞き終えた彼女は、なにやら眼鏡の奥で眉を潜めている。

 まぁ、謎の破壊神……そして、それに使える悪魔達(?)についての質問だ。

 普通に考えればスケールが大きすぎて、そんな反応になるのも頷ける。


「…………」

 少し考えるような仕種を見せた後、インちゃんは再びオーリウに耳打ちした。

「あるほど……んんっ♥……つまり……はぁん♥」

 また何かイタズラされているんだろうが、おっさんがいちいち身悶えしながら変な声をあげているという絵面は、結構キツい物があるからできれば勘弁してほしい。


 そこそこ長く耳打ちしていたようだが、ようやく終わったようでインちゃんがオーリウから離れた。

 しかし、オーリウは膝がガクガクと笑っており、内緒話していのたか、そういうプレイだったのか、いささか判断がつかない。

 もしプレイだったら、一発ひっぱたいておこう。


「お、お待たせしました。えーっ、……彼女が言うには、『自分はその悪魔や破壊神については、なにも知らない。しかし、それを知っていそうな方は存じている』との事です」

 ほほぅ、そんな人物が!?


「それはありがたい!それで、その人物とはどなたです?」

「ふむふむ……それは、『暗黒界にて彼女達サキュバスを束ねるお方……皆は彼女をサキュバス大長老と呼ぶ!』だそうです」

 暗黒界……?

 そして、サキュバス大長老!?

 前世も含め、今まで聞いたの事のない単語に、私達はただ困惑してしまう。

 そんな私達の様子を見たオーリウが、簡単ながら召喚魔法の基礎と共に説明してくれた。


「暗黒界というのは、彼女のような『悪魔系』に属する魔物や精霊が暮らす、別次元の事ですな。私達はその世界から、召喚魔法で彼女らを呼び出しているのです」

 そんな世界があったのか……現世の精霊魔法ならともかく、召喚魔法にはほとんど興味がなかったから、知らなかったわ。


 さらに詳しく聞いてみると、彼女達は普段、向こうで魂だけのような状態で過ごしているらしい。

 それがこちらに来る際には、召喚主の魔力で肉体を構成して、顕現するとの事だった。

 その時、術者が分相応な魔物を呼び出したりしたら、全魔力はおろか生命力まで吸われてしまうから、見極めが難しいのだという。


「話はわかりました。では、単刀直入にお聞きしますが、オーリウさんはその『サキュバス大長老』とやらを、召喚できますか?」

 ズバリ尋ねると、オーリウとインちゃんは申し合わせたように、腕組みしながら困った顔を浮かべた。


「彼女……インちゃんが言うには、私の魔力では足りないそうなんです。なんせ、最低でもジャイアント・サキュバス三十人分を呼び出す程の、魔力が必要との事なので……」

 ジャイアント・サキュバス……聞いた事があるな。

 確か、ルアンタとデューナが人間界に残って、他の勇者達と共に毒竜団のアジトのひとつを壊滅させた時、乗り物として活躍した淫魔だったけ。

 まぁ、それはいいんだけど、なぜかルアンタがその名前を聞いてから、顔を赤くしているのが、ちょっと気にいらない。

 ……これは、後で詳しく話を聞かせてもらう必要があるかな。


 さて、召喚するのにそれだけの膨大な魔力を必要とする、サキュバス大長老。

 逆に言えば、呼び出せれば何かの収穫が得られる可能性が高いと思われる。

 しかし、オーリウでは手に余ると言われてしまうと、どうしたものか……。


 すると、一緒に悩むようなポーズをしていたインちゃんが、何か思い付いたようにオーリウへと耳打ちする。

「……ふむ、ほほぅ……」

 さっき顰蹙を買ったせいか、今度は耳責めなどをせずに真面目に何かを告げているようだが、いったい何を?

 

「彼女が言うには、『マスターが召喚の魔法円を作り、別の人が魔力を注いでサキュバス大長老を呼び出してみてはどうか』、と」

「え、そういうのはアリなんですか?」

「……ふむ、『基本的に、この世界に顕現する魔力が得られれば、あんまり気にしない』か」

 割りとゆるゆるだな、召喚魔法。

 でも、そういう事なら種族的にも、魔力量的にも私が適任と言えるだろう。

 ジャイアント・サキュバス三十体分だかなんだか知らないが、ドンと来いっつーの!


「では、さっそく呼び出すとしましょう」

 そう言うと、オーリウは召喚のための魔法円を構築し始める。

 すると、さっきまで彼の側にぴったりとくっついていたインちゃんが、私の隣に移動してきた。


(マスターの魔法円が完成したら、私と手を繋いで魔力を流してちょうだい……)

 耳元で、彼女はヒソヒソと囁き、私の手を握る。

 思った以上に可愛い声だなぁ……なんて思っていたら、急に私の耳元へ息を吹き掛けてきた!


「ひゃあん♥」

(声、可愛い……耳の形も綺麗ね……♥)

「ちょ、ちょっと……あんっ♥」

(大丈夫……眼鏡同士、仲良くしよ♥)

「何を……んんっ♥」

 思わず変な声が出てしまう!

 どさくさ紛れに、彼女は私の耳を舐めたり、軽く甘噛みしながら、徐々に絡み付くように抱きつこうとしてきた!

 これは……私の魔力を味見するついでに、体の方も味見しようとしている!?

 ちょっと待てっ!私にそっちの気は(元男だけに)無くもないが……させるかぁっ!


(ひゃっ!)

 インちゃんを弾き飛ばし、私は少し距離をとる!

 ルアンタが見てるのに、これ以上はやられてたまるかっつーの!


「………」

 いまいち不満そうに頬を膨らませるインちゃんだったが、そうこうしている内に、オーリウの魔法円が完成する。

 そこでどうやら諦めたようで、彼女はため息と共に私へ手を差し出してきた。

「ふむう」

 ちょっと警戒しながらも私はその手を取り、大丈夫そうだと判断すと、サキュバス大長老を呼び出すために、魔力を流し始める。


 だが……くっ!

 突然襲いかかる、この無理矢理に魔力を搾り取られるような感覚……。

 召喚するだけでこんなにも魔力を吸われるなんて、やはりサキュバス大長老とは、ただ者じゃないな!

 しかし、それでこそ喚び甲斐があるというもの!……そう思っていた時期が、私にもありました。

 なんだか、予想以上に魔力の吸われ方がすごくて、ちょっとヤバいかもしれない!


 湯水のごとく、ドンドン魔力を注いでいたのだが、そろそろ限界かも……と、ふらつきながら思い始めた頃、ようやく魔法円に変化が現れた!

 あ、危なかった……。


 インちゃんが召喚された時と同じように、魔法円から溢れ出た光が折り重なり、人の形を形成していく。

 そして光が収まると……そこにいたのは、歳の頃は十代初め辺りといった感じの、一人の少女だった。


 愛らしいくも怪しげな美貌に、金の髪を風に靡かせ、ヴェルチェよりもさらに平坦なボディラインに張り付いた、インちゃんと似た素材のギリギリな衣装が、この少女もサキュバスだと物語っている。

 物語っているのだが……あれ、サキュバス大長老は?

 明らかにこの少女は違うだろうし、もしかして召喚に失敗したのだろうか?


 そんな風に思ってオーリウに尋ねようとすると、片ひざをついてサキュバス少女に頭を下げるインちゃんの姿が目に入った。

 え?その反応って、もしかして……。


「おう、そうかしこまるでないわ。こちらに喚ばれた以上は、ワシも似たような境遇じゃからな」

 少女らしからぬ、年寄りくさい口調で彼女はインちゃんにパタパタと手を振ってみせた。


 まさか、本当にこの娘が……。

「貴女がサキュバス大長老……なのですか?」

 私の問いかけに、少女は老獪さを滲ませた笑みを浮かべると、薄い胸を張った。

「おうさ。ワシは確かにそう呼ばれておるのぅ」

 ニッと口の端を上げて笑いながら、少女は 堂々と返事を返してきた。


「ぬぅ!ここで、まさかのロリババアかよっ!」

「おいおい、小僧。永遠の美少女を捕まえて、ババアはないじゃろ。せめて『のじゃロリ』とか呼んでくれんか」

「……あんたは、のじゃロリって呼ぶほどの隙を感じられねぇんだよ」

「カッカッカッ、言いよるわ!」

 少しシンヤと会話を交わしただけだが、このサキュバスの少女が見た目通りな思考と言動ではないのがよくわかる。

 確かに、どこか隙のある『のじゃロリ』ではなく、海千山千な『ロリババア』の方が、呼称としては相応しい気がするわ。

 まぁ、どっちでもいいわ!と言われれば、それまでだけど。


「さて……わざわざワシのような古参のサキュバスを喚んで、何をさせようと言うのかな、マスター殿?」

 そう言って、彼女が顔を向けたのは、オーリウではなく私だった。

「……貴女のマスターは、あちらのオーリウさんではないのですか?」

「いや、確かに魔法円(とびら)を作ったのは奴かもしれんが、ワシを形作っとる魔力はお前さんの物じゃ。ならば、マスターはお主というのが道理じゃろう」

 んんっ、そういうシステムなの?

 チラリとオーリウの方を見ると、彼は神妙な顔で一言。

「そういうパターンもあります」

 そうか、あるのか……じゃあ仕方ないな。

 だけど、それならそれで、気兼ねなく質問できるというものよ。


「では……」

「お待ちくださいませ、エリ姉様!」

 大長老に質問を投げ掛けようとした時、不意にヴェルチェが割って入ってきた。


「僭越ながら、ワタクシにはこちらの彼女が、本当にサキュバス大長老なのか、怪しいと思われますわ!」

「ほぅ、なぜかの?」

「どうみても、ワタクシより平坦でチンチクリンな貴女が、サキュバスの最高峰とは思えませんもの!」

「い、言ってくれるのぅ……」

 ドワーフよりもチンチクリンと称された彼女は、少し口元をヒクヒクと歪めながら、ヴェルチェと真っ向から睨み合う。


 でも、確かに色気のいの字も感じられない彼女を見ていると、ヴェルチェの言い分もわからないでもない。

 すると、そんな私の気配を感じたのか、彼女はため息を吐いて「ならば実力を見せよう」と、呟いた。


「まぁ、ワシは確かに見た目だけなら超絶キュートな美少女で、男の性的な趣味からは外れる事も多い。じゃが、代わりにこんな術が得意でのぅ」

 彼女は、そう言うのと同時に術を発動させる。

 すると、突然に地面から一枚の大きな鏡が出現した!

 その鏡が、私とヴェルチェの姿を映したと思ったら、鏡面がグニャリと歪み、そこからぴょこんと人影が飛び出してくる!

 だが、その人物というのが……なんと可愛らしく女装したルアンタのそっくりさんだった!


「な、なんでそんな格好してる僕なんですかっ!」

 ルアンタは顔を真っ赤にし、憤慨して抗議するが、私達と言えば……。


「あ、あわ……あわわわわわわ……」

「おおお、お可愛、おかわわわわ……」

 語彙が死ぬほど、その女装ルアンタの愛らしさに魅了されていた!

 ヤ、ヤバい!なんだこの可愛さは!?


 しかし、かろうじて立っていた私達に、女装ルアンタは近づいてくると、潤んだ瞳で私達を上目づかいに見ながら一言。


「せんせぇ……僕、先生のためなら、どんな格好でもしてみせます……だから、可愛いがってください……♥」


 次の瞬間、私は鼻血を流しながら、ガクンと腰砕けになって膝をついた!

 隣を見れば、ヴェルチェはすでに自ら流した鼻血の海に沈んでいる!

 まさか、可愛いに可愛いを足すだけの簡単な方程式に、これほどの破壊力を持たせるとは……恐るべし、サキュバス大長老!


「これで、信じてもらえたかのぅ?」

 私達の様を見て、彼女が得意気に言う。

 もはや認めるしかあるまい……お前がナンバーワンだ、と。


「……大したものですね。貴女がサキュバスの最高峰だという、看板に偽りは無さそうで喜ばしい事です」

「そうじゃろう、そうじゃろう。伊達に長生きしとらんわ」

 ご満悦で頷く、サキュバス大長老。

 外見とは比べ物にならないほど、経験を積んでそうな彼女ならば、何かの破壊神達の情報を知っているかもしれない。

 そんな期待を込め、私はインちゃんにも話したこれまでの経緯を、もう一度大長老に話して聞かせた。

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