02 召喚術士の見解
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ラオの街に到着した私達は、さっそく冒険者ギルドへと向かう。
ギルドの建物の前で、トラック型ゴーレムの荷台に積まれていた氷漬けの冒険者達を下ろし、そのまま預ける事にした。
事情は説明したものの、こんなに大量の蘇生依頼を持ち込まれたのは初めてだと、ギルドの受付嬢が半泣きになっていたのが印象的だったわ。
次いで、ラオ自治領の領主にも挨拶と事情の説明をして、キャッサ達が戻るまでの滞在を告げておく。
後は、ロウロン自治領へ召喚術士で勇者のオーリウに宛てた手紙を出して、ひとまずこれで根回しの方はヨシ!、といった所か。
さて、残った時間で必要な雑貨や食料などの手配でも……等と予定を立てていた所で、ヴェルチェから申し出……というか、お願いがありますわと呼び掛けられて、私達全員が集められた。
「やはりワタクシにも、エリ姉様達のようなスーツを拵えてほしいのですわ!」
……ううん、また言い出したか。
「前にも言いましたが、『戦乙女装束』は防具の類いですよ?貴女が装着しても、無駄な重石にしか……」
「そういう事ではありませんのっ!」
諭そうとする私に、ヴェルチェは大きな声で首を振った!
「皆さん、『変身』なさいますのに、ワタクシだけがそういったアクションが無いと、疎外感が凄まじいのですわ!」
ああ、そっちの理由かぁ……。
お揃いがいいんですの!と、熱弁を振るうヴェルチェの気持ちもわかるだけに、こうなるとあんまり否定もできないな。
でも、私やルアンタと同じ作りにすると、ミスリルが魔力を弾いてしまうから、ゴーレムに乗って魔力で操る彼女の戦闘スタイルとは、致命的に合わないというのも事実だ。
「……そんな訳で、貴女用のスーツは作れないんです」
「で、でしたら、オリハルコン製なら……」
「加工に手間がかかりすぎますし、何より材料が足りません」
「そ、そんな……」
破滅を迎えた悪役令嬢のように、ガクリと崩れ落ちるヴェルチェ。
でもまぁ、仕方がない。無い袖は、振れないものなのだから。
例えばなんでもない鉄とかで、それっぽく作れない事もないけど、『イコ・サイフレームの使徒』の前では紙のような防御力だし、比喩ではなくただの重石でしかないからなぁ……。
「……それじゃあ、俺の『変身』スタイルを身に付けてみるか?」
私達の話を聞いていたシンヤが、横からそんな言葉を投げ掛けてきた。
「シンヤさんの……変身?」
怪訝そうなヴェルチェに向けて、シンヤはコクリと頷く。
「エリクシア達の『変身』と違って、俺の『変身』は自分の魔力で体を覆うタイプだからな。それなら、ゴーレムの操縦の邪魔にもならないと思うんだが?」
「そ、そんな事が……」
「ギミックも簡単だぞ。なんせ、変身のトリガーとなる、気合いを入れればいいだけだからな!」
「……いやいや、貴方は変身前に構えとか取ってるじゃ無いですか?」
「そっちの方が、格好いいからな!」
ビッ!っと親指を立てて、いい笑顔を向けてくるシンヤに、同じような理由でポーズを取ってる私達も返す言葉もない。
やはりこう、男心(私は今は女だが)をくすぐるアクションっていうのは、いつまでも変わらない物だ。
「いいよね……」
「いい……」
プロ同士が多くを語らず以心伝心するように、私達は言葉少なく頷きあった。
「で、どうする?」
「……何か、見返りなどを求めたりしませんわよね?例えば、ワタクシの体とか……」
「ハンッ!前にも言ったが、体毛も胸もないツルペタには、ピクリともこねぇよ!」
マニアックな事を言いながら、心底アホくさいといった感じで切り捨てるシンヤに、ヴェルチェはぐぬぬ……と、歯を食いしばる。
わかる、わかるぞ!
本当に体が目的とか言われたらガチで軽蔑するけど、全く興味が無いと言われると、それはそれで腹立たしい乙女心というものが!
「わかりましたわ!貴方の申し出、受けて差し上げます!」
「……なんで、俺が頼んだみたいに言うの?」
「細かい事は気にしないでくださいまし!ですが、ワタクシに相応しい、エレガントで、キュートで、ゴージャスで、プリティで、キュアキュアな感じのデザインでお願いいたしますわ!」
キュアキュア……?
ドワーフの方言か何かだろうか?
よくわからないが、ヴェルチェからの注文が多い事に、シンヤは顔をしかめた。
「あー、面倒だからデザインは自分で考えてくれ。やり方は……」
そう言って、彼の変身のためのキーアイテムをヴェルチェに渡して、ギミックと変身プロセスを説明していく。
「大丈夫なんですかね、ヴェルチェさん……」
「まぁ……どうにかなるでしょう」
私とルアンタは、あーでもないこーでもないと揉める二人の背中を見ながら、顔を合わせて肩をすくめるのだった。
◆
──それから五日ほど過ぎて、キャッサ達が無事に街へと帰還してきた。
「いやー、ダメっすわ。地下の深い場所は無事っぽいんですけど、そこへ通じるあらゆる道が潰されてしまってるっす」
大量の瓦礫をどうにかしないと、まともな調査はできそうにないという。
ううん、それも仕方ないか。
元々、何か破壊神の手がかりがあるかもしれない、あったらいいな……位の期待値だったから、ここにこだわって無理はしなくてもいいだろう。
それでも、念のために今後の調査を依頼すると、意外にもキャッサは快く引き受けてくれた。
「勇者なんて言っても、仕事がなければただの無駄飯食らいっすからね……やる事が有るのは、ありがたいですよ」
微妙かつ複雑な笑みを浮かべて、キャッサはそんな事を言う。
なんとも、世知辛い世の中だなぁ……。
何はともあれ、後は彼女達に任せて、その翌日には私達は一行は、ロウロン自治領を目指して出発する事となった。
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ヴェルチェのトラック型ゴーレムのお陰で、快適に進めた私達は数日後にはロウロンの都に到着する事ができた。
見た目が自走する変な荷台なだけに、途中で襲ってくる盗賊紛いの連中もいたが、それらを返り討ちにしたお陰で、懐も潤ったのは嬉しい誤算である。
さて、先に手紙を出しておいた事や、私が以前に彼の邪眼……『異性から蛇蠍のごとく嫌われる魔力』を封じる、眼鏡型の魔道具を作ってあげた恩があった事。
それに加えて、破壊神対策の話も聞ければといった感じで、私達はすぐさま城の応接室に通されて、オーリウと会うことはできた。
しかし、直接会って用件を伝えた所、彼は大きくため息を吐いて応接室のソファに背中を預ける。
「……なるほど、敵の正体が『魔界に伝わる、古の召喚魔法』で喚び出された悪魔の姿に酷似していた、と」
あまり事情を知らない者に、シンヤが元異世界人だとひけらかす訳にはいかないので、彼の知識を『魔界に伝わる云々』と誤魔化しておいた。
まぁ、魔界と人間界は長いこと争ったりしていたから、互いに知らない事があっても、そう変には思われないだろう。
「ああ。だが、魔界ではその古の召喚魔法は、すでに失伝していてね……ちょっとした資料しか、残っていないんだ」
「それは残念っ……!私も一召喚魔法の使い手として、是非とも学んでみたかった……」
私達の適当な嘘に、探求者のような顔で悔しがるオーリウ。
なんだか、少し心苦しくなるな……。
私も前世はこういうタイプだったから、未知の知識や技術に触れるチャンスを失った気持ちは、よく解るしね。
だけど、ここは変に食い下がられる前に、さっさと本題へと入ろう。
「そんな訳で、人間の扱える召喚魔法でその悪魔……もしくは、近い存在を呼び出して、敵の正体を探ることはできないだろうかと、貴方を訪ねてきたという事です」
「ううむ……」
私達の期待の目を前にして、オーリウは難しい顔で腕組みをしてしまった。
「……結論から言えば、そのレベルの悪魔を呼び出しすのは、私でも無理でしょう」
「召喚魔法の勇者である、オーリウさんでも……ですか?」
「ええ。そりゃあ『下位悪魔』や『上位悪魔』くらいなら召喚できます。ですが話を聞くに、その悪魔は『魔神クラス』。そこまで位の高い悪魔となると、私ではとてもとても……」
ふむう、召喚魔法にはあまり詳しく無いけれど、そういったランク分けがあるんだ。
「では、その『上位悪魔』に話だけでも聞けませんか?」
「無理でしょうね。高い対価を持ってしても、あくまで一時的に呼び出して使役できるだけですし、相手が問答に応じるとも限らないですから」
そういう物なのか……面倒なんだな、悪魔の相手は。
しかし、呼び出すのにそんなにコストがかかるなら、悪魔側もそれなりのサービスを提供してもいいだろうに。
まるでボッタクリだな……って、悪魔相手に言う事ではないか。
「それじゃあ、せめてオーリウが完全に支配して喚べる範囲で、悪魔の事に詳しい奴はいないか?」
シンヤの問いに、オーリウは難しいそうに顔を歪める。
「うーむ……サキュバスなら五十数種ほど召喚できますが、その中にいるかなぁ」
多いって!
そういった専門職ばりに、召喚対象が片寄ってるとは聞いてたけど、なんでサキュバスばかりそんなにバラエティ豊かに喚べるのよっ!
何て言うか、『加減しろ馬鹿っ!』としか思えんわ!
「まぁ……もしかしたら、何か知ってるサキュバスもいるかもしれないですから、とりあえず物知りそうな奴を喚んでみますか」
そう言うと、彼はさっそく空中に、召喚の魔法円を構築していった。




