11 使徒の正体
「やりましたね、先生!」
変身を解除し、笑顔で駆け寄ってきたルアンタに、私もハイタッチで応える。
ニコニコしている彼の顔を覗き込んでいたが、想定していたより、遥かに高い成果をあげた『同調鏡姿の型』は、動作だけでなく、心情までも重ねたのだろうか。
今の私には、ルアンタが思っている事が、手に取るようにわかってしまった。
だから、彼にだけ聞こえるように、ソッと耳元で囁く。
「ご褒美は夜になってからですよ♥」
その一言で、真っ赤になって俯くルアンタが愛らしくて、ニヤニヤと微笑んでいた所に、ヴェルチェとシンヤが悠々とやって来た。
「ルアンタ様、エリ姉様、お疲れさまでした!」
「意外と、あっさり倒したじゃないか」
無惨な姿で倒れているディックスを眺めて、シンヤは呑気にそんな感想を漏らす。
まぁ、外野からすればそう見えたかもしれないけれど、そんな簡単じゃなかったんだからね?
ディックスが身に付けていたのが、お遊びの延長……優れた身体能力に頼っただけというカウンター攻撃だったから、その雑な隙を突けたのだ。
奴が言っていた通り、反撃のみで相手の心を折るという、悪趣味な真似をするには、素の身体能力だけで十分すぎたというのもあったんだろう。
けれど、 もっと本気で技術を磨かれていたら、結果は逆だったかもしれない……。
それくらい、手強い相手だった。
そう思えば、前世で力及ばずに殺されたのも、良い経験だったのかもしれない。
あれが無かったら、私も今世で鍛えまくろうとは思わなかっただろうからね。
そんな事を思いながら、前世で私を殺す片棒を担いでいた、ダーイッジの方をチラリと見る。
すると、何を勘違いしたのか、彼女はルアンタの様子を見て頬を染めて、期待するような潤んだ瞳を私に向けてきた。
いや、貴女には何もご褒美はありませんからね?
「それにしても、あんなカウンター対策みたいな技法を、よく用意してたな」
「いえ……あれは、こういう場合を想定して作った型という訳ではありません」
シンヤの問いに、私は首を横に振る。
元々『同調鏡姿の型』は、単純に一対一よりも二人がかりの方が勝てる見込みは大きいとか、同時に別部位への攻撃ができれば有利かな……くらいの気持ちで考案した物だ。
先に戦ったニーウがそれだけ手強かったという事もあったし、彼女と戦っていたからこそ、破壊神の使徒に対する備えができたとも言える。
まぁ、こうして実戦で使ってもかなり有効だったから、今後も役に立つだろう。
その辺りを踏まえて、「ニーウのお陰で対策が練れましたよ」なんて伝えたら、あの小生意気な少女は悔しがるかもしれないな……次に会ったら言ってみよう。
「さて、それでは本命の『ターティズ地下迷宮』の方に……」
メエェェェ……………。
ん?
なんだ、今の羊だか山羊の鳴き声みたいなのは?
私の言葉を遮って、唐突に響いたその音に、私達が顔を見合わせていると、再び「メエェェェ………」との鳴き声が聞こえた。
いったい、何が……そう思って声のした方に顔を向けると……。
「メエェェェ!」
ガクガクと激しく痙攣する、横たわっていたディックスの口から、その鳴き声は放たれていた!
いや、それだけではない!
爆発魔法の余波で、焦げていた頭部がメキメキと変形し、禍々しい角の生えた獣のような物に変わっていく!
さらに頭部だけに限らず、その身を包んでいた衣服が弾け飛ぶと、露になった下半身がみるみる漆黒の剛毛に覆われ、爪先は蹄へと変わっていった!
全身の筋肉が膨張し、全体的に巨大化ていく中、なぜか腕だけがグングン伸びて元の倍ほどの長さになり、膨れ上がった筋肉は鋼のような色を帯びていく!
「メエェェェ……」
人間に近かったディックスの姿は完全に失われ、されど獣人とは一線を画す不気味な獣の特長……。
そして、五メートル以上にまで巨大化した、不吉の象徴とも思える山羊頭の魔人は、恨みの籠った眼で、こちらを睨み付けていた!
「な、な、な、なんなんっすか、あの化け物は……」
変化したディックスの姿を見て、いち早く後方に避難したキャッサが、震えながら尋ねてくる。が、そんなの私の方が知りたいっ!
もしくは、あれが破壊神の使徒の正体なのだうか?
今のディックスよりも、巨大な物やグロテスクな外見をしているモンスターなど、私も数多く見てきた。
しかし、目の前の怪物はそんな連中とは比べ物にならない、まるで魂が萎縮するかのような圧力を放っている。
「メエェ……」
「っ!?」
一瞬、奴が目を細めたかと思うと、凄まじい勢いで私の方へ突進してきた!
「くっ!」
辛うじて避ける事はできたが、こいつ……こんな巨体になっても、スピードが全然落ちていない!?
「メエェェェ!」
攻撃が避けられたディックスは、その勢いのままに地を蹴ると、無理矢理に方向転換して再び私を狙う!
まずい!
まだ、体勢崩れてて、避けるのに不充分だわ!このままでは、まともに食らってしまう!
「先生ぇぇっ!!!!」
ディックスの鋭い角が私を捉える寸前で、横から飛び込んできたルアンタが、奴を殴り飛ばした!
スーツを解除していたのに、このスピードとパワーは……私を助けるために、限界を越えたというのかっ!?
「痛っ……先生、大丈夫ですか?」
無理な力を出したために、負担も大きかったようで、ルアンタは苦痛に顔を歪めながらも、私を気遣う。
「え、ええ……」
頷く私に、彼はホッとしたようにため息を漏らした。
こ、この子は……!
師匠として、無茶をするのは叱らなければならないが、一個人としては、そんな風にダメージ覚悟で助けてくれた事がとても嬉しい。
これは……後で、ご褒美とお仕置きをしなくちゃな♥
「っと、奴は!?」
緩みかけた気を引きしめて、ルアンタに殴り飛ばされたディックスの方へ目を向けると、すでに『奈落装束』を再装着したシンヤが、奴を捕らえていた!
「よっしゃ!今だ、ヴェルチェ!」
「オラアァァ!ですわ!」
超重量で動きを封じていた所に、ヴェルチェがトラック型ゴーレムで突っ込んでいく!
巨大化したとはいえ、さすがにその一撃は効いたらしく、ディックスは弾き飛ばされて地面を転がっていった。
「ちっ!今ので異世界に飛ばせると思ったんだが……」
「そんな能力がありますの!?」
トラック型ゴーレムから降りてきたヴェルチェが、シンヤの呟きに驚きの声をあげる。
「まぁ、トラックに轢かれて異世界転生は、ある意味で定番だからな」
ああ、そういえば異世界からの書物にも、そんな表記があったっけ。
「知りませんでしたわ、知りませんでしたわ……」
驚愕するヴェルチェだが、いわゆるただの「お約束」なので、あまり本気で受け取らないように……。
「さて……冗談はさておき、奴さん、あまりダメージを受けてないみたいだな」
「……そのようですわね」
そんなシンヤ達の視線の先で、ゆっくりと起き上がったディックスが、二人を睨み付けた!
どうやら、奴は狙いを私から彼等に変えたようだ!
「フッ……ちょうどいい機会ですわ。ワタクシの、新たなるゴーレムをお披露目したしましょう!」
そう言い放つと、ヴェルチェはパキィン!と指を鳴らして、高らかに叫ぶ!
「綺羅星号、トランスフォームですわ!」
すると次の瞬間、彼女が先程まで乗っていたトラック型ゴーレムに細やかなヒビが走り、あらゆるパーツが細々と動き回る!
そうして、みるみる内に人型のゴーレムへと変化していった!……って、ちょっと待てぃ!
何をどうしたら、「トラック型」が、「美少女型」に変わるんですかっ!
ゴーレムと言い張れば、何をやってもいいと思うなよ!?
「これぞ、『姫を模したる踊り子人形・Ⅱ型』ですわ!」
そんな私の心の声など、微塵も察せず、変形を完了して美少女型ゴーレムを前に、ヴェルチェは堂々と名乗りをあげる。
「 さぁ、参りますわよ、シンヤさん!」
「おうよ!」
声を交わすと、トラック型から変形した、美しいゴーレムに二人は揚々と乗り込んでいった!
二人乗り……それがⅡ型の特長か!?
『一気に畳み掛けますわ!』
大地から、ゴーレムに合わせた双剣を作り出し、ヴェルチェがディックスへ突進していく!
「メエェェェ!」
ディックスもそれを正面から迎え撃ち、激しい攻防が始まった!
野生の獣さながらのスピードとパワーで攻めるディックスに対し、軽やかな剣技で受け流して反撃するヴェルチェのゴーレム。
ド迫力な巨体同士の戦いだったが、拮抗状態は長く続かなかった。
「メエェッ!」
小さく吠えたディックスの回りに、十数個の火球が出現する!
無詠唱魔法!あの状態でも使えるのか!?
浮かび上がった火球の群れは、容赦くヴェルチェのゴーレムに襲いかかり、炎と爆煙で彼女を包み込んだ!
もうもうと沸き立つ煙で、ヴェルチェの視界を遮ったディックスは、凶悪な角でトドメの一撃を加えんと、体勢を低くして突進しようとした!
だが、その巨体の動きがピタリと止まる!
「メ……エェェェ……?」
動こうとするが、まるで何かに押さえつけられているかのように、その場に立っているのがやっとといった感じだ。
「……あれは!」
その時、私は気がついた。
ディックスの足元、そこに黒い植物のような影が伸びていて、奴の足に絡み付いている事に。
「あれは、シンヤの『奈落装束』の能力……」
そうか、そのための二人乗りか!
おそらく、あのⅡ型のゴーレムは、同乗者の能力を使用する事ができるのだろう。
そうして、ディックスの動きを封じた所で、爆煙の中からヴェルチェのゴーレムが上空へと舞い上がった!
上空でゴーレムの手にした二本の剣が合体して、一本の大剣へと変化し、さらに刀身が闇のような漆黒に染まっていく!
あれは何か、大技を出す前振りか!?
『魔界剣奥義!『綺羅☆・流星剣』!』
漆黒の尾を引く流星となったヴェルチェのゴーレムが、空を切り裂くような大上段からの一撃を、地上のディックスへ振るう!
単純にして究極!
シンヤの超重量の能力をも付与されたその剣閃は、ディックスの防御を無視して巨体を両断しながら大地まで届き、激しい爆発のような衝撃と共に、魔獣の肉体を吹き飛ばした!
衝撃の余波で、凄まじい土煙が辺りを覆い尽くす。
……やがて、それが収まった時、ディックスが立っていた場所には、ヴェルチェの必殺剣の破壊力を物語るように、散らばるわずかな肉片と、大地に開いた巨大な空洞だけが残っていた。
そして、その肉片も、やがて風に溶けるようにして消滅していく。
『完全勝利!ですわ!』
勝利の声と共に、優雅にポーズを決めるゴーレム!
ううん、『姫を模したる踊り子人形・Ⅱ型』……おそろしい機体だわ。
「いやはや……ひとまずは、戦いに勝った事、おめでとうございます!ウチもこんなすごい戦いを見たのは、初めてでした」
勝利した私達の所に、興奮した感じのキャッサが、パチパチと拍手しながら歩み出てきた。
確かに、勇者の一人とはいえ、こんな戦いは滅多に見る物じゃないだろう。
そんな、勝利を称えていたキャッサだったが、不意に拍手が止むと同時に、雰囲気が変わった。
「……ところで皆さん。この後、ウチ達がどこを探索するのか、覚えていますか?」
「どこって……それは『ターティズ地下迷宮』……あ!」
そこで、ようやく事態に気がついた。
ヴェルチェのゴーレムによる、必殺剣の破壊力で深々と口を開ける巨大な穴。
それは私達が探索するはずだった、元地下迷宮のなれの果てだったという事に……。
や、やってしまった……。
青くなる私達と裏腹に、キャッサの顔は張り付いた笑顔のまま、怒りで赤く染まっていった。




