07 いざ、ラオ自治領へ向けて
◆
──翌朝。
ニコニコと満面の笑みを浮かべ、上機嫌&艶々している私とヴェルチェに、少し疲れた表情ながらもポーッとした上気したルアンタ。
そんな私達を見て、シンヤは若干引いたような顔をしていた。
「お前ら、まさかとは思うが……」
恐る恐る尋ねてくるシンヤに、私とヴェルチェは小さく笑って見せる。
「ご安心くださいまし、無理矢理に手込めにするような、無粋な真似はいたしておりませんわ」
「フフフ……ただ、一緒にお風呂に入ったり、ひとつのベッドで添い寝したりして、ベッタベタに甘やかしてあげただけです」
「……それだけの割りには、妙にツヤツヤしてるじゃねぇか」
「これだけフレッシュな『ルアンタ成分』を摂取すれば、お肌がツヤツヤになるのも当然というものでしょう 」
「まったくですわ!まったくですわ!」
「お、おう……」
ヤバいな、こいつら……などと言葉を漏らしながらも、シンヤはルアンタの肩を叩く。
「おい、ルアンタ少年。精神的にキツくなったら、いつでも相談してきていいからな」
むっ、なんだそれは。
まるで、私達がルアンタを精神的に、追い詰めてるみたいじゃないですか?
「あ、ありがとうございます、シンヤ……さん。でも、先生は僕が本当に嫌がるような事は……してませんから……♥」
「そ、そうか。まぁ、本人がそう言うなら、構わないんだが……」
キラキラした瞳で頬を染めるルアンタの姿に、ため息を吐きながらシンヤは微妙な顔つきをしていた。
「フフッ、ルアンタ様を心配なさっているようですが、実は美女二人に囲まれているのを、羨ましく思っているんじゃありませんこと?」
「俺は、体毛と胸の薄い女には興奮しないタチでな」
挑発するヴェルチェに対し、割りと業の深い性癖で返してくるシンヤ。
ルアンタをどうこう言う前に、こいつも大概だわ……(ゴクリ)。
「旦那様……」
「ん?」
噂をすれば、なんとやら。
私達……というか、シンヤを見送るために、キャロが姿を現した。
ちなみに、デューナやアーレルハーレ達は、この場に来ていない。
国に戻ってからの破壊神対策のために、様々な準備や支度があるために、見送りなんてやってる暇はないそうだ。
ぐぬぬ……忙しいのはわからないでも無いが、キャロだけが見送りに来ていると、なんだか負けた気になってくる。
「ご武運を、どうか……」
「任せておけ、お前と子供を……ついでに世界も守ってやるさ」
シンヤはソッとキャロを抱き寄せ、身を預ける彼女の体を優しく撫でる。
見詰め合う二人の目には、お互いしか映っておらず、やがてどちらからともなく顔を近づけると、何度も「チュッ♥チュッ♥」とキスを交わし始めた!
ええい、子供の前で、羨まけしからん!
「くっ……ルアンタ!私達も、イチャイチャしますよ!」
「え、ええっ!?」
「ラブシーンには、ラブシーンをぶつけるんですわ!」
「ぶ、ぶつける意味がわかりませんよ!」
大丈夫、意味なんてない!
たんに、シンヤ達のラブラブっぷりに、影響されただけだからねっ!
「安心してください、ルアンタ。無茶な真似はしませんから!」
「その通りですわ!どちらかと言えば、精神的に満たされるための濃厚接触ですので、ご安心くださいまし!」
「そ、その割りには、なんだか目が怖いですよ……」
「気のせいです!」
「気のせいですわ!」
わずかに怯えるルアンタに、ジリジリと迫る私とヴェルチェは、肉食獣さながらの勢いで、飛びかかっていった!
◆
「……子供と一緒に待っています、旦那様の帰りを」
「おう!もっとも、生まれる前に、さっさと終わらせて帰って来るかもしれないけどな」
ようやく満足したのか、シンヤとキャロはその身を離した。
「……で、お前らは何をやってるんだ?」
「何を……って、ただのスキンシップですが?」
堂々と告げる私を、シンヤは胡散臭い物を見る目で見てくる。
上気し、満足気な顔の私とヴェルチェに、お姫様抱っこのような体勢で両手で顔を隠しながら、私の腕の中に抱えられているルアンタ。
どこからどう見ても、弟子と師匠(+おまけ)のスキンシップ後の光景にしか見えまい。
「昼間から、何をやってるんだか……ちゃんと空気を読めよな!」
「読んだから、こうなったんですよ!」
「貴方が、言えた義理ではありませんわ!」
最初に、チュッチュッと始めたのは自分だろうに……。
そこからは、売り言葉に買い言葉。
つい、相手に対して反論しているうちに、口喧嘩の様相を呈してきた。
だが……。
「……あの、いい加減に言い争うのはそのくらいにして、出発するようにしましょう?」
「あ、はい……」
最年少のルアンタに諭されて、正気に戻ったダメな大人達は、静かに頷くしかなかった。
◆
「ああ、そういえば……シンヤ。貴方にも、これを渡しておきます」
私は以前から予備として作っておいた、簡易式の収納魔道具である『ポケット』を、彼に手渡した。
予備というのもあって、本来の『ポケット』に比べれば、収納能力は三割ほど落ちるが、この旅の道中くらいなら十分だろう。
「おお!これが、収納魔法を付与した魔道具か!」
嬉しそうに、シンヤは『ポケット』を眺め回す。
確か、この世界に来てから同じような物を作ろうとしていたが、いっこうに上手くいかずに断念していたと言っていた。
成功例の実物を見て、テンションが上がっているんだろうが、私から言わせれば失敗の副産物で空間魔法を作るんだか、そっちの方がヤバいと思うわ。
「できれば、作り方の方も教えてもらいたいんだがな……」
「それは企業秘密です」
「ちぇっ……」
きっぱりと断る私に、シンヤは拗ねた子供みたいな声を出した。
前にも誰かに言ったような気がするが、誰に対してであろうとも、私は『ポケット』の作り方を教えるつもりはない。
この手の物の作り方が下手に広まってしうと、荷物の持ち運び以外に、違法な密輸や暗殺に使われる事になるだろう。
だからこそ、製造法は私個人が独占し、使う者の魔力に合わせたオーダーメイドにする事で、技術の拡散を防いでいるのだ。
決して、量産するのが面倒だからではなく!
とりあえず、『ポケット』の使用方法をシンヤに伝え、不具合はないか試してみてもらう。
「うん、かなり良い。まるで、四〇元ポケットみたいだな」
ちょこちょこと荷物を出し入れして、シンヤはそんな感想を口にする。
異世界の書物に載っていた、猫と言い張る青い動物(?)のアレか……。
まぁ、確かに似てるというか、参考にはしているけどね。
「これで、旅の道中は随分と楽にはなるな」
「ええ、では準備も整いましたし、行くとしましょうか」
目指すラオ自治領までは、街道を馬で五日ほどの距離がある。
うん、じゃあそれくらいの日数で、到着するのを目指すか。
「……おい、ところで移動手段はどうするんだ?」
「ん?決まってるじゃありませんか」
そう答えながら、私は自身の足を示すようにペチペチと叩いてみせる。
「まさか、徒歩だって言うのか!?」
「歩いて行くなんて、悠長な事はしませんよ」
「だ、だよな……」
「走って行きます」
「っ!?」
ギョッとした顔で、シンヤは私を見た!
「修行には、ちょうどいいですよね」
「っ!?!?」
次いで、私に同調するルアンタも、ギョッとした顔で覗き込む!
「マジかよ……」
「マジです」
冗談など微塵も感じさせず、当然だといった私達に対して、シンヤは引きつった表現を浮かべた。
んもー、肉体労働で鍛えていたって言ってたんだから、これくらいは平気でしょう?
そう尋ねると、レベルが違うとあっさり否定されてしまった。
「どっちかというと、俺って文官系なんだがな……それでも、家族のために、やるしかねぇか!」
だが、すぐに覚悟を決めたのか、もしくは開き直ったのだろう。
軽く柔軟運動をしながら、シンヤは私とルアンタの横に並んだ。
「ワタクシは、移動用のゴーレムで参りますわ。キツくなった方は拾って差し上げますので、声をかけてくださいまし」
全体的に体が小さく、肉弾戦を行う訳でもないヴェルチェにとっては、無理に修行する必要はない。
むしろ、遅れて足を引っ張るよりは、よい判断をしているだろう。
途中で潰れたら運んでくれと、すでに予約を入れているシンヤはどうかと思うが。
「さあ、行きましょう」
促す私の言葉に、皆は頷いてみせる。
……ラオ自治領、そして真の目的地である『ターティズ地下迷宮』。
そこに、どんな脅威が待ち受けているかはわからないが、いかなる困難でも打ち砕き、必ず神獣や破壊神を止めてみせる!
ルアンタと、平和にイチャつくためにも!
胸に宿した決意と共に、私達はラオ自治領へと向けて、歩を進めるのだった。




